台頭する人工知能(AI)は、UXデザインをどう変えるか?
エクスペリエンスデザインの基礎知識
「AIはもはや開発者やデータを扱う研究者だけのものではありません」とは、Big Mediumの設立者であり、複数のデザイン書籍の著者であり、Couch to 5kアプリの発明者であるジョッシュ・クラークの言葉です。
彼によれば、予期できない程の量のデータが収集され、多くのインタラクションがAIのアルゴリズムにより駆動されている状況で、どのようにデータと向き合い、どのようにデータを提示し、どのようにデータを使ってユーザーの振舞いを形づくるかは、現代のデザイナーにとって本質的なデザインの問題になったということです。
「一般的には、これまでデジタル画面のデザイナーは、操作フローや表示されるコンテンツを十全に制御して、インターフェースをデザインしていました。しかし、いまや徐々に、そしていくばくかの不快さと共に、その制御の一部をアルゴリズムやデータ構造に、その正体がはっきりと理解できないまま、分け与えています。人々をきちんと理解してもいないアルゴリズムやデータに対してです」と彼は指摘します。
スカイネットはまだ来ない
AIの能力は、特に音声認識の分野において、飛躍的に向上してきました。同時に、デザイナーにいくつもの課題をもたらしました。
「しばしば、AIに対する恐れのような感情があって、ターミネーターの世界のようにスカイネットが覚醒しつつあると性急な意見も聞かれます。ですが、それはまだまだ遠い将来の話です」
そう言って、クラークは、デザイナーが対処すべき、より身近な課題の存在を示しました。
- Siri, Alexa, Cortana等に対する、音声による指示がうまく理解されなかったときの、ユーザーの不満への対処
- 心地よい体験を提供する機能がシステムにはまだ無い状況の予期とそれに対応するデザイン
- クライアントやユーザーの過度なAIへの期待に対する対応
「AIが立ち上がり始めた今の段階で考えるべき本当に重要な課題は、ユーザーの期待を適切に設定し、ユーザーの振舞いをシステムの能力に合わせて導くことです。ユーザーが誤った期待を持っていたり、システムにできないことをさせようとすれば、不快な思いをするでしょうし、ときには『被害』が起きることもあります」
「AIの偏見」への取り組みの必要性
彼の言う『被害』とは、機械学習の予期しない偏りです。その例として、白人以外の顔を検出できないという人種的な偏りを見せたアルゴリズムを彼は挙げます。
クラークの意見では、「かつて無い規模でのUX調査が解決策になります。それが、様々な未知の事項によりつくり出されたブラックホールを埋める唯一の手段です。ちょうど、機械が人の助けになるように、機械の理解できない分を人が埋めなければならないのです」
彼は続けて、「もし、一部の標準的な人だけでなく、すべての人の役に立たせたいなら、テストケースの量と種類を増やして、きちんと動作するかどうか確認することが必要です。従来は、比較的限られたデータ群以上を扱う能力は一般に存在しませんでした。今は、向上したデータ処理や蓄積された大量のデータを使い、文字通り何百万もの人にアイデアや製品を試したり、データモデルの正確性を確認することだって可能です」
ユーザーはどの程度人間的な製品を求めているか?
デザイナーが取り組むべき別の課題は、次の言葉の中に見つかります。「より人間らしくなればなるほど、完璧になるまで、むしろ奇妙さと不気味さが増してくる」
AIは、まだどのように答えたら良いのかすら不明な、多くの疑問を提起します。SiriやAlexaのようなシステムは、どの程度の個性を持つべきでしょうか?そして、どの程度の個性を私達は期待しているでしょうか?それらは単に何か役に立つものに過ぎないのでしょうか?それともAIにより人と機械の関係を想像したことの無い段階まで深める可能を持つものでしょうか?私達は、スパイク・ジョーンズの映画「her/世界でひとつの彼女」の主人公のように、コンピューターと関係を構築したいでしょうか?
「この点に関しては、まだたくさんの不明な領域がありますが、直感的には、人間相手に近いレベルで機械とコミュニケーションできるようになればなるほど、機械を使うことが容易で便利になるだろうと思います」とクラークは言います。時間の経過と共に、ユーザーインターフェースはより人間的な要素を持つよう進化してきました。タッチを感じる能力、そして今ではお互いに会話する能力を持っています。
「機械と人らしく関わることについては、これは人の考え方や意思の伝え方がそうだからなのですが、継続して可能な限りその方向に進化を続けているようです。一方で、機械が理解できなかったり、機械による理解が不十分なときに、不安や不快を感じるという体験が起き始めています」
AIはデザイナーの仕事を奪うか?
クラークは、最近GoogleRNNについてのThe Atlanticの記事に対するブログを書きました。GoogleRNNは、AIに描き方を学習させるシステムです。こうした実験は、創造性や芸術と、知性との関係の探求であるクラークは言います。彼は、RNNの猫の描画について次のように言及しています。「機械は猫とは何かを理解できないとしても、スケッチして、それが猫の『シンボル』であることは理解できるのです」
「当座のところ、これらの実験は我々の行いを真似ているだけです。我々がどのようにスケッチするかを観察し、見たものをを私達に返しています。ここで、私が興味深いと感じるのは、データモデルに対して一般的な『シンボル』を教え始めているという点です」と彼は言います。
これを踏まえたなら、このようなシステムが、異なるニーズに対する効果的なUIを解釈するよう、教育されている様子を想像できるようになるかもしれません。クラークは、Pinterestのような閲覧体験や、Eコマースの体験、そしてメディアを読む体験などを例に挙げ、システムが、それぞれの異なるゴールを達成する手段ごとに、共通のパターンを特定し始めるようになるだろうと言っています。
「もし、機械がそれらのレイアウトを理解し、その中に配置されるシンボルを理解すれば、比較的近い将来に、与えられた情報に基づいて、インターフェースやワイヤーフレームの少なくとも最初の草案を、システムがスケッチし始めるようになると想像できます」
「まもなく、AIが簡単な制作作業、つまり初級レベルのデザイナーが行うような仕事をこなす能力を持つのは不可能では無いでしょう」と彼は言います。これは次のような質問を想起させます。デザイナーはAIに仕事を奪われるのでしょうか?それとも自由になった時間を使い、より創造的で広範で戦略的な働き方を考えるようになるでしょうか?
安心してください。クラークはデザイナーがあまり心配する必要は無いだろうと感じています。なぜなら、結局のところ機械は我々と同じようには考えないからです。クラークは参照先として、デザイナーのマット・ジョーンズが、AIは人の対となる種とみなされるべきと書いた記事、そしてWired Mamazineの元編集のケビン・ケリーの、AIの真の力が、我々とは異なる異質な知性にあるという知見を紹介しました。
「AIは、我々の働き方や考え方を永遠に変えてしまうような何かではありません。ですが、私達の働き方と興味深い関わり方をするパートナーになるでしょう。私が思うに、これはクリエイティブ業界に特に当てはまると思います。役に立ち、いつも一緒にいる相棒は、仕事を効率的で、洞察に満ちたものにして、人だからこそできる作業に集中させてくれることでしょう」
AIが変えつつある状況
AIはもっと多くのデザイナーとの関わり求めています。そして、クラークは、AIがもたらす潜在的な機会と障害をよりよく理解するため、オンラインに無償で公開されている様々なAPIを使い、AIを模索することを推奨しています。
「我々デザイナーの新しい役割は、インターフェースのデザインだけでなく、AIにより発生する奇妙さや曖昧さの予期も含んでいるだろうと考えています」と、クラークは言います。
「私は、機械学習やAIと共に達成できるようになるであろうことについて極めて前向きです。しかし、同時に、私達の社会や文化のもっとも基本的な領域の一部に組み込み始めるにあたって、デザイナーとして疑念と批判の目を持って扱うことも重要だと考えています」
※ この記事はThe Rise of Artificial Intelligence: How AI Will Affect UX Design(著者:Sheena Lyonnais)の抄訳です