アドビ 入社早々に総画数84画の漢字を作った話 #源ノ角ゴシック #AdobeFonts

こんにちは!アドビのタイプデザイナーの吉田です。

昨年の4月に入社して間もなく、チーフデザイナーの西塚涼子さんからある漢字制作をまかされました。今回はその貴重な体験を執筆させていただこうと思います。

源ノ角ゴシックのアップデート

それは源ノ角ゴシックのアップデートに伴うグリフの制作でした。源ノ角ゴシック2.0にとんでもない画数の漢字が追加されることは分かっていたのですが、まさかそれを自分が作ることになるとは思いませんでした。そう、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、そのとんでもない画数の漢字とは「たいと/おとど」のことです。この漢字は、昔人名漢字として使われていたと一説には言われています。外見は複雑なようで単純明快「雲・雲・龍・雲・龍・龍」と、単体としても画数が多い漢字6つが1つの漢字の中に押し込められています。以前、源ノ明朝のリリースで「ビャン」という漢字が追加されたことを覚えていますでしょうか?総画数57画のこの漢字がフォントになった時は圧巻でした。しかしたいとはビャンをゆうに超える、84画という画数をもっています。私のフルネームが吉田大成、計20画なので仮にたいとさんという方がいたとすれば、学校でテストの時に苗字を書くだけで僕の4倍の時間がかかってしまうんでしょうね。そもそも紙のテストでこの苗字がちゃんと収まる名前の記入欄があるのか…、たいとさんの上履きや体操服の名入れはどうなってしまうのか…。いやはや、いらぬ妄想が膨らんでしまいますが、ここからは本題に入っていきます。

雲・雲・龍・雲・龍・龍

入社して一週間ほど、この6文字、いや1文字と向き合うことになるのですが、大学を卒業した時の私には想像もつかなかったでしょう。制作する文字はたった1文字に違いないのですが、源ノ角ゴシックは7つのウエイトを持ち、それぞれ日本・韓国・簡体字・繁体字・繁体字(香港)という5つの言語の表記に対応する必要がありました。字形としては4種類…ということは84画×7ウエイト×4種類=2352画!(意味のない計算‼️)制作の手順上、すべてイチから作るわけではないですが、計35個のたいとを作ることになります。ご想像の通り、気の遠くなる作業だったのですが、その具体的な制作プロセスをご紹介しましょう。

①配置

既存の書体に存在していなかった文字だったので、単純にエレメントを配置するだけで骨が折れました。完全に手探り状態での作字です。最初は雲と龍で五角形に見えるような作り方をしていたのですが、西塚さんにアドバイスをいただきながら、徐々に正方形の形に近づけて行きました。迷ったポイントとしては、上の雲と下の龍の幅をどの程度まで広げるかです。真ん中の横並びの雲・龍・雲はほぼぎゅうぎゅうになってしまうので、上下のパーツがこの文字の字面の大きさを決めます。 雲と龍をコピペしたら完成じゃん! と思いきや、実際に作ってみるとそうはいかず、状況に応じて変形させる必要があります。日本語のフォントはそのほとんどが正方形の枠の中に収められています。この漢字もそれに従って正方形に寄せて、1つの漢字として認識できるように作っています。太いウエイトになってしまうと、そもそも正方形に押し込めるだけでも大変な作業です。

②ウエイトの展開

源ノ角ゴシックの最も細いウエイトはExtraLight、太いウエイトはHeavyがあり、ExtraLightを作った後Heavyを作る際、他の漢字と同じような量で太くするわけにはいきませんでした。限られたスペースの中で、白い空間を意識しながら慎重に太くしていきます。Heavyの真ん中の龍に関しては太くなると五方向に影響を及ぼすので大工事でした。細かい例を挙げると下2つの龍などに修正が必要です。単純な5つの漢字の配置に見えて「立」の上にあるパーツが違うので縦画の長さや位置などが変わってきます。

③言語別に拡張

さて、これで日本のグリフの各ウエイトを作ってホッと一息…というわけにはいきません。先述した通り、Pan CJKフォントの源ノ角ゴシックは日本・韓国・簡体字・繁体字・繁体字(香港)という5つの言語の表記に対応する必要があります。エレメントも各言語で細かく変わってくるので、実際の西塚さんからの修正指示はこんな感じでした。

ここまできたら乗りかかった船なので、トランス状態で一気に進めます。このころ毎日出社してパソコン上では、雲と龍しか見ていません。ゲシュタルトなどとうの昔に崩壊していますが、諦めず調整を続けます。

完成

西塚さんの最終チェックを終え、ついに完成しました。

ちなみに各言語の日本語との違いです。

長かった…
本当に長かった。この日から画数の多い漢字への恐怖心が少しばかり和らいだような気がします。しかしこれを作ったのは実は今から半年以上も前です。最近画数が多い漢字を作るのが億劫になりつつあるので、リハビリがてらもう一度作ろうかなと思います(冗談です!)

しかし、たいとの制作に携わることができたのは貴重な体験でした。どんな困難なグリフを作る時も「たいとに比べれば…」と思えばなんだって乗り越えられるので、気の向いた方は一度試されることをオススメします。

たいとやビャンには文字コードが割り振られていないため、日本語入力の変換ではなく、以下のシーケンスをInDesign、Illustrator、Photoshop などでコピー&ペーストすることで入力できます。

⿳雲⿲雲龍雲⿰龍龍

⿺辶⿳穴⿰月⿰⿲⿱幺長⿱言馬⿱幺長刂心

※たいととビャンを入力するためには、「源ノ角ゴシック」ではなく「源ノ角ゴシック CJK」ファミリーのフォントを使用してください。(参照:「源ノ角ゴシック」と「源ノ角ゴシックCJK」との違いは?

一生懸命作ったので、ぜひみなさん使ってください!
そして、私以外のフォントチームは、肝心のおとどビャンの漢字をつかったラーメン店にプレスツアーでいっています。残念ながら、私は日程が合わず行くことができませんでしたが、個人的にリベンジします、必ず!🍜