「事業成長を支えるデザイナーとしての心得」から学ぶデザイナーの成長へのアプローチ #WhyDesignTokyo

2月に開催されたWhy Design Tokyo 2019では「デザイナーの価値向上」をテーマに6名の講師が登壇しました。その1人rootの西村氏からは、サービス開発支援に特化したデザイン会社を経営する立場から、「事業成長を支えるデザイナーとしての心得」と題して、自社におけるクライアントへの価値提案の取り組みと、それを支える3つのマインドセットが紹介されました。

セッションの冒頭で西村氏が提示した視点は次の2点です。「顧客体験の質がビジネスの成功に大きな影響を及ぼす現代においては、デザインはビジネスの成長に直結する」。そのため「デザイナーは、拡張する役割を理解し適切に実行することで、より高い価値を提供できる」

これらの言葉は、サービス事業に直接関わりのないデザイナーにとっても、十分に興味深い状況を示唆しているように思われます。実際、西村氏のセッションは、活躍する領域を制作の外側に広げることに関心を持つ人であれば、将来像を考える上で何かしら参考になりそうなお話でした。

そこでこの記事では、セッションを通じて語られた、今求められているデザインの役割、デザイナーの働き方について、少し広い視点から改めて確認します。当日の西村氏のセッションの内容については、ご本人が公開されたレポートをご覧ください。

コンピューテーショナルデザインの時代

西村氏は、現代のデジタルプロダクトについて、「納品を完成と捉えるのは難しくなってきている。もはや 『納品が始まり』と認識すべき時代」と主張しました。そんな状況で必要とされるデザイナーの姿として、西村氏が言及したのがコンピューテーショナルデザイナーです。

コンピューテーショナルデザインは、新しいデザインのカタチとして数年前にジョン・マエダが提唱したもので、3種類のデザインのひとつとしてDesign in Tech Reportの中で紹介されています。3種のデザインを大雑把にまとめると以下のような感じです。上から順に、「デザイン」の展開過程を表したようにも見える分類になっています。

  1. クラシカルデザイン
    時間をかけて正しいつくり方をみつけ、熟達した技で完全なデザインをつくり上げる。数世紀前から存在した
  2. デザインシンキング
    体験を重視し、共感により個々の顧客との関係を革新する。実践スピードが上がり、成果が後から追いかけるようになった
  3. コンピューテーショナルデザイン
    リアルタイムで多数の個人とつながる時代。最新技術を活用し、常に未完成の状態のまま、拡張を続ける

Three Kinds of Design 出典:Design in Tech Report

実践スピードが上がり続けた結果、完成のないデザインを延々と続ける状態になっているという指摘は実感できるものです。CS後期のアドビ製品は2年ごとの更新でした。今では当たり前のように、毎月XDをはじめ何かのツールが更新されています。デジタルコンテンツの更新頻度はタイムラインから溢れるほど高く、国内では7割以上の人が手元のデジタルデバイスでネットとつながっています。デザイナーに期待される働き方が10年前とは大きく変わっているとして、それはむしろ当然と言えそうです。

西村氏は、コンピューテーショナルデザインの時代の特徴として、「インターネットに接続されたデジタルデバイスが増加したこと、多くの情報やサービスから簡単に選択して使えること、そして、デザイン対象は常に変化し続ける存在であること」を挙げました。

すなわち、インターネットを利用する企業の競争力の確保と維持には、常に機能やコンテンツを更新し続ける体制が必須になっていて、そこに「顧客体験の質を高める役割として、デザイナーには継続的な貢献が要請されている」というわけです。

情報通信機器の保有状況の推移 出典:平成29年通信利用動向調査ポイント

これを西村氏は「納品が始まりと認識すべき時代」と表現しています。「受託ではなく支援する立場として関わるべきだ」は、この日の他のセッションでも、繰り返し聞かれた言葉でした。

西村氏によれば、rootでは、新規事業の成長フェーズを対象に、事業成長に伴走して、数年かけて自走できる体制が構築されるまでの長期的な支援を、「デザイン」サービスと定義しているそうです。

多角化するデザイナーの役割

西村氏のもう一つの主張は、デザイナーの役割の拡大に関するものです。「手を動かしてつくれることは他の職種にない強い武器になる」としながら、さらに制作の外部にも足場を作り、「領域を横断しながらデザインすることが個人としての強みとなる」と語りました。

実際にデザイナーの活動領域が拡大しつつある状況は、見方を変えれば、制作に直接関わらない仕事をしている人々が、たとえ一部でもデザイナーの必要性を認めはじめていることの現れと解釈できるでしょう。だとすれば、西村氏が言うように、制作以外の分野にもスキルを持つハイブリッドデザイナーの市場価値は、今後高くなっていきそうです。

さて、西村氏が領域を広げる対象候補に挙げたのは、ブランディングやマーケティング、それから、企画や経営でした。

自分の価値を上げるためとはいえ、ひとりで担うには大きすぎる対象なのは明らかです。従って、どこかに「自分の強みを見つけて、そこに軸足を置き、周囲と連携して成果を上げていく」ことが必要になると西村氏は論じています。

領域を広げたければ、その分野での経験は不可欠です。rootでは、領域を横断するスキルを効率よく学ぶため、デザイナーが担当するプロジェクトの種類やプロジェクトにおける役割に多様性を持たせているそうです。大企業とスタートアップ企業の案件を両方経験して、規模によるプロセスやチーム編成の違いを学べるのは、デザイン会社ならではの特権ですね。

また、経験年数によるスキルの拡張も、rootのデザイナーの育成プロセスには含まれています。ジュニアはUIデザインから初め、やがてUXへと移行して、シニアになると戦略に関わるためのスキルも学ぶようになります。「最初にUIデザインを経験していれば、UXを考える上で、UI制作に関わる負荷も考慮しながら検討できる」と西村氏は述べています。

ところで、デザイナーが越境して行う行為を、従来の「デザイン」から区別することができない状況では、デザイナーに対する期待が噛み合わないケースが発生するかもしれません。

この点に関して、ジョン・マエダは、現代の多面的で複雑に絡み合った行為を、ただ「デザイン」と呼ぶことに警鐘を鳴らしています。前述の3つのデザインは、そのための言葉でもあります。コンピューテーショナルデザインの定義には、「その一部として、他の2つのデザインを使用する」と記されています。コンピューテーショナルデザインには、クラシカルデザインとデザインシンキングを内包し、より拡張された活動を表す概念とも言える一面があるわけです。

その他にも、彼は、デザインシンキングを応用したいくつかの作業に、その目的に応じて名称を付けています。一例をあげると、顧客満足度や作業効率を向上し、収益の成長を図るために従来の顧客体験にデザインシンキングを注入する行為は、「ジャーニーデザイン」と命名(この先定着することになるかは分かりませんが)されています。

ナレッジの伝道者としてのデザイナー

さて、デザイナーの活躍する領域が広がって、制作以外の現場で働くことになった時、手を動かすのではないとしたら、そこではどんな価値の提供を期待されているのでしょうか?西村氏の3つ目の主張は、「デザイナーの持つナレッジやプロセスを活用した課題解決の手法を伝えることに価値がある」というものです。

デザインはそもそも、与えられた課題をクリエイティブに、すなわち新しい発想や人間中心の視点を持って解決する行為です。昨今ビジネスの現場から注目されるようになったのは、そうした側面が認知されてきたためで、特にデザインシンキングの言語化は、ビジネス側の意識を変えるのに大きく寄与したと言われています。

西村氏がビジネスの現場で役立つデザインプロセスとして具体的に挙げていた作業は、

などです。デザイナーであればお馴染みのものばかりでしょう。これらの「デザインプロセスを(クライアントの)チームに伝え、デザインを再現可能な手法としてインストールする役割」が、組織におけるデザイナーが果たすべき役割のひとつであると西村氏は話しました。

西村氏は、事例として、3年かけて行ったスタートアップ企業とのデザインを中心に据えた事業づくりを紹介しました。創業初期は、経営者にデザインの重要性を伝え、次にプロジェクトチームにデザインプロセスを導入、さらにインハウスのデザイナー採用による内製化の推進を行いました。3年後にはインハウスデザイナーがデザインの伝道師をこなすまで成長し、rootのデザイナーが不在でも、社内にデザインの文化を作りあげていくことができる存在になったそうです。

このように、デザインプロセスを組織が自力で再現可能な仕組みにすることで、事業成長に応じたデザイン組織の拡大が可能になると西村氏はその意義を語ります。もちろん、この「デザイン組織」は、デザインプロセスを手法としてビジネスに応用できる組織のことです。それを作り上げられる「デザインの伝道師」に3年で成長した人の属性には少し興味が引かれます。

西村氏の基本的なアプローチは、

  1. デザイナーとしてナレッジを蓄積し、
  2. それを他の領域に応用できるように体系化し、
  3. さらにチームとして活用できる環境をつくる

です。事業成長を支えるデザイン会社の実現のために考え出されたものではありますが、これ自体が、より広く応用できるフレームワークになっているように思われます。

コミュニケーションが苦手な人でも、とりあえず2番目のステップまで、まずは挑戦してみると、新しい景色が見えてくるかもしれません。