「デザイン経営時代に求められるデザイナーとは?」俯瞰的な視点を持ち、時代に合わせて自分をアップデートしよう #WhyDesignTokyo

先日開催されたWhy Design Tokyo 2019のテーマのひとつは「デザイナーの価値を高める」、すなわち「カンプをつくる以外にもデザイナーには価値がある!」ことの発信です。そのお題を受けてajike梅本氏のセッションでは、「デザイン経営」が注目される時代を切り口に、「デザイナー」と「価値」について、ご自身の経験に基づく貴重な所見が語られました。

「デザイン経営」と聞くと壁を感じるかもしれません。ですが、要は、ユーザーのことを考えて設計する行為にビジネス側が価値を見出した話だと捉えれば、少しは興味が湧いたりしないでしょうか?なにしろ、ユーザー視点を持つことは、デザイナーの得意技のはずです。

5年ほど前、ajikeがUXデザインに舵を切った過程で導入されていた発想が「ユーザーに訴える力を持つ」だったそうです。UX/UIデザインへの取り組みの初期から、既にデザイン経営に類するコンセプト(デザイナーの価値を直接ビジネスに反映する機会の創出という意味で)が念頭にあった様子が伺えます。

ajike”のブランドステートメントはmove people.” です。Web上のUXデザインだけではなく、オンラインオフラインを横断した「シームレスなUXデザイン」を行う会社に転換することを宣言するため定められました。

デザインが経営に重要だと考えられるようになった背景

さて、そもそもデザイン経営とは何でしょう?デザイン経営の説明のために梅本氏が参照した資料は、昨年、経産省・特許庁がが公開した「デザイン経営」宣言です。デザイン経営の定義を記したページには、以下のような記述があります。

「デザイン経営」とは、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活⽤する経営である

そして、デザイン経営と呼ぶために必要な条件として、以下の2つを挙げています。

経営チームにデザイン責任者がいること

事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

これだけでデザイン経営を明確に理解するのは難しそうです。とりあえず、「デザイン」がかなり広い意味で使われているらしいこと、「デザイン責任者」はそれに見合うだけの知識と経験を持つ人を指しているだろうことは想像がつきます。

梅本氏は、「これを見るとまだデザイン経営ができている企業は世の中の1割にも満たない状況だと思います」と発言していました。


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ともあれ、ここでのポイントは、デザインを経営資源とする視点でしょう。経営資源3要素と呼ばれてきた「ヒト・モノ・カネ」に「情報」が追加され、既にITへの投資は当たり前です。そこに「デザイン」も経営資源に加えようと、経産省が宣言する時代になったのです。

このような動きの背景として梅本氏が挙げていたのは、モノの時代からコトの時代への変化、言い換えるなら、製造業からサービス業の時代への変遷です。内閣府の資料によると、2010年にはサービス産業が日本のGDPの7割に拡大し、製造業従事者の中でもサービス業的職業に従事する者の割合が増えているそうです。単純に作るだけでは売れない、プラスアルファが求められている時代になったというわけです。


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製造業ではモノを納品するまでの効率を高めることが重要ですが、サービス業ではユーザーを動かす力を高めることが重要と考えられます。そのため、経営目標の達成度を測る指標が、売り上げからLTV(顧客生涯価値)に変化すると梅本氏は指摘します。LTVは実感しづらい言葉ですが、ここでは、お得意様との長い付き合いが大切にされる(評価される)ことを指していると理解するので良さそうです。

つまり、サービス業の経営者は利用者と持続的な関係を築きたい。そこにUXデザインの重要性が理解される素地が生まれます。更に、もうひとつの経営資源である情報を人に届けるサービスには、常にUIが必要です。そしてUX/UIデザインはデザイナーの仕事です。

従って、ユーザーとの関係が重視される今こそ「デザイナーの価値が(経営視点から)再定義されるタイミングではないでしょうか」と梅本氏は主張します。


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では、デザイナーはどうすればこのチャンスを掴むことができるのでしょう?梅本氏は、経営者が持つデザインを活用した経営のビジョンと現状の差を課題として捉え、それを埋めるスキルを持つことで、デザイン経営時代にマッチした活躍ができると考えているようです。ajikeが企業として提供している価値が、同じ課題認識に根差しているだろうことは容易に想像できますね。

決められたものをつくる会社から、つくるべきものを考える会社へ


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今でこそUXデザイン会社として何社ものクライアント企業を抱えるajikeですが、Web制作からの移行当初は「全然スムースにいきませんでした(笑)。制作をやめると売上が激減したし、会社の空気も悪くなったので、とても悩みました」という状況だったようです。

それでも、チームと一緒につくっていきたいと思っていた梅本氏は、社員と根強く話し、チームの意識改革に乗り出しました。

その時とられた施策のひとつが、「受託事業」から「支援事業」への自社事業の呼び方の変更です。これは言われたモノをつくる受け身の姿勢から、パートナーとして一緒に同じサービスをつくる気持ちを社内に浸透させるために行ったそうです。

興味深いことに、その影響で、言葉遣いに変化が見られたそうです。受託制作の頃はクライアントに対して尊敬語や謙譲語を使っていたのが、支援事業の意識が高まってからは丁寧語になって、敬意を持ちつつもフラットな関係で働けていると感じているとのことです。


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ajikeの現在の業務フローは、梅本氏曰く「いわゆる基本的なUXデザインプロセス」です。要件定義→設計→トンマナ→UIデザイン→開発の5つの工程から構成されています。

全体としては大きく、「ユーザーの行動に基いて設計する」と「設計したものをつくる」の2つのフェーズに分けて考えられており、下流にあたる「設計したものをつくる」は、受託制作の頃から行われていた業務、上流の「ユーザーのことを考えて設計する」が、UXデザインに移行したことで新しく追加された業務です。

追加された業務は、セッションのテーマである「デザイン経営時代」の価値を掴むためのプロセスでもあります。

デザイン経営時代のデザイナーのキャリアプラン

ようやく本題のデザイン経営時代に求められるデザイナーの姿が見えてきました。特に、以下の発言あたりはキーワードになりそうです。

「デザインを活用したい経営者のビジョンと、現状との差を埋められる」
「クライアントのパートナーとして、ユーザーのことを考えた設計ができる」

もちろん、これらは、プロセスの上流に参加できるデザイナーにならなければ遂行できません。では、そのために必要なスキルは何でしょうか?その説明のために梅本氏が持ち出したのは、有名なJesse James Garret のデザインの5段階モデルです。ビジョンと現状の差を、表層/骨格/構造/要件/戦略の5段階に分けて認識するという案です。


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上の図ではオリジナルと階層の順番が逆になっています。これは、経営者のビジョンに近いのは戦略であることを表したものと考えられます。ajikeでは、この階層を上ることがデザイナーのキャリアパスと位置づけられていて、まずはビジュアルデザインができること、シニアはIAができること、のように上級職になる程、上位の階層の作業をこなす能力を求められます。

下の図は、役職ごとに求められる「できること」を具体的に記述した表です。左端の列がアシスタントデザイナー、右端の列がGMと、右の列ほど上級職で、各列にはそれぞれのポジションに求められることが、5階層に分けて書かれています。右の列ほど下の階層の記述が増えている様子が分かりますね。(階層の並びが上の図とは逆になっている点に注意して見てください)


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デザイナーが自分のキャリアについて考えるとき、ビジュアルやUIを深掘りする方向になりがちです。上の図の横方向の矢印を進むイメージです。しかし、「デザイナーの価値の観点からは、IAや戦略の側、つまり縦方向のキャリアイメージを持つことも大事」と梅本氏は語ります。そして、縦方向を伸ばすための手段として梅本氏が紹介したのは、7:2:1の時間配分です。

7割実務、2割フィードバック、1割自習

実務をこなせばデザイナーとして成長します。でもそれだけだと横方向に伸びる感じになるそうです。そのため、3割の時間を縦方向に伸ばすために使う、具体的には、2割フィードバック、1割自習を目安に時間を使うのがおすすめとのことです。

自習は週に半日ですし、頑張って時間を確保すればできそうです。しかしフィードバックのために、毎週、上司か同僚か誰かを丸一日確保しようとするならば、待っているのは挫折でしょう。そこで、親切な梅本氏は、自分1人でできるフィードバック方法も教えてくれました。「制作物」→「成果/工夫」→「価値」を書く方法です。下の図をご覧ください。


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図に記載されているのは、自分でできるフィードバックの具体例です。まず、3つのエリアに分けた表を用意します。左の「制作物」の欄には、何か具体的に自分が制作したものを記述します。そして、中央の「成果/工夫」の欄に、制作時に配慮したことや制作物が上げた成果を記述します。最後に、右の「価値」の欄に、ユーザー、ディレクター、ビジネスオーナーそれぞれの立場で得られた価値を記述します。

この手順を踏むことで、自分の仕事に関係する人にとっての価値を言語化し、自分の仕事とその相手の関係を見直すことができるようになっています。「周りの人にとって」価値ある仕事をしていることが、相手に伝えられるようになるために、2割の時間を使って欲しいということです。

セッションの最後は、梅本氏が一緒に仕事をしたいデザイナー像でした。