ユーザーとのタッチポイントの戦略的なデザイン(UXデザイン入門シリーズ)| アドビUX道場 #UXDojo

連載

エクスペリエンスデザインの基礎知識

画面に向かって作業しているデザイナーは、UXデザインについて、主にスクリーン上で行われる行為を中心に考えがちです。実際には、画面外で行われる行為を含む総合的な環境の構築が、ユーザー体験に影響します。

真に印象深い体験をデザインするには、ユーザーがブランドと出会うあらゆるタッチポイントまで、思考を広げる必要があります。それは、ビジネスの結果に大きく影響する可能性があります。そうすれば、デザイン、そしてユーザー体験の、より幅広いビジネス戦略における、中心的な役割を認識することになるでしょう。

広がるデザインの役割とUX戦略

構築しているのがWebサイトであれアプリケーションであれ、結局はユーザーのためにデザインしているのであり、だからこそ、そうしたユーザーを中心に置いたエコシステムを検討することが重要となります。優れたブランドは、ロゴ、商標、Webサイトやアプリケーション単体の存在ではなく、顧客がブランドと出会う体験の全体性がつくるものです。

この画面の中と外の両方を考慮する、拡張されたデザインの視点は、様々なタッチポイントを含んだ体験全体のデザインへとデザイナーの役割を広げます。Webサイトやアプリが、より広大なエコシステムの一部となることは決してまれなことではなく、そこに必要とされるのがUX戦略です。

ここ数年デザイナーは指揮系統を上り、喜ばしいことに、デザイナーが組織の上級職に就くようになりました。デザイナーが会社の経営陣の一角を占めることは歓迎すべき展開であり、それに伴い、CDO、すなわち最高デザイン責任者に注目が集まっています。
ジェームズ・パリスターは、英国のDesign Council向けにCDO現象について著述した記事「The Secret of the Chief Design Officer」の中で、次のように述べています。

「アップルの近年の評価の高まりを見ていたフィリップス、ペプシコ、ヒュンダイなどの大手企業は、相次いで最高デザイン責任者の任命を発表した。これは、偶然ではない。アップルのようなデザイン主導型ビジネスによる輝かしい成功を模倣せんとして、グローバル企業がデザインに投資し始めたのだ。」

こうしたデザインへの投資と評価は長年待ち望まれていたことで、ようやくデザイナーの日々の役割にも影響が見え始めています。

先進的な企業では、デザイナー職を高い階級に位置付け始めており、もうひとつ重要な点として、デザイン思考を戦略的なビジネスの推進力の中核に位置づけています。その結果、デザインが企業全体のビジネス変革の原動力となり、より良い製品を生み出し、より深い顧客とのつながりを作り出している様子を見ることができます。

デザイナーが経営の席につくというこの傾向が続くのであれば、デザイナーは視点を広げ、総合的な観点からUX戦略を考えられることが重要になります。そこで、画面を越えた世界へのデザインの影響を考えるために、より広い戦略の一部につながる糸口を、これから少しだけ紹介します。

カスタマージャーニーの検討

ユーザーは、Webサイトやアプリにたどり着く前に、多くの場合、スクリーンの外側で、何かの手段でブランドと接触しているものです。特に広い意味でのデザインを検討する際は、カスタマージャーニー全体に注目し、ユーザーとブランドの間に存在するあらゆる接点をデザインすることが重要です。
市場調査会社のフォレスターは、カスタマージャーニーを次のように定義しています。

「カスタマージャーニーには、さまざまなタッチポイントが存在し、ブランドの認知から関係性の確立そして購入までの動きを表す。成功しているブランドは、個々のタッチポイントを相互に連携させジャーニー全体に貢献するようにすることで、一貫した継ぎ目のない体験づくりに注力している。」

ブランド全体に通ずる丁寧にデザインされて継ぎ目のない体験とジャーニーの概念は、UX戦略の中心にあるべきです。真に印象深い体験をデザインするには、Webサイトやアプリだけでに注力するのではなく、ユーザーが出会う可能性があるすべてのタッチポイントに注目する必要があるのです。

アップルストアの、アップルやその全製品の標識として果たす役割について考えてみましょう。もちろん、アップルストアは画面の外の存在ですが、だからと言って、ユーザー体験を細部までデザインしていないということにはなりません。ストアはアップルのビジネスの認知度を促進する、幅広いエンゲージメント戦略の一部です。

アップルストアはアップルのエコシステムへの入り口のひとつであり、そのため総合的に考慮されていることが重要なのです。実際、あらゆる側面がデザインされています。

Adaptive Pathの設立者であるジェシー・ジェームス・ギャレットは、この包括的なアプローチについて「Six Design Lessons From the Apple Store」という優れた記事の中で考察し、我々がデザインに適用できる一連の教訓を明らかにしています。ジェシーは次のように述べています。

「アップルにとって製品を販売することは重要であるが、一番の優先事項は、消費者に製品への欲求を持たせることである。そしてその欲求はストア内で得た製品の体験に基づくものでなければならない。」

この視点から見ると、私たちがデザインするものは、大きな体系のごく一面に過ぎず、その体系のあらゆる側面をデザインすることが必要であることが明らかになります。デザイン業界が成熟するにつれ、サービスデザインなどの他の分野から教訓を引き出し、幅広いサービスジャーニーの一環としてあらゆるポイントを考慮し、より広範な文脈の中に自身の仕事を位置付けられるようになりました。

「サービスデザイン」という言葉が聞きなれないのであれば、ニールセン・ノーマン・グループの「Service Deisgn 101」は、この分野の優れた入門書です。この記事を読めば、サービスデザインへの視点が、他の分野にどのように関わっているのかを理解できるでしょう。

Webサイトやアプリをデザインする際には、カスタマージャーニー全体を考慮することが重要です。そして、ユーザーが接触するあらゆるタッチポイントに焦点を当てるようにします。そうすれば、より効果的でより印象深いユーザー体験を提供することができます。

タッチポイントのデザイン

業界の進化に伴い、デザインするものを独立した体験としてではなく、複数のタッチポイントで構成されるより幅広い体験のネットワークの一部として考えるようになりました。そして、すべてのタッチポイントはデザインされている必要があります。

タッチポイントは、ユーザーがブランドと接触するすべての場面です。デザイナーの役割は、包括的なUX戦略の一環としてのこれらのタッチポイントの考慮も含む方向に広がりつつあります。

With the emergence of smartphones, tablets, wearables, and connected products, our scope has expanded, widening out to consider multiple points at which users come into contact with the brands we are designing.
スマートフォン、タブレット、ウェアラブルデバイス、常時接続デバイスなどの登場は、ブランドにユーザーが触れる複数のポイントを考慮する必要がある状況を作り出し、デザインの対象範囲の拡大を後押ししました。

UX戦略について考える際は、多少の時間をかけて、ユーザーがブランドと出会うあらゆる接点を書き出すと良いでしょう。接点には、以下のような項目があります。

こういったデジタル領域以外の接点も考える必要があります。そうしたスクリーン外の接点には、電話での応対から製品の包装まで、様々なものが含まれます。

この作業に役立てるため、「タッチポイントマトリックス」を作ると良いでしょう。これは、視覚的なフレームワークで、デザイナーはユーザー体験の点と点を繋いで、全容を描くことができます。このマトリックスを使えば、ユーザーがブランドと接触する際のすべての異なるデバイスと文脈を視覚的に書き出せます。

タッチポイントマトリックスは、ミラノ工科大学の講師でありFrog Designのデザイナーであるジャンルカ・ブルニョーリによって考案されました。カスタマージャーニーとシステムマッピングを融合するツールとして、さまざまなペルソナがどのようにブランドと接触してブランド体験を進めるのかを考察する基礎として使用できます。

ロベルタ・タッシは、Service Design Toolsという「複雑なシステムと関わるデザインプロセスで使用される、コミュニケーションツールの公開コレクション」をテーマとしたサイトを公開しています。その中で、タッチポイントマトリックスが総合的なデザイン戦略の一環としてどのように使用されるかについての、素晴らしい入門記事を提供しています。ロベルタの情報は有用で、サイトをブックマークして閲覧することをお勧めします。ロベルタは次のようにまとめています。

「このマトリックスは、デザインの作業の焦点を”繋がり”に移行することで顧客の行動に対する理解をさらに深め、システムが提供する機会、つまり潜在的な入口と行程をさらに展開しやすくする」

単体の体験から連続する体験への焦点の移行は、「連結された」UX戦略の立案の中核です。
より広範なUX戦略の立案と展開に着手する際は、タッチポイントマトリックスを使用すれば、さまざまな接点をつなげて、統合された体験あるいはエコシステムのデザイン構築の助けになるでしょう。

エコシステムの構築

総体的にデザイナーという役割を考えることで、オフラインでのブランドとの最初の出会いからデジタル世界でのブランドとの関係性の構築まで、あらゆる体験のデザインを探求し始められます。これらの作業を組み合わせたものが、ブランドのエコシステムのデザインとなります。

エコシステムは、Facebook、Instagram、Twitterといったよく知られたブランドだけが持つものではありません。これまで以上につながっていく世界において、孤立した存在をデザインすることはありません。だからこそ、文脈とスコープの両方を戦略の一部として、統合的に考慮する必要があるのです。

モノのデザインを考えるだけでなく、そうしたモノの存在を中に含むより広いエコシステムを検討するべきです。たとえば、アプリケーションのデザインを考える場合は、それがWebベースでもネイティブでも、ユーザーとの最初の接点、アプリの発見への道のり、アプリケーション使用中の体験、そして問題の解決 (ユーザーサポートの提供など) についても考えるべきです。

エコシステムのすべての側面をデザインして、プロセスのあらゆる局面で、素晴らしいユーザー体験を提供できるようにしましょう。局面には、次のようなものが挙げられます。

このリストは氷山の一角でしかありません。しかし、カスタマージャーニーにデザインを必要とする複数のポイントがあることは明らかでしょう。UX戦略をしっかり検討すれば、エコシステムのこれらの側面に対応することが可能になります。デザインするエコシステムが充実して複雑化すれば、その重要性はさらに増します。

おわりに

この業界で働くデザイナーを待つ機会は素晴らしいものです。デザインの対象となる状況は急速に進化しており、その先に行きたければ、注目する対象を、モノだけではなくシステムのデザインに向けることが重要です。これには、とても広い意味でのUX戦略の理解が求められます。

新しいWebサイトや製品のデザインに着手する際、あるいは、デザインの改良を試みる際は、視点を広げて考えることが重要です。一歩引いてユーザー体験の全容を眺め、より良く印象的な体験を目指しましょう。

カスタマージャーニー全体の一体性と、その中にあるすべてのタッチポイントを考慮すれば、安定した、繋がりのある体験を作り上げることができます。総合的な体験のデザインに注力し、ユーザーを楽しませ、つくり上げる体験全体に満足してもらえるよう努力しましょう。

この記事はCreating a UX Strategy(著者: Christopher Murphy)の抄訳です