データ、分析、ベンチマークなど、顧客体験中心のビジネスにおけるデータの意味を理解する
衣類や家庭用品などのディスカウント販売を手掛けるグローバルな小売事業者が、データ分析から興味深いデータを発見した。同社の主な顧客層は、品質の高い商品を安く買いたい消費者、すなわち、普段はデパートなどを利用している人たちだ。2015年2月12日に同社が発見したのは、「カート削除収入(cart-remove revenue)」と呼ばれる指標だった。
これは、顧客がいったん買い物かごに追加した後、削除して買わなかった商品、すなわち、同社が取り逃した売上を示す指標なのだが、これが突然、300%も上昇していたのである。
同社はすぐに分析ツールを使用して、その指標を調査した。過去の動向や予測可能な期待値などのベンチマーク指標を照らし合わせてみたところ、これはミスではなく、統計学的に信頼できる結果であることが判明した。次に、寄与率分析を試みたところ、この指標が急増した理由が、わずか数秒で判明した。数千万件のクエリを自動的に解析し、マシンラーニング(機械学習)を適用して、増加の理由を突き止めたのだ。
結論を言えば、サードパーティ製のタグ管理ソリューションにバグがあり、流行しているパーティドレスやボーイフレンドデニムなどの商品を、顧客が購入する前にカートから自動削除してしまっていたのだ。これにより、同社は1日あたり推定120万ドルの売上を、バレンタインデーに至るまで毎日喪失し続けていた。
寄与率分析によってデータインサイトを入手した同社は、すぐにバグを修正するパッチを適用し、顧客を悩ませていた問題を取り除いた。これにより、個々の顧客に影響を及ぼしていた問題を解決すると同時に、同じソリューションをオンラインマーケット全体にも適用し、同じ問題が二度と起きないように改善した。
この事例は、顧客体験のデータの意味を端的に物語っている。すなわち、不具合が生じた顧客体験を修正し、積極的に消費者に働きかける方法を模索して、顧客体験を継続的に向上させることができるということだ。
そこで、顧客体験のデータを収集、分析し、実行可能なインサイトに変換することにより、顧客体験を継続的に向上させるために、企業が取るべきステップを考えてみたい。
「顧客体験中心の時代」に求められるデータ分析とは
約10年前、トーマス・H・ダベンポートは、ビジネス上の競争にデータ分析を持ち込む革新的な書籍「分析力を武器とする企業」を上梓した。ダベンポートは本書の中で、データ分析にもとづくビジネス戦略が競争優位性を生みつつある実態を説き、業界が「顧客体験データ」と呼ぶものへの回帰を論じた。2007年のことだ。
顧客体験データは、顧客が直面している問題を把握し、解決するためのインサイトを提供する。そのインサイトを活用して顧客体験を繰り返し最適化することにより、サービスを洗練させていくことができる。この場合、データ分析と顧客体験のどちらにおいても、企業は大量のデータを必要とする。
必要となるデータは、企業と顧客や見込み客、ユーザーとの間で発生するあらゆるやり取りから得られる。そのようなやり取りは、モノのインターネット(IoT)のデバイスやコールセンターへの電話、店舗内でのやり取り、モバイルデバイスやデジタルチェックアウトなど、いたるところで発生する。
あらゆる顧客接点において、どんなに短い瞬間であっても、消費者の状況をより詳しく理解し、コンテクストに即した独自の顧客体験を企業は提供しなければならない。
例えば、Redboxの例は、現代的なマーケティング技術やデータ分析を駆使して顧客体験を向上させた好例だ。トラフィックの6割以上がモバイルチャネルから訪れる同社は、モバイルキャンペーンの効果をデータ分析によって測定し、より成果の高い顧客体験を繰り返し、かつ継続的に適用して、顧客エンゲージメントとレンタル購入率を向上させている。
その成果の集大成と言えるのが、Redboxのアプリだ。その機能は、店舗体験とモバイル体験を兼ね備える。2012年に初めてプッシュ通知を送信して以来、アプリのダウンロード数は100%増加した。
Redboxは常にデータを分析しながら、メッセージの送信に最適なタイミングを突き止め、製品をダウンロードした直後の顧客とつながるための「ウェルカムシリーズ」と呼ばれるプロモーションなどを導入した。このウェルカムメッセージは、AndoroidおよびiOSユーザーの56%が開封するという成功を収めている。
顧客体験に関するデータを幅広く収集
顧客体験中心のビジネスでは、このような成果を得るために様々な種類のデータを参照し、インサイトを引き出し、顧客体験の継続的な最適化を図る。
顧客体験をどこでどのように向上させるべきかを見極めるためには、構造化データと非構造化データの両方が必要になる。構造化データとは、例えば動画を視聴したかどうか、ソーシャルメディアの投稿記事をクリックしたかどうかなど、顧客行動の追跡から得られるデータが多い。非構造化データよりも定量化しやすく、予測も理解も容易だ。
一方、非構造化データとは、会話の音声や文章、絵文字の解釈、動画へのコメントなどを含む。その多くは定性的なデータであり、予測は難しい。いずれにしろ、顧客の全体像を構築するためには、この両方のデータが必要になる。
企業は定性的なデータと定量的なデータの両方を積極的に収集する必要がある。構造化データと定量的なデータは重複部分が大きくなる一方、顧客アンケートへの回答やソーシャルメディアでの顧客行動などが中心となる定性的なデータは、客観性が低く、ユーザーの反応に左右されやすい特徴がある。
オンラインとオフラインに存在する多数の顧客接点や、異なる種類のエンゲージメントから幅広くデータを収集することは、最終的に、顧客体験の向上を目的とした、顧客中心の優れた意思決定を支援する。もし、そこで顧客の完全な全体像が得られないとしても、利用可能になったデータソースの統合は進めるべきだ。保有するデータの統合を遅らせれば遅らせるほど、行動につながるインサイトを得るまでに時間がかかってしまうからだ。
データは懸念を解決し、ソリューションを提供
利用可能なあらゆるデータソースを評価したら、次はそこからインサイトを引き出す。顧客の懸念を解決し、顧客体験を向上させるために、データ分析から利用できる有用な情報は山ほどある。
まず、顧客の「状態」に関する有用なインサイトが得られる。この「状態」とは、顧客が購入サイクルのどこにいるかを示す。商品を探し当てた段階か、もう購入を決めた段階か、その中間にいるかなどが、データ分析によって突き止められる。
データ分析を成功に導くためには、柔軟性が高く、動的なデータが必要だ。そのためには、社内組織の壁を解消し、パートナーを含むあらゆる関係者と広くデータを共有できるようにする必要がある。組織内のデータ共有を妨げている壁を取り除けば、企業は顧客との誠実な関係を構築できる。ブランドを知り始めた顧客を喜ばせ、顧客ごとの個々のやり取りの価値を把握できるようになる。
顧客や見込み客がカスタマージャーニーのどの位置にいるかを把握することにより、実店舗とオンラインを含むあらゆる場所で、常に「コンテクストを意識」できるようになる。前述したRedboxが、プッシュ通知を企画する過程で発見したことは、「ほとんどの顧客は、通知を受け取った時には買わないものの、モバイルデバイスで商品をチェックしている」という事実だ。
モバイルアプリから取得した参照履歴によって、モバイルメッセージの内容を最適化し、購入する時期が来た際には、あらゆるチャネルで効果的な顧客体験を提供できるようになった。
有意義な測定のために、データとターゲットグループを結合
データ分析は有意義な測定を実現すると共に、顧客と企業の双方にとって究極的に重要なものを突き止めるための追跡を可能にする。
こうした追跡は、収集したデータを様々なターゲット市場と組み合わせ、インサイトを引き出すことによって可能になる。データの正確な分析は、これまで認識していなかった、あるいは、認識が不可能だった新しいターゲットグループや顧客の認識に役立つ。
例えば、個人資産管理や投資の業界では、データを利用して新しいターゲットグループを見極めることが既に常識化している。一般消費者の多くは、これまでGoldman SachsやFidelityといった大企業が提供する資産管理サービスには縁がなかった。
こうした企業が対象としていたのは、上位1~5%の高所得者だったからだ。しかし、最近では、Personal CapitalやWealthfront、Digit、Betterment、Robinhoodといった企業が続々とこの業界に参入し、中間層の資産を富裕層と同様の透明度で管理、運用するサービスを提供している。最新のテクノロジーと自動化技術、最先端のツール、ロボアドバイザーなどを組み合わせ、富裕層と同等のハイレベルな顧客体験を、中間層にも低価格で提供できるようになったからだ。
この市場自体は昔から存在してはいたが、企業が新しい市場にリーチするためには、顧客体験を軸にその競争戦略を調整する必要がある。今回の事例では、既に中間層を相手にしていた企業が、富裕層向けの市場を基準にベンチマーキングをおこない、上位5%の富裕層に提供されてきたサービスに近いサービスを導入して、中間層向けの顧客体験を改善するためのインサイトを得ている。
単なるデータをベンチマーキングによってインサイトに変換
いかなる業界でも、ベンチマーキングによって新たなオーディエンスを獲得し、既存の顧客関係を強化することができる。一般的に、ベンチマーキングと言えば、同じ業界内の競合他社と比較するための集約サマリーを用いる。こうしたハイレベルなベンチマーキングは現在でも利用されているが、顧客体験をリードする企業への転換を図りたい企業にとっては、物足りないに違いない。
なぜなら、今後は同じ業界の競合他社と競争する時代ではなくなり、カスタマージャーニーのあらゆる段階において、顧客と競い合う時代になるからだ。Walker reportが報告しているように、2020年には、企業の差別化要因として、価格や商品の価値を顧客体験が上回る。
顧客体験中心のビジネス戦略に大きな影響を与える次世代のベンチマーキングでは、次の2つのいずれかの方法で、顧客個人を対象にベンチマーク分析をおこなう。ひとつは、対象となる顧客を、それと似た別の顧客と対比させ、顧客の潜在的な生涯価値を他の顧客と比較する方法。もうひとつは、個人をその人自身に対してベンチマーキングし、商品を購入したり企業とやり取りする頻度などを調べる方法だ。
非構造化データと構造化データを併用することで、完全かつ正確なインサイトを導き出せるだけでなく、比較分析によって、類似した顧客や顧客グループの全体像を把握することが可能になる。逆に、こうした包括的なアプローチを取らなければ、間違ったインサイトを掴まされる可能性が高まる。
無線通信事業者を例に考えてみよう。無線通信事業者の多くは、既に顧客の生涯価値に注目し、顧客の行動傾向と組み合わせて将来の行動を予測している。例えば、契約期間の終了時に解約する傾向のある顧客がいる。価値のある顧客を手放したくないのは、どの事業者も同じだ。
そこで、たとえ契約期間が短くても、生涯価値が高い顧客に対しては、生涯価値が低くて契約を解約する確率も高い顧客とは、異なる顧客体験を提供する必要がでてくる。
いつも苦情電話ばかりかけてきて、常に解約する可能性があり、価値も低い顧客がいるとしたら、むしろ解約した方が企業にとって得かもしれない。なぜなら、このような顧客から利益を得ることは難しいからだ。このような顧客に対して、企業はカスタマイズされた優れた顧客体験を提供しようとは思わないだろう。
反対に、価値の高い顧客に対しては、顧客体験をパーソナライズすることがメリットとなり、多少なりとも余計にコストをかけるという判断があり得る。例えば、コールセンターから連絡して、特別なオファーを申し出るといった施策などだ。
無線通信事業者は、価値の高い顧客をその顧客自身に対してベンチマークしている。このため、マーケティングの労力をその顧客に特化したキャンペーンに振り向けることができると同時に、価値の低い顧客に対してコストがかかる高価値なキャンペーンを提供しないように管理できる。
ひとつの成功を、顧客全体へ拡大
新しいテクノロジーや分析への投資は、顧客体験で競合する他社に対する差別化要因となる。これまで見てきた、グローバルな小売事業者、中間層に資産管理サービスを提供する事業者、Redboxなどの企業によって展開されている顧客中心のキャンペーンを可能にしたのも、まさにテクノロジーの進歩なのである。
あらゆるマーケティング努力をコンテクストに即して実施するというビジョンを掲げた企業は、顧客が期待する有意義な体験を提供し、業績を伸ばすことができる。
突き詰めて言えば、顧客のひとりが悪い体験をしていたら、テクノロジーを活用してその解決策を見い出し、それを他の多数の顧客に応用できる企業になるということだ。顧客体験中心の時代では、それができるかどうかが成功の分かれ目となろう。
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