最新技術に関わるデザイナーが持つ未来への責任 | アドビUX道場 #UXDojo

連載

エクスペリエンスデザインの基礎知識

これまでにない技術変革の時代にいることは、おそらく誰もが体感していることでしょう。コンピュータの総合的な処理能力は2年で2倍になるというムーアの法則のような考え方は、どれほどの早さでこの変革が進んでいるのかを捉えようとする試みのひとつです。

同時に、イノベーションや会社の成功に製品デザインやユーザー体験デザインが関わっていることが、以前にも増して注目されるようになりました。300社以上を対象に実施した最近のマッキンゼー調査レポートでは、積極的にデザインを活用した企業の過去5年間の、競合企業に対する収益は32%増、株主還元率は56%増であったことが明らかになっています。

多くの場合に、ユーザーが新しい技術を体験するスタイルが形作られる過程において、デザイナーが大きな役割を果たしています。インターフェイス、インタラクションモデル、そしてユーザーフローは、デザイナーが定義します。それでは、新しい技術に関するデザイナーの責任とは何でしょう?最新技術を扱うとき、デザイナーがいつでも利用できるアプローチは存在するのでしょうか?技術が本当に目まぐるしく変化する中、デザイナーはどのようにすれば最新情報を把握し続けることができるのでしょうか?

デザイナーのアンドレア・クロフツとミン・ダオ 画像提供: アンドレア・クロフツ、ミン・ダオ

この話題について、異なる環境で働く2人のデザイナー、アドレア・クロフツミン・ダオから話を聞きました。アンドレアは、Leagueでプロジェクトマネージャーを務めています。彼女は、顧客中心型の医療サービスプラットフォームを通して、顧客の日々の健康をサポートする製品デザインチームのリーダーです。一方、ミンは世界最大の人工知能 (AI) 研究所であるElement AIで、デザイナーとして組織向けのAIを活用した製品を構築しています。どちらのデザイナーも、デジタル製品を通じて、イノベーションをユーザーに提供するプロジェクトで働いた経験があります。

最新技術を把握していることはなぜ重要か

はじめに聞いた質問は、デザイナーが技術の進化を把握していることが、なぜ重要なのかということです。アンドレアにとって、この質問はさらに対象を広げる必要がありました。「それは非常に重要なことです。ですが、最新の技術だけでなく、世界の最新の状況と変化も常に把握しておくことが重要です。最新のプログラミング言語を学んでいるだけで、世界で人々が行っていることを体験していなければ、仕事で説得力のあるストーリーを語ることはできないでしょう」

ミンの観点からは、効果的にデザインできて、共に働くクライアントや人々を支援できることにつきます。「昨年、顧問をしていたときに受けた質問の多くは、スマート推奨機能、アルゴリズム、そしてAIに関するものでした。ほとんどの人は、製品デザイナーがこうしたトピックに関する質問に答えられると期待しています。そして、それらの技術を念頭にソリューションをデザインできると考えています」

こうしたトピックをどれくらい深く理解しておくべきなのかは誰しも疑問に感じるでしょう。ミンの答えは「協業する人と有益な会話を行うために十分な程度」です。「この技術がエンドユーザーにどう役立つのか、体験になぜ重要なのかを保証することができる程度の理解を持つことです。技術に完全に精通する必要はありませんが、チームとの折り合いをつけ、最終的に構築するものに価値を持ち込めるだけの知識は必要です」

新しい技術のためにデザインするときの課題

新しい技術を扱うプロジェクトで働くとき、デザイナーやチームには課題がつきものです。ミンは、ElementAIでこれを自ら体験しました。「多くの顧客が、データを理解したり、データからインサイトを引き出す作業を自動化するのにAIを使用したがっています。AIとの作業は新しい分野であり、誰をどの作業に配備し、どんなデザインプロセスが最適なのかを探り出す必要があります」

一般的なデザインプロセスは包括的な指標になるかもしれませんが、こうした問題の解決には幅広い分野の人達、すなわち、エンジニアリング、学会、調査、デザインなどの経歴を持つ人との関わりが必要となります。「プロセスの切り貼りではこの手の問題は解決できません。真に各分野を横断するアプローチが必要で、古くからの手法の再利用は有効ではありません」

加えて、新しい技術には制限があります。AIのような、問題解決の特効薬に見える技術でも同様です。ユーザーが達成したいことを理解できたとして、次は技術の複雑化がもたらす制約と向き合うことになります。

ミンは、数年前にIBM Watson Analyticsに関わったときの逸話を話してくれました。「私たちは、大量のデータを理解するための自然言語による検索に注力していました。例えば、ある地域内の全店舗で、最も売れているコーヒーは何か?を知りたがっているコーヒーチェーンのマネージャーです。何を達成すれば良いかはわかっていましたが、技術には多くの制約と問題がありました。最先端の新しい技術には、技術の成熟度次第で制限がつきものです」

デザイナーとしては、ここで優先度を決められなければなりません。根本的なユーザーのニーズを念頭に置きつつ、何が可能かを協議することになる場面です。

ミンは、自然言語で有意義なインサイトを検索するprotoMintypes for Watson Analyticsの早期デザインに取り組んだ。画像提供: ミン・ダオ

アンドレアが、Museという瞑想用ヘッドバンドのためのデータダッシュボードをデザインするプロジェクトに携わっていたときには、単に収集して表示できることだけではなく、適切なデータの識別と強調が非常に重要でした。

Museは、脳の活動を追跡しながら人々を瞑想へと誘導します。ADHD (注意欠陥多動症) やPTSD (心的外傷後ストレス障害) を患っている人々は、データを専門家と共有することもできます。その際は、データとアクセス許可についての検討が、最初の課題になりました。「データの公開には大いに議論の余地があるものの、非公開のフォーラムにユーザーが許可を出す場合であれば、オープンデータは非常に効果的です。患者も専門家も共通するパターンを見出すことができて、より有益な会話を持ち、そして生活習慣の調整を図ることができます」

Muse Connectダッシュボードでは、専門家がMuseヘッドバンドで収集された患者の瞑想データを確認することができる。画像提供: Muse

Museを使用する人々の体験に介在する際のデザイン上の課題は、やはり適正なデータを強調することでした。Museは、脳がいつ活性状態で、いつ鎮静状態かを示します。瞑想しようとしていた結果として活性状態が多かったことを見せられたなら、ユーザーは失望を感じるかもしれません。「専門家は、定期的に瞑想することの方が、個々の瞑想セッションの結果よりも重要だと伝えようとしています。ですから、私たちの挑戦は、活性状態を目立たせず、鎮静状態の優先度を高く見せる方法、そして繰り返す頻度や継続性から、ユーザーのモチベーションを高める手段の考案にありました」

最終的なインターフェイスデザインは、活性、鎮静、ニュートラルの状態の時間の割合を比較するのではなく、鎮静状態の時間を強調したものになりました。そして、ユーザーが継続して瞑想に取り組む利点を感じやすいように、継続性が強調されました。最後に、色や形は、落ち着きを感じられるUIになるよう選択されました。「色は感受性を大きく左右する要因です。特に特定の心身状態にある場合には、その影響が強くなります。そのため、暖色系ではなく寒色系の色を使い、角を丸めたシェイプを使いました。ほんの些細なことが、大きな違いを生むのです」

まさにチームが決めたデザイン上の判断により、ハードウェア (ヘッドバンド) とソフトウェア (インターフェイス) を含むこの新しい技術のユーザー体験は形作られています。

新しい技術を使ってデザインする際の原則

技術は進化を続けていますが、嬉しいことに、多くのデザイン&UXの原則は有効です。使用することになるメディアや技術に関わらず、ユーザーのニーズや解決すべき問題を最優先にすることは、いつでも正しい考えです。

アンドレアは、ストーリーテリングと、技術を人に合わせることの重要性を強調します。「バーチャルリアリティー (VR) アプリ開発のように、完全に異なる空間で作業している場合でも、この原理が適用されます。人間の言語で話しかけ、ストーリーを伝えて、人々が自分の置かれた状況を理解するのを助けるのです」

これは、ユーザーが快適に感じられるよう製品をデザインするということです。そして、ユーザーが各自のニーズに合わせてパーソナライズされていると感じられるようにすることです。「アプリがユーザーを理解していることを示そうとする様々な例を見つけることができます。たとえば、Wealthsimpleというアプリは、ユーザーの目的が家の購入なのか定年後の貯蓄なのかを、アプリを起動した最初のフロー中に尋ねます」

New York TimesのVRアプリでは、「ストーリーテリング」がユーザー体験の鍵となっている。画像提供: New York Times

ミンも、エンドユーザーと彼らの置かれた状況への配慮が最優先だと語ります。「ユーザーが使い慣れていると思われる中から、良く知られたインタラクションパターンを使用するように努めています」

また、彼は、製品を使用する際、どの程度の労力が適切かを検討することも試みています。「ユーザーの労力を可能な限り多く取り除くにはどうしたらよいのでしょうか?特に、初めての使用や入力時にユーザーができる限り素早く製品を使うことができて、さらに関係を構築するために徐々に機能を開示していくには、技術をどのように使うことができるでしょうか?」

製品をデザインする上で重要な原則。ミンは、未来のAIが実現する体験が、どのようにできるだけ多くの労力をAIに肩代わりさせるのかについて、幅広く書いている 画像提供: ミン・ダオ

最後の重要な原則は信頼です。デザイナーが新しい技術を扱うとき、ユーザーにコントロールしているという感覚を与え、そして、そこで起きていることに信頼感を持てるようにする必要があります。「起きている物事を信頼でき、居心地よく感じられることは、ユーザーにとって決定的に重要です。SiriやGoogleに結果を得るために使っている情報を尋ねるのであれば、何がどのように行われているのか?に対する答えは相当明確であるべきでしょう」とミンは話しています。結果を得るために使われたソースを明らかにすることは、ユーザーのアウトプットに対する信頼の構築に役立つでしょう。

デザイナーの責任

AIやチャットボットなど、新しい技術の世界でのあり方やそれが持つ影響には、デザイン上の選択が波及的な効果を持っています。アンドレアとミンは揃って、自分の作業の潜在的な影響を考えることがデザイナーの重要な責任だと考えています。

ミンは、次のように述べています。「私には、製品や技術の向こう側にいるユーザーに与える影響を考える必要があります。つまり、ちゃんとエンドユーザーに意味を成すことを行っているか?という問いです。デザイナーには、人々のために価値を形にできる能力が必要です。その他にも、例えば、オートメーションによって労働者から職を奪う類の製品なのか、といった類の影響についても考える必要があります。もし影響を持つなら、デザイナーはそれを自覚しなければなりません。そして、私たちには、クライアントが予測や対策する行為を、支援する責任があります」

同様に、アンドレアもデザイナーとしての責任を強く自覚しています。「技術のクリエーターとして私たちが作り出している振る舞いをしっかりと検討するため、自分が抱えている課題を真剣に考えています。たとえば、製品内にデザインされた、習慣的な行動を形成する繰り返し作業です。Instagramのような、毎日、もしくは毎時間使用するよう、ユーザーを誘導することに注力している例を見てみましょう。ユーザー同士を繋ぐはずの製品に夢中になった結果、多くの人々が精神衛生上の問題に悩まされています」

アンドレアは、デジタル中心のライフスタイルにおいては、ソフトウェアだけでなく、ハードウェアも悪い影響を及ぼすことがあると話します。「私は実際に反復性ストレス障害を患い、仕事を2週間休まざるをえませんでした。新しいMacBookのバタフライキーボ―ドに十分に押し込める深さがなかったためです」

アンドレアは、この責任を最優先に保てるようにいくつかの対策を講じています。「私たちは、デザインする際の視点を与えてくれる一連の質問リストを作成しました。たとえば、皆が私が望むとおりの行動をとった場合どうなるのか?最大多数の人の幸福感を最大化しているか?人々は手段かそれとも目的か?人々をビジネスゴールを達成する手段として捉えているか、それともちゃんとユーザーのニーズを満たそうとしているのか?のような問いです」

これは、達成する目標や評価基準の設定され方にも波及します。「私たちは、成功の指標を変更しようと考えています。ネット・プロモーター・スコア (NPS) やユーザーベースの数といったものから、機能が実際には人々にどのような影響を与えたのか、それを人々がどのように感じたのか?といったことへです。具体的には、私たちの医療プログラムを何か完了した人に対して、フィードバックをお願いしています」

ミンにとっての責任も、仕事を通じて表現し染み込ませようとしている価値に行きつきます。「AIがもたらす影響や私たちの仕事について頻繁に話し合っています。どうすればエンドユーザーや取引先の会社に感情移入できるのかについて話しています。この技術が世界でどのように展開されることになるのかを決定するのは私たちであると、心の底から思っています。多様性のような価値を確実に反映させて、それをエンドユーザーに感じ取ってもらいたいのです」

技術の最新情報にアンテナを張るには

常に最新技術の情報を把握している方法を探しているデザイナーに対して、アンドレアとミンは同じようなアドバイスをしています。二人がそろって強調したのは、専門家と共に作業して学ぶことの重要性です。「ElementAIで、非常に頭の切れる科学者の近くで働けるのは幸運なことだと感じています。私の知識を最低必要なレベルまで引き上げてくれるからです。彼らとランチやビールを付き合っては、たくさんの質問をしています」

専門知識とデザイン相互のやり取りについてはアンドレアも繰り返しています。「Moodnotesというアプリがあります。認知行動療法の最新技術を取り込むためにどのように体験がデザインされたのかを見れば、デザイン会社 ustwo が制作当初から専門家と手を組んでいたことは明らかです。私が思うには、体験を作り出すためにデザイナーが専門家と働くという形が物事の向かう先ではないでしょうか 」

Moodnotesアプリの制作において、ustwoはThriveportの認知行動療法の専門家と協力し、治療の原理を十分に理解した上でデジタル健康アプリの制作に取り組んだ。画像提供: ustwo

興味にまかせて読み進めるのも、最新情報の収集に大きく役立ちます。アンドレアは、「私は、Smashing MagazineでMarli Mesibovが書いている精神衛生を改善するための体験デザインや、Ella EspinozaがBetakitに書いた人間らしくあるためのヘルスケアのデザインのような記事が気に入ってます」と言います。

ミンは、Kevin Kellyの書籍が好きです。また、The VergeWiredといった刊行書を読んでいます。「技術やデザイン以外の場所からインスピレーションを得ることも非常に重要です。美術館を訪れたり、哲学を学んだり」と彼女は言います。「James Turrellのようなアーティストの展覧会を覗くのは大好きです。光と空間と視点を利用して、多くのこととわずかなことを同時にを語っています」

大いなる力を持つ者は…

どんな新しい技術が現れて私たちの日々の生活や体験を形作るのか予測することは誰にもできませんが、それらの体験をつくる上で、デザイナーがより中心的な役割を果たす傾向は、おそらく今後も続くでしょう。ミンは次のようにまとめています。「デザイナーは、将来非常に高い価値を持つことになるスキルセットを持ち合わせています。クリエイティビティを通じて、製品や企業に大きな影響を与えることができる力です」

この強大な力には、大きな責任が伴います。アンドレアは次のように話しました。「基本的には、私たちはデジタル世界の都市プランナーです。数千、もしくは数百万の人が使う製品を、非常に意図的に、あるいはまったく無意識に構築することができます。適切に組み合わされた多様な人々と会話して、自分が行っている仕事の影響について深く考え始めることは、我々に課せられた大きな責任です」

この記事はMediating the Future: The Designer’s Responsibility to Keep Up with New Technologies(著者:Linn Vizard)の抄訳です