UXデザインのあいまいな定義が向かう先 | アドビUX道場 #UXDojo

連載

エクスペリエンスデザインの基礎知識

最近、ある友人から打ち明けられました。「自分はUXデザイナーとして雇われたと思っていたのに、実際に働いてみたらグラフィックデザイナーのような仕事だったんだ」

彼の会社は、マーケティングの視点から顧客を理解する方法に関してはいくつか先進的な取り組みをしていますが、まだ顧客を「ユーザー」とは見ておらず、ユーザー体験の改善への全体的な取り組みは行われていません。彼が言うには、あまりにも多くの決定が、実際のユーザー体験ではなく、仮説に基づいて行われています。

彼に起こったこの状況は、UXの定義のあいまいさに起因する、より大きな問題の構造の現われです。World Design Dayイベントで、UXを取り巻く状況の変化に着目したところ、UXはちょっとしたアイデンティティークライシスに直面しているらしいということを発見する結果となりました。

「皮肉なことに、本来UXデザイナーは何かを使いやすくしたり理解しやすくするはずなのに、いまだに自分達が何をするのかという説明の仕方は複雑なままです。なぜ我々は、簡単に受け入れられ理解される定義をデザインするために我々の力を使ってこなかったのでしょうか?」とMSTQの創立者Yazin Akkawiは、Do We Need A Better Term for UX?という記事に書きました。

彼は次のようにも書いています。「UXの定義の一貫性の欠如と複雑さが、その意味を削ぎ落としてしまいました。特に重要な点は、UXデザイナーという職業はただのバズワードに過ぎないという認識が広まったことです」

この一面的な考え方は、企業が優れたUXをつくるために必要なリソースを過小評価し、UXの価値をアプリやサイトの「表面」に限定する傾向につながるだろうとYazinは論じています。

私の友人のUXデザイナーが、包括的なユーザー体験をつくり出すのに必要なデータやツールを与えられずにUIデザインを行っている背景には、このような状況が存在します。企業にUXデザインがこれまで以上に浸透している今こそ、UXの定義を統一すべき時ではないでしょうか。それとも、やはりUXは複雑すぎるのでしょうか?

バラの名前が変わっても

UX Design CollectiveのThe State of UX 2018レポートは、手に余るほど沢山の刺激的なタイトルの記事や論説を分析しています。最初の話題は「UX is dead(UXは死んだ)」で、そのタイトル以上に深い物語の存在を明らかにしています。

彼らが発見したことは、「UXデザイナー」という広範な言葉は、「ウェブマスター」や「インフォメーションアーキテクト」と同じ道を辿り、現実の必要性に合うように変化し分解されていくだろうということです。

これは必ずしも警戒を呼びかけているわけではありません。「我々は、人々のために、意味ある体験をつくる役割に従事しながら、これまでもずっと状況に適応し、呼称もそれに合わせてきました」とレポートも述べています。

一方レポートは、一部のUXデザイナーがかつてはUXと無関係だとみなされていた領域に進出していることも記しています。例えば、音声UIやVR/ARなどの領域です。その他に、モーションデザインやプロトタイプ作成のような特定の分野に特化した人たちについても書かれています。こうした作業は、従来、UXデザイナーの広い責任範囲の一部とされていました。このような領域や責任範囲の変化にも関わらず、多くの人は未だに「UXデザイナー」という総称を使用しています。

更に、レポートは、「UXデザイナー」から「プロダクトデザイナー」への肩書きの変更が、2018年のトレンドであることも見つけています。レポートには、「企業内での(UXデザイナーの)役割と責任が増加して、ビジネスとデザイン戦略の深い理解が欠かせなくなった」ためとあります。

一部のUXデザイナーには、とてものめない話でしょう。特に、UXの美的な側面に惹かれたり、ユーザーの経験をビジネスの利益よりも大事に思うなら。しかし、これは簡単に無視できる話ではないかもしれません。

「そろそろ、私達はアーティストではなく、ビジネスの一部であると受け入れる時が来たのです。2018年は、デザイナーはもがきながらも、デザインする機能や画面や体験に対し、戦略的な態度をとることを学ぶ年になるでしょう」とレポートは告げています。

あなたはどのタイプのUXデザイナー?

企業は組織内のUXの位置づけを明確にしようと取り組み、UXデザイナーは常に変化と進化を続ける分野の中でこの先進むべき道を見極めようとしていますが、中にはデザインそのものの意味が変わりつつあると指摘する人もいます。

Clay ChandlerはTIMEの記事The Meaning of Design is Up For Debate. And That’s A Good Thingに次のように書きました。「デザインがビジネス領域に本格的に接近したことで、デザイナーとは何者で何をすべきなのか、幅広い議論が沸き起こりました」

「この新しい時代に、賢い企業のリーダーは、デザインが重要な違いを生み出すという考えを受け入れています。ほんの10年前、経営陣は、デザインを二次的な要素とみなし、美的な要素が求められる領域や、せいぜいマーケティングや広告で企業イメージを最適化するものと考える傾向にありました。もはやそうではありません。今日、デザインは企業の経営者レベルの関心事として広く認知され、企業戦略の主要要素になっています」とClayは書いています。

彼は、デザイナーを3つのカテゴリーに分けたJohn Maedaのレポートを引用しています。

  1. 伝統的なデザイナー: 「特定のグループの人々のための物理的なオブジェクトや製品をつくる」 建築家、インダストリアルデザイナー、グラフィックデザイナーなどが含まれる
  2. 商業的なデザイナー: 「顧客と自分たちの製品やサービスとの関わりにおける深い洞察を求めることで革新を行う」 そのため、調査やデザイン思考などを重視する
  3. 計算機的なデザイナー: 「コーディングスキルやデータを活用し、大勢のユーザーを即座に満足させる」 AmazonやFacebookなどの企業で働く

「それぞれの陣営は、常に上手く付き合うことはできていないようです」とClayは書いています。「伝統的な教育を受けたデザイナーは、他のグループの美的な能力を横目で怪しんで見る傾向があります。商業的なデザイナーは、計算機的なデザイナーが、会ったことも無い大量のユーザーに共感できるのかを問題にします。計算機的なデザイナーは、他の2つのグループのやり方では多数のユーザーに対応できないと訴えます。しかし、多くの人が、将来はこれら3つのグループのスキルと視点を併せ持つ人が最も価値の高いデザイナーになるだろうと予測しています。

UXをつなぐもの: 共感

Clayは、UXを過度に使われたバズワードだとしていますが、同時に、共感の力が「これほど広まったことは無い」ことを強調しています。

そこにUXを際立たせるものを見出せます。そして、ユーザー体験のデザインには、その規模の共感が必要です。共感は、ユーザーが誰か、何を必要としているのか、UXのプロとしてどう助けることができるのかを理解することの根幹です。

これからの数年で、「UX」や「UXデザイナー」という言葉は次第に消え、役割や責任は変わるるかもしれません。しかし、もし何か変わらないものがあるとしたら、それはすべてをつなぐ共感の糸でしょう。

それを何と呼ぶことになろうとも、ユーザー体験の庭にバラを植えて育てている限り、バラはやっぱりバラなのです。

この記事はWorld Design Day: Is UX Experiencing an Identity Crisis?(著者:Sheena Lyonnais)の抄訳です