モバイルアプリのブーム終焉と、その次に来るもの | アドビUX道場 #UXDojo
エクスペリエンスデザインの基礎知識
ほんの数年前、アプリを提供することは強力なモバイル戦略だとみなされていました。ユーザーも積極的にアプリをダウンロードして使っていました。しかし状況は急速に変わり、最近のユーザーは新しいアプリをダウンロードすることに以前ほど関心を持っていません。プロダクトデザイナーの多くがそれを見て、「モバイルアプリの市場は終わりつつあるのでは?」と疑問を持つようになりました。
本記事ではこの問いを踏まえ、この市場の未来について考察します。
統計が教えてくれること
2017年に調査会社Statistaが発表したレポートによると、アップルのApp Storeには200万以上のアプリが選択肢として提供されています。App Annieの2017年の調査によれば、全世界でアプリがダウンロードされた総数は、前年比で60%の成長をとげ、ユーザーがアプリを使って過ごす時間は30%増えました。これらの数字からはアプリの衰退は感じられません。しかし、問題は、勢いを得ているのはごく一部のアプリだけだということです。アップルのApp StoreやグーグルのGoogle Playストアに出されるアプリの多くは無用の長物の状態です。
モバイルアプリのブームが終了したことを明らかに伝えているいくつかのトレンドがあります。
- 均的なアメリカ人がひと月にダウンロードするアプリ数はゼロ。
- Google Playで提供されるアプリの60%は一度もダウンロードされたことがない。
- アプリをダウンロードしたユーザーの80%はアクティブなユーザーにならない。多くのアプリはダウンロードののち忘れ去られる。
- アプリの80〜90%は、一度使われただけで削除される(Compuwareによる調査より)。
- 平均的なユーザーは、アプリ使用時間の50%を最も利用頻度が高いアプリ、80%近くを利用頻度上位3つのアプリに充てている(Compuwareによる調査より)。
人々のモバイルデバイス利用時間は1日平均2時間。そのほとんどが特定のお気に入りアプリに費やされる。comScoreの調査で明らかになった利用頻度上位アプリは予想通りの顔ぶれ。出典:comScore
これらのデータを見ると、2019年までにブランド企業の20%がネイティブアプリの提供を取りやめるだろうとするガートナーの予測も、うなずけるのではないでしょうか。
モバイルアプリが直面する共通の課題
モバイルアプリの市場を分析すると、この問題には、マーケティングとUXに関連する2つの側面があると捉えることができます。
マーケティングの課題
アプリ提供者にとっては、ユーザーがアプリを入手して使い始めるずっと前の段階から、することが山積みです。もちろん開発、そしてユーザーにアプリの存在を知ってもらうためのプロモーションも必要です。モバイルアプリの開発にはコストがかかります。具体的には1,000万円(多くの場合もっと)の開発費と数ヶ月にわたる開発期間が必要になるでしょう。
ユーザーの獲得にかかるコストはそれ以上です。アプリをインストールすべきだとユーザーを説得するためのコストは高額です。加えて、継続的な利用を促すためのコストはそれ以上です。Selioという企業が2016年に公開した自社アプリの事例では、Webサイトにアクティブユーザーを獲得するコストと比べ、アプリを新規にダウンロードして利用させるコストは10倍だったそうです。
ユーザー体験の課題
アプリはインストールしなければ使えません。つまり、まずアプリストアに行き、アプリを検索し、インストールのためにクリックし、ダウンロードの完了を待つ、といった手間を事前にかけて、はじめてアプリを使える状態になるのです。これらのステップそれぞれで20%離脱することが報告されています。
Iliya Grigorik氏のプレゼンテーション「Escaping tabs with progressive (web) apps」から
ユーザーが価値を感じるかどうかも課題です。人々は、自分のデバイスに新しいアプリをインストールすることに、以前より抵抗を感じるようになっており、その一番の理由は価値を見出せないことです。価値は、そもそもアプリをダウンロードしたいと思うきっかけです。もし価値が理解されなければ、アプリがダウンロードされることはありません。すでに述べたように、ユーザーはほとんどの時間を一部のアプリに費やしがちで、そのような状況では、新しいアプリを必要とする人を見つけるのは困難です。結果として、アプリの大半が、世に出たその瞬間に死んだも同然の状況に置かれてしまうわけです。
モバイルアプリが直面する、もうひとつのUXの課題が、選択の難しさです。ダウンロードすべきアプリを選ぶとき、多くのユーザーは膨大な選択肢に圧倒されます。Google Playには数千のアプリが「生産性向上」のカテゴリにリストされていて、さらに毎週のように新しいアプリが追加されていきます。もし何らかの要件を満たすアプリが必要だったとして、そこから本当に必要なアプリを探し出すのは大変な苦労です。
アプリマーケットで入手できるアプリの数があまりに膨大であるため、どれをダウンロードして使うべきかの判断が困難になっている。
更に問題は続きます。ユーザーは既にアプリに埋もれています。たとえアプリをダウンロードしても、その多くは最初に使われたあと、次第に忘れられてしまいます。アプリの価値を発見してもらうだけにとどまらず、習慣的に使ってもらえるようになるというのは、実に高いハードルです。
モバイルアプリの次に来るものは
アプリを開発しプロモーションを行うことがどんどん高くつくようになりました。ここまでを読んで、モバイルアプリの市場には先がないと思うかもしれません。しかしそれは違います。実際、統計やユーザー行動分析が示していることは、市場が変わりつつあるということです。アプリは継続的に進化を続け、やがて私たちは「アプリ」をまったく異なる観点から定義するようになるでしょう。
変化に備えるには、最新のトレンドを知ることが重要です。ここからは、これからのモバイル業界に大きなインパクトをもたらすであろうテクノロジーを2つご紹介しましょう。
プログレッシブウェブアプリ(PWA)
モバイルの未来を担うのが、ネイティブアプリではなくブラウザーになる可能性は充分にあります。現在Webのトラフィックの半分以上がモバイルからという事実をふまえれば、ユーザーがすでにいる環境にサービスを提供するほうが、新しい場を別に設けるよりも合理的です。
ウェブアプリ自体は新しいものではありません。実際、モバイルアプリが登場するずっと以前から、ネイティブアプリの簡易版として存在していました。低い性能やデバイスを操作する機能の欠如がその欠点でした。しかし、最近、この状況は変わりました。「プログレッシブウェブ」と呼ばれる新しいテクノロジーにより、より強力な製品を開発できるようになったのです。プログレッシブウェブにより、ウェブアプリ、特にAndroidまたはiOSをターゲットとしたものは、その使用感がネイティブアプリとほぼ区別がつかないほにどまでなりました。
ネイティブアプリと同様に、プログレッシブウェブアプリはホームスクリーン上にアプリアイコンが表示され、タップすると起動する。そのため、サイトのアドレスをブラウザーに入力する必要はない。出典:addyosmani
ネイティブアプリと比較して、PWAには以下のような優位な点があります。
- インストールが不要です。設定に余分な時間がかかることも、ストレージ容量を使うこともありません。これは回線速度が遅く、接続料が高く、デバイスの容量が小さい新興マーケットにおいてはとりわけ重要な点です。もし十億ユーザーをターゲットとするならPWAが最適でしょう。
- 見つけやすさも利点です。PWAアプリ内のコンテンツは、検索エンジンが容易に発見できます。
- アップデートの提供が容易です。PWAは、ネイティブアプリよりも公開までの時間を大幅に短縮できます。ネイティブアプリの場合、新しいバージョンを開発したら、まずストアの審査が待っています。通ったあとでもさらに、ユーザーがアップデートをダウンロードするのを待たねばなりません(アップデートを意図的に見送るユーザーもいます)。PWAの場合、単純に最新のコードに更新すれば、次にサイトを訪問したユーザーは新バージョンを使うことになります。
- より一貫したデザインを提供できます。3つの異なるデザインをiOS、Android、レスポンシブサイトとそれぞれ用意する代わりに、PWAの場合はすべての環境に対応する1つのアプリをデザインします。これはアプリ開発にかかる時間を短縮するだけでなく、デザインの一貫性にも繋がります。デザイナーは、1つのガイドライン作成に集中でき、より有意義に時間を使うことができます。
- 複数チャネルの組み合わせが容易です。ユーザーは、どんなデバイスからアクセスしても一貫性のある体験を求めています。あるデバイスで使い始め、他のデバイスに切り替えて再開することは自然な動作です。帰宅途中の通勤電車でショッピングカートに目に付いた商品を入れたあと、自宅のPCからきちんと商品を確認して購入手続きを完了できるような機能はどうでしょうか?PWAであれば最小限の投資で実現できるでしょう。
- ネイティブモバイルアプリのルック&フィールを提供できます。Firebaseと呼ばれるフレームワークを使えば、モバイル環境のブラウザー上にネイティブアプリとほぼ同等の体験を構築できます。パフォーマンスは良好で、プッシュ通知機能も利用できます。
- PWAはオフラインでも稼働します。
- ハードウェアの機能にアクセスできます。位置情報やデバイスを振動させる機能は、既に大半のブラウザーでサポートされています。残念ながら、多くのハードウェア機能やセンサー入力にはまだ対応できていませんが、NFC、加速度計、ジャイロスコープなどのいくつものデバイス機能のサポートに向けてブラウザーベンダーが取り組んでいます。
多くの大企業がPWAに取り組んで、目立った成果をあげています。たとえばAliExpressがPWAにアップグレードした結果、Web上のコンバージョンが74%増加しました。
AliExpress PWA
PWAの用途はビジネスアプリに限定されません。2016年には、iOS App Storeの収益の75%、そしてGoogle Playの90%が、ゲームによるものでした。最新のWebテクノロジーはWebGL(ハードウェアで高速化されたグラフィックス)を活用した3Dゲームの開発を可能にし、そのパフォーマンスはネイティブに近いものです。良い例のひとつはPolycraftで、ブラウザー上でこれまでにないユニークなエクスペリエンスを提供しています。
Webブラウザー上で動作するゲーム「Polycraft」
PWAがすべてのネイティブアプリを置き換えることはないでしょうが、その数は間違いなく増えるでしょう。多くの企業は、一度しか使われないアプリの開発が不要であることに気づき始めています。
チャットボットの台頭
世界で最も人気のアプリのカテゴリーは何でしょうか?「メッセージ」アプリです。多くの人々がWhatsApp、Facebook Messenger、WeChat、Skypeなどを使い、友人、家族、同僚とコミュニケーションしています。2015年には、ユーザーがメッセージアプリ上でSNS上よりも時間を費やすまでになりました。チャットアプリを、様々な課題を解決するための強力なエコシステムに進化させることも可能でしょう。そして、その中心にあるのは「チャットボット」でしょう。チャットボットは「対話型インターフェイス」を持ち、ユーザーはテキストや音声、それに絵文字も使って、ソフトウェアとやりとりすることができます。
ボットをメッセージアプリに統合する大きな利点は、特定のタスクを達成するために、個別の専用アプリを新たにダウンロードする必要がなくなることです。代わりに、ユーザーは単純に自分の意図をタイプするか話しかけて、アプリケーションに伝えるだけです。多くの企業が、チャットボットは人とマシンの間をとりもつ有力なインターフェイスになる可能性が高いと考えてます。
2つの人気メッセージサービス(WhatsAppとFacebook Messenger)を提供するフェイスブックは、この分野ですでに試験的な取り組みを始めています。2015年に公開された「Facebook M」は、人の対話にAIを組み込んだ試みのはしりで、フェイスブックユーザーが行う一般的なタスクの多くを実行できる「スマートパーソナルアシスタント」です。このサービスは広く普及することなく2018年初頭に閉鎖されましたが、フェイスブックのデザインに大きな影響を与えました。ユーザーがアシスタントに任せたいタスクの種類についての知見を学んだのです。
「M」は、フェイスブックのバーチャルアシスタント。買い物やレストランの予約などのタスクをユーザーに代わって自動的に行う。出典:フェイスブック
ボットを介した体験が普及するのにまだ時間が必要なことは明白です。多くの人々は、ネイティブアプリやWebを使う方を、テキストメッセージを送るよりも好んでいるからです。しかし、近年の人工知能(AI)と自然言語処理技術の分野における進歩は、ボットとのインタラクションをより自然なものにしていくでしょう。何年か先に、音声UIが私たちにとって標準的なインターフェイスになる可能性は充分にあるでしょう。
おわりに
「アプリの時代はもう終わった」と言われても信じる必要はありません。モバイルアプリのビジネスは、終わりを迎えようとしているのではなく、進化し成熟しているのです。デザイナーと開発者は、常にユーザーを魅了するための新しい手法を見つけようとしています。もし新しくネイティブアプリを作ろうとしているのなら、立ち止まって次のように考えてみてください。「次のアプリを従来通りにつくる代わりに、新しいプラットフォームやテクノロジーに着目すべきかもしれない」
この記事はThe Death of the Standalone App and What Comes Next(著者:Nick Babich)の抄訳です