「音」から見えてくる未来 | 音声が新たなデザインの世界を切り拓く

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Design is Power

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スマートスピーカーと音声アシスタントの普及とともに、世は音の新時代に突入しました。デザイナーは何を学べばよいのでしょうか?音の未来はどうなるのでしょうか?

音の未来は既に、私たちの暮らしの中に入ってきています。まず、メディアが変わりました。NMEによると、2016年は初めてストリーミングの売り上げがダウンロード、CD、レコードの合計を上回った年になりました。そしてハードウェアも変わりました。TechCrunchの報告によれば、音声対応スマートスピーカーの普及率は、このペースでいくと2022年までにアメリカ全世帯の55%に達するとのことです。

家庭、車、職場。ほとんど何でも音声でコントロールできるようになる日はすぐそこまで来ています。
それがクリエイティブワークにおいて、特にデザインにおいて、何を意味するのでしょうか?音にあふれた未来には、どんな課題とチャンスが待ち受けているのでしょう?ここでは音の未来を形づくるハードウェアやソフトウェアに目を向けてみることにしましょう。

姿を消すスピーカー

家で聴く音楽の歴史を語ろうとすると、ハードウェアの歴史について語ることになります。その発祥は、アメリカで様々なものがそうであるように、トーマス・エジソンにまでさかのぼります。1877年、エジソンは蓄音機を発明し、音楽を一変させました。

エジソンの蓄音機が登場する前、音楽は生演奏でしか聴くことができませんでした。それがエジソンの発明によって、音楽は物理的なメディアになったのです。何度でも再現し、大量に生産することができ、持ち運べるものになりました。その先は、初代ビクトローラ蓄音機からナップスターの時代へと歴史が紡がれてきました。

音楽が変わったことで、他にもおもしろい変化が起きました。家庭のインテリアまで変わったのです。音響システムやレコード棚にお金をかけるようになり、現代で言えばテレビがよく見えるように家具を配置するのと同じように、音を中心とした空間づくりをするようになりました。

その状態が、ごく最近まで続いてきたわけです。

今、ストリーミングサービスの普及によって、これまでには考えられなかったほど多種多様な高性能のハードウェアが手頃な価格で手に入るようになり、新しい発想で自由に空間づくりをして、どこにでもスピーカーを置けるようになりました。

Sonosの例を見てみましょう。Strategy Analyticsによると、ハイエンドなスピーカーメーカーのSonosはワイヤレススピーカー市場でAmazonとしのぎを削っており、音楽好きのハートをつかむデザインで、機能性の高いAmazonのスピーカーとの差別化を図ろうとしています。

優れたデザイナーと同様、Sonosもユーザーを中心に考えて仕事を進めています。その姿勢は、背景に溶け込むというアプローチにも表れています。Sonosでマーケティング、インテリジェンス、パートナーシップ担当バイスプレジデントを務めるAllen Mask氏にAdobe MAXでインタビューしたところ、「どこにあるのかわからなくなるぐらい、お客様のご家庭にしっくり馴染むスピーカーを作りたいと考えています」とのことでした。

かつてのレコード棚の時代から考えると、これは大変な変化です。今はいつでも、どの部屋でも、どんな曲でも聴くことができます。ここまで可能性が広がったことで、Sonosにとってはデザインの重要性が極めて大きなものになりました。「弊社ほど多くのデザインチームを抱えている会社はあまりありません」と言うMask氏。「アイデアを出すところからコンセプトづくりの段階、そして製品化にいたるまで、あらゆる仕事のなかでデザインチームが中核的役割を担っています」

インダストリアルデザイン、ライフスタイルデザイン、グラフィックデザイン、パッケージングなど、Sonosは幅広い分野に立って、自然に暮らしに溶け込むユーザーエクスペリエンスや製品をと考えています。このシンプルでスムーズなエクスペリエンスも音楽の未来です。聴きたいときに、聴きたい曲を、
いつでも呼び出せるようになるのです。

けれども音楽だけが音の未来ではありません。そのことをSonosはよくわかっています。SonosはAlexaに対応したSonos Oneの発売によって、ハードウェアよりもソフトウェアこそが大いなる音の未来を拓く音声UIの分野に参入しようとしています。

話のできるコンピューター

VRやAIほど目立ってはいませんが、音声操作の技術も過去10年で飛躍的に進歩しました。私たちは今、ビジュアルインターフェイスの一切ない、本当の意味で対話型のソフトウェアが一般家庭に普及していく様子を初めて目にしています。これを最初の一歩として、今後はもっと自然で連続性のある関係がコンピューターとユーザーの間で築かれていくだろうと専門家は確信しています。

「将来的には、人間から話しかけるときにビジュアルインターフェイスを使うこともあれば音声インターフェイスを使うこともあるでしょうが、様々な音声アシスタントどうしが対話するようになると思います」と言うのは、シカゴ郊外に住む対話型インターフェイスデザイナーのBrooke Hawkins氏。「自分のことを(システムが)記憶してくれていて、いろいろな方法でスムーズに操作できるようになるでしょう」

その一方で、Hawkins氏はこの技術がまだ未熟であることも即座に指摘しています。まだ使われ方に連続性がありません。利用するのは家や車のなか、使うのは簡単な言葉だけ、内容は天気や交通情報。音声操作の市場では今もそういった使われ方が圧倒的に多い状況です。連続したデジタルアシスタントエクスペリエンスへの扉はまだ開かれていないのです。それこそが音声の目指す未来だとHawkins氏は言います。

では、何がそれを妨げているのでしょうか?インターフェイス自体にも問題があります。音声UIはユーザーが目で見て確認できる説明がないため、明瞭でわかりやすいものでなくてはなりません。それと同時に、様々な種類の指示だけでなく、短い言い方や長い言い方、くだけた表現など、様々なモードの指示にも常に対応できる柔軟性が必要です。

音声デザインではビジュアルUXやWeb UIよりさらにユーザー中心の理念が求められます。人は読めるようになるよりずっと前に、イントネーションや文脈のなかで話し言葉を理解できるようになります。ですから、お粗末なWebサイトよりも話し言葉ほうが、意味が不明瞭、言い方がおかしい、指示が紛らわしいといったことが目立ちます。

こういった障害があるにもかかわらず、本当の意味での音声統合はいまだかつてないほど実現に近付いており、収益化も目前というところまできています。このチャンスをつかむため、デザイナーたちはAdobe Analyticsのようなツールを使って音声エクスペリエンスを向上させようとしています。Adobe Analyticsを使えばユーザーのパスを追跡したり、問題発生エリアにフラグを立てたり、フローを改善したりして、
最適なユーザーエクスペリエンスを提供できます。また、ユーザーのターゲティングをおこない、ユーザーが好きなスポーツチームの情報などを使って高度にパーソナライズされたエクスペリエンスを提供することもできます。

そこで問題になるのが信頼性。これは新しい技術が必ず乗り越えなくてはならない問題です。まだ自宅にマイクがあることに心地悪さを感じる人もいます。また、Hawkins氏のように、ありとあらゆるソフトウェアやハードウェアには偏見が組み込まれていると指摘する人もいます。これはデジタルアシスタントの人格にも言えることです。「いったいなぜ私たちは女性が家事や予定管理をすべきという考え方を押し付けられているのでしょう?」とHawkins氏は疑問を呈します。「どうして人のことを考えないような人格設定がされているのでしょうか?」

こういった数々の疑問によって、家庭、車、職場における音声、音楽、メディアのあり方が決まっていきます。今はエキサイティングで挑戦しがいのある時代です。音の未来を形づくれるチャンスなど、滅多にあるものではないのですから。