対談: ラマ アレン x 東弘明 – これからの映像表現
デジタルクリエイター出身で、業界のフューチャリスト的な存在感を持つ二人。これからの映像表現について必要な創造性と技術的なメカニズム、そして新しい画期的なツールについて、語り合った。
アドビがリードスポンサーを務めるデザインとアートに関するテクノロジーセミナー、「FITC Tokyo 2016」に登壇するために来日した、The Millのラマ アレン 氏。VFX およびコンテンツ制作スタジオThe Mill NYCにて、エグゼクティブ クリエイティブ ディレクター(ECD)という肩書のもと、フィルムからインタラクティブメディアまで、様々なコンテンツ制作のディレクションを行っている。 白紙の段階から戦略をたてて、実地を通じて設計を行い、プロジェクトチームの“思考とプロセス“を管理していくのが、彼のミッションという。
ラマ アレン 氏 Executive Creatie Director The Mill
FITC Tokyo 2016では「言い訳を言わずにやってみること」と題して、アレン 氏が進行形で携わっている動的コンテンツ、つまり没入型インタラクティブ映画製作についての見解が示された。観客とクリエイターの間で体験を共有するといった、“観客と一緒に創っていく”、新しい映画ジャンルの可能性について語られた。ビデオゲームの中では、プレイヤーが自分の意思でストーリーを進められる。ビデオゲームと同じく、映画の中でも自分が参加することができるといったものが、今はまだ名前の定義がされていない、新しいジャンルのコンテンツとして生まれてくるという。ステージのスクリーンには、The Mil(以下、Mill)がGoogle のATAP(Advanced Technology and Projects)グループと共同で制作した、最新の没入型映画「HELP」(ライブアクション専門のジャスティン・リンが監督:ダウンロードはこちら Android版、iOS版)、そして独房にいる囚人が観る世界を体験できるVR(仮想現実)コンテンツ「6×9」が映し出された。
VRの世界では、ここにいた「感覚」と「感情」が重要であり、これが制作側が視聴者に与える魔法だという。これは動的にコントロールできるものではない。VRの体験が強力であれば、その体験した内容を覚えているということが、あたかも本当に体験したという記憶になってくる。脳では、こういうことに至ったということを覚えているのではなく、今こういう体験をしたということを覚えている。これは映画製作でパワフルな効果となり、アレン 氏はこれを“ファントムメモリー効果”と呼んでいる。今後言われるだろうVR監督という概念は、“監督”というよりも、場所、位置、記憶をうまく組み立てていくアーキテクトである、という彼の主張にたどり着くわけだ。
http://www.sign.site/koukaku_vr/
攻殻機動隊 新劇場版 VIRTUAL REALITY DIVER
東 弘明 氏 stoicsense
アレン 氏と対談を臨んだ東 弘明 氏は、映像デザインカンパニーstoicsense(ストイックセンス)を率いて、大型映像に特化した監修から演出、CGI制作を展開している。東 氏が、監督、アートディレクションからCGIプロデュースと監修を務めた「攻殻機動隊 新劇場版 VIRTUAL REALITY DIVER」は、アニメーション製作を専門とするプロダクション I.Gとクリエイティブディレクター浅井 宣通 氏が展開するVRプロジェクトの第一弾である。昨年の東京ゲームショーにおいて、360度立体視ドーム映像として一般公開し、話題を博した。この制作でもAdobe Premiere Pro CCの出力をVRヘッドセットに接続、プレビューしながら作業が進められたという。ティザーバージョンは現在、YouTubeの360度 4Kコンテンツとして楽しめるほか、近いうちにモバイルデバイス視聴用のVRコンテンツとして配信を予定している。
アレン 氏はまず、東 氏が統括ディレクションした「攻殻VR」を、Gear VR で体験し、このようなアドバイスを寄せた。
アレン 氏 「カメラがよく動くので、自分の身体がふわっと浮いているような感覚が楽しめました。基本的にカメラのアクションがすべて(視聴者の)周辺で起きていましたね。背後や遠距離では、あまり動きが発生していない。例えばHTC Viveのような広い体験が持てる環境だと、もう少しユーザーの後方に気をむかせるようなアクションがあってもよいかと思う。たとえば、ここで一瞬パチンという、弾く音がするだけでも気が向くので。そうすると、またさらに深い体験ができるのではないかな。サウンドスケープはもちろん、VRクリエイションに重要ですね。」
東 氏 「楽しんで頂けてよかったです。3分間のティザーは半球ドーム用に制作されたこともあり、前方メインのアクションになっています。本編の方ではカメラをキャラクターの前方1メートルに配置し、前を向けば主観視点、後ろを振り向けばキャラのアクションを楽しめる客観視点といった具合に、360度の視界を生かした演出を行っています。15分間のストーリーの展開に合わせて、主観、客観、フライスルーといったようにカメラポジションをシームレスに変えていくのが最良の方法だと判断しました。」
HELPの制作について。HELPは実写とCGを合成した360度映像で、開発したカスタム360度カメラリグを使用して撮影を行っている。MillはHELP制作に合わせ、VR制作で必要なマルチカメラのソースをリアルタイムでシームレスにつなぎ合わせるソフトウェア「Mill Stitch」を開発した。Mill Stitchはリアルタイムのステッチ、インタラクティブなコントロール、および記録/プレビューを実現し、映画VRの制作パイプラインとプロセスに大きな進展をもたらした。
アレン 氏 「HELPでのカメラワークですが、一台のカメラがワンウェイで動くといったような作り方で、CGの建物をワイプ替わりにして場面変換をしています。カメラが止まることはないため、テストの際、ヘッドセットで頭を振る動作が増えるとVR酔いが発生してしまいました。よって、タブレットを持って実際に動いたほうがよい結果となりました。当初からタブレット視聴を意識して制作したので余計に(ヘッドセットで視聴すると)酔いを誘うことになったのかと思います。」
東 氏 「日本ではインタラクティブVRを映画に取り込むという動きはまだ見られません。Millはどのような環境で制作をしているのでしょうか?」
アレン 氏 「我々は、ライトフィールドカメラ(マイクロレンズを用いたプレノプティックカメラ)を使ってVRフィルムを撮影しています。このカメラだとレンズアレイを主レンズの焦点面の前または後ろに配置することができるため、カメラは1台だけれど、視点移動をして見ることができるのです。そして最終的にゲームエンジンを使って、物をつかんだり、投げたりといった動きをリアルタイムで実行していきます。つまりリアルタイムCG制作になるわけで、映画を3Dに変えて制作しているのです。我々が手掛けた最初のVR映画は1年くらい前になりますが、これは映画というよりも(インタラクティブ性がある)ビデオゲームといっても良いでしょう。」「また Millは、他のメディアプロダクションと同じくラボで独自ツールを開発しています。たとえばLAにある2社の開発会社と取り組んで開発している、レイヤー構造を持つビデオプレイヤーがあります。何かが起こると別のビデオプレイヤーに切り替わるような仕組みになっているもので、このプレイヤーを搭載するハードウェア側はかなりハイスペックなプロセッサが必要です。」
東 氏 「日本ではゲームエンジンを使用したハイクオリティな映画コンテンツを制作するプロダクションは非常に少なく、ゲーム開発での使用に留まっている印象です。 米国では映画プロダクションでもリアルタイムCGを使っているのですね。 」
アレン 氏 「そうですね。我々のところでもそうですが、リアルタイムCGとライトフィールドイメージング。これが今後の映画制作においてキーになると思っています。」
東 氏 「なるほど。今のプリレンダーCGのクオリティがリアルタイムで可能となっていく。では成果物はリアルタイムCGになりつつあるということですか。HELPでも実写のVRコンテンツにCGを加えたものを作られましたが、そういった指向はこれから広がっていくものでしょうか?」
アレン 氏 「僕はアニメーターとして業界をスタートしているのですが、当時はまだSDの時代で。HDへの移行では、HD解像度のアニメーション再生にコンピューター処理が追いつかず、フレームごとにカタカタと動くような場面がありました。つまり、今はステレオデータのリアルタイム再生は厳しいかもしれませんが、コンピューター性能はそう遠くないうちに追い越すでしょう。よって、実写VRとリアルタイムCGは、当たりまえの時代がやってくる。ハリウッド産業ではVRを非常に意識していて、たとえば最近では「オデッセイ」でも短編のVR版を、本作のVFXに携わったMPC(Moving Picture Company)が取り組んでリリースしています。LAのプロダクションは今、ビジュアルエフェクツからバーチャルリアリティを制作する技術部門を加えて、急速に変化しています。これは3D立体のブームのときと全く違う動向にみえます。GoogleをはじめFacebook、そしてソニーなどVRコンテンツへの投資は惜しみません。僕が所属しているThe Mill NYCは、ほかの4拠点のオフィスよりもフューチャリスティックで実験研究を行うラボが揃っています。我々はVR市場が一気に活性化することを確信して、VRに特化した新しいフロアを設立したところです。」
東 氏 「素晴らしいですね。VRコンテンツ制作において、日本でも同じような取組みを進めていきたいですね。」
アレン 氏 「今日は同じ世界観を持った東さんにお会いできて良かったです。Millではリリース前のカメラやツールなどの最新技術の検証を常に行っていますから、引き続きこういった情報や意見交換を(東 氏と)出来たらいいですね。」
アレン 氏と東 氏の対談では、VR映画制作にはゲーム開発要素が含まれること、視聴者を取り囲む空間を創り出すには、ビジュアルに同期するサウンドデザインの重要性なども話題に上がった。そして両者とも、実写とCGとの重ねるVR映画制作から、さらにリアルタイム AR(拡張現実)と没入型グラフィックスの広がりにも興味を持っていることがうかがわれた。 実際MillはリアルタイムAR技術を持ったベンチャーと一緒に、あるプロジェクトを進行しているところだという。
世界的なIT企業や家電メーカーからVRヘッドセットが一挙に出揃うVR元年、VRコンテンツの開発も加速していくことになるだろう。