美大の先生に聞いてみよう!イマドキのデザイン教育〜早川克美氏にきく〜

連載

くれまとさくらのWebデザイナーは今日も行く

先日、私たちの間で「いまどきのデザイン教育ってどうなってるんだろう?」「デザイナーってもっと本質的な勉強するべきじゃない?(でも、何をどうやって?)」という話が持ち上がりました。

普段は、「便利なアプリケーションで効率よくデザイン作業できる方法」をご紹介している私たちですが、今回はいま一度、「デザインとは?」、「デザイン教育とは?」、「デザイナーとは?」ということについて、美術教育の前線にいらっしゃる先生を交え、2回に渡って考えてみたいと思います。

今回お話を聞いたのは……

早川克美先生

早川克美(はやかわかつみ)先生
京都造形芸術大学 芸術学部通信教育部 芸術教養学科 学科長
東京生まれ。武蔵野美術大学造形学部卒業。東京大学大学院 学際情報学府 文化人間情報学コース 修了(学際情報学)。「人と情報」・「人と空間」の適切な関係を構築するデザイナー、「学びを支援する環境をどのようにデザインすれば有効なのか」をテーマにした研究者、そして「身の回りの環境を常に新鮮な目で捉えるデザインの感性・知性を育む学び」を支援する教育従事者としての活動の有機的な連携に取り組んでいる。2004年グッドデザイン賞金賞、2007年JCDデザインアワード審査委員特別賞、FUSION MUSEUM KNIT × TOY(2007・SDA賞サインデザイン賞)、SHINJUKU PICCADILLY INFOMATION PROJECT(2009・SDA賞サインデザイン優秀賞)

ユニークな”5つのデザイン”を学ぶ通信制美術大学

浅野:本日はよろしくお願いします。まずは先生の自己紹介をお願いできますか?

早川:私は京都造形芸術大学の通信教育部の芸術教養学科の学科長をしています。私自身はフリーランスのデザイナーなのですが、ある時、教育というのがすごくクリエイティブだと思ったんです。教育のプログラムを作ったり、授業を受けた学生が成長していくプロセスを見るということがものすごく面白いなと思って。それでデザイナーを続けながら、教育の道に進もうと思い、今の職に就いています。

黒野:では、在籍している大学のご紹介をお願いします。

早川:私が在籍する京都造形芸術大学の通信教育部は約6,000人の学生が在籍しています。通信制の大学としては日本で一番大きな美術大学なんですが、今日来ていただいたこの「外苑キャンパス」は、その京都造形芸術大学の東京サテライトキャンパスです。また、大学の授業だけではなく、社会人に向けた公開講座「芸術学舎」の舞台でもあります。

浅野:私はその「芸術学舎」の公開講座を受講したときに早川先生と知り合ったんです。この校舎、ミュージアムみたいで素敵ですよね。

黒野:なるほど、ここはそういった、社会人になっても学びたいという意欲がある方に対しての学びの場なんですね。

浅野:学生の皆さんはどういった動機で通信教育部へ入学されるんですか?

早川:3つのタイプに分かれます。ひとつは学士がほしい方。ふたつは元から美術が好きで、作品鑑賞をするときに、もっと作品に近づきたいという方。最後は、カリキュラムの中でデザインのジャンルに拘らない授業をしているんですが、その授業方針に反応されて、ご自身の仕事や日常生活に、”デザインの考え方”を取り入れていきたいと思われる方がいらっしゃいます。

黒野:ジャンルに拘らないデザインの考え方! すごく興味があります。

早川:私自身はサインのデザインをやってきたんですが、サインのデザインって建築とグラフィックの中間なんですね。確立されたジャンルではなく、いわゆる”隙間”にいたんですが、これからの社会では**「デザインを横断的に見る視点」**が必要だなってずっと思ってたんです。そこで、職能として確立されてきたジャンルで区切るのではない、新しいデザインの授業が提供できないかなと思い、現在はこの5つの授業を組み立てています。
(1)デザイン的思考
ユーザー中心主義などの、デザインのプロセスや考え方を日常生活に活かす方法論を学びます。
(2)時間のデザイン
日常生活って意識しないとすぐに時間って過ぎていくように思いますが、みなさんは時間を無意識の中でデザインしているんです。そこで、時間を意識してデザインすることで、日常と非日常のありかたを明らかにするという狙いです。
(3)空間のデザイン
街並み、造園、土木、建築など、空間すべてを含めたものなんですが、その空間がどのような思想で成り立っていったのかという、背景を読み解いていきます。
(4)編集のデザイン
今の世の中は情報が溢れている時代です。雑誌や書籍の編集、という意味にとどまらず、
世の中の事象に対して、意識的に情報を取捨選択して再構築することが能力としては求められており、そのために必要な考え方を学びます。
(5)協働のデザイン
現代社会での働き方というのは、たったひとりの有能な人が問題を解決できるわけではなくて、多くの才能が協働で物事を解決する時代になってきてきていると思います。そういった「コラボレーション」の仕組みや仕掛けとしてのデザインを理論的に考えてみましょう。という内容です。

黒野:こういった切り取り方は初めて聞きました。たとえばWebデザイナーでも、映像のことについて知らなくてはいけなかったり、グラフィックについて知らなくてはいけなかったりするので、今までだけの狭いジャンルだけだと仕事が成り立たなくなってきているように思いますが、それぞれを一人で学ぼうとすると、これでいいのかな?と不安になりますよね。そういう時にそのベースとしてこういった考え方があると、どんな仕事に対しても自信になりますね。

早川:私たちも、まさにそういう形で学んでいただけたらなと思います。

デザイナーは本質的な問いを見出し、”向こう側の未来”を考える

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浅野:先生は「デザイナーが果たすべき役割」について、どのようにお考えでしょうか?

早川:かつては、お題に対して答えを出してあげるのが良いデザイナーという認識だったと思います。それに対して今は、社会に対して問題を発見して「問いを立てる」というのがデザイナーの仕事になってきていると思います。目の前で見えている問題が本当に問題なのか。本当はもっと背景深い部分に問題があるのではないかといった、「問題を読み解いていって新しい本質的な問いを立てられる人」がデザイナーになるべきなんじゃないかと思っています。

浅野:なるほど。私たちの仕事へ置き換えてみると、クライアントからWebサイトを作ってくださいと言われても、実際の宣伝や日常業務の流れなどを知ると、本当にWebサイトで良いんだろうかという問題が見つかることもあります。そういった、Webサイトに限定しない、真のユーザーエクスペリエンスを定義しないと解決出来ない問題も多いと実感しますし、本当にクライアントが幸せになるためには、もうひとつ上のレイヤーから物事を見なおしてあげる必要があるように思います。それが先生のおっしゃる「デザイナーの役割」なんですね。

黒野:最近はページ単位ですごく安く制作を請ける人がいたり、HTMLを知らなくてもページを作れるサービスもたくさんあるので、デザイナーの仕事がなくなるんじゃないか、という議論がたまに出てくるんですが、私はそれは絶対違うと思っているのです。**プロジェクトの中の課題を見つけて全体を構築出来る人がいないと、デザインは機能しませんよね。**先生がおっしゃるように、それが出来る人というのが本来のデザイナーなんだと思います。

早川:本当にそうですね。デザイナーとしても感じることですし、教育する立場としてもそれを伝えたいと感じています。

浅野:少しずれてしまいますが、先ほどの「5つのデザイン」についてうかがうと、私はデザイナーは「豊かさ」を与えられるようになるべきかなと感じました。

早川:デザイナーとして最終的に目指さなくてはいけないのは、自分がデザインしたものを受け取った人が幸せになるということなので、受け取った人がどんなふうに使ってくれるんだろうか、どんなふうに感じてくれるんだろうかという、向こう側、少し未来のことを考えるっていうのが、デザイナーには必要になると思っています。そういう意味では、豊かさを作り出すという意味に近いですね。**少し先の未来の豊かさを想像・創造する、**というのがデザイナーの大きな役割の一つだなと思います。

何かを学び直すことで、一段上がった位置から世界を見られる

黒野:私の周りには、「別の仕事に就いているんだけど、やっぱりデザイナーになりたいんです」という人たちが結構います。そういった方の話を聞くと、共通して自信がないように思えるのですが、そういう人が夢に向かって学び直していく上で、通信教育というのはとても魅力的な手段だと思いました。こういった学び直しについて、どういった心がまえで臨むと良いと思いますか? これから学び直してみたいなと思う方に向けて、先生から元気をいただけるような言葉が欲しいです。

早川:学び直すというのは、一段上がった位置から世界を見られるということだと思うんですね。上がるというのはどういうことかというと、自分の中に引き出しを増やすということなんじゃないかと思っています。**自信がない人っていうのは、引き出しが少ない。**色々なアイディアを考えたりすることもできないし、先程言った物事に対しての問いを立てるということも、色々なことを知ってないと、出てこないですよね。

浅野:そうですね。

早川:知識を身に着けて自分の中に引き出しをいっぱい作って、ケースに合わせて出していけるというのが学び直すことの意義だと思います。

黒野:本当にそうだと思います。

早川:あとは、学ぶことで自分の位置が時間軸でわかるようになると思います。歴史を学ぶことで、なぜ2016年の今日ここにいるんだろうという意味付けが分かってきたりとか。今自分がいる立ち位置を知るということも、学ぶ上では重要なことだと思いますね。

浅野:すでにデザインで仕事をしているような立場でも、多くの学びがありそうですね。私も学び直したいなと思っているうちの一人なので、すごくやる気が出ました。

センスを磨くには「収集」と「制約」、そしてやり続けること

黒野:話が変わりますが、早川先生は、デザインのセンスを磨くにはどうすればいいとお考えですか?

早川:先ほども触れた、「引き出しをいっぱい作る」のは王道なんですが、もっと具体的に言うと、**「収集」「制約」**がキーワードだと思います。
**「収集」**というのはたとえば、絵を観るときに漫然と観るのではなくて、すごく気になる部分の色の組み合わせを見つけるとか。私は見つけた組み合わせを家に帰って色のチップで組み合わせてみて、その色チップをノートに貼って収集していきながら、こんなに綺麗な色の配色があるんだという、自分の中になかった配色のセンスを世界から「収集」する、という鍛え方をしていました。

早川:一方の**「制約」ですが、まっさらな所にデザインしなさいと言われたら、自由じゃないですか。なので、あえて自分に「制約」を与えるというやり方です。線を1本引くにしても、意味のない曲線を使わないとか、意味のあるモジュールを作ってそのモジュールの中でデザインする、という「制約」の中で最大限できることを考えるということを繰り返していくと、自分の中の「制約」の幅が広がっていって、ある日、自由な線が描けるようになる**んですね。いきなり最初から自由な線を使っても良いようにしてしまうと、何がいい線なのかが見えてこないんです。

浅野:おっしゃるようにデザインの仕事はまさに、日々「制約」の連続です。それをずっと繰り返し続けていくことで、センスというのは磨かれていくんですね。

黒野:逆に、自由にやってくださいって言われたら戸惑います。

早川:そういう時は自分でルールを決めなきゃいけないんですが、そのルールも、その仕事にとって意味のあるルールを作りだせるかどうかだと思うんです。

黒野:それが先ほど先生がおっしゃった「問いを立てる」ということに結びつくんですね。

早川:あとは、やり続けるしかありません。才能がある人なんてこの世にほとんどいないわけで、生業としてのデザイナーになれるかどうかというのは、**諦めないでやり続けるだけだと思っています。**時代遅れと言われるかもしれないけれど、とにかくやり続けた人が最終的には残るという、デザイナーって、そういう世界だと思いますね。

モニター越しに様々な世代が切磋琢磨しあう、新しい学び方

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黒野:大学の特徴についてもう少し教えてください。美大の通信というとスクーリングが大変なイメージがあるのですが、芸術教養学科はインターネットだけで完結するんですか?

早川:はい、通信教育部の中でも私が担当している芸術教養学科はインターネット上の学習だけで一切通学する必要なく卒業できる唯一の学科なんです。

浅野:学生の方の年齢や職業には特徴はありますか?

早川:職業も様々ですし、特に年齢はレンジが非常に広いです。今年の3月も、96歳の方が卒業されまして。今年度は18歳から84歳までの方が学んでいます。

浅野:授業はどのように行われるのでしょうか?

早川:テキストと一緒に授業の動画を見てもらいます。1つの科目につき3分から5分の動画を75本観て学習を進めていき、レポートを提出していただきます。

浅野:空いた時間に自分のペースで進められていいですね!

早川:それを私たちが受け取ったら、全体講評といって、講評の動画を撮影するんです。その中で、どんなレポートがあったかを紹介して講評していくというやり取りをしています。

浅野:では、先生は実際に教壇に立つよりは、インターネット越しに学生の皆さんとコミュニケーションを取るほうが多いんですね。

早川:そうですね。学科内専用のSNSがあって、各授業ごとにスレッドがあるんですが、そこで意見や質問をやり取りしたり、個別に日記を書けるようになっています。そこで皆さんが情報交換をしているんですが、それを見守るのも私の役割です。ネット上でファシリテーションしている感じですね。同じ言葉でも、口頭と文字だと受け取る印象も違うので、文字でのコミュニケーションスキルがすごく求められます。

黒野:一人だけあんまり発言しない人がいたら発言を促すとか?

早川:あとは落ち込んでいる方がいたら励ましたり。励ますと言っても、タイプによって励まし方って色々なんです。皆さん性格が違いますので、まずはその方の過去の日記を読んで、それによってお話を変えながら。苦労でもありますが、楽しさでもありますね。

大切なのは“学習歴”の更新。迷っているなら一歩踏み出そう

浅野:それでは最後に、この記事をご覧になっている「学びたい意欲」がある方に向けて、メッセージをお願いします。

早川:学びたいけど忙しいし、というエクスキューズがついてしまう方は多いと思います。実際、学ぶまでのあと一歩は非常にハードルが高くて勇気がいることなんですが、一回踏み出してしまえば、そこには面白い発見と刺激の連続が待っているので、ぜひ飛び込んでみてください。そうすることで、自分を豊かにもう一度組み替えることができて、日常の仕事にも必ずプラスになります。

早川:日々漫然と仕事をしていると、与えられたことに対して疑いを持たずに受け取るだけの生き方になりがちけれども、学ぶということは、なぜこうなっているんだろうという、成立の背景を考えたりができるようになることなので、意欲があるのなら、是非、学んでほしいと思います。

浅野:私たちも日々勉強ですね。

早川:学歴というのは仕事には本来関係のないことなんですが、私は「学習歴」というのは非常に重要だと思っていて、どんなことを学んだかということは、ご自身を豊かにするということなので、学歴ではなくて学習歴を更新してほしいなと思っています。

黒野:今日はとても勉強になりました。本日はありがとうございました!

本日インタビューをさせていただいた早川先生が学科長をつとめられている、芸術教養学科 通称 ”手のひら芸大”はこちら。私たちのくらしの中にある、”横断的なデザイン”をはじめ、インターネットで受講可能な授業に興味を持たれた方はぜひご覧ください!
京都造形芸術大学 芸術学部通信教育部 芸術教養学科「手のひら芸大」

まとめ

くれまのまとめ

長寿化に加え、ワークスタイルの流動化がどんどん進む昨今、一度社会に出た人間にとっての「学び直し」というのは、キャリアアップ/キャリアチェンジをするうえで、ますます重要になると感じています。早川先生が語ってくださった授業における5つの取り組みは、どんな分野に進むにしても土台になり得る興味深いものだと私自身感じましたので、ぜひチェックしてみたいと思います。そして、フリーランスのデザイナーの方が、教育の現場で「教育のデザイン」をされていることにとても勇気づけられましたので、私自身の今後の方向性の参考にしたいと感じました。

さくらのまとめ

教育者としてはもちろん、デザイナーとしての実績も多い早川先生の言葉は、とても実感と示唆に富んだアドバイスばかりでした。中でも「収集」と「制約」、そして「学習歴」という言葉には心から共感します。非美大でデザイナーになった方も多くいらっしゃるWeb業界の中で、私のように学び直したいと思っている方は多いはず。いろいろな教育機関がありますが、こういった形で学習の機会が開かれているのはとても嬉しいですね!