バウハウスのスケッチが現代に蘇る!「Adobe Hidden Treasures」書体デザイナー山崎秀貴氏インタビュー #AdobeHiddenTreasures

2018年6月に公開されたプロジェクト「Adobe Hidden Treasures Bauhaus Dessau」は、これまで注目されなかったバウハウスの巨匠によるレタリングを5つの書体にして蘇らせた。 およそ100年の時を経て、バウハウスデザイン学校から発見された、当時のタイポグラフィのスケッチや未発表の文字の断片たち。それらが、新世代のデザイナーによってフォントとして再構築され、アドビのフォントサービスAdobe TypekitからCreative Cloudユーザーなら誰でも使えるようになっている。また、これらの復刻フォントを使ったデザインコンテスト「ブランドアイデンティティプロジェクト」が9月末まで応募作品を募集中だ。


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「CarlMarx」最終調整の資料

このプロジェクトに日本人として唯一参加したのが、ヨーロッパで活動する書体デザイナーの山崎秀貴氏だ。画家カールマルクスのスケッチを、「CarlMarx」というフォントにした。山崎氏がどのような経歴を辿ってきたのか、またいかに100年前の文字を現代に蘇らせたのかを来日した山崎氏にアドビジャパンオフィスで聞いた。


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左からアドビ日本語フォントデベロッパー服部正貴、山崎秀貴、アドビ日本語タイプデザイナー吉田大成

制作は1ヶ月

—プロジェクトの始まりを教えてください。

山崎:僕はいまイギリスのレディング大学院で書体デザインの勉強をしているのですが、4月に僕の指導教員であるジェリーレオニダス先生から誘いがあったんです。本プロジェクトを監修したエリックシュピーカーマンが、ジェリーを含め、書体コースをもつ5つの大学院の先生5名に、1人ずつ学生を推薦するよう声をかけたんです。うちはジェリーが僕にオファーをしてくれました。作業期間は1ヶ月で、このために、卒業制作を1ヶ月ストップさせなくてはいけなかったんですが……。

——1ヶ月というのはかなり短い期間ですね。どうやって制作を進められていったのでしょうか?

山崎:僕が受け取ったのは、カールマルクスという画家が描いた1枚のスケッチでした。ドイツ語でRedisfederという名前の、丸いペン先のカリグラフィー用の筆記具を使っていると思われます。さまざまな太さのもの、3、4種類くらいを使っています。資料としてはこれしかなかったので、僕自身が大文字や数字も考えました。


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今回のフォントのベースになった、Carl Marxによるレタリング

——スケッチを見て、どういう感想を抱かれましたか?

山崎:最初の印象は、華奢でインパクトが弱いということでした。ただ、他の4書体のレタリングはもっと太くて力があり、明らかにディスプレイ用(大きなサイズで使う見出し用)でしたが、これはディスプレイ用にも本文用にもなるポテンシャルがあった。レディング大学院は本文用書体制作に重点を置いているので、僕がやるべきだろうと思いました(笑)。そういうわけで、本文も組めるように字幅、スペーシング、カーニングなども調整しました。それから、本文用である以上、文章の一部を強調できないと意味がないので、レギュラーとボールドの2種類を作ることになったんです。スケッチをもらってからコンセプトを作り、カーニングを終わらせるまで1ヶ月しかなかったので、2ウェイトというのはかなり大変でした。


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大文字のデザインの検討資料

——普通フォントをデザインするにはどれくらいの期間をかけるものなのでしょうか?

山崎:デザインの複雑さや、キャラクターセットの大きさにもよりますが、完全にオリジナルな本文書体を最初から最後まで作ろうと思うと、1年かかることも珍しくはありません。ちなみに若手の欧文デザイナーの場合は、たとえば収録字種やウエイトの拡張だけを任される仕事もあって、その場合はかなり短い締め切りが設定されます。これは僕の主観なのですが、欧文書体の世界は、時間をかけるところとそうでないところをはっきりさせる傾向がありますね。逆に日本の書体づくりでは、あらゆるところをきっちりと、完璧主義で仕上げていく気がします。こういうことも1ヶ月という締切設定に影響していると思います。

既存のバウハウスデザインと差別化を図る


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作業開始1週間後の検討資料。太さ、字幅などをエリックシュピーカーマンと相談

**——今回、巨匠のレタリングを再現するにあたって、当時、1930年代初期のスタイルなどは意識されたんでしょうか?
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山崎:有名な「ユニバーサルアルファベット」のように、バウハウスでは基本的に幾何学的なデザインが志向されていました。そして、幾何学的な書体がその後、バウハウスの名を冠して世にたくさん出ています。ですから、歴史を踏まえながら、既存の書体と差別化するにはどうしたらいいかを考えました。
このスケッチは、おそらくバウハウスの最初のセメスターの課題として書かれたものなんです。カールマルクスは画家で、このスケッチ以外のレタリングは残されていません。そして文字のプロではないので、このスケッチからは、こういう形がいいんじゃないかとか、こういう幅がいいんじゃないかとか考えてペンを動かした試行錯誤の跡が読み取れる。例えば、奇妙な字形の文字がたくさん含まれていますし、同じ文字でも全く違うデザインのものが混ざっています。そういったぎこちなさも大切な魅力でした。それを削いで完全に幾何学的にするのではなく、なるべく温かみが残るようにフォント化するというのは、エリックの意向でもありました。そして、それがオリジナリティにも繋がると考えました。

——特にこだわった部分は?

山崎:特徴的な、変わった文字がいくつかあります。たとえば、大文字のSや小文字のsは、カーブがややぎこちなく、上と下のバランスが極端に違います。小文字のeは頭でっかちですし、小文字のtやrは右側に大きく突き出しているせいで穴が開いたような組版になります。普通はこういうのをもうちょっと直すのですが、今回は個性として、なるべく残しました。

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——個性を残すために、あえて不安定な要素を残しているのがこのフォントのオリジナリティに繋がっていますね。

山崎:小文字のaやdの接続部分は普通ならもう少し黒みを取るのですが、あまり削らずに残したり。そういったところで、ペンで書いているような質感が出るようにもしています。各所カーブも、実は厳密な幾何学図形ではなく、そこから少し崩しています。
文字はベジェ曲線で書きます。ベジェの線や図形は滑らかではっきりしているので、それを使ってぎこちなさや温かみ、不ぞろい感がどのように出せるかもひとつの挑戦でした。あまり複雑なことをすると締切に間に合わないので、効率的にそれを実現する方法を考えました。
スケッチの中で、字形、字幅、太さなどがバラバラなので、トレースはしていません。全体の雰囲気を掴んで、直接コンピュータで描いていきました。最初はComic Sansのようにガタガタしたフォントにするという案もあったんです。


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上がComic Sans風手書きバージョンの試作。今回リリースした下の綺麗な直線のものをアレンジ。

——あのComic Sansがバウハウススタイルに?!

山崎:でも結局、ある程度クリーンに仕上げたほうが使い勝手がよくなるという結論になり、直線の部分は直線のまま保つということにしました。でも将来、ガタガタした線のバージョンを足すかもしれません。


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フェルトペンでぎこちなく書きながら数字のデザインを考えた際のスケッチ

——スケッチにない文字を自分で足さないといけなかったということで、やはりかなりの苦労があったのではないでしょうか。

山崎:大文字は簡単でしたが、数字は少し考えました。例えば「8」は、他の数字のルールからは少し外れた特徴的な形にしています。小文字のバラバラ感を数字にも入れました。あと、本文組用のオールドスタイル数字も収録されていて、ライニング数字と少しデザインが違います。ここでも数字全体として揃いすぎないようにしています。

世界から二千件を超える応募作品が寄せられている

——現在デザインコンテストが行われていますが、すでに世界中から二千件以上の作品が投稿されている人気ぶりですね。

山崎:みなさん、本当に上手に使ってくださって。グラフィックデザイナーってすごい……と感動しています。僕の書体に着想を得たモーショングラフィックスを作ってくださった方もいて。CarlMarxは小さな文字でも読めるので、他の4つの書体と組み合わせて使っている作品だと、小さく組む場所に使ってくださっている方も多いです。


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プロジェクトに参加した他のデザイナーと。左から:ルカペレグリーニ(Xants)、フラヴィアジンバルディ(Joschmi)、セリーネフルカ(Alfarn)、山崎秀貴(CarlMarx)

——山崎さんご自身のキャリアをお聞かせください。

山崎:僕、京都大学の文学部出身なんです。だから学部でデザインの勉強はしていないんですね。書体デザイナーという仕事があるということは、たまたま立ち読みした本から知りました。大学2年の時、ベルリンの大学に美術史の勉強で留学した際、趣味で書体設計の勉強を始 めて、ルーカスデフロートさんに基礎を習いました。それがきっかけで FontShopにインターンとして入ったのが職業として携わるようになったはじまりです。

——書体デザイナーとして、どんなところからインスピレーションを得ていますか?

山崎:今はイギリスにいるので、イギリスの古い金属活字の書体見本帳を見たりします。そうすると、綺麗に復刻したら良さそうなものや、現代的にアレンジしたら面白そうなものがたくさん見つかるんです。今回のバウハウスのプロジェクトもそうですが、温故知新とか換骨奪胎は新しい書体をもたらしてくれる気がします。もちろん、街をぶらぶらしたり、雑誌やウェブ、SNSを見たりすることも、インスピレーションになります。

——書体デザインをしていて、どんなときに喜びを感じますか?

山崎:やっぱり、自分がデザインした文字を使ってももらえる時が一番うれしいです。町中で見かけたり、Instagramで見かける時は喜びを感じます。

書体デザイナーに求められるもの

——最後にお聞きしたいのですが、今の書体デザイナーにはどんなことが求められますか?

山崎:欧米のことしかわかりませんし、若くて見えていないものがたくさんあると思いますが、それでもお答えするとすれば、デザインのスキルに加えて、今はPythonの扱いなどコードを書くスキルも求められるようになっています。それから、グローバルに動いている業界なので、コミュニケーション能力はものすごく大事だと思います。ですから、純粋な造形技術以外の比重が高くなっています。いろんな人から、デザインのスキルがある人はたくさんいるけれども、一緒に仕事をしたいと思ってもらえる人、コミュニケーションがちゃんと取れる人になるとたくさんいないのだから、そこを鍛えなさいとよく言われます。日本や東アジアの状況はどうなっていくのか、とても興味がありますね。

■デザインコンテスト開催中!

「Adobe Hidden Treasures」のデザインコンテストはまだまだ作品を募集中。第5弾となる「ブランドアイデンティティプロジェクト」の詳細はこちら。大賞受賞者には、バウハウス財団とユネスコの世界遺産を訪問する、ドイツ デッサウへの旅を進呈します。〆切は2018年9月30日。ぜひご応募を!