米国と日本に共通する政府のIT課題とは?米国政府出身の公共部門戦略担当部長からデジタル変革を目指す組織へのメッセージ
2019年1月、アドビの公共部門戦略担当部長に就任したケリー オルソン。10年にわたって米国政府のデジタル戦略、デジタル変革に携わり、直近では、米国共通役務庁(GSA)の連邦調達サービス(FAS)副長官代理およびテクノロジー トランスフォーメーション サービス(TTS)ディレクターを務めていました。
日本政府および平井卓也情報通信技術(IT)政策担当内閣府特命担当大臣との意見交換のため来日したケリーに、アドビにジョインした理由やデジタル変革成功のポイントを聞きました。
米国政府機関のデジタル変革担当からアドビにジョインした理由
——アドビに入社する前は、米国政府でIT調達やテクノロジー トランスフォーメーション サービス(TTS)ディレクターを務めていらっしゃったそうですね。
はい。10年間にわたって、2人の大統領の下でデジタルガバメント変革を推進し、30本以上のイノベーション、デジタルプロジェクト、政策立案や立法案件に携わってきました。この仕事のなかでいろいろなことを学びました。政府の組織を超えたさまざまなチームと組んで困難な課題に取り組み、新たな気付きや発見をしましたし、その成果をフィードバックして、成功事例を作ってきたと思います。
——アドビに入社された理由を教えてください。
いま国や地方自治体ではさまざまなイノベーションプロジェクトを展開しています。大きなものだけでなく、小さな規模のプロジェクトもありますが、そうしたプロジェクトを見ていくと、やはり公共機関だけではカバーできない、足りない部分があることに気付きました。
どうすればスケーラブルで統合化されたプラットフォームが実現できるのか、どうすれば私たち国民の暮らしに大きな影響を与えることができるのか。そうした考えで民間に目を向けると、民間では公共以上に、「顧客体験とITを結びつける」という取り組みが進められています。ベストプラクティスも蓄積され、共有されつつあります。
ところが、政府の立場でこうした知見をヒアリングしようとしても、企業の代表者はそういう話をあまりしませんし、学ぶ機会もありません。
実はアドビ以外にもさまざまなIT企業と面接をしたのですが、アドビはデジタルトランスフォーメーションや顧客体験分野で大きな実績を持っており、さまざまな産業の広範囲にわたって大きな影響を与えている唯一の企業です。私の役割として、アドビでこの分野における民間のベストプラクティスを習得し、それを公共分野にフィードバックできるような橋渡しができれば、公共分野のデジタル変革がより効果的に進むと思います。これまで公共分野で経験がある私だからこそ、できることはたくさんあると思います。
米国も日本も同じIT課題に直面している
——米国政府のデジタル変革を進めるなか、どのような課題に直面しましたか。また、それをどのように乗り越え、成功を収めてきたのでしょうか。
まず、最初の質問についてですが、課題はいろいろあります。国の予算策定や承認サイクルに時間がかかるので、プロジェクトを進めるには暫定予算を立てないといけません。また組織によっては、独自に資金調達を行うところもあるのですべてがバラバラとなり、長期的な視点で戦略的な投資もできません。
テクノロジーの専門家もいないので、調達・入札の際に、しっかりと要件を記述し、伝えることもできません。結果として、不要なものが調達されてしまうこともあります。
ユーザー視点でいうと、最大の課題は「問題を解決しようとしてプロジェクトを立ち上げても、ユーザー体験が無視されたものができ上がってしまう」ということです。30ページにおよぶ紙の資料をプリントアウトしてサインをしなければならなかったり、政府のWebサイトで必要な情報を見つけられなかったり……、ユーザーの状況を理解せずにITができ上がってしまうんです。ユーザー視点のデザインを政府のシステム、プロセス、テクノロジーに取り入れることは必須です。
平井卓也IT担当大臣と握手を交わすケリーオルソン
——それは日本も同じです。
やはり課題は共通していますね。また、クラウド化が進む中、セキュリティ確保も大きなテーマとなっています。
——そうした課題をどのように解決したのでしょうか。
いろいろなことを学びました。
IT改革、近代化、クラウドコンピューター、デジタルトランスフォーメーション、セキュリティ、データ、アナリティクス、オープンイノベーションなどに特化したいくつかの新しい政策に携わるなか、政府機関の政策の実施をサポートするために、政策ごとにプロジェクトマネジメントオフィス(PMO)を設置することになりました。
たとえば2011年に導入されたデジタルガバメント政策の1つでは、デジタル戦略のためのPMOを立ち上げ、トレーニング、リソース、コミュニティを提供しました。またDIGITALGOV(https://digital.gov/)というプラットフォームを整備し、ここにチェックリストやツールキットなどのリソースを集約したのです。連邦や各政府機関だけでなく、地方自治体にも解放し、国中のあらゆる公共機関がこれらのリソースを活用してデジタル変革を進められる仕組みを整えたのです。
もう1つ、かなり紆余曲折があった取り組みですが、民間の大手IT企業に勤務するITスペシャリスト、ストラテジスト、エンジニア、デザイナーの方々にも1年間〜4年間の短期任期で政府プロジェクトに参加してもらう制度を立ち上げました。いってみればSWATチームのような精鋭チームで、ここ数年取り組みを続けるなか、成果が現れてきたのです。
満足度が3ヵ月で16%向上した退役軍人局のWebサイト
——具体的な成果を教えてください。
もともとは「政府機関のITを正す」ということがデジタルサービスチームのミッションでしたが、そうするとカスタマイズばかり施すことになり、結果、汎用性の低いITになってしまって拡張性や柔軟性、セキュリティを損なうことがわかりました。
これを受け、約2年前には政府/公共機関に対するITポリシーとして独自開発ではなく、二重投資などを避けるために、商業のエコシステムを活用することを推奨しました。
今では、デジタルサービスチームは、ユーザーエクスペリエンスの理解、サービス提供を向上させるための要件定義の作成方法、円滑なITの調達・入札を進めることにより注力することになりました。
具体的な例では、新しく簡素化され、統合された退役軍人局のWebサイトがあります。彼らが受けられるベネフィットやサービスを見つけやすく、アクセスしやすくするためにエクスペリエンスが飛躍的に向上したサイトです。2018年にリニューアルして3か月で、ユーザー満足度が16%上がり、オンラインでの医療保険の申請件数も81%増えました。これにより、コールセンター対応が削減できたことより、約5,500万ドルのコスト削減ができました。
——すばらしい成果ですね!
このほか、政府機関の内部からイノベーションを起こすイノベーションフェローという役割を作り、デジタル変革を進める体制を整えています。
世界のデジタル変革に貢献していくことが使命
——いまのお話は、政府機関に限らず、デジタル変革を目指す組織すべてにとって示唆に富むエピソードだと思います。自身のご経験から、デジタル変革を目指す組織にアドバイスをお願いします。
2つあります。1つは、テクノロジーがすべての課題を直せるわけではないこと。変革を起こすということは、組織の文化や人にも大きな影響を及ぼすはずです。変革を進めるには、そうした影響を事前に十分に考えておかなくてはなりません。
もう1つは、コミュニケーションの重要性を認識することです。すべてのステークホルダーに対し、変革による価値を周知させなくてはなりません。その際に留意すべきは、透明性を持って、ぶれのないメッセージを繰り返し伝えることです。
——世界のデジタル変革において今後日米が果たすべき役割、そしてアドビがその変革にどのように貢献するのかを教えてください。
日米間については、まず情報共有が重要だと考えています。国家戦略を立て、どういう方針で物事をどのように進めていくのか、それを共有すれば、より効果的なデジタル変革進め方が見えてきます。私たちが苦しんだのと同じ経験を他国がなぞる必要はないので、その知見は役立つでしょう。
アドビは、多様なツール、ノウハウを持ち、ほかに例がないほどの多数の成功事例を持っています。そうした成功事例に加え、これまで米国政府機関で取り組んできたWebデザインやUXなどの成果をオープンリンクで共有し、作業簡素化と利活用促進のために、アドビのテンプレートとして公開することで、世界の公共機関に役立てると思います。
内閣情報通信政策監(政府CIO)三輪昭尚氏、ケリーオルソン、平井卓也IT担当大臣
——これからアドビで世界中の政府、公共機関を応援していくわけですね。最後に抱負をお願いします。
入社前から米国の公共部門のデジタル変革に関わることは予想していましたが、世界中の政府と仕事をするとは思っていませんでした。ですが、やりがいはあります。アドビのミッションである「デジタル体験を通じて世界を変える」を実践することが、まさに私のやるべきことと実感していますし、米国で何らかの変革をしていきたいと思っていた私が、世界の変革に貢献できるというのは大きな喜びです。
ケリー オルソン(Kelly Olson) アドビ 公共部門戦略マーケティング担当部長
米国共通役務庁(GSA)の連邦調達サービス(FAS)副長官代理およびテクノロジー トランスフォーメーション サービス(TTS)ディレクター、TTSの主席補佐官およびイノベーション ポートフォリオ担当ディレクターなどを経て、2019年1月にアドビに入社。 これまでの経験を元に連邦政府、州政府、防衛および国家安全保障機関におけるデジタルエクスペリエンス戦略を担当する。2018年には連邦政府リーダーシップ(FedScoop)を受賞し、2019年には注目すべきトップエグゼクティブ(Washington Exec)にも選出されている。