書体デザイナー西塚涼子へのインタビュー

以前のブログにも掲載しましたが、アドビの新しいPan-CJKファミリーである、
「Source Han Sans」をTypekitからダウンロードしてお使いいただいていますでしょうか?
「Source Han Sansの紹介:オープンソースのPan-CJK書体」(いわもとぶろぐより)

今回、その制作に関わってったメンバーの中から西塚涼子にインタビューをしました。
Typekit Blog(英文):http://blog.typekit.com/2014/08/14/interview-with-ryoko-nishizuka/

彼女はアドビジャパンの書体デザインチームの3メンバーの1人で、ベテランの書体デザイナーです。
代表作に、りょうファミリー、かづらき、ちどりがあります。そして今回Source Han Sansも手がけました。
そんな彼女が書体をデザインをする上でアイデアやひらめきをどんな風に得ているのか、また彼女自身のことも色々と聞いてみました。

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**Q:どちらで育ったのですか?子供の頃はどんな子でしたか?
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日本の福島県で生まれ育ちました。海も山も近かったので、自然の中で遊ぶことも多かったです。
特に化石が出土する地域なので、夢中で化石探ししたのを覚えています。

**Q:あなたの家族で、クリエイティブな職業の方はいますか?
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両親、親戚ともクリエイティブなことを生業にしている家系ではなく、教職関連に従事している人が多いのですが、そのためか字をキレイに書くことがよく話題にあがり、自分でもよく練習していました。(当時はピアノが主流で、書道を習わせてもらえなかったのですが。)書だけでなく、何かを作ることは小さい頃から好きで、始めると何時間も部屋から出て来なかったと母が言っていました。

Q:あなたが最初にグラフィックデザイン、さらに書体デザインに興味を持ったきっかけはありますか?

文字にはキレイに書くこと以外に、印刷字形があることを小学校の時に教科書を見て気がつきました。その頃からノートに明朝体風のタイトルを書いたりしていました。クラフト好き、書き文字好きゆえに美術大学に進んだのですが、入学後にグラフィックデザインやタイプフェイスデザインを知りました。
その後、グラフィックデザイン事務所で、広告やフライヤー、パッケージのデザインをしてたのですが、そこで初めてモリサワのタイプフェイスコンテストに出品したんです。

そして、1997年にアドビに入社し、小塚明朝の外字制作に携わりました。

Q:当時の同僚はあなたのことをどう思っていたと思いますか?

最初は頼りないと思っていたんじゃないでしょうか?私も当時は自信がまるでなく、どうしたらよいか分かりませんでした。ただ、専門的な知識がなくても、Illustrator、Photoshop、QuarkXPressなどのアプリケーションを使えてデザインが出来る貴重な存在だとチームのメンバーから言われたのを覚えています。その一言で私は自分の力を発揮する場所を見つけ、自信が持てました。

Q:以降、いくつかのアドビの書体を一からデザインしていますが、あなたは書体をデザインするために基準としているものがあるのですか?それとも、各書体は、個別にパスを作成していくのですか?

まず最初に、コンセプトを固めます。特に、使用する用途というものを良く考えます。タイトルなのか本文なのか、どんな内容の文章なのか。それによって可読性が重要なのか、デザイン性が重要なのか決まってきます。だいたいイメージできたらまず仮名のスケッチから始めます。仮名がだいたい出来たらそこで漢字等の違う作業に移ります。その間仮名を一切見ません。1〜2ヶ月後にまたデータを引っ張り出すと、新鮮な目で見られ、修正しやすくなります。また目が馴れてきてしまったら、また1〜2ヶ月寝かすことを繰り返します。

アドビジャパンチームの2人の同僚とのミーティング。左から右へ:山本太郎、西塚涼子、服部正貴。

Q:書体をデザインするときに直面する最大の課題は何ですか?また、書体をデザインする中で、最もやりがいに思うことは何ですか?

難しいのは、手書きの文字と違って、感情をこめて抑揚をつけることができません。どのような言葉を打たれるか、タイプフェイスをデザインする側はコントロール出来ないからです。ですので、すべてのグリフを同じイメージに合わせることが一番重要なポイントだと思います。それはただ単に揃えるということでもありません。

毎回どのタイプフェイスも難しくチャレンジなんですが、特にやはり仮名が難しいです。また仮名はそのフォルムが難しいだけでなく、縦組と横組で表情が変わります。やはり文字を作るのことが好きなんでしょうね。のめり込んでしまうのか、何時間もこの仕事を続けても苦だと思いません。(笑)

「ちどり」と呼ばれる新しい表示書体に取り組んでいる西塚涼子。

Q:「かづらき」について聞かせてください。歴史的背景が分かる書体として大変興味深いのですが、藤原定家の書体を採用したのはなぜですか?また、日本でどのようなフィードバックがありましたか?

藤原定家の書はとても個性的で愛嬌があります。当時、秀逸な書といえば美しい流れるような仮名であったりしました。その中で自分の字を悪筆と言いながらも人気のあった歌人が定家でした。現代の私たちが読んでも比較的判別しやすい書き方をしています。恐らく当時の人達も読みやすかったのではないかと想像しています。コンピューターのなかった時代、彼の書はフォントと同じ立ち位置だったのではないでしょうか。そのようなスタイルをベースにデザインされたかづらきですが、初のフルプロポーショナル書体としてたくさんの反響をいただきました。ですが制作に時間がかかるために収録漢字数が少なく、グリフ拡張の声をたくさんいただいています。

Q:日本語のフルプロポーショナル書体が珍しい理由について簡単に話していただけますか?

そもそも、日本語の特徴として縦横両方で組むということ、漢字と仮名片仮名とスタイルの違うものが3種類もあること、文字数が多いことなど挙げられます。そこで活字が使われるようになった時に、正方形の中に文字を入れ、組み替えて使うようになりました。それで印刷字形は正方形がベースになったのです。そこで印刷用のフォントが正方形の枠を外すということは、並べる基準も作る際のガイドラインも何もない状態でデザインをしなければならなくなり、とても効率が悪くなります。衝突が起こったり、字間がバラバラになったりコントロールしにくくなります。

かづらきの垂直のみの平仮名合字。

Q:今回デザインする上で、このプロジェクトならではの独自に考慮したことはありますか?

日中韓で使えるグリフを共有していること、完全に一致していなくても構成しているエレメントを共有していること。国境を越えて、これほどまでデザインが一致しているということが一番の特徴じゃないでしょうか。

Q:あなたが最初に書体デザインのベースとしたものはなんですか?

まず漢字は小塚ゴシック/りょうゴシック、仮名はりょうゴシックをベースにこのプロジェクトがスタートしました。Source Han Sans はスマートフォンにも使え、かつ電子書籍などの長文や縦書きにも違和感を抑えるというコンセプトでデザインをし始めました。

西塚涼子によるSource Han Sansのスケッチ。

Q:Source Han Sun-serif Projectの最も挑戦的な側面は何でしたか?

このフォントのチャレンジはたくさんあって1つに決められません!弊社の漢字を作る専用アプリがまだ開発中だった時に検証しながらのスタートだったこと、小塚ゴシックをエレメントから見直し全修正をしたこと、他国のデザインの理解。日本語用ではやはり仮名が難関でした。特徴を軽く持たせながらも、「普通」ということを目指しました。

Q:このプロジェクトはいつから始まって、どのくらいの時間がかかりましたか?

プロジェクトがスタートしてだいたい3年かかっていますが、漢字の修正の着手などは2年くらいだったと思います。2014年5月末に終了しました。

Q:プロジェクトでパートナーと強力した部分はありますか?管理の部分はどうでしたか?

パートナーさんの協力無しでは達成できないプロジェクトでした。そしてDr.Ken Lunde氏が私たちをうまく仲介してくれました。国を超えてデザインの意図を理解するのが難しく、エラーなのか意図なのかそれをすべて1つづつ判断していくのは時間もかかり大変でした。しかし自国のものは自国のデザイナーがつくるのが一番良いので、その辺りは成功したように思います。

Q:プライベートなことも聞かせてください。

もともとクラフトが大好きなので、財布を作ったりカメラのストラップを作ったり、子供の服を作ったりしていました。今は忙しすぎてその時間が取れないのが残念です。書道はタイプフェイスデザインのスキルアップのために始めたのですが、世界がかなり違うので、書道は書道として苦しみながら楽しんでいます。最近は本を買うのも古い活字のもの、特注の印刷のもの、書道に関するもの、そのようなものばかり増えて行っています。

Q:あなたの家族は、タイプデザイナーとしての仕事についてどう思っていますか?または友人はどうでしょう?

夫も美術大学卒のデザイナーでありイラストレーターなので、理解があります。たまに苦しい時に励ましてもらったりしています。友人もデザイン関連の人達が多いので理解がありますが、同時に大変な作業量であるのも理解していますので、かわいそう、と思われているような気もします。(笑)

Q:当初、Adobeでどんな仕事をしたいと思っていましたか?アドビのフォント制作チームに雇用される前であっても、あなたは書体デザイナーになりたかったのですか?

もともと、グラフィックデザイナーになるつもりでした。ただデザイン事務所で働いているだけでは、特徴のないデザイナーになりそうだったので、得意だったタイプデザインをもっと向上させ、日本語を自在に扱えるデザイナーになろうと思って入社しました。ここまで大きな仕事をすることになるとは、想像もできませんでした。アドビのタイププログラムは私にとても合っていました。新しいチャレンジがフォントという形になって世に出て行くイメージに近いです。また新しいチャレンジを思いつくとワクワクします。

**Q:あなたは2人のチームメンバーについてどう思っていますか?簡単に説明してください
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まずこの3人のチームは、個々の特性が独立しあっている感じです。山本太郎—彼はマネージャーで各方面との架け橋になってくれいています。英語が堪能でコミュニケーションや翻訳でも一役買ってくれています。服部正貴—彼はデザインを理解しているエンジニアで、制作を進める際の強力なパートナーです。私が作業しやすい環境を作ってくれています。2人ともアドビでの家族のようです。

——ありがとうございました!