識者と考える「AI-Readyな社会に向けて何が必要か」- AI Policy Event レポート

アドビとインテルは、2019 年 10 月 2 日東京・赤坂にて、AI-Ready な社会の実現に向けての包括的な議論を共有するイベント「AI Policy Event」を共催しました。このイベントは在日米国大使館・商務部にも後援いただき、人間の社会をより良くするための AI 原則や戦略について、政策や研究開発の識者を招き、現状の課題と取り組みを参加者の方々と共有するものです。

そもそもAI ポリシーが社会に必要な理由とは

開催に先立ち、アドビの政策渉外担当シニアマネージャーの西嶋美保子は、アドビとインテルがそれぞれ AI の利活用に関する提言や議論を世界各地で展開していると説明、「この分野で日本がさらなるリーダーシップを発揮するため、本イベントの共同開催となりました」と挨拶しました。

続いて在日米国大使館 商務担当参事官のスティーブノード氏が登場し、「今後、AI イノベーションは進み、持続可能な社会に向けた課題解決のためにさらに貢献していくでしょう。そのためには、技術活用に関するさまざまな課題や障壁を知り、優れたポリシーを国際的に作っていく必要があります」と、本イベントの意義を述べました。

第一部最初の基調講演には、前情報通信技術(IT)政策担当 内閣府 特命担当大臣の平井卓也衆議院議員が登場。「現在の社会変化の根底にはデジタル化があります。ただ、一口にデジタル化といっても、Digitization(アナログ技術のデジタル化)と、Digitalization(ビジネスモデルや社会構造の変化までもたらすデジタル化)とは別物であり、Digitalization を見据えながら、将来なりたい未来に向かって、スピーディに政策を企画実現しなくてはなりません」と指摘しました。

平井卓也前 IT 担当大臣

平井氏に続いて基調講演を行なったのは、内閣府 AI戦略実行会議座長であり、独立行政法人 日本学術振興会 顧問の安西祐一郎氏です。安西氏は、「いままさに、デジタルによって社会構造が大きく転換している時期です」と述べ、産業や人材、雇用、教育などさまざまな分野において変化対応が必要との見解を示しました。

「Society 5.0」に向けた施策を説明する安西祐一郎氏

また、2019年6月に内閣府が発表した「AI戦略2019」に触れ、政府が提唱する「Society 5.0」に向けた教育改革や社会への適用施策、研究開発プラットフォーム進捗について説明しました。

AIが社会に与える影響と、日本がポリシー策定をリードする意味

続いて、アドビ EMEA チーフ エクスペリエンス アンバサダーのジュリアン A. クラメールが登場。ジュリアンは、「今後15年間、AIが社会に与えるインパクトは非常に大きなものになります」と述べ、労働力や労働構造の変化など、AIのもたらすインパクトを説明しました。

アドビ EMEA のジュリアン A. クラメール

「私はチーフ エクスペリエンス アンバサダーとして、AI が現実の世界やビジネスにどのようなインパクトをもたらすのか、みなさんにわかりやすく説明する立場にあります」とジュリアンは話します。たとえば、日本において AI はどのようなインパクトをもたらすのでしょうか。あるリサーチによると、AI によって国内の仕事の 57%以上が何らかの影響を受け、450 万人が職を失う可能性があると推計されています。その一方、働き手の少ない高齢化社会において、AI が逆に優位に働く面も見逃せません。

ジュリアンによると、「AI の活用によって既存の仕事を拡張できることから、労働力キャパシティは向上するという試算もあります」とのこと。再雇用で人材を活用し、AI による再訓練で新たなスキルを身に付けることで、最大 120 万人のフルタイム労働者を生み出すことができるといわれています。 そんな AI において、アドビが着目しているのが、ここで話題に出ている「拡張(Augmentation)」です。AI と AR を組み合わせることで、仕事の習得効率は飛躍的に高まりますが、アドビ自身も AI テクノロジーを活用し、クリエイターの仕事や、より優れたカスタマーエクスペリエンスの実現を支援して、世界のデジタルエクスペリエンス向上に貢献しています。ジュリアンは「完全なトレーニングを受けなくても、経験がやや不足していても、AIの支援によってオーディエンスの期待に応え、新たなエクスペリエンスを生み出すことができます」と説明します。

なお、こうした成果に関し、アドビは論文を発表してその知見を世の中に公開しています。これによってさまざまな識者からのフィードバックを受け、より良いAIの開発と利活用につながるわけです。識者は必ずしもAI研究者とは限らず、たとえばクリエイターであったり、マーケティングの専門家であったりと、その分野に通じた識者からの意見を受けることで、よりAIは進化します。ジュリアンは「一見バラバラに見えるもののなかから、素晴らしい調和が生まれる」というヘラクレスの言葉を持ち出し、講演を終えました。

続いて、インテル コーポレーション アソシエイト ゼネラル カウンセル 兼 グローバルプライバシー オフィサーのディビッド A ホフマン氏が登場。かつてインターネットが特別なもので、いまは社会に当たり前の存在となったように、「AIも将来的には自然に社会に溶け込んでいるはず」という見解を示します。

インテル ディビッド A ホフマン氏

続けて「その過渡期にいる現在、AIによる経済成長と信頼性担保を両立させることが課題になっています」と述べ、そのポリシー策定に注力していくことを表明。課題先進国である日本と価値観を共有し、ポリシー作りに推進することを述べました。

AIにはさらに深く、大きな可能性がある

第一部の最後に東京大学大学院 情報学環 学環長・教授の越塚登氏は、AIの利活用に関し、「従来考えられている以上の可能性があるのでは」と、AIの“奥の深さ”を説明しました。たとえば入浴介護や排泄介護など、本人の羞恥心が先立つプライバシー分野では、「人間よりも AI の方が頼れる存在になる」と指摘。精神的な苦痛を伴うクレーム対応業務なども、「何をいわれてもめげない AI に向いている」とし、実際にコールセンターで AI 対応が進んでいる事例を紹介します。

ディストピアな未来も指摘する越塚登氏

越塚氏はさらに、AI に依存しすぎるディストピアな未来が起こる可能性も指摘。AI のさまざまな可能性を見せ、第一部は終了しました。

続く第 2 部は、「AI-Ready な社会に向けて 人々の生活をよりよくするための AI」として、モデレーターに内閣府 イノベーション総括官の赤石浩ー氏、パネリストとして内閣府AI戦略実行会議構成員であり、慶應義塾大学 環境情報学部 教授 神成淳司氏、国立病院機構 東京医療センター 名誉院長 松本純夫氏、高松市 総務局次長 小澤孝洋氏、インテルコーポレーション ディレクタ ー/ヘルスケア AI ポリシー担当 マリオ ロマオ氏によるパネルディスカッションが行われました。

(左から)モデレーター 内閣官房イノベーション総括官 赤石氏、慶應義塾大学 教授 神成氏、東京医療センター 名誉院長 松本氏、高松市 総務局次長 小澤孝洋氏、インテル マリオ ロマオ氏

医療分野における IT 活用においては、患者の利便性を向上し、医師の診断にも貢献が期待されている一方、「患者自身がタブレットや IT 機器の扱いに慣れていなかったり、医師の方も、AI導入で自分の仕事がなくなるという不安感やコストに気を取られています。しかし、放射線・超音波診断画像のAI解析などで医師の働き方改革につながると考えています。」(松本氏)など、メリットは認知されてきていますが、なかなか浸透しないという矛盾を抱えています。

この点についてはロマオ氏も、AI の予測診断により、緊急患者の 80%が助かり、誤診も 70%削減できたという成果を示しつつ、「日本のように人口が多い国で一気に導入するのは難しい」という見解を示し、スモールスタートで実績を積むことを提案しました。「ただしスモールスタートでバラバラに動くと、規格が標準化されずに細分化してしまうリスクもあります」とロマオ氏は述べ、スモールスタートと細分化のバランスを取る必要性も訴えます。

慶應義塾大学の神成氏は、AI-Ready な社会作りのため、プラットフォームの重要性を訴求。実際に神成氏が構築に携わった農業データ連携基盤「WAGRI」の例を取り、研究会などを通じて関係者への地道な訴求を繰り返し、 「このままの農業ではいけない」という課題感をデータ基盤でどう解決できるか、具体的な道筋を示して周囲を巻き込んでいったプロセスを語りました。

一方、ボトムアップ型でデータ基盤を構築し、成果をあげている例もあります。高松市の小澤氏が説明した「スマートシティたかまつ」がまさにそれで、住民の課題解決に向け、「防災」「ツーリズム」「社会福祉」の 3 分野で ICT を活用した取り組みを、2017 年から進めているそうです。「住民の課題解決のためなので、住民自身がプラットフォーム構築に積極的に関与しています」と小澤氏は説明します。

そのほか、プライバシー問題と AI や、国主導・民間主導のバランスの取り方など、議論はAI-Ready に向けたガイドラインの構築にも及び、AI を現実社会に根付かせる施策の現状と課題を共有しました。最後にモデレーターの赤石氏より、AI-Readyな社会に向けて日本はオープンでいながら、プライバシー、トラストを担保し、データ連携もしていくという、大変難しいが、新しい世界モデルに取り組んでいかないといけないと議論がまとめられました。

最後に在日米国大使館 商務担当公使 キース カーカム氏、そしてインテル コーポレーション アジア パシフィック ジャパン政策担当ディレクタ ジョナサン ウィークス氏が本イベントの意義と未来に向けた提言を行い、好評のうちにイベントは終了しました。

在日米国大使館 商務担当公使 キース カーカム氏

ご来場いただいたみなさま、そして有用な知見を共有いただいた登壇者の方々に、篤く御礼申し上げます。