~Adobe Acrobat 25周年企画 あなたの「働き方改革」とは?~ 第二弾 株式会社クロスリバー 代表取締役社長 越川 慎司氏(後編)

連載

働き方をデザインしよう

今年で25周年を迎えるAdobe Acrobatの特別企画として、各業界で活躍するキーパーソンが考える働き方にフォーカスをあて、現在の人々の働き方に関する課題や、未来の働き方に対する考察を伺う企画の第二弾。今回は、株式会社クロスリバーの代表を務める越川 慎司氏にご取材し、働き方改革に関するお考えについて、お話を伺いました。後編では、働き方改革の現状や改善方法、ITと働き方改革の関係性について紹介します。

前編はこちら

越川 慎司(Shinji Koshikawa)| 株式会社クロスリバー 代表取締役社長 CEO/アグリゲーター

国内通信会社、米系通信会社、ベンチャーを経て、2005年に米マイクロソフトに入社しOfficeビジネス 業務執行役員などを歴任。2017年に働き方改革の支援会社クロスリバーを立ち上げ、全メンバーが週休3日・複業で500社以上を支援している。年間90件以上の講演・研修を行い、受講者満足度は98%。受講者の70%が翌日から行動を変えている。自著『新しい働き方』はTSUTAYAオンラインで全書籍トップ売上になるなどベストセラーに。

Q. 最近、総務省が省内の全職員を対象にしたアンケート結果において、社員と管理職の間で「働き方の現状」の感じ方に大きな認識のズレがあったという報道がありました。このような問題は、越川さんがお仕事されるうえでも、感じられる部分はありますか。

**越川:**働き方改革において、経営陣と現場の間でズレがあることは、弊社のお客様のケースにもよくあります。そういった企業では、働き方改革として「ノー残業デー」などをトップダウン式で、半ば強制的に主導しているケースが多い傾向にあります。しかしそれでは現場社員にとってメリットを実感できず、「やらされている感」が残ってしまうため、結果として制度が根付かない状況に陥りやすくなります。

このような問題に対して、私が働き方改革に不可欠要素として考えているのは「腹落ち感」です。経営陣が働き方改革の必要性を現場に常に伝えて、現場社員もそれに納得して取り組むことが重要です。そのためには、なぜ働き方改革を行うかを明確にすることが必要です。それを明確化した上で、社員が働く場所・時間・方法を自分自身でよりデザインできるように、現場に自由と責任を与える仕組み作りが必要になります。

これにより、社員のスキルアップや知識のインプットの時間を作り、長期的な視点では社員の人生のメリットにも繋がっていくという好循環を、社員にも「腹落ち感」をもって理解してもらえれば、「やらされている感」も自ずとなくなります。また、そうなった時に、初めてボトムアップによる働き方改革が実現されると思います。

Q. サテライトワークやリモートワークなどの制度を推奨する企業もありますが、一方でそれらを推奨しない企業もありますよね。

**越川:**そうですね。私は対面とリモートで行う作業は、分けるべきだと思っています。例えば、生産性が一番高いのは「アイデアを出す創造的会議(ブレーンストーミング)」ですが、これは対面で行った方が良いです。そもそもイノベーションは「会議」ではなく「会話」から生まれるものなので、異なるバックグラウンドの方たちと接点を増やすことで「会話」を増やし、そこで思いついたアイデアをスピード感を持って実現させることがイノベーションに繋がるのです。

一方で、事務作業においては、自身の能力を最大限発揮できる時間と場所を選んで行ったほうが良いと思います。例えば、通勤ラッシュで疲労困憊になってから作業するよりも、自宅でリモート作業する方が生産性が高いのであれば、そちらの方がいいですよね。重要なのは、それぞれの社員が抱えている業務を棚卸して、それらの内容によって、対面型がいいのか、それともリモート型がいいのかをデザインできることだと思います。しかし、多くの企業は業務の棚卸をせず、また成功指標を決めないまま「対面型」と「リモート型」のどちらかに寄せてしまう傾向にあり、「やっぱりリモートワークを止めよう」という企業が出てきているのだと思います。

また、仕事の生産性において、「生産性を高めるにはどうしたらいいか」というご質問を経営者からよく受けるのですが、そのようなご質問には「今ある経営会議を20%減らして、現場の作業時間を減らしてください」と提案しています。そうなると現場社員には時間的にも精神的にも余裕が生まれ、自分の仕事を振り返って無駄に気づいたり、新しいアイデアが浮かびやすくなったりするのです。仕事の生産性を高めるうえで、仕事と仕事の合間の時間、つまりバッファ時間を作り出すことは、非常に重要なポイントとなります。

Q. 「明日からでも取り組める働き方改革」のアドバイスがありましたら、教えてください。

**越川:**一言で言いますと、ズバリ「行動」です。働き方改革の第一歩として「意識変革」を唱える経営者もいますが、正直言いますと、人の意識を変えるには5年、10年かかってしまいます。そんなに待っていられないですよね。

そのため、まず「行動」を変えることをお勧めしています。意識を変えて行動を変えるのではなく、行動を先に変えて、そのあとに「意外と良かった」というように意識が変わった自分に気づかせるのです。それが、「腹落ち感」を生み出すのです。最初の「行動」として、自身の働いた時間を振り返ることから始めてみてはいかがでしょうか。例えば、ダイエットをするときは、体重計に乗って体重管理をすることから始めますよね。それと同様に、昨日や前の週に何時間働いたかを振り返るという行動は、誰でも簡単に始められます。

自分の働いた時間を振り返って、無駄だった時間があればすぐにやめる。そうすると、自身に隙間時間ができるので、セミナーに行ったり、興味があることを勉強したりするなど、スキルや感性を磨くことできます。それが人生の満足度向上に繋がり、「腹落ち感」に繋がってきます。実際に、弊社で行った調査では、成績上位5%に位置する企業の社員は定期的に自身の行動履歴を振り返っています。このような行動を定着させた企業では、社員個人の意識が自ずと変わり、無駄な会議時間の削減や、新規ビジネスの立ち上げに成功しています。

Q. アドビでは、電子サインやPDFソリューションなど、ITツールを活用した時間的/物理的コストの削減を通じて、人々が本来の仕事に集中できるように支援しています。越川さんは、このような「働き方改革」へのアプローチは効果的だとお考えでしょうか。

**越川:**私は、ITが働き方を変えることはないと考えています。しかし、働き方を変える上でITは必要不可欠だと思っています。弊社では、「印刷禁止」や「クラウド共有」をルール化しており、採用時の契約書や、社員の給与明細も全てPDFを通じてやりとりしていますし、経営者会議やクライアント先での会議で使用する資料も全てデジタル化してクラウドで共有し、すぐに必要な情報が見つかるようにしています。

しかし、昔ながらの企業では、決算発表のために何度も会議を重ねて、その度に何十~何百枚もの紙を印刷し、結果的に約1時間の役員会議のために、現場の社員がそれに80~90時間もとられてしまうことがあります。このように「昔から紙で進めていたから」、「経営陣には確認してもらうときには紙で」といった理由で、なかなかデジタル化に踏み切ることもできない企業もあるかと思います。しかし、働き方改革の側面から、より生産性を上げることに重きをおいて、PDFやクラウドの活用を進めるべきだと考えています。

その一方で、働き方改革を実践しようとする企業の例では、ITをゴールとしている場合も多くあります。しかし、ITはあくまでも手段であり、現状を変えようと思ったときに必要になるものです。例えば弊社の社員は、全員「複業」として別の仕事も行っており、業務委託・成果給・週30時間労働・週休3日制を採用しています。これは全て、PCやスマートウォッチ、チャットやクラウドなど、ITを活用することで実現できています。私や社員の働き方はITが支えており、手段としてのITは必須です。

このように、任せられる部分はITに任せて、本来人間にしか価値を提供できないことに集中すれば労働時間が減ります。浮いた時間を新たなスキルの習得やインプットの時間、そして健康維持に充てれば、アウトプットの質が高くなっていく。働く量が減るのに、成果の質は上がり収入が増える。これほど幸せなことはないと思います。生まれた時間は、趣味、育児、介護などに使うことができるので、自身のライフスタイルをデザインすることにも繋がるのではないでしょうか。

ー 本日はありがとうございました!