著者が語る『デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか』の読み解き方・後編

講談社刊『デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか——「スマホネイティブ」以降のテック戦略』(西田宗千佳著)では、アドビ製品を活用してデジタルトランスフォーメーションに取り組む事業会社4社の事例に加え、第2章・第3章でアドビ自身のデジタルトランスフォーメーションが紹介されている。このアドビの取り組みは、著者の西田氏も「驚きです」と漏らすほどだ。実際にアドビのデジタルトランスフォメーションを体感し、本の取材にも協力したデジタルメディア事業統括本部 営業戦略本部 執行役員 本部長の西山正一、Adobe.Comグローバルウェブ プロダクション シニア マネージャーの泉川知之に、本では語りきれなかったトランスフォーメーションの実態と成果について聞いた。

——『デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか』では、アドビが実際に行ったデジタルトランスフォーメーション(以下「DX」)の取り組みが詳細に描かれています。著者の西田さんは、「おそらくこれだけ詳しくアドビの取り組みを取り上げたのは、国内でも初めてではないか」と話していましたが、その中心的役割を担っているのが、西山さん、泉川さんです。まずは、それぞれどのような業務を担当なさっているのか、ひとことずつお願いいたします。

西山:デジタルメディア事業統括本部とはPhotoshopやAdobe Acrobatなどの営業部門なのですが、私はここの売上を達成するために、データに基づきどのような施策を打てばいいのか、社内の関係部署と計画を立案・共有し、KPIを切ってPDCAを回す役割を追っています。うーん、ひとことではなかったですね(笑)。営業部門のなかで、プロダクトマーケティング的な意思決定を下している部門で、プラン策定やKPI策定をやっています。

アドビ システムズ デジタルメディア事業統括本部 営業戦略本部 執行役員 本部長 西山正一

——ありがとうございます。では泉川さん、お願いします。

泉川:西山がプランニングですが、私はそのビジネスプランを実現するデリバリー部隊になります。具体的にいうと、Adobe.Comというウェブサイト(オウンドメディア)を構築しています。ミッションは、西山の営業戦略本部やマーケティング本部、また、日本だけではなくアメリカ本社など、さまざまな事業部から寄せられる施策を受け止め、オンタイムで実行できるように体制を整え実行していくことです。

アドビ システムズ Adobe.Comグローバルウェブ プロダクション シニア マネージャー泉川知之

——アドビのDXを実際に体験されたということですが、それぞれ入社した時期を教えてください。

西山:2001年入社なので、18〜19年アドビで働いています。実はもともと、パッケージ売りだったPhotoshop製品などのマーケティングを15年ほど担当していたんです。

ところが3年ほど前、「アドビのDXを推進するための部門を営業のなかに作る」ということで、その立ち上げのために異動しました。そこでデータに基づきビジネスディシジョンを進める部門を立ち上げ、いまはその業務に従事しています。

泉川:実は西山とは入社時期がほぼ同じです。アドビの事業が変化するなか、西山は役割が変わりましたが、私の場合、部署自体は変わりませんでした。しかし、部署が組み込まれている組織がコーポレートマーケティング、IT、Creative Cloud事業所、グローバルマーケティングへと変遷してきました。一貫してAdobe.Comを作ってきましたが、会社全体の売上に占める金額が増すにつれ、スピードとスケール感が変化しました。

西田さんのお話にあったように、アドビは2012年、ソフトウェアのパッケージ販売からサブスクリプションサービスへと事業スタイルをシフトしました。それまで、Adobe.Comは、カタログ的に製品やサポート情報を提供する事が主な役割でした。KPIも「アクセス数をいかに伸ばすか」が中心でした。

現在は、入社当時と比較すると、Webサイトの売上はかなり拡大しています。部門の体制は、それほど変わっていないのですが、売上の入り口となったことで、オンタイムデリバリーの意識がすごく高まり、シビアになりました。キャンペーンの告知・実行にあたっては、少しのタイミングのずれで、効果や売上が変わります。2013年〜2014年にかけ、その意識変化が大きかったですね。

——なるほど。DXが進むなか、泉川さんには役割と共に意識変化があったわけですね。西山さんは、そういう変化のなかでどういう点が最も印象に残っていますか。

西山:そうですね、正直なところ、印象的なこと、苦労したことについて何かひとつを挙げることは難しいんです。その理由ですが、実は私の場合、入社して以来ほぼ変化し続けているんですよ。四半期ごとに自分のチーム内の役割とかフォーメーションとかカバーエリアが変わります。なぜなら、ビジネススピードが速くなったからなんです。

——それはなぜでしょう?

西山:デジタルの活用により、PDCAのスピードがすごく速くなりました。本にも出てきますが、アドビでは、データに基づく組織運営や業務遂行を実践するデータ・ドリブン・オペレーティング・モデル(DDOM)を実践し、グローバル全社員がそのモデルを基本とするダッシュボードで情報を共有し、仕事をしているんです。施策の基となるデータを全社員が共有しているので、タイムラグがありません。

それだけでなく、デジタルツールの活用により、施策のテストや展開のスピードも上がりました。たとえばWebサイトのA/Bテストもその好例です。

泉川:先ほど「2013年〜2014年に意識変化があった」と話しましたが、ちょうどそのころ、アドビ社内でA/Bテストが本格稼働しました。それまでWebサイト制作は、UXデザイナーなどと相談し、誤解を恐れずにいえば、「こっちの方がカッコいいのではないか」と経験則や感覚値を基準にサイトを作っているケースが多かったと思います。別のデザインだったらどうだったのか、テストのしようがなかったんです。

ところがA/Bテストを走らせることで、どちらのエクスペリエンスの方が優れているのか短期間でしかも実数と共に検証できるようになりました。実際、1回のテストでコンバージョンが20%上がったこともあり、そのインパクトはCEOすら想定外だったんです。

いま当社では、西山が話したようにワールドワイドで共通のダッシュボードを活用し、関係者全員が同じデータを共有しています。月曜日に出社して、Webの売上が減少していたとすれば、その原因を探るデータを検証します。その場で改善案を考え、必要であればA/Bテストを設計し、水曜日には具体的な改善施策をすでに公開しているわけです。これは極端な例ですが、実際に改善サイクルは劇的に早くなりました。

また、改善策が上手くいけばいくほど、要求が高度になるため、限られた人員でそれをこなしていくのが簡単ではありません。

——その意識改革はどのように進めたのでしょう?

泉川:誰かが大きく旗振り役をやったというより、業務や役割がどんどん変化するなか、全員の意識が変化していった感じですね。

西山:うん、そうですね。私としては、本社のビジネス事業部の体制や環境が変化したことがすごく大きいと思いますし、感謝しています。

(左から)著者の西田宗千佳氏、アドビ西山、アドビ泉川

西田:今回の書籍でアドビを取材し、すごいと感じたのは、DDOMに基づき、本当に経営層から各ブランチの社員まで、すべてが同じデータを見ているということなんです。ダッシュボードを導入し、情報共有しているケースは他社でもありますが、グローバルのすべての組織で情報を共有している事例はあまり聞きません。まして、それぞれのブランチのデータを確認できたり、ブランチから本社のデータを閲覧するなどエスカレーションが可能だったり、そんなケースはアドビ以外には少ない。

日本企業の場合、どうしてもヒエラルキーでガバナンスを考えるので、下から上のデータを見るなんて不可能ですが、アドビは情報共有に関しては完全にフラットです。これ、本当に感心しているんです。

泉川:初めからできていたわけではなかったのですが、だんだんフラットなフィロソフィーが醸成されてきましたね。

西山:みんなが同じタイミングで、同じデータを見ているから、テストや施策が速く進むんですよね。極端な話、データ収集や展開に3日間かかるとすると、月曜日に会議をしたチーム、金曜日に会議をしたチームで、課題や施策がバラバラになってしまいます。それがないので、無駄がなく、スピードも速くなる。

泉川:同じデータを見ているから、会議に出ていると、「こんな要望が出てくるな」と判断できるんです。チャットで「準備しておいて」とチームメンバーにお願いし、早ければ会議中に、準備完了、いつでも公開できます!みたいなケースもありましたね(笑)。

西山:そうそう(笑)。

西田:DXを実践している企業としていない企業では、スピードがそこまで違ってくるんですよね。ひと昔前なら、何か施策をテストするにしても、時間と人とお金というリソースを投入しなければできなかったけど、デジタルならそのハードルがぐっと下がる。すべてのリソースを一斉投下するわけではないので、ダメでも責任問題にはならないし、少しでもいい結果が出れば、それをすぐ本格展開できる。そういう風に変わるんですよね。スモールスタートでPDCAを繰り返し、逐次投入できるのがいいところで、DXとはつまり、逐次投入を許すことといえます。これ、本に書けば良かったかな(笑)。

西山:ツールもそうですが、組織体制も大きなポイントですね。先ほど少し話しましたが、データに基づき、組織自体もどんどんトランスフォーメーションしていくんです。私の場合でいうと、事業部のなかにセールス部門がまるごとぶら下がっているのですが、これにより意思決定のスピードも上がりました。

事業部というのはそもそも製品作っている部門なのですが、サブスクリプションモデルへの移行に伴い「ユーザーに製品を使い続けていただく」ことと「売上を伸ばす」ことが同義となりました。すなわち、「ビジネスを伸ばすために製品はどうあるべきか」というマインドを持つ必要性が発生し、故にセールス部門が事業部にぶら下がるというユニークな体制が生まれることになったのです。

これと同時に、日々の仕事はダッシュボードでデータを全社共有したことが本当に大きかったですね。

——書籍では、さらに詳しいアドビのDXが書かれていますね。詳しくは実際に本を読んでいただくとして、最後に読者の方々にひとことずつお願いいたします。

西田:前編のインタビューでもお話ししましたが、この本に登場する事例について、「自社のビジネスに置き換えるとすれば、どういう風に生きるのか」と考えながら読んでいただければと思います。繰り返しますが、DXには絶対的な原理原則があるわけではなく、各社によっての原理原則があるんです。何かの正解を見つけるために読むのではなく、考えるきっかけとしてお読みください。

西山:西田さんがおっしゃるように、DXの運用方法はビジネスによって異なると思います。データが万能とはいいませんが、でも確実にいえるのは、「データを読み解けばわかること、解決できること」って、意外とたくさんあるということです。それを信じて、進められるところから始めた方がいいと思います。実際、私も日々の業務がすごく楽になりましたし、つまらないところで無駄な時間を使うことはグッと減りました(笑)。

泉川:アドビがDXの先進企業と捉えられるのはとても嬉しいのですが、始めからうまくいったわけではありません。

スモールチェンジを少しずつ展開するなか——いまも変化中なのですが——、小さな成功を少しずつスケールさせていくことは、比較的障壁が低いと感じています。大きく一気にやろうとうすると、スピードも鈍るし、障害も多いでしょう。

DXの要素は「人」「テクノロジー」「プロセス」の3つがありますが、これを個々に変えようとすると、他の要素が原因で前進する事が難しくなります。どれが1つを急に進めるのではなく、3つがお互いに調和しながら、DXの全体行動として広がっていくようにすると良いと思います。となると、組織全体をコントロールできる経営層の関与が必要ですし、全体が変化していく絵を描いて進めることが大切になるでしょう。