ペイントもVRの時代!? エリック・ナツキが手がけるVRデジタルツール。

Project Dali:VRで無限大のキャンバスを

様々な新プロジェクトのニュースに湧いたAdobe MAX2016にて、Adobe Research による「Project Dali」が発表されました!これは、Adobeが満を持して発表する、VRのデジタル・ペイントツール。HTC ViveのVRヘッドマウントディスプレイとコントローラーを装着し、仮想空間のなかで立体的なお絵かきが楽しめるツールです。

従来はモニタをキャンバスにマウスやペンタブで描いていたものが、「Project Dali」ではヘッドマウントディスプレイの中の世界で、身体を動かしながら直感的に絵を描くことができます。ポイントは、Adobeの得意分野だけに、多彩に揃ったブラシやテクスチャ、カラーなどの豊富な選択肢。まるで回転式名刺ホルダーのような形状のパレットをパタパタとスクロールしてセレクトするインターフェースがユニーク。描いた絵は3Dなので、球状のものをペイントしたり、絵を手でつまんでぐるぐる回したりなど、既存のお絵かきの概念を飛び越えた、新鮮な体験ができます。

そして体験してみてわかるのは、大自然の中でも、未来都市の中でも、VRなので目の前に広がる環境を自由自在に変えられる面白さ。大草原のなかでお絵かきをするのはものすごく気持ちがいいものでした!

それでは、AdobeのVRペイントツール「Project Dali」がどのような思いで作られたのか、開発者メンバーのAdobe Research所属アーティスト、Erik Natzke(エリック・ナッツキ)によるブログをご紹介します。エリックは、「Adobe MAX Japan」や「FITC」などで多数来日し、Flashをツールにアートとテクノロジーがハイブリッドに融合する作品を手がけている、日本でもお馴染みのアーティスト。デザイナーがテクノロジーを武器にした時に生まれるクリエイティビティを知り尽くす彼が手がける「Project Dali」だけに、今後の発展が期待されています。それではエリックのブログをどうぞ!

Adobe Research プリンシパル アーティストインレジデンス
エリック ナツキ(Erik Natzke)

私はアーティストで、アナログ空間で物の感触を楽しみながら制作することが大好きです。デジタルでの制作も嫌いではありませんが、2つの世界を行き来する際にフラストレーションを感じることがよくあります。私は、デジタルの方が制約が多いと感じています。これにはエンジニアリング的な発想が関係しているのかもしれません。アナログでは、頭の中で思い描いたアイデアを、体を使ってキャンバスやカメラや粘土で直接表現しますが、デジタルでは、それをどうやって実現するのかを考える、という余計な作業が必要になります。これに対して物理空間に存在する道具は、自分のビジョンを表現するには、はるかに柔軟で寛容です。私の最新の研究はここからスタートしました。Project Daliは、仮想現実(VR)における空間力学と動作力学を応用したクリエイティブツールの構築を目標にしています。

現在はまだ開発の初期段階にあるProject Daliは、VR空間での没入型の描画体験を提供するものです。アーティストはカスタムブラシを使って、作品のまわりを回りながら、三次元空間の中で制作することができます。自分の絵画の中を文字通り歩き回ることができます。あまりにも超現実的な体験であることから、私たちはこれをシュールレアリスムの画家にちなんで「Project Dali」と名付けました。この体験はこれまでにないまったく新しいもので、ユーザーは人の手の代わりにマウスやキーボードを使うという行為から解放されます。最終的には再び物理空間に戻ることになるわけですが、そこには二次元の平坦なイメージを超えた新たな水準の表現力が加わっています。今はまだ未知数ですが、ほかにもさまざまなことができるようになるでしょう。

新しい道を探求する
Project Daliは、Minnesota Street Projectにあるアドビのスタジオで始動しました。プロジェクトのために招聘されたアーティストは、さまざまな手法でアナログをデジタルに変換して制作を行っています。しかし、彼らにとって、それらはあくまでも自己表現という目的を達成するための手段にすぎません。彼らはいわば、通る人が少なく、いまだ踏み固められていない道に立つアーティストです。彼らの型にはまらない技法は、Project Daliを具体化するうえで多くのインスピレーションを与えてくれました。調査と研究の結果をテストし、フェローアーティストたちと共有するなかで、私たちはより大きな夢を描き、どうすれば彼らの哲学とアプローチをProject Dali環境に統合できるかを模索しています。

マヤ ゴールド(Maya Gold)はフェローアーティストの1人です。マヤのアートはいわば引き算のアートであり、キャンバスに絵を描き、乾ききらないうちに絵具を取り除いて白やベージュのキャンバス地を見せていきます。VRの可能性についてマヤと話したときに、彼女の考え方は非常に刺激的でした。それまで私は、削除し、消去することの重要性について考えたことはありませんでした。削除の道具は1種類あればいいわけではないこと、また絵具はいつまでも濡れたままではなく、時間の経過と共に粘度が変化するため、タイミングが大切なのだということも意識したことはありませんでした。マヤのおかげで、VRのクリエイティブツールに必要な要素として、削除と時間について考えるようになったのです。

Minnesota Streetでは、ある木工作家との会話からもアイデアをもらいました。VRを使って三次元空間で直線を接続する方法について相談すると、彼にはそのやり方が直感的にひらめいたのです。私たちは、どうすれば本物の木材では不可能なやり方でオブジェクトの長さを変更できるかについて考え始めたのですが、それは完璧な本棚のデザインを可能にする画期的な方法でした。このようにVRは、すべての木工作家の胸の内にある数学的思考や数学的こだわりを仮想的に表現する新たな道となります。こういった会話、そしてオープンな環境でデザインするという基本理念が、Project Daliの方向性を決定づけるものとなっているのです。

アーティストからだけではありません。私は、子どもたちのテクノロジーの使い方からもヒントをもらいました。子どもたちがスマートフォンやiPadを使う様子を観察してみると、彼らはデバイスに向かい、自然な動作ややり取りを通じてその機能を見つけていきます。子どもは大人が教えなくても物事を学習します。このこと、つまり、探求によって、楽しみながら自然に使い方が習得できることは、VRがもたらす体験の代表的なものだと思います。

自分の好きなようにさせてくれるテクノロジー
Project Daliはデジタルでもアナログでもないと考えています。デジタルとアナログの融合体であり、完全にユニークな存在です。デジタルという無限のやり直しがきく世界に、テクスチャ(たとえば鉛筆の柔らかな描き心地)と時間(絵具が乾いていく過程)の要素を組み込むことができます。これまで静的とされてきたアートを三次元空間で操作できるようになり、その過程において、アートはそれまでとは違った魔法のようなものへと変容します。

Project Dali、そしてVRをキャンバスとして用いるという新たな挑戦に向けた私のビジョンは、アーティストである私たちがやりたいことを理解し、それを好きなようにやらせてくれるテクノロジーの実現を目指して進み続けることです。今の私にとっての何よりの喜びは、アーティストたちがProject Daliでの制作に没頭している姿を見ることです。ファイルやレイヤーといった概念はなくなり、何の制約もなく、流れるように自由に描くことができます。

私はProject Daliは楽器のようなものかもしれないとも思います。ミュージシャンにとって、楽器はクリエイティビティを実現するものであって、奏者とその頭の中のアイデアの間に立ちはだかるものではありません。VRも同じです。使うことによって学んでいくものなのです。

Project Daliの詳細とAdobe MAX 2016の内容についてはこちらを、sneaksについてはこちらをご覧ください。また、Minnesota Street Projectでのアドビ・チームとフェローアーティストの活動について、こちら(英語)で紹介しています。

原文執筆:Erik Natzke