優れたデザインを科学する | 実験が最も貴重なデザイナーツールである理由

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Design is Power

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受賞歴を持つ3人の科学者の仕事を紹介しながら、どうすればデザイナーが科学者や芸術家のように神経生物学を使ってさらなる高みを目指せるかを考えます。

神経学者からはデザインに関して多くを学ぶことができます。実験、還元主義、現代美術などについて、3人の科学者の考えを紹介しましょう。

デザイン業界にいる人なら誰でも主観についてはご存知でしょう。クリエイティブディレクターやクライアントにアイデアを出すやいなや、「ピンとこない」などという反応が返ってきたりします。クリエイティビティをどう理解するかは本質的に主観の問題であり、それは良いことだと私は思います。

ただ、こういったつかみどころのない質的な評価をされると戸惑ってしまうことも事実です。最初の直感にあっさり自信をなくしてしまいます。これは私たちが受けてきた訓練にも原因があります。

私たちのような制作畑の人間は、デザインを「技能」として学んでいます。アイデアをラフにまとめる、ホワイトボードを使って説明する、ブレインストーミングをおこなう。視聴者の立場で考えられるようになり、脳は感情に集中するよう訓練されている。理論を学び、データを使う。あたりまえのことです。しかし、関係者のなかにはデザインを「ソフトスキル」と考える人が大勢います。そして今、デザインをもっと科学的なものとして考えはじめる時が来ています。

近々発刊される拙書のなかで、私はクリエイティブなアイデアのほうが結果的に良いことを示すためにハードサイエンスを用いました。クライアントのなかには「なぜクリエイティブなアイデアが必要なんですか?メリットだけをそのまま伝えれば十分じゃないですか」と言う人もいます。私の答えは、判断や記憶形成といった脳の働きは神経細胞が接合され神経化学物質で脳が活性化されることによるものだから、というものです。それに感情が影響することもわかっています。つまり、感情は判断や記憶の接着剤なのです。感情が大きければ大きいほど、接合は強くなります。ですから、クリエイティビティの高いものを作ることで、私たちは文字通り、感情を利用して視聴者の脳の配線をつなぎなおしているわけです。

デザイナーなら誰でも、ある程度は神経化学的な効果を意識しています。例えば、赤は暴力や情熱の色だと知っています(少なくともアメリカではそうですが、日本では縁起の良い色とされています)。青が信頼を表すこともわかっています。だからFacebookのバナーは青なのです。絶妙に対称的なものにはいつまででも快感を感じていられることや、あまりにも対称的すぎるものには逆に不快感をぬぐえないことも知っています。

では、デザインに対して脳はどう反応するのでしょうか?そして、もしデザイナーがその働きをもっと知っていたら、日々の仕事でもっと科学的なアプローチができるのでしょうか?

ありがたいことに、科学に対する苦手意識さえなければ、このテーマについての資料は豊富にあります。「芸術」が脳にどう作用するかについては多くの科学者の間で関心が高まっており、なかでも注目されているのが視覚です。視覚は脳のなかの働きを知るのに最適だからです。

ビジュアルデザインの出発点は眼です。このテーマについてはMargaret Livingstone氏の『Vision and Art: The Biology of Seeing』というすばらしい本が出ています。この本では眼の主な機能として光と色の描写、境界と動きの識別という2つを取り上げ、その機能がどのように作用して特定の芸術作品を印象的、魅力的、美しいと感じるのかが説明されています。

線画について考えてみましょう。線画はデザイナーが最初に学ぶ技法です。こんなにシンプルなのに、どうして多くの情報を伝えられるのでしょう?カブトガニの眼は単純ですが、その眼のおかげである事実が発見されました。ささやかに生きるカブトガニと同じように、人間の眼は視界のなかで何かが途切れている場合にそれを認識できるようになっているのです。ですから線が描かれることによってできた「境界」は形としてとらえられ、その形を脳は認識して分類します。

白い紙に描かれた黒い線といった視覚刺激を感知するのは、ボトムアップの機能です。紙に反射する光が網膜に入り、それが脳の視覚中枢に送られます。一方、線画を認識、つまり解釈するのは、いわゆるトップダウンの機能です。ここで記憶や感情といった脳の高度な機能が視覚刺激を処理し、「これはウサギのように見える」という指示を出すのです。

このトップダウンの機能が、何かを美しいとか印象的だと感じる理由に大きく関わっています。その理由を教えてくれるのが、神経科学者のV. S. Ramachandran氏です。Ramachandran氏は著書『The Tell-Tale
Brain』のなかで、美意識に関する9つの理論とその神経生物学的背景を説明しています。

この理論のひとつが、よく知られている「グループ化」です。人間の脳はもともとパターン化や意味づけをする傾向があることはゲシュタルト派が示唆していますが、グループ化は人間が野生の捕食動物を見つける必要性から身に付けてきたものではないかとRamachandran氏は考えています。枝葉にさえぎられてライオンの形がはっきり見えなかったとしても、所々に黄色が見えれば、脳はそれをライオンの形につなぎ合わせます。これは進化的優位性であり、脳がグループ化できなかった人たちは残念ながら…ライオンの餌食ということになります。

私たちがデザインするロゴであれ、私たちが作成するインターフェイスであれ、目に見えるものはすべて、もとをたどれば人間が生き残るためになくてはならなかったものです。それが進化というものであり、私たちの肉体は遺伝子を受け継いでいくことを目的としているのです。私たちが対称的なものを好むのは、もしかしたら捕食動物とその結婚相手になりそうな動物とが同じように対称的だという事実と関係があるのかもしれません。

「芸術作品を見ると視覚野と感情野が大きく活性化しますが、家やアヒルの絵を見てもそうはなりません」とRamachandran氏は書いています。嬉しいことに、美術とデザインには共通する部分がたくさんあり、私たちクリエイターにとってはこの研究が大いに参考になります。

神経学的考察は、好きなものを好きな理由について説明するのにとても役立ちます。でも、それがクリエイターにとってどんな意味があるのでしょう?自分たちの仕事を科学的に見るにはどうすればよいのでしょう?

話を芸術に戻して考えてみましょう。ノーベル賞神経科学者のEric R. Kandel氏も自著『Reductionism in
Art and Brain Science』のなかで、脳科学と抽象芸術の共通点について考察しています。Kandel氏の場合はLivingstone氏やRamachandran氏とは違い、この2つの分野で新しい理論を試して新境地を開くために、特定の還元主義的技法がどう使われてきたかに注目しています。

科学における還元主義は、大規模な実験をテスト可能な構成部分に分解し、それぞれの結果を集めて論文にまとめるプロセスのことを言います。芸術における還元主義は、それとは異なり、作品を色、線、ジェスチャーといった要素に還元する行為のことです。

ウィレム・デ・クーニングのような現代画家は具象的な表現を脱して線のダイナミズムを探求しました。モンドリアンは色と近接の実験によってエネルギーを生み出そうとしました。マーク・ロスコは色の世界を掘り下げて複雑な感情を描きました。最近ではジェームズ・タレルが光を使って空間の新しいとらえ方に挑戦しています。

『Reductionism in Art and Brain Science』を読むとよくわかります。芸術の世界と科学の世界に共通しているもの、それは実験に対するあくなき欲求です。モンドリアンがもともとよく理解していた色と近接を使い、自作『ブロードウェイ・ブギウギ』で道路や横断歩道を赤、黄、青で描いて、見る人にカンバス全体をキョロキョロさせたような実験です。

では、それがデザイナーにとってどんな意味があるのでしょうか?デザインの分野は、見る人の目を引きつけるためにデータや新しい考え方を駆使する傾向がますます強まっており、文化と技術の最先端を行っています。デザインは質と量という2つの世界を統合するのに最適であり、そうすることでデザインを単なる技能からもっと科学的なものにしていくことができます。

デザイナーの皆さんは、ブレインストーミングは実験であり、デスクトップは実験室と考えるとよいでしょう。そうすれば、クライアントや関係者から主観的なフィードバックが返ってきても、客観的な事実で応えることができます。