デザイナーが選んだ。私が好きなデザイン 2018年7月号

連載

デザイナーが選んだ。私が好きなデザイン

今年の2月に始まったこの連載も今回で折り返し地点になりました。今月も4名のデザイナーが登場して、普段利用しているデザインを通して感じたことや、自分の仕事とデザインの関わり、そしてデザイナーとしての役割についての考えを紹介してくれています。

池田拓司、代表取締役、デザインアンドライフ株式会社

仕事柄、文章を書いたりメモを残すことが多くあり、そんなときに、最近デザインが好きで使っている「Notion」というサービスをご紹介します。今回のこの記事も「Notion」を使って下書きをしています。

好きなデザイン:Notion

「Notion」はチームで使える多機能ノートサービスというところでしょうか。チームで使えるサービスでありながら1人での使い心地も良く設計されている所がこのサービスを好んで使っている理由です。よくあるグループウェアは、まずチームの場がありその中に自分という存在が断片的に感じられるような設計であることが多いですが、「Notion」はそれとは少し異なり、ドキュメントを中心に、個人が文章と向かいやすい設計になっているため、ドキュメントの記入に集中しやすいように感じます。

ページの下の階層にページを作れるというsubpageの概念が、このサービスの分類方法の特徴的なところです。ノートを書いていて必要だと感じたときにサブページをつくって分ければ、後になってから変に整理することに悩まなくでいいのが、自分の精神的な負担を減らしてくれているように思います。正直色々な機能があって、最初は複雑にも感じられますが、
なんとなくわかればシンプルな印象に変わります。ノートを分類するためのカテゴリやタグといった機能は、類似のサービスと比べると最小限に抑えられています。

markdownとキーボードショートカットを使ってサクサク書ける玄人向きな使い心地が良い点も気にいっています。
ドキュメントの頭に絵文字が付けられたり、カバー写真をはめることができるので、使い方次第で表現の幅が広がります。海外のサービスでありながら、日本語の表示もまずますです。
多機能でありながらそれを感じさせない、白と黒を基調としたシンプルなデザインとサービスの世界観に使われている白黒のイラストレーションも自分好みです。

これまで、コミュニティ、Blog、Wiki、グループウェアなど、ユーザーがテキストを扱う様々なサービスに携わってきました。画像や動画が注目を集めるようになってはいますが、時代にあった気持ちのよいテキストサービスも、引き続き進化し続けるのではないでしょうか。

浅野南、デザイナー、フリーランス(ポートフォリオサイト:Behance)

最近、はっと気付かされて素敵だなと感じたのが、ロンドン発のギフトECサイトNot-Another-Billです。
私がこのサイトで最も心惹かれたのは、トップページの冒頭に表示される、「どんな人」に向けた「どんなギフト」が見たい?というシンプルな質問からはじまるところ。

好きなデザイン:Not-Another-Bill

通常であれば「モノ」にフォーカスして、人気商品や詳細な商品カテゴリーを提示し、任意のアイテムのページへ誘導しがちなところです。
それをこのサイトではあえてシンプルな質問をひとつ投げかけることで、自分では考えつかなかったギフトアイテムとの出会いを演出します。そうして、誰かのためにギフトを選ぶという行動そのものの価値やワクワク感を改めて私達に気づかせてくれる、粋な設計になっています。

加えて、セレクトされているアイテムやラッピング、サイトのトーン&マナーと写真による世界観はもちろんのこと、チャットルームやギフトを取り上げて紹介する読み物まで、どれをとっても洗練されていて気持ちいい。

多機能で選択肢が豊富なサイトから、シンプルに絞られたターゲットにフォーカスしたサイトへと、求められる価値がシフトしているように感じています。このサイトも近年大きくリニューアルして現状のような形になりました。明確なユーザー像を持ち、ブランドとユーザーの距離感、コミュニケーションが際立ってよく設計されています。

このサイトのように、どこを切り取ってもブランドのコンセプトや心遣いがにじみ出る、気持ち良いコミュニケーションをデザインしていけるよう心がけていきたいものです。

吉葉龍志郎、映像作家、フリーランス(ポートフォリオサイト:HarmonicsHoliday)

建築、ファッション、車、音楽…デザインに限らずどこかアナログ感があるものに惹かれます。
仕事ではストップモーションアニメーションも制作していますが、これはまさに全てアナログ作業。その手間は相当なものです。
こうした手間から生まれる人間味のようなものを、アナログ感に見ているのかもしれません。

今回私が紹介させていただくのはドラマ「ラブリラン」のタイトルバックです。
こちらは、2018年の春のドラマのために私が制作しました。

好きなデザイン:ラブリラン ©天沢アキ・講談社/読売テレビ

プロデューサーからは「手描きっぽい感じのもの!」と発注がありました。
タイトなスケジュールだったので、依頼を受けたときは手描きは難しいかなと思いましたが、台本を読んで、手描きで制作することが一番いいと納得し、手描きで作業を始めました。
タイトルをセンターに配置して、作品のキーワードになりそうなイラストをその周りに配置しました。配色は、背景がシアンで、テキストとイラストはイエローと、2色のミニマルなデザインになりました。
とてもいいデザインが出来たと自負しております。
ただ、ドラマはラブコメなので、B案として、背景ホワイト、イラストがピンクのバージョンも提案しました。

結果B案に決定しました。ここがデザインの仕事をするうえで特に悩ましいところです。
一番いい出来だ!と思って提案したものに全然反応がなくて、抑えだったものに決まることが往々にしてあります。

モーションは、タイトルのテキストを構成する線がバラバラに出現してだんだん文字になるように動かし、イラストは一筆書きのように出現させました。
タイトルの文字が完成した後は、イラストをコミカルに動かしました。アナログ感のある動きができました。

今回は、最初のデザインもその後に付けたモーションも、一度の修正も無しにプロデューサーと監督からOKが出ました。
これは、かなり嬉しいことです。

O.Aを観るとピンクバージョンがとてもしっくりきます。
好きな配色だったので、シアン&イエローバージョンが動いているところもO.Aで観たかったなあ。(笑)

天宅正、グラフィックデザイナー、フリーランス

色や形といった見た目のデザインではなく、世の中をより良くするためのデザインの紹介ができればと思います。

アイデアを使って困っている人の助けになったり喜ばせたりする事は、クリエイターの得意技です。しかし、最近は、他のジャンルの人たちが、どんどんそこに参入しています。特にスタートアップを志す人たちは、自分の発見したアイデアが「世の中に役に立つ可能性」を強く信じていているように思います。
そうした「心」に様々な能力を持つ人が惹きつけられて、さらに面白いアイデアに発展しているコミュニティが各所で発生しています。その中から、僕もお世話になっているstartbahn.orgを紹介します。代表の施井泰平さんが「アートで食える仕組みをつくる」目的で立ち上げたSNSです。

好きなデザイン:startbahn.org

一般的なアート作品の売買は、ギャラリーやオークション、またはアートフェアなどのイベントに限られます。いずれも個人が簡単に参入できるものではありません。だからといって、単純にオンラインで販売しても、そこをキャリア形成の場とすることは困難です。
そこで、startbahn.orgでは、「作者」「コレクター」「レビュワー」の3者それぞれが、継続的に利益を得られるシステムが採用されています。作品が売買されるたびに、作者だけでなくレビュワーにも利益の一部を支払うことで、作品批評の場の形成を可能にしています。また、作者には、自分で販売相手を選べる非公開のオークションが、通常のオークションとは別に用意されています。どちらも、アーティストが長くアーティストとして生きていくための課題を解決してくれる仕組みです。

startbahnに集まってきている人は、スタッフもお客さんも色々で面白いです。
美術家、エンジニア、AI研究者、ブロックチェーン研究者、デザイナー、コーヒー屋のオーナーなどなど。私はみんなの話を聞いていても何の話か正直よくわからないことが多いのですが、みんな有意義そうで、本当に楽しそうに話しています。

そうした人たちを見ていると、デザイナーである自分はこれから一体何をすればいいのかな?と考えさせられてしまいます。もちろん、グラフィックデザイナーとして、色や形を駆使してより良いものをつくれる人ではありたいのですが。
皆の話に聞き耳をたてながら一つのジャンルにこだわることなく日々成長せねばと思わされております。