美大の先生に聞いてみよう!イマドキのデザイン教育(第二弾)〜佐藤好彦氏にきく〜
くれまとさくらのWebデザイナーは今日も行く
先日、私たちの間で「いまどきのデザイン教育ってどうなってるんだろう?」「デザイナーってもっと本質的な勉強するべきじゃない?(でも、何をどうやって?)」という話が持ち上がりました。
普段は、「便利なアプリケーションで効率よくデザイン作業できる方法」をご紹介している私たちですが、今回はいま一度、「デザインとは?」、「デザイン教育とは?」、「デザイナーとは?」ということについて、美術教育の前線にいらっしゃる先生を交え、2回に渡って考えてみたいと思います。
前回の京都造形芸術大学・早川克美先生に引き続き、今回お話を聞いたのは……
佐藤 好彦(さとうよしひこ)先生
Webデザイナー、グラフィックデザイナー。Webなどのデザイン・プランニングを中心に、デザイン関連の書籍や雑誌の執筆、デザイン関連のコンサルティング、講演などを手がけている。主な著書に、『ビジネス教養としてのデザイン』『フラットデザインの基本ルール』『デザインの教室 手を動かして学ぶデザイントレーニング』『デザインの授業 目で見て学ぶデザインの構成術』など。東京造形大学非常勤講師。インダストリアル系の学生が中心に受講する「コミュニケーション・スキル」の講義を担当。
http://yoshihiko.com/
東京造形大学で「インタラクティブなコンテンツを作る授業」を。
黒野:今回は、東京造形大学で教鞭を執る佐藤好彦さんをお迎えし、「デザインについて教育すること」についてお話をお伺いしたいと思います。
浅野:まず最初に、佐藤先生の大学と講義内容について、教えていただけますか?
佐藤:東京造形大学という美術大学で授業を担当しています。コンピュータを使った授業がはじまった時期に、まず最初にDTPの授業があって、次に「インタラクティブなコンテンツを作る授業をやって欲しい」ということで、はじまったものです。
黒野:なるほど。
佐藤:はじめてから20年以上になるので、授業の名称は何度か変わっていて、いまは「コミュニケーション・スキル」という名前になっています。基本的に「コンピュータを使ってコミュニケーションする」というテーマのもと、インタラクティブなコンテンツを作ることを教えています。
浅野:美術大学で、そういった内容の授業もあるのですねー。
佐藤:はじめは、Macromedia Directorというソフトウェアでマルチメディアコンテンツの作成を教えていまして。
黒野:懐かしい!
佐藤:だんだんDirectorがなくなってFlashになりました。Flashは、今年からAnimateになったんですが(笑)。
黒野:Flash以外に、HTMLでWebページを作成するという内容も含まれているんですか?
佐藤:はい。Webが商用化してきたタイミングでWeb制作も教え始めて、いまは、Webの方がちょっとボリュームが多い感じになっていますね。
浅野:大学は 4年制だと思うんですが、何年生の授業を受け持たれてらっしゃるのですか?
佐藤:今年は、7割ぐらい3年生ですね。あとは、2年生と4年生が少しずつという感じです。
黒野:工業デザインを専攻している学生さんが多いんですか?
佐藤:多いですね。あとは、グラフィック、映像、メディアアート系の学生もいますが。基本的には、インダストリアルデザイン専攻が多いです。インダストリアルデザイン系では、製品のUIのモックアップを作成するのに、Animate(Flash)を使うこともあります。
デザインを学ぶ最初のとっかかりをつくる
黒野:さて、そうやって美大で授業をされているわけですが、学生って、「デザインを学ぶのが初めて」で、まっさらの状態ですよね。そういう人たちに教えるとき、特に気をつけていることはありますか?
佐藤:「サービス業に徹する」っていうことですかね。
浅野:おお。
佐藤:とにかく、1回話しただけで分かるとは思っていないので。一応説明して、やってもらって、できてるかなって見て回って。とにかく「何回も何回も繰り返す」ということを徹底しています。手作業のことなので「理解して終わり」ではないんですよ。なので、きちんと手が動いているかどうかを、見て回っています。
黒野:なるほどー。
佐藤:1回の授業の中でもそうだし、年間を通しても同じ考え方ですね。前期では基礎をやり、後期ではそれを使って自分の企画で制作してもらうんですが、結局、自分の作りたいものを作れるようになることがゴールなんですよね。
浅野:そうですよね。
佐藤:「作り方を学びました→それで1回やってみました」の後に「夏休みで忘れました」が間に挟まるんで(笑)。夏休みのあとに、またそれを取り戻して、2〜3回繰り返すことで、だんだん分かるようになるんですよね。で、1年経つと、だいたいなんとかなるかな?という。うん。やはり、「繰り返す」ということが、一番大事ですね。
黒野:やはり、そうなんですね。
佐藤:はじめは、言われたとおりにチュートリアル的にやっていくんですが、そのあと、「自分の企画で自分のデザインができるようになる」ことが必要になりますよね。何回か繰り返すことによって、「自分はこれぐらいの時間で、これぐらいのことができるのかな」という「作業とスケジュールの設計」ができるようになります。
浅野:理想的ですね。
佐藤:学生って、社会人と時間の感覚がすごく違うんですよ。学生の半年と、30〜40代の半年って、全然違う。学生に教えるときには、その感覚を理解しておくことが必要だと思いますね。
黒野:学生の頃の時間感覚、もうすっかり忘れてしまいました(笑)。
佐藤:あとは、イマドキの大学って、教員が学生から評価されるんですよ。その中に「授業外で授業の内容を復習していますか?」というのがあるんです。でも僕は「授業外ではやらなくていい」と言っています。本当はいけないのかもしれないけれど(笑)。
浅野:(笑)。
佐藤:とにかく、「課題の制作も含めて週2コマの授業内で集中してやってほしい」ということを、学生には伝えています。というのは、「課題を作って出してもらう」という結果が重要なわけではないんですよ。課題を作る中で試行錯誤して、分からないことを学んで、という過程が重要ですから。その試行錯誤を授業の時間内にしてもらうために、僕がいるわけです。
黒野:学生は、逆に授業にきっちり出席する必要がありますね(笑)。
課題の内容について
浅野:課題の内容について、もう少し詳しく聞かせていただけますか? 私、美大の授業に、すごく興味があるんです。
佐藤:よくやるのは、自分の好きなWebサイトを選んで、リニューアル案を提案するというもの。同業他社など同じような情報を扱っているサイトをいくつか選び、デザインを比較検討してもらいます。同業他社のサイトは内容が似ているので、デザインの特徴をつかみやすく、使いやすさの違いなどを分析しやすいのです。その中からひとつ選んで、リニューアル案を提案してもらっています。
黒野:Web系の勉強会でも、やってみたい内容ですね。
佐藤:学生は、自分がよく知っているサイトを選ぶことが多いので、分析の段階ではユーザーの視点からサイトを見ていて、かなり辛口な分析をすることも多いです。そのうえで、ひとつを選んでリニューアル案をつくるんですが、つくってみると、そう簡単にデザインはできないという(笑)。
浅野:そんなに簡単じゃない(笑)。
佐藤:それはそうですよね(笑)。学生が初めてWebをデザインして、たとえばトヨタのサイトと同じレベルの物が、すっと出てくるかと言えば(笑)。
黒野:難しいですよね(笑)。
佐藤:そういうふうに「やってみるとできない!」ということも、分かってくれればいいな、という狙いです。そんなに簡単じゃないよね、という(笑)。
浅野:なるほど、面白いですね。ところで、「デザイナーの卵」に対する指導としてはそれでいいと思うんですが、成績を付けるにあたってどのくらいが及第点か、ということはあるんですか? アウトプットの質の問題なのか、着目点がよければOKなのか?
佐藤:それは、どちらでもいいんですけどね。見る力がある人もいれば、作る力がある人もいるので。それは、それなりに評価をしています。
浅野:数学で80点以上をとったらA判定、というような明確な基準がないのが、美術大学ならではの難しさがあるような気もします。
佐藤:そうなんですが、主観が入らないぐらい、見れば明らかなレベル差が、だいたいあるんですよね。
黒野:分かります、分かります。出来の上手いヘタは当然あるんですが、それよりも「どれだけ手をかけているか」の差が歴然とするというか。上手い子でも、手をかけてないと作品がスカスカになる感じなんですよね。で、プレゼンのときに「シンプルにまとめてみました」とか、言っちゃう(笑)。
佐藤:あと、細かく丁寧につくっているんだけど、途中で時間が無くなっちゃう子とか。
黒野:時間配分の問題ですね。そこらへんは、経験値でしょうね。
グラフィックデザインとWebデザインの共通点/相違点とは
黒野:「グラフィックデザインとWebデザインの共通点もしくは相違点」については、どのようにお考えですか?
佐藤:僕は、「グラフィックとWebの違い」よりも、「Webの中での違い」の方が大きいような気がしているんです。キャンペーン系のサイトだと見せ方がグラフィックに近かったりするし、情報系のサイトだと、データベースのことをちゃんと知らないといけなかったりとか。そうすると、グラフィックとまったく違う考え方をしないと、制作できなかったりすると思うんですよね。
浅野:確かに、そうですよね……!
佐藤:印刷系のデザインでも、広告とエディトリアルでは、アプローチが違ったりするわけですし。それと近いんじゃないかな、と思いますね。ということで、僕は、「エディトリアルに近いWebデザイン」「広告に近いWebデザイン」という捉え方をしています。
黒野:すごく腑に落ちる説明ですね。
佐藤:コーディングしないWebデザイナーもけっこう多いですよね。印刷系からWeb系に転向しようとしていて、「Webの勉強をあまりしていないんです」という感じの。制作会社などの企業研修をさせてもらうときに、そういう人の作る物をときどき見せてもらうんですが、ある種のWebサイトだったら、すぐにデザインできるだろうな、と思うんです。
黒野:あるある。
佐藤:でも、仮にその人に情報系のサイトを作ってもらうとすると、ツラいだろうなと思う部分もある。だから、「グラフィック 対 Web」という分け方をしなくてもいいんじゃないかな、と思っています。「情報をどうやって見せるのか」ということと、「イメージをどうやって伝えるのか」ということの違いがあって。瞬間的に注意をひく必要があるのか、じっくり読ませる必要があるのか。そういう違いの方が大きくて。
浅野:それも、腑に落ちます。
佐藤:いまあまり、「紙で読んでいるのか」「スクリーンで読んでいるのか」を、意識しない時代なんじゃないかと思うんですよ。
黒野:スクリーンでテキストを読む方が、目が疲れるという問題はあると思いますけれども。
浅野:紙の雑誌を読むのか、電子書籍を読むのかで、読者の体験の違いというのはあると思うんです。とはいえ、「情報の作り方」という面では、先ほどおっしゃったように、「紙なのかWebなのか」の違いよりも、デザイン上の狙いの違いの方が大きいというのは、とても納得できます。
黒野:キャンペーン(サイト)デザイナーとコーポレート(サイト)デザイナーみたいに、分けるという発想もありそうですね(笑)。
Photoshop使い的なWebデザイナーと情報設計的なWebデザイナー
黒野:話は変わりますが、世の中にWebデザイナーという職業が生まれた時点での「その時のたまたまの世間の状況」により、Webデザイナーの立ち位置が決まったという面もあると思うんです。なので、いまの立ち位置が「必然」のものではないかもしれないと思っていまして。仮に、もうちょっと違うツールがあったりとか、経済の状況が違ったとしたら、違う活躍の仕方をしていたのかもしれないと思うんですよね。その辺は、20年間人を世に送り出すお仕事をなさってきて、なにかお感じになるところはありますか?
佐藤:1科目だけなんで、あまり「世に送り出してる感」は無いんですけどね(笑)。
黒野:そうなんですね(笑)。たとえば、Photoshopというツールがあるおかげで、Photoshopを使える人を「Webデザイナー」と呼ぶ雰囲気が何となくできたんじゃないかと思ってるんですよ。絵が描けなくても、Phohoshopのおかげで「Webデザイナー」をやっている人がいるという。そして、それをコーディングする人が横にいる状況。
佐藤:うーん。正直に言って、僕はWebというものが世の中に出てきた時点で既にフリーランスとして働いていたので、そういうふうに分業制のチームとして働いたことがあんまり無いんですよね。なので、実感としては、ちょっと分かりにくいですね。
浅野:ふむふむ。
佐藤:あと、僕はデザイナーになる前に、情報誌の編集の仕事をしていたんです。情報誌の編集って「データベースをどう使うか」なんですよ。データベースにどのように情報を入力して、どのように引っ張り出すかという。それって、やってることが、ほとんどWebに近いんです。印刷所のコンピュータを使って、それをやっていたんですよね。だから、Webというものが世の中に出てきたときに「あぁ、同じコトをやってるのね」って、すぐに分かった気がしています。その仕組みが分かると、わりと大きい規模のサイトの作り方が分かるというか。どういう風にまとめればいいか分かる。そういうのって、Photoshopのテクニック云々とは、あまり関係の無い世界なんです。
黒野:それはとても理解できるんですが、とはいえ、佐藤先生と全然違う経緯でWebデザイナーになった人もいるんですよね。で、そこらへんが、「Photoshopを使える=Webデザイナー」という世界になってしまっているというか。よく見る広告で「3ヶ月であなたもWebデザイナーに!」とかってあるじゃないですか。
浅野:最近よく見ますね(笑)。そういう流れの中で仕事をしている人たちも、現実的にかなりいるとは思っています。
黒野:「Photoshopが使えたからWebデザイナー」的なアプローチで仕事を始めた人に、佐藤先生的な考え方の世界があるということを、伝えたいという感じがあるんです。この連載でも、そのふたつの世界のギャップを埋めたいという願いといいましょうか。
浅野:私も、本当にそう思っていて。私は完全に、Photoshopがあるから仕事ができている派なんですよね。「3ヶ月でWebデザイナーになる!」っていうバナーを叩いてデザイナーになっても別に良いんですけど、デザインに大事なことって、それだけじゃないよね。っていうのが、この連載で取り上げたいテーマなんです。だから、「美大の先生に会いに行こう!」という企画を立てたわけで。
黒野:佐藤先生は簡単にできてしまったので、あまり実感がないのかもしれないんですけれど、情報誌を見ていて「これWebと同じだよね」という考えを持てる人って、そんなに多くはないと思うんですよね。
そもそも「エクスペリエンス」という言葉とは
佐藤:その流れでいくと、最近「インフォメーションアーキテクチャ」的な部分であまり考えないんですよね。「検索結果=ページ」でしょ?っていう気分なんですよ。どちらかといえば。メニューをどう作ってどう誘導するかということよりも、データベースでやってることは、検索してその結果が出てきているだけなんで。
黒野:そういうアプローチで考えていらっしゃるのが、けっこう意外でした。
佐藤:その方がシンプルに考えられて、「じゃ、リストページをどうやって作るか」とか「で、個別ページをどうやって見せるか」って考えを進めていけばいいので。考えすぎて、サイト構造を複雑にしてしまうよりもそこに最適化を図っていった方が、ずっとラクにアプローチできると、最近はそうやって単純化することばかり考えているんですけど。
黒野:ふむー。今後数年経過していくと、視覚によるインターフェイスではなく音声によるものが主流になるかもしれないですよね。ボイスデザインという言葉も言われ始めていますが。そのとき、佐藤先生のようなアプローチで考えている方は、インターフェイスが音声であれ何であれ、情報の入出力にフォーカスして考えられると思うんですが。さっきの「PhotoshopがあるからWebデザイナー」的な人は、「え、画面無くなっちゃうの?」というところで、思考が停止してしまうかもしれない。
佐藤:ちょっと前の話ですけど、いわゆる「UX」という言葉が普及してきたのは、Adobeとか、MacroMediaとか、Microsoftとかが使い始めたというのがあると思うんです。
黒野:90年代のドットコムバブルのころですかね。
佐藤:そもそもWindows XPの「XP」って、「エクスペリエンス」ですからね。「製品やWebのUIに、それ以上の重みづけをしたい」ということで、「UI」の価値を高めるために「エクスペリエンス」という言葉を使ったわけですよね。ここ数年「一緒にするな」とか言われていますけれども、UIとUXを同一視させるようなことが、意図的に行われていた時代もあったんですよね。
黒野:それはそれとして、ちょっと別の方向の話があるのが、デザイナーはそれまで「画面の中のデザイン」をするだけだったのが、もうちょっと広い範囲のデザインをするようになったというか。単に情報を見るだけではなくて、どういう状況でどういう機器をどう使うかを考える、という意味を込めて「エクスペリエンスデザイン」という言葉を使っている人もいます。
浅野:この話の流れで、先頃Adobeから発表されたXDを佐藤先生に使ってもらうとどうなるか、とても興味がありますね。「情報の入出力に集約される」という考え方が、XDにハマりそうですよね。
黒野:XDは、ただページを並べるだけでなく、どうつなげば良いのかを作れるツールなので、考えを形にする部分に取り組みやすいのかと思います。プログラムも書かなくて良いし。
佐藤:ポストスクリプトを手で書く人はいないですからね。Illustratorを使うわけで。ツールによって便利になっていかなければいけないというのは、もちろんあるんですよね。
浅野:デザイナーで「たまたまPhotoshopができる」以上にできる人が、ツールの力で能力を発揮できたらいいなという期待がありますね。そういうきっかけになってくれるといいなという。
デザイナーが社会で果たしていく役割とは
黒野:先ほど「情報の入出力」というキーワードがでましたが、そういった面も含め、佐藤先生が考える「デザイナーが社会で果たしていくべき役割とは」というポイントをお伺いしたいのですが。
佐藤:これが一番難しいと思ったんですよね(笑)。先頃、オリンピックのエンブレム問題なんかもありましたが……。
黒野:それは、「デザイナーという職業に対して世間の目が厳しくなってしまった」ということですか?
佐藤:それもありますが、あれでけっこう見えてきたのが「デザイナーと仕事をして嫌な思いをした人が、世間にはこんなにいるんだ」っていうことですね。
浅野:確かに、私怨めいた意見もありましたよね。
黒野:読んでて「すみませんでした……」という気分になりましたよね。
佐藤:あれに関しては両面があって。世間からデザイナーというのは「特殊な感覚を持ったアーティスト」的なものとして、いまだに思われているんだっていう小さな驚きもありましたしね。
黒野:ふんふん。
佐藤:逆に「デザインは見た目だけじゃないよ」という方向の話に、どうしてもなりがちだったりして。それもちょっと気持ち悪いなという。
浅野:ですねぇ。
佐藤:やっぱり見た目も大事でしょう、という。
全員:笑
佐藤:やっぱり最終的なアウトプットが良くなかったら、デザイナーに頼んだ意味が無いところはあるわけですよね。そういう意味では、「最終的に世の中に生み出すものに対する責任」というのはデザイナーにあると思います。でも、「それを少し軽視するような感覚」というのが、最近デザイナーの中に生まれている気がして、僕はそれを阻止したいと思うところがあるんです。
黒野:うーん、心がけたいですよね。
佐藤:だけど、いったん外側からそれを見ると、逆の方に思われているという事実も明らかになってしまったので、そこのバランスをどうとるかを考えなくてはいけないですよね。
浅野:難しい……。
佐藤:たとえば、「あるものに対して、みんなが価値観を理解する」という状況があるんです。たとえば、静岡県の清水という土地では、サッカーがとても盛んでみんながやっていて、良いプレー悪いプレーに関する判断基準がしっかりしている。だから、サッカーを観戦していても、「地味だけど良いプレー」でスタジアムがわーっと沸く、というような。
黒野:見る目が肥えているっていうことですよね。
佐藤:たとえば「和歌」なんかでも、貴族社会に属するとても小さなコミュニティかもしれないですが、その範囲の人はみんな価値観を分かっていた。それだと狭いかもしれないけれど、清水のサッカーの話だと、もっと広い範囲の人が価値観を共有している。そういうものを共有できる状況を広げるようにするっていうのが、僕がやりたいことですね。
浅野:清水だと、数万人単位になりそうですね。
佐藤:江戸時代だったら、ちょっとお金を持っている人が浮世絵を手に入れたりとか、貴族階級だけではなく価値観の共有が広がっていたり。デザインに関しても、そういうのと同じような「価値観を共有できる範囲」というのを、広げていきたい。それが必要なんだろうな、と思っています。「デザイナーがどうあるか」ということも重要ですが、「それを取り巻く環境」も作っていかなければ。
黒野:ある意味「教育の問題」なんでしょうか?
佐藤:教育かもしれないけれど、いわゆる学校教育ではなく、社会の中で意識されるような感じというか。
黒野:それはもしかすると、デザイナーの問題だけではなくて、政治の責任かもしれないですけどね。
佐藤:そうかもしれませんね。一人ひとりが、価値判断をしなくなってしまってきていると思うんですよ。作り手の側も「この人がデザインすればいいよね」っていうふうになってしまっていて。
浅野:思考停止ですよね。
佐藤:「このブランドだから良いよね」とか。
黒野:自分がジャッジしない、ということですね。
佐藤:小さなことでも良いんですが、自分が価値判断をするようにしていかないといけないと。みんな、価値観を押しつけられることに慣れてしまっていると思っています。
センスをどう磨いていくのか
黒野:いまのお話に出てきたように、何が良いのか悪いのか価値判断をするのは、「センス」というものが重要になってくるのかと思います。このセンスというものを磨くためにはどうすればいいと、佐藤先生はお考えでしょうか?
佐藤:学習環境の他に、僕がいつも考えていることがあります。基本的に、デザインでもなんでも、好きであることはとても大切なんですけど、好きだからといって、情報を吸収するだけのオタクになっちゃうのはダメなんですよね。だけど、適正なレベルの質的/量的インプットがないと、その分野で成長できない。この図を見てもらうのが分かりやすいと思うんですが……。
佐藤:デザインを勉強しようとしたときに、デザインを勉強する時間や仕事をする時間って限られているじゃないですか。だから、それ以外の時間に、いかにデザインのことを意識し続けるかというのが重要だと思うんです。
全員:よく分かります……!
佐藤:デザイナーになる人は、24時間デザインのことを考えているから、他の人よりアドバンテージがある。どんな分野でもそうですけど。
黒野:昔、著名な野球投手で、同じことをおっしゃっていた方がいます。ご飯を食べるときのお箸の持ち方まで、投球フォームを意識してしまうという話。自然に、ついついそうなってしまうという。
佐藤:何を食べるかということまで、すべて野球のためにやるわけですからね。そして、苦じゃなくてそれができるという。なので、勉強する時間よりもそれ以外の時間をどう過ごすかということが、やはり重要。それがしたくない/できないというのは、気になることが他にあるということなんじゃないかな。
浅野:授業の中でも、センスの磨き方のかけらみたいなものをちょっとやるけれど、それ以外の時間でもそれを常に意識しながら過ごしていて、次の授業に戻ってきたときにその時間の過ごし方がどうだったのか、確認というか発見できる感じですよね。
佐藤:そうですね。あと、「質」と「量」の両方が大事なんですよね。インプットがあれば自然と「量」が増えるんだけれど、「質」という意味では、どこまで深掘りできるかですよね。それは、「デザインをどういうふうに読むか」ということだと思います。できあがったデザインから、作り手の意図がどういうところにあったのかを読み解くということ。自分の考え方で良いし、正解は多分無いし、答えを作り手に確かめに行く必要も無いんですが。でも、「どれだけ読めるか」というところをずっとやっていると、自分が何かを作るときに、逆に出てきやすくなる。
黒野:「デザインのデコンパイル」みたいな感じですかね。
佐藤:そうそう。そうやって得たセンスは、発想として抽象化されているので「パクり」ではないんですよ。アウトプットそのもの真似するのはNGなんだけれど、そのアウトプットがどうでてきたのかという「プロセス」を吸収して消化して自分の身体の中に入れていくのは、「パクり」ではない。
浅野:その過程の中で、どの部分を吸収してどう消化するかというところに、個性が出るんですよね。
黒野:消化の途中で、その人のバックグラウンドが取り込まれてしまうので、逆に100%トレースできないんじゃないかと思うんですよね。そこが個性になるというか。
佐藤:そういうものが、自分の中の「デザインのボキャブラリー」になるんですよ。言語を獲得するときにも色々な言葉を知ってそれを使って喋っていくのと同じで、「デザインのボキャブラリー」を使って、それでデザインをしていくようになる。
黒野:早川先生のインタビューで、まったく同じ主旨のことをおっしゃっていましたよね!
浅野:言葉としては「引き出しを増やす」っておっしゃっていましたけれど。共通の部分があると、嬉しいですね!
黒野:最後に先生から、若いデザイナーの卵に向けて、何か一言あればいただけますか?
佐藤:今日出た話の中で、グラフィック的なものとエディトリアル的なものの話がありましたよね。デザイナーを目指す人の中には、「とにかく絵を描きたい」という方向性で目指す人も多いと思うんです。だけど、エディトリアルに興味を持ってこの業界に入ってくる人が少ないので、そういう人がもっと多くなると、面白くなるのかなと思っています。それから、いまあるものに対して「これをやりたい!」って思う人だけではなくて、「いま無いものを作りたい!」って考えて目指してくれる人がいると、面白いことができるんじゃないでしょうか。
浅野:そういう人に、この記事が届くと良いですね!
黒野:ですね! 今日はありがとうございました!
書籍のご紹介
このインタビューの中の図版は、下記の佐藤好彦さんの書籍より引用しました。ご興味をお持ちの方は、ぜひご一読されることをおすすめします。
Amazon.co.jp: デザインの授業 目で見て学ぶデザインの構成術: 佐藤好彦: 本
まとめ
くれまのまとめ
今回の記事は私が書き起こしとまとめを担当したのですが、お話が面白すぎ、もったいなくてなかなかカットできず、非常に長くなってしまいました……。楽しんでいただけましたでしょうか? この記事を読んだ方が「佐藤先生に習ってみたい!」と感じてくださるんじゃないかな、とちょっと期待しています。
さくらのまとめ
デザイナーとしても教育者としてもキャリアの長い佐藤先生だからこそお感じになることも多く、大変勉強になりました。前回の早川先生と共通する部分や、三人でウンウンと同意する場面も多くあり、デザインすることの本質に少し迫れたんじゃないかなと思います。佐藤先生の本は体系立ててデザインを学びたい方にはぴったりで、おすすめです!