Deckersのブランドシューズ、Hoka – フットウェア業界の3Dデザインワークフロー

どれだけフットウェア・アパレル業界のデザインワークフローを効率化できるかご存じですか?驚きの全容をご覧ください。

今回は、Deckers Brands(一連のファッションブランドで構成されるグループ)のイノベーション ディレクター、Chris Hillyer氏にお話を伺います。Hillyer氏からは、フットウェア・アパレル業界のワークフローとクリエイティビティに、3Dがいかに大きな効果をもたらすかをお話いただきます。

次に、Adobe Dimensionチームの3Dアーティスト、Vladimir PetkovicがHoka(Deckers)の3Dシューズモデルの制作事例をご紹介します。Substance Alchemist、Substance Painter、Adobe Dimension、Adobe Aeroなどのツールも使いますので、どうぞご期待ください。

はじめに

Chris:こんにちは。Chris Hillyerです。フットウェア・アパレル業界でデジタル製品開発ワークフローを実装する仕事をしています。長らく工業デザインに携わっていますが、他業界で活用している効率的な仕組みをこの業界のデザインワークフローにも導入する時期だと感じました。今一番力を入れているのは、ビジュアル化、コミュニケーションの向上、データの効率的利用が可能な、3Dデザインによるパイプラインを開発することです。

Deckersでの役割

現在私は、3Dのデザインと開発の技術を身につけた少人数のチームのリーダーを務めています。このチームで、Deckersのその他大勢のデザイナーと開発スタッフに3Dパイプラインの普及を進めているところです。このほか、私は業界に対して3Dを推進し、わかりやすく説明する役割も担っています。また、Material Exchangeというwebベースのマテリアルライブラリの開発にも携わっています。これは、マテリアルサプライヤーやブランドが利用するもので、デジタルマテリアルを検索してダウンロードし、3Dのフットウェアやアパレルモデルで視覚的に表現できます。

フットウェア・アパレル業界での3D利用

まだ道半ばではありますが、以前に比べれば飛躍的な進化を遂げています。お断りしておきますが、現在のプロセスは効率的とはいえません。今も、私がこの業界に入った20年近く前と同じです。デザイナーはAdobe Illustratorでシューズやアパレルを描画し、マテリアルとカラー一覧を送っています。全体のバランスは雰囲気を伝えるだけのため、デザインを解釈し、物理的なサンプルを制作する工場が大きな負担を強いられています。プロセスに時間がかかる割に、初期サンプルで満足のいく出来映えになることはほとんどありません。また、開発チームは部品表(BOM)を作成するために、製品ライフサイクル管理(PLM)システムに構造データとマテリアルデータを手動で入力するという骨の折れる作業をおこなっています。

一方、我々のデジタルパイプラインでは、3Dでデザインを作成し、コンセプトをフォトリアルに表現できます。すべてのマテリアルデータと消費量が自動的にBOMに入力され、製品コストの計算まで開始できます。そして、最終的なBOMが当社のPLMプラットフォームにプッシュされます。お察しの通り、3Dが本領を発揮するのはここからです。色違いを試し、マテリアルを入れ替え、デザインの線、ロゴやディテールを細かく調整できます。満足のいくものができあがったら、Instagramで試験的に公開して消費者の反応を確認したり、製品写真の補足にしたり、セールス・マーケティングチーム用のアニメーションやアセットを作成したりすることもできます。

Substance Alchemist

長らく、Substance Alchemistのようなソリューションを待ち望んでいました。マテリアルのデジタル化はこの業界ではごく最近の動きであり、必要となる大量のマテリアルをスキャンできるだけのシステムが整っていないというのが実情です。

現在のところ、3D化を導入した企業は、それぞれの会社で実際の素材をスキャンし、デジタルのマテリアルを作成しています。次の段階では、生地などの素材サプライヤーが、自社素材のデジタルマテリアルを作成するようになるでしょう。サプライヤーはSubstance AlchemistやMaterial Exchangeなどのツールを使用することで、デジタル変革に必要なリソースを手に入れることができます。

3Dシューズプロジェクト

我々の業界は、現在2Dと3Dが混在した渦の中にあります。今でも、新しいシューズや衣類のデザインには、ほぼすべてAdobe Illustratorが使用されています。Adobe Dimensionがすばらしいのは、パッケージ、イベントデザイン、ディスプレイや製品のデザインを担当するクリエイティブプロが、使用している2Dアセットをそのまま活用してすばやく3D環境に移行できるからです。使い慣れた素材を活用することで、短時間で導入でき、負担を感じることなく、最終的により良い結果が得られます。

3Dデザインのワークフロー

Vlad:Vladimir Petkovicです。Adobe Dimension担当のクリエイティブディレクターをしています。3Dアーティストとして仕事を始めてから約15年が経ちました。専門は3Dグラフィックスの様々な領域で、ハードサーフェスとオーガニックモデリング、テクスチャ作成、レンダリング、ライティング、環境デザイン等々です。

ここでは、AdobeとSubstanceのエコシステムによるアプリを使用して、Deckersが製造するHOKAシューズのビジュアル化事例を紹介します。この事例の目的は、これらのツールを使用することで得られる汎用性、簡素化、効率性を示すことです。

以下のアプリについて説明します。

既存のCADデータの再利用

マテリアルなしのCADデータ

製造メーカーの大多数は、製品デザインでRomans CAD、Modo、Rhinoなどのエンジニアリング3Dパッケージを多少なりとも使用しています。これらの3Dデータはマテリアルの各種バージョンの作成(色の組み合わせなど、デザイン関連の試作)や、マーケティング目的(フォトリアルなビジュアルの作成など)で活用できます。

しかし、ひとつ課題があります。エンジニアリングデータはNURBS形式のため、通常他のビジュアライゼーションソフトウェアで使用するにはポリゴンへ変換する必要があります。変換によりポリゴントポロジが形成されますが、これには編集しにくい性質があり、正規のUVマップの作成も困難です。

このデータを使用するには2通りの方法があります。

– そのまま使用し、CADソフトウェアで事前に作成された既存のUVシェルをできるだけ利用する

– CADファイルを参考として、新しいトポロジを作成する

このデモでは、より効率的な1つ目のオプションを使用します。

UVマップの作成

6グループに分割されたUVマップ

UVマップとは3Dジオメトリの展開図のことで、テクスチャをサーフェスに正確にマッピングする役割があります。クロスプラットフォームでのマテリアル付き3Dジオメトリの使用に対応しています。

最初のステップとして、3Dオブジェクトを論理グループ(ソール、外側、内側、ディテールなど)に整理します。各グループに専用のマテリアルが割り当てられるため、グループ内のオブジェクトには0~1 UV象限に収まるUVシェルが必要です。

CADファイルにアンラップされたUVシェルが含まれる場合は、同じグループの他のオブジェクトに対する相対比率が正しくなるように、事前にサイズ調整されている必要があります。

UVシェルがない場合は、アンラップする必要があります。対象となるオブジェクトと使用するツールによっては非常に時間がかかりますが、これを適切に実行することで、マテリアルを正しく適用することができます。

デジタルマテリアルの作成

単色入力から抽出したマテリアル

デジタルマテリアルを作成する一番良い方法は、実際のサンプルをスキャンすることです。しかし、これには時間がかかり、(通常は)高額なため、いつでもおこなえるわけではありません。

そこで我々が使用したのがSubstance Alchemistです。プロセスはほぼ自動化されています。Alchemistの初期入力として必要なのは、単色テクスチャのサンプルです。そこから、法線マップ、高さマップなど、他のすべてのテクスチャが再現されます。また、AIアルゴリズムのスマートライト認識機能により、カラーテクスチャ入力でベイク処理されたシャドウを除去します。

従来、カラー入力からこのようなテクスチャをすべて抽出する作業には、熟練したテクスチャアーティストでも最低20~30分はかかっていました。

それが、Substance Alchemistを使えば、このプロセスにかかる時間がおよそ10分の1(1マテリアルにつき数分)に短縮されます。

Substanceを使用したHOKAシューズのアセットは合計6マテリアルであったため、以下の時間短縮効果があったと考えられます。

.sbsar形式で書き出したSubstanceのマテリアルは、Substance Painterで使用できます。

オブジェクトにマテリアルを適用

オブジェクトをSubstance Painterに読み込む際の最初のタスクは、ユーティリティマップをベイク処理することです。そうすることで、ソフトウェアに様々なメッシュの性質情報(空間内の位置、閉塞部分、曲率線、高解像度ポリゴンメッシュからベイク処理した法線マップなど)を伝えることができます。

これでオブジェクトにマテリアルを割り当てる準備が整いました。グループ別のマテリアルがグループ内の様々なパーツに適用されるため、必要に応じて(ソールのグループなど)カスタムマテリアルマスクをペイントします。

さらに、特定のデザイン要素については、既製の半透明画像の投影が必要な場合もあります。

複数のグループがあるということは、それだけオブジェクトに高い解像度(このオブジェクトの場合、最大8,196×8,196ピクセル)が必要です。

Substance Painterでのプレビュー画面とUVマップの一例

Substance Painterからテクスチャを様々な用途で書き出すことができます。ここでは、2つのプリセット、Adobe DimensionとgltFを使用して書き出します。gltFで作成されるアセットはAdobe Aeroで使用できます。

DimensionとIllustratorで、カラーバリエーションを作成

Substance PainterからAdobe Dimensionプリセットを使用して書き出したアセットは、Dimensionのビューポートにそのままドラッグ&ドロップできます。モデルとそのマテリアルは自動的に読み込まれます。

個々のメッシュを選択すれば、すべてのマテリアルとテクスチャにアクセスできます。

UVマップを参照として使用し、Illustratorでテンプレートを設定できます(UVマップがグループ別のため、6グループそれぞれに個別のテンプレートが必要です)。これにより、カラーバリエーション、デザインやパターンをすばやく試すことができます。Dimensionで.aiファイルを使用すれば、アートボード好きなだけを使用して、自由に切り替えることができます。

次図は4つのアートボードを使用したテンプレートの例です。

Dimensionで適切なマテリアルのカラーテクスチャをこの.aiファイルに置換する場合、次図のようにアートボードを切り替えることができます。

また、Dimensionでは、適切な編集アプリ(Photoshopやこのデモで使用するIllustrator)とのライブリンクを作成することで、付属テクスチャを編集できます。この方法でさらに編集を加え、保存すれば、Dimensionにも即時に反映されます。

DimensionとPhotoshopによるマーケティング用ビジュアル資料の作成

Dimensionを使用して、マーケティング用に適したフォトリアルなレンダリングを作成できます。マテリアルを適切に設定することに加えて、時間をかけてライトを設定し、3Dシーンを背景写真となじませることが非常に重要です。

そのために使用する主要な機能が「画像から環境を設定」と呼ばれるものです。この機能は、AIアルゴリズムにより以下の一連の(選択した)オペレーションを同時に実行します。

必要に応じて、さらにライトを調整して3Dシーンを背景画像になじませ、フォーカスやグランドプレーンの反射などのディテールを追加します。

これでシーンのレンダリングが可能となります。このプロセスが完了すると、DimensionによりマルチレイヤーのPSDファイルが作成されるため、Photoshopでさらに補正を加えることができます。ファイルには、オブジェクトとマテリアルの選択レイヤーと深度パスが含まれます。また、すべての3D要素が背景から分離され、独自のレイヤーが作成されます。

Photoshopでの最終補正前/補正後のDimensionレンダリング

Adobe Aeroによる没入型エクスペリエンス

書き出した.glbファイルは、スマートフォンでのAR(拡張現実)体験を作成するAdobe Aeroで使用できます。Adobe Aeroでは、現実世界に3Dコンテンツが現れたかのような体験を提供できます。

まとめ

Chris:何年もの間、3Dでの製品の構築への移行を進めてきましたが、最大の難関はデザインチームでの採用でした。Adobe DimensionとSubstanceを使用することで、既存のデザインを活用して、色、マテリアルの様々なバリエーションを作成し、フォトリアリアルなグラフィック表現もできるようになりました。3Dの価値を知れば知るほど、製品作成に欠かせない非常に重要なプロセスとなっています。