デザイナーが選んだ、私が好きなデザイン 2018年10月号

連載

デザイナーが選んだ。私が好きなデザイン

デザインの役割とは何でしょうか?そもそもデザインとは何でしょうか?その答えが異なれば、同じデザインを見ても、違うものが見えていることでしょう。今月紹介されているデザインを語る言葉に新しい発見は見つかったでしょうか?

豊田恵二郎、CCO、株式会社Flatt(ポートフォリオサイト:Keijiro Toyoda)

僕が今回紹介したいのは、ファッションブランド「バーバリー」の今年8月のBI(ブランド・アイデンティティ)の刷新です。

バーバリーの新CCOリカルド・ティッシによるコレクションは9月の2019SSでお披露目予定でした。多くのファンは首を長くして待っていたことでしょう。
そこに突然やってきた大ニュース。それがバーバリーのあまりにも大胆なBIの刷新でした。

好きなデザイン:バーバリーのBI

8月2日に発表されたのは、全く新しい”BURBERRY”のロゴ、そしてThomas Burberryの「T」と「B」からなるポップなモノグラムでした。CDジャケットのデザイン等で知られるピーター・サヴィルとのコラボレーションです。
このBI刷新に対し、インスタグラムのコメント欄には罵詈雑言の嵐。

“Is this designed by an intern?”
“RIP Burberry”
“This is no longer traditional Burberry!!!”

しかし、新しいBIを見た時、個人的に全く違和感はありませんでした。
理由は二つで、一つ目は、数多のハイブランドがストリートの風を取り込んでいる現状、ブランドレベルでカジュアルに寄せていくのは戦略として適当だと思ったから。
そしてなにより、「アイデンティティの変更はその母体の意思表明」だと思っているから。外野はこれまでとの差異に違和感を感じたわけですが、その差異は母体が意識的に生み出したものです。そもそも、外野が異論を唱えること自体がおかしいのです。

さて、実は僕が「私の好きなデザイン」として紹介したいのは、刷新後のプロモーションも含めてです。

バーバリーは新しいモノグラムを使って世界中で大規模なプロモーションを始めました。
その展開は壁面・ビーチパラソル・巨大なクマのぬいぐるみ・ビル全体と多岐に渡ります。
ストーリーズ等を用いたオンラインのプロモーションもクリエイティビティに溢れていました。

やはり、このプロモーションまで含めてのBI刷新だと強く思うのです。

以前、GAPがロゴを変更した際に消費者からの反発を受けすぐに元に戻したというエピソードがありました。これはまさに「意思のない」BI変更だったから起きた結果でしょう。

ロゴは作って終わりではなくどう使うかも大事です。一連の流れに、「バーバリーが今後どうあるか」の意思表明が込められている。そんなデザインが僕は好きです。

小玉千陽、デザイナー、ium inc.

世界観を大事にして、静かで決して主張しすぎない、けれど機能性を感じさせるデザインが好きです。
オンスクリーン媒体の真っ白で無限に広がる平面を活かしつつ、時間性とインタラクションを与えることで、静的なピクセルが持つ冷たさを感じさせずにユーザーを引き込むデザインにときめきます。

最近、良いデザインだな、と感じたのはiOS版「Wikipedia」公式アプリです。

好きなデザイン:iOS版「Wikipedia」公式アプリ

タブバー、メイン画面エリア、ナビゲーションバーといづれも同じ背景色が使われています。そして、見出し周りに装飾をつけないなど、要素が削ぎ落とされたストイックなデザインです。
しかし、ドロップシャドウがついたカードが並ぶコンテンツをスクロールすると、上下のバーの向こう側に「存在」していることが感じられたり、今日は何の日?の線の上下にかかるグラデーションが、もっと長く続きがあることを暗示していたり、決して前に出過ぎることはないけれど、それぞれの要素が機能的な役割をきちんと果たしながら佇む様子がとても好きです。 普段アプリやWebサイトをデザインする際によく葛藤するのが、「ユーザーにタップしてもらわなければいけない」だけど「世界観を壊したくない」という状況です。基本的には「Less is more」の考え方で余分なものを極力削ぎ落としていけば、ユーザーに迷わず使ってはもらえるのですが、ただ削ぎ落とすだけでは無味無臭なデザインになってしまうことがあります。

そんなときによく意識するのが谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』です。日本人ならではの美の意識について、谷崎氏が日常における身の回りのものを鋭く観察しながら語られた本です。

「美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生れているので、それ以外に何もない」

「Wikipedia」アプリは日本製ではありませんが、陰翳の使い方の巧みさが感じられます。
極限まで削ぎ落としながらも「いかなる壁画や装飾にも優る幽玄味」を持たせることができる「陰翳」の美しさを大切に、ユーザーに使ってもらえる美しいものをデザインし続けていきたいです。

Mikiya Sasaki、デザイナー、NC帝國

The Most Northern Place」はグリーンランド北部のトゥーレ(Thule)が舞台の、シンプルなウェブドキュメンタリーです。

好きなデザイン:The Most Northern Place

このコンテンツの素晴らしいポイントは、抑制の効いた構成にあります。美しいシネマグラフが、人気のない雪国の情景を美しくもはかなく映し出し、合間合間に配されたテキストを引き立たせます。そして、テキストを表示する際、画面上に広がるさりげないブラーが、写真を、バルトの言う「それは=かつて=あった」痕跡性へと差し戻し、なんともいえない哀愁を漂わせます。
スクロールするごとにあらわれる、住人の若き日の思い出、アメリカ軍の基地設営、強制移住への反発、離れる街への郷愁……。雄大なグリーンランドの自然とともに届けられるそれらの物語には、不思議と、老人が写真を頼りに、かつてあった何かを語りだすかのような感覚を覚えます。

「The Most Northern Place」は、かつてあった出来事を、エモーショナルな語りとして実現したデザインです。“インタラクティブ”なにぎやかさも、“バズる”仕掛けもなく、ただ静かに物語だけを提示します。これは技法としての新旧はともかく、今、ウェブ上で何かを伝達するデザインを考える上で、極めて魅力的で、注目に値するものだとわたしは感じています。

このコンテンツにふれたとき、改めて考えさせられたことがあります。それは、「デザインとは何をなすべきものだろうか」という問いです。

デザインは、事物とわたしたちが出会う、そのインタフェースに関わる技術です。かつてそれは意匠設計と呼ばれ、外見の話と捉えられていました。そしてさまざまな領域で概念を拡張し、現在ではユーザーの体験を扱う概念になりました。
では、その次は?
デザインが何をなすべきかという問いに、今後答えられる概念はなんでしょうか?

それはまだわかりません。
ただ、このサイトをスクロールし、トゥーレの情景と、そこで語られている言葉に耳を傾けるうち、やがて気づいたことがあります。

体験を超えて、体感へ。何かを体験するためのデザインから、何かを事物から感じ、考え、糧とするためのデザインへ……。

そんな思いつきが、胸のうちで輝いていることに。

ワラ ツヨシ、理事、一般社団法人エクスペリエンスデザインユニット(XDUnit)

私の趣味のひとつは、自宅の大画面TVで動画を観ることです。特に、ここ数年は定額動画配信サービスのおかげで快適ライフを過ごしています。
私の好きなデザインは、その快適ライフを支える映像コンテンツを観る体験の中にあります。

好きなデザイン:Netflix

中でも好きなのは、よく利用しているNetflixです。TVに最適化されたUIは、コンテンツに焦点をあてるため、ツールは小さくアイコンに格納されています。そして、面倒な検索などさせずにコンテンツに出会わせ、再生させるような設計がなされています。具体的には、閲覧履歴からのレコメンデーション、特定のテーマごとにまとめられたおすすめリストなど、手軽に自分の興味に沿った新しい動画に出会える場所が提供されています。気になるコンテンツを選択した時にあらすじが表示される機能も便利です。更に、一部だけ再生して、視聴前に雰囲気を知ることもできます。また、コンテンツのサムネイルが一定期間で違うものになることで、リストに新鮮さを演出するという配慮も見られます。

インタラクションも、TVのリモコンから行えるようにシンプルな操作性が実現されています。そのため音声UIとの相性にも優れています。Netflix自体は音声入力にまだ対応していませんが、私は、自宅の音声UIに対応したリモコンを使って、TV画面の中にアプリを立ち上げ、検索、再生するまでの流れを声だけでとてもスムーズに行えています。
美しいビジュアルはもちろんですが、使い勝手の良いデザインに刺激を受けることも多い今日のこのごろです。