デザインフェーズの初期作業 Part 1: ユーザーの進路を整える(UXデザイン入門シリーズ)| アドビUX道場 #UXDojo
エクスペリエンスデザインの基礎知識
調査、デザイン、プロトタイプ、構築、検証。デザインプロセスはこの繰り返しです。
最初にユーザー調査を実施して、その結果を分析したら、次は、仮説の検証から学んだことを適用する過程へと進みます。このシリーズでは、3回に分けてデザインフェーズの初期段階の作業について、概要を説明します。
調査に関して以前公開した記事でも説明したように、実施したユーザー調査に基づいて構築することが非常に大切です。調査結果を分析した後の、デザインプロセスのこの段階では、次のような項目が目標となります。
- ユーザーストーリー、シナリオ、ストーリーボードを活用して、ユーザーの様々なニーズを満たす明確なユーザーの進路を確立する
- ヒューマンコンピュータインタラクション (HCI) の分野から学んだことを応用し、原理を念頭にデザインする
- デスクトップにもモバイルにも適用できる、デバイスに左右されない、デザインの「ルックアンドフィール」を確立する
つまり、この記事(と続く2本の記事)は、調査フェーズからデザインフェーズへの橋渡しを目的に書かれています。パート1のこの記事では、おおまかなユーザーの進路の確立の手順について紹介します。
上で述べたように、調査、デザイン、プロトタイプ、構築、検証からなるデザインプロセスは、繰り返し実施されるプロセスです。
骨組みを整える
UIデザインの詳細に着手して、インタラクティブなプロトタイプの構築を始める前に、デザインの全体的なフローを把握し、デザイン構築の元となる骨組みを整えることが大切です。
この時点では、調査結果を使って、さまざまなユーザーの目標を特定しながら、ユーザーストーリーを作成することが重要です。これらのユーザーストーリーを使用すると、種々のシナリオを作成できます。シナリオは、デザインプロセス全体をガイドする明確な目標(とその底にある意図)を見極める役に立ちます。また、構築しようとしているデザインフローのマッピングも可能にします。
フローをマッピングするときは、ペーパープロトタイピングとストーリーボードを使います。その際は、デザインの詳細を掘り下げる前に、全体としてのデザインの感覚を得ることに集中します。細部に気を取られることなく、骨組みを整えることが重要なのです。細部は、後の段階で扱います。
前回の記事『UX調査の入門ガイド』では、プロジェクトのデザインに着手する前にユーザー調査を実施することの大切さを説明しました。その記事では、「ユーザーを観察し、ユーザーが求めるものを知り、何を達成しようとしているのかを理解するのです。そうして得られるものが、片付けるべきタスク「jobs to be done」の概念です。」と説明しました。ユーザーの「片付けるべきタスク」を探り出すことで、デザインしたものを本当にユーザーのためのものにすることができます。
ある目的に沿ってユーザー調査を実施したら、その結果をデザインプロセスに持ち込むことが肝要です。調査は、デザイン対象のユーザーに共通するパターンやニーズの特定に役立つはずです。
ただし、1つのパターンがすべてに適用できるわけではなく、ほとんどの場合、異なるニーズを持つ複数の種類のユーザーのためにデザインすることになるでしょう。様々なユーザーのニーズを表す「ユーザーストーリー」を作ることで、解決しようとしている目標を抽出し、以降のプロセスにつなげられます。でも、実際のところ、ユーザーストーリーとは何なのでしょうか。
ユーザーストーリー
ユーザーストーリーは、さまざまなユーザーの「片付けるべきタスク」の概要を把握するのに有益な方法です。典型的な各種ユーザーの観点で書かれたユーザーストーリーを使うと、異なるユーザーが持つ様々な目標が確立しやすくなるため、多様なニーズに合わせてデザインすることができるようになります。
「ユーザーストーリー」という言葉は、ソフトウェア開発におけるアジャイルムーブメントの先駆者のひとりであったアリスター・コーバーンが初めに使ったものです。コーバーンは、1998年のクライスラー社のプロジェクトにおいて、「a user story is a promise for a conversation (ユーザーストーリーは会話を必ず作り出す)」というフレーズを初めて使用しました。
ユーザーストーリーは、要件を記述する行為から、それについて話すことへと作業の焦点を移します。わずかな移行ではありますが、書くことから話すことへの変化には、デザインプロセスに多大な影響を与える力があります。
多くの場合、要件はチェックリストのような抽象的な形で提出されるため、注意しないと、ユーザーが望んでいるものではなく、「デザインチーム」が必要と考えるものに近くなりがちです。ユーザーストーリーは、ユーザーを会話の中心に位置付ける手立てとなります。
ユーザーストーリーは、デザインプロセスの中心にユーザーを位置付けることで、さまざまなユーザーのニーズを定義づける優れた手法である。ユーザーストーリーによって、役割をアクションと目標に結びつけることができる
会話を促進して手助けするツール。この考えこそが、ユーザーストーリーの強みを捕らえています。ユーザーストーリーは、ユーザーが常にデザインと開発作業の中心に置かれるよう、シナリオを緻密に策定し始めるための理想的なツールなのです。
ユーザーストーリーは、さまざまなユーザーの観点から伝えられる目標と機能の端的な記述により、根底にあるユーザーの目標の理解を助け、それによって、ユーザーの観点から問題点を見めることができるようになります。ユーザーストーリーは、次のようなパターンに従います。
- [特定の役割を持つ人物] として
- [何かを実行または発見] したい。
- そうすれば、[ある目標を達成できる]。
上記のようなひな形を使用して、さまざまなユーザーの立場に立って、デザインを形作る多様なストーリーを作成できます。例えば、講師と生徒が教材を共有できるWebベースの学習リソースを構築しているとしましょう。おそらく、異なるニーズを持つユーザーを多数見つけることになるでしょう。ある講師のユーザーストーリーは、次のようになるかもしれません。
- 講師として、指導用スライドを共有したい。そうすれば、教室外でも資料へのアクセスを生徒に提供することができる。
ユーザーの具体的なニーズに関する短いストーリーを作ることによって、この種のユーザーを満足させられるデザインパターンの構想を始めることができます。異なるユーザーとして異なるニーズを持つ生徒の視点からは、次のようなユーザーストーリーができるかもしれません。
- 生徒として、指導用スライドにアクセスしたい。そうすれば、復習時に参照することができる。
異なる観点から伝えられたこれらのストーリーは、デザインプロセスの初期段階にデザインの概要をまとめ始めるための有益な入力になります。ここで大切なのは、ストーリーは、ユーザーのニーズを満たすことに重きを置いているということです。つまり、ユーザーストーリーは、ユーザーのハイレベルな目標を捉えるための手立てです。そのストーリーを使い、様々なシナリオを展開すれば、いよいよデザインを始めることができます。
シナリオでデザインを特徴付ける
プロジェクトを開始した頃は、たくさんの機能を追加することに夢中になり、機能過多に陥りがちです。こういったアプローチの危険な所は、ユーザーの主要目標からかけ離れた特徴や機能を追加し始めやすい点です。
ユーザーストーリーから典型的なシナリオを作成すれば、ユーザーの主要目標から外れることはありません。このアプローチなら、典型的なユーザーニーズに対する期待値の設定と評価基準の確立も行え、それを、プロジェクトの開始時に成果物とスコープを明確化するのに利用できます。
ユーザーストーリーから始めることで、ユーザーの多様なニーズを満たす様々なシナリオを作成し始められる。このようにストーリーをまとめてフローを作成することで、多様なユーザーニーズに対応できる
前述の例で考えた場合、講師にはアップロード機能を設計し、生徒にはアクセス機能を設計する、というように異なるユーザーの観点からのハイレベルな目標を確立することができます。それは大雑把なものですが、シナリオを作成する過程で、ユーザーストーリーを細かく複雑なものにして、さらにデザインに情報を追加することができます。
たとえば、前述の例では、生徒の観点から次のようなシナリオを考えることができます。
- 基本レベル:生徒はスライドにアクセスしたい
- 少し拡張したレベル:生徒はスライドに注釈を追加したり、ノートを保存したい
- リソースが許せば:生徒は他の生徒とノートを共有し、協力して学習を行いたい
上の例のようなシナリオを作ることで、それぞれのシナリオごとに様々なレベルの複雑さを明確に理解し、それに従ってデザインすることができるようになります。また、デザインを使用する際のユーザーフローを思い描くことができるため、それらを紙面上に配置し、プロジェクトの鳥瞰図を作成し始められます。
デザインフローをマッピングする
ユーザーストーリーとシナリオを議論の牽引役として使うと、デザインの全体的な方向性をまとめられます。ユーザーストーリーマッピングというこのプロセスは、さまざまなユーザーフローを定義する上で役立ちます。
精細なストーリーボードの作成に着手する前のこの時点では、紙がラピッドプロトタイピングのための強力なツールになります。低コスト、低忠実度で、素早くつくれるペーパープロトタイピングには、次のような多くの利点があります。
- 低コストであるため、さまざまなアイデアを探求するための障害が少ない
- 忠実度が低いため、細部に気を取られることがなく、全体像に注目しやすい
- 素早くつくれるため、迅速に多様なフローを繰り返し見直せる
紙の場合は、共同作業も容易にになります。複数の参加者がテーブルを囲んで、素早くデザインをつくり、みんなの意見や洞察を取り入れます。
初期のプロトタイプフェーズでは紙が大きな力を発揮する。低コストで忠実性が低いため、「全体像」に注目し、デザインの骨組みを確立することができる
最後に、紙の場合、紙そのものが過程を保存してくれます。ディスプレイ上でのデザインでは、デザイン中の状態を保存するというソフトウェアの特性のために、デザインの工程を失うこともしばしばです。ペーパープロトタイピングであれば、途中で却下したアイデアも含め、最終コンセプトに至るまでのデザインプロセス全体を確認できます。
私の経験では、一般的なプロジェクトならば、何度もペーパープロトタイピングを必要とすることがほとんどです。そうやって繰り返し考えを確認します。この時点では、ディスプレイ上での作業は、遅くて細かすぎるため、無駄な詳細に容易に捕らわれがちになります。**紙を使えば、全体像に集中できるようになります。**この段階では、これが重要なのです。
もちろん、経験の豊富なデザイナでも、インターフェイスをスケッチすることを考えたとき、そのプロセスに威圧感を覚えることがあります。また、「私は描けません」という発言は珍しいことではありません。ですが、これは明らかに事実ではなく、子供のころのように、この素晴らしい技術をもう一度学ぶ必要があるだけなのです。
ジェーソン・サンタ・マリアは、「スケッチは、才能ある芸術家であることではなく、思考に長ける人であること」と述べています。
大まかなスケッチを描いたら、ストーリーボードとワイヤフレームを作成して、詳細を付け加え始める時間です。これについては、ワイヤフレームとプロトタイピングに関する記事をいずれ公開しますので、それまでしばらくお待ちください。
続けて、パート2の『デザインフェーズの初期作業 Part 2: UXの法則を適用する』をお読みください。
この記事はA Comprehensive Guide to UX Design(著者: Christopher Murphy)の抄訳です