デザインの力を社会に役立てるには | 価値重視デザインがあらゆるデザイナーのプロセスに必要な理由

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Design is Power

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大きな力を持つようになると、それに伴って責任も大きくなります。デザイナーが日々の仕事のなかで道徳的問題に取り組み、社会をより良い場所にするために、価値重視デザインがどのように役立つかをご覧ください。

1929年夏、ニューヨークの建築家として大きな影響力を持ち論争の的になることも多いロバート・モーゼスが、ロングアイランドパークウェイ高速道路に架かる陸橋およそ200か所の設計に着手しました。

陸橋というものは、うまく設計されれば人の目に留まることはありません。実用性だけを考えて設計された何の変哲もないものとして、街灯や道路標識を支えるポールに気付く程度にしか気付かれないのが普通です。

しかし、ロバート・モーゼスの陸橋は違っていました。階級社会を促進することになったのです。

これらの陸橋は当時の水準からしても極めて低く、下を通る道路の縁石から9フィート(約2.7メートル)の高さしかありませんでした。

つまり、乗用車やオートバイは普通にくぐることができますが、バスが通るにはあまりにも低すぎたのです。バスは低所得層が主に利用する交通手段でした。ですから、もし1390年代に家族でロングアイランドビーチに遊びに行きたければ、車を買えるぐらい裕福でなくてはならなかったということになります。

ロバート・モーゼスについての痛烈な評伝『The Power Broker』のなかで著者ロバート・カロが指摘しているように、何の害もないように見えるこの陸橋の設計によって、ロングアイランドビーチは何十年間にもわたって効果的に分離されたのでした。この陸橋はそういった理由から、どんなデザインを選択するかということが社会にどれほど大きな影響を与えるかを示す例として用いられてきました。

デザインの選択は価値中立的なものではありません。私たちが何を選択するか、どんな機能や情報を重視することを選択するかは、私たちの文化的価値観や個人的価値観に大きく影響します。再生回数が大幅に増えるようなユーザーエクスペリエンスをUXデザイナーが作成した場合、そのデザイナーは製品をより良いものにしているのでしょうか?それとも画面依存症の問題を助長しているのでしょうか?

ソフトウェアデザイナーがユーザーデータを収集するメカニズムを作った場合、そのデザイナーは改善に役立つフィードバックを集めやすくしているのでしょうか?それともプライバシーを侵害しているのでしょうか?

デザインに携わる人たちの間ではデザインの道徳的配慮について長年議論されてきましたが、仕事の現場でデザイナーの影響力が大きくなるにつれ、デザイナーの力を社会に役立てられるようにする必要性も大きくなってきました。

そうした取り組みのひとつとして研究を進めているのが、価値重視デザインと呼ばれる分野です。

価値重視デザインでは、デザインプロセスの初期段階から道徳的配慮をおこない、デザインの選択によって影響を受けるユーザーの価値観や他のステークホルダーの価値観を明確に検討することがデザイナーに求められます。

この理念はワシントン大学のBatya Friedman教授とPeter Kahn教授が確立したもので、その背景にはデザイナーとエンジニアの間で意図や価値観のずれが大きくなってきたという側面もありました。

デザイナーの関心はエクスペリエンスを完全なものに近付けることへと移り、ビジュアルが魅力的かどうか、UXはスムーズか、直観的か、といったことを気にするようになってきましたが、エンジニアが重視しているのはあくまでも、きちんと構築されているかどうか、効率的か、信頼性があるか、といった実用性です。

しかし、Friedman教授とKahn教授は「効果があるかどうか」だけがデザインではないことに気付いていました。

新しい技術がいったん定着すると、その技術によって意図的にではないにせよ形成された価値観を覆すのは、個人はもちろん社会にとっても非常に難しいということを両教授は知っていたのです。

現在、デザインの暴走によって思いもよらない影響が広がっているのを目にすることができます。つい最近、Facebook元幹部のChamath Palihapitiya氏が、Facebookは世界中の人たちをつなげるソーシャルネットワークを生み出すと同時に「社会が社会として機能する仕組みを破壊するツールも作ってしまった」と公の場で発言したことがニュースになりました。

ユーザーエンゲージメントを最優先しながら、そのエンゲージメントの影響については十分な評価をおこなっていないFacebookのやり方を、Palihapitiya氏は非難しています。ほとんど監視もなく、扇動的なコンテンツにうまみがあるシステム。Facebookによって、いわゆるフェイクニュースにうってつけの環境ができあがったことは、意外な驚きでも何でもありません。

デザインが世に出る前に、その影響を予測しようとするのが価値重視デザインです。価値重視デザインは、まず人間にとっての普遍的価値を理解し、明確にすることから始まります。これは、どんなデザインを選択する際にも守るよう努力すべき価値です。すべてを網羅しているわけではありませんが、Friedman教授とKahn教授が挙げている価値のリストは次のとおりです。

デザイナーはプロジェクトに着手する際に、まず上記の価値に沿って検討する必要があります。GPS機能を使ってピンポイント気象情報を提供するアプリについて考えてみましょう。もちろんこれは便利なサービスですが、信頼、プライバシーという価値に照らして考えるとどうでしょう?ユーザーデータの利用方法についてデザイナーが提供している情報は、ユーザーの情報にもとづく同意という価値を満たすために十分なものでしょうか?

すべてのプロジェクトにすべての価値が関係するわけではありませんが、出発点としては十分です。これらの価値を中心にプロジェクトを考えることで、デザインの選択によって直接的な影響を受ける人と間接的な影響を受ける人を、ポジティブな影響とネガティブな影響の両方に関して特定できるようになります。

ロングアイランドパークウェイの場合、陸橋が直接的に影響するのは、車を運転する人、バイクに乗る人、バスの乗客と運転手、自転車に乗る人、救急車のような緊急車両など、その道路を利用する人全員です。間接的には、陸橋周辺に住む近隣住民、陸橋を建設する作業員、建設を監督する規制当局などに影響します。

デザインを選択することで影響を受けるグループが確定できたら、そのデザイン選択によって各グループが受けそうなメリットとデメリットをリストアップして、Friedman教授とKahn教授の人間にとっての価値リストにそれを当てはめることができます。

このレンズを通して見れば、通り抜けられる高さが9フィートしかない陸橋の影響はバスの運転手と乗客だけでなく、消防車などの緊急車両にも及ぶことがすぐにわかるかもしれません。

上記の価値リストに当てはめて考えた場合、このデザイン選択は普遍的な利用可能性や心身の健康のみならず、古き良き時代の礼儀という価値すら満たしていないことがわかります。

影響を受ける人がすべてわかれば、価値どうしが対立する場合にはそれを特定し、デザインの力で解決策を考えることができます。例えば、地元住民は景観を損なわないように陸橋を低くしてほしいと思っているかもしれませんが(所有権と財産)、他の人たちは安全性を優先してほしいと考えているかもしれません(心身の健康)。

このような価値の対立は、価値重視デザインの手法を使ったからといって容易に解決できるわけではありませんが、少なくとも容易に特定できるようにはなります。しかも、デザイナーが体系的枠組みのなかでデザイン選択のあらゆる影響について議論できるようになり、新たな技術に基本的な実用性を超えた働きが生まれることも期待できます。

デザインの持つ力は急速に拡大しています。Fortune 500の企業ではデザイナーが役員職に就き、ブランドのユーザーエクスペリエンスのなかでデザインは絶対的な重要性を持つようになってきました。現在、
社会の極めて複雑な問題を解決するにはデザイン思考が重要と考えられており、小学校レベルの教育の場でもデザイン思考を教えているほどです。

重要なのは、デザイン思考を踏まえたうえで、さらに価値重視デザインを考えることです。そうすれば、
すばらしい意図を持ったデザイナーが、その意図を社会に役立てることができます。デザインの選択には意図しなかったような結果がつきものですが、価値重視デザインはひとつのアプローチとして、デザイナーが道徳基準を9フィートより少し高いところまで引き上げられるかもしれないと期待させてくれます。