デジタル顧客体験として生まれ変わったAdobe Summitから学んだ5つのこと

例年通りであれば、2020年3月31日はアドビの年次イベントAdobe Summitの開催初日でした。アドビのカンファレンスチームはこれまで同様、前年から2020年のSummitの計画を立てていました。そのため、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的な健康危機となった頃には、スピーカーやセッションの選定がすでに完了し、セレブリティー講演がブッキングされ、1万3,000人以上の参加者がイベントへに登録済みでした。2019年には、世界中からデジタル顧客体験の未来について学び、インスピレーションを得るために約1万8,000人の参加者が集いましたが、2020年にはその数が2万3,000人近くまで増えると予想していました。

ところが世界的な状況に変化が起こり、Adobe Summitの根本的な再構築が不可避となりました。カンファレンスチームは、迅速な対応を余儀なくされたのです。残された時間は4週間、なおかつ再構築は実際に一度ならず二度も行われました。この危機が最初に訪れたとき、私たちはアドビオフィスからのライブ配信というPlanBを考えましたが、この計画に着手した2週間後にはCOVID-19がパンデミックと宣言されて自宅隔離が必要となったため、再度の方針転換が求められました。私たちのPlanCは、エグゼクティブやスピーカーの自宅で収録した基調講演やブレイクアウトセッションを、「オンラインSummit」というひとつの顧客体験として、オンデマンドで提供するというものでした。Summitのオンライン化という大幅な戦略の転換を非常に短い時間で実現したことを考えると、Adobe Summit 2020の成果は驚異的なものだといえます。登録者は10万人を超え、現在までに199か国以上から45万ビューものアクセスを集めています。

最終的に私たちのチームは、イベントを成功させただけでなく、デジタルイベントの顧客体験を創造する過程で多くの教訓を得ることができました。これらは、私たちの今後のイベント戦略を形づくることになると同時に、対面イベントからデジタル顧客体験へのトランスフォーメーションを検討している企業のお役に立てる学びだと考えています。

1.オンラインでカスタマージャーニーをパーソナライズする

ラスベガスでのイベントの中止を発表したとき、私たちは基調講演の準備の最中であり、Adobe Summitの参加者が登録できる400以上のセッションおよびラボのセッションカタログはすでに確定していました。その時点で開催初日まで4週間を切っていたため、400ものセッションすべてをオンライン化して公開できないことは、残された時間からして明らかでした。問題は、どのセッションを残すべきかです。

当然のことながら、私たちはデータに目を向けました。ビジネスにとっての重要性、その時点での登録者数、スピーカーの空き状況、全体のなかでの人気度といった尺度に基づいてセッションを選定しました。これらの基準により、カタログを120のセッションといくつかの基調講演にまで絞り込むことができました。セッションは、将来のイノベーションについて語る「Innovation」基調講演トラックを軸に構成され、参加者が関心を持っているトピックを起点にして独自のジャーニーを辿れるようにしました。そのため、ページの一番上に掲載された基調講演がビュー数の大部分を占めています。また、リアルタイムの動画エンゲージメントに基づいてコンテンツレコメンデーションを提供していましたが、ブレイクアウトセッションの視聴をより増やすためには別途プロモーションやマーチャンダイジングの施策が必要であることも明らかになりました。さらに、視聴者が関心のあるセッションに簡単にたどり着けるように、製品、ターゲット顧客、スピーカー、業界、スキルレベルといった基準でセッションをフィルターする機能が必要であることもわかりました。

2.デジタル配信に最適なコンテンツは、短いビデオ

対面で行っていたAdobe Summitの基調講演は、通常2時間半。ブレイクアウトセッションは、トピックにもよりますが、60分から90分でした。このようなイベントでは、集まった観客に没入的なエクスペリエンスを提供できますが、オンラインの場合は注意力を持続できる時間が短く、集中しづらいという点を考慮しなければなりません。そのため、私たちは基調講演とブレイクアウトセッションのどちらも20〜25分以下に短縮しなければならないと考えていました。関係者の説得にあたっては、オンラインのごく一般的なビデオ視聴時間が8〜10分であるというデータが役立ちました。また、オンライン番組を構成する最も効果的な方法は、短くてインパクトのあるビデオを作成することだということもわかりました。長いビデオの場合は、チャプター付きのコンテンツを提供したり、チャプターマーカーを挿入したりすることで、視聴者が自分の興味にあわせて視聴できるよう工夫しました。さらに、オンデマンドセッションの後にライブの質疑応答を提供できれば、視聴者のエンゲージメントをさらに高められます。

その後、世界中で自宅隔離が要請されるようになり、アドビ社内外のスピーカーが自分自身でセッションを自宅録画せざるを得ない状況になりました。私たちが次に取り組んだのは、この録画のプロセスをできるだけ簡単にすることでした。そこで私たちはいくつかのテクノロジーを検討し、最終的に2つのアプローチを採用することにしました。

基調講演の場合は、エグゼクティブの自宅に「録画キット」を送りました。キットにはUltra HD解像度のWebカメラと「リングライト」が含まれており、プロが撮影したような演出をすることができます。また、背景から照明、音響にいたるまで最高の品質を保つため、社内のビデオ制作チームが自宅内で最適な撮影場所を選定する際のベストプラクティスを提供しました。ここでの重要な学びは、スピーカーがカメラに向かって話しやすくなるように、リハーサルの時間を多めに計画することでした。エグゼクティブがビデオを録画して提出すると、今度はビデオ編集者がスライド画面を録画に組み込んだり、映像に編集を加えたりといったポストプロダクション作業に取り掛かりました。振り返ってみると、自社のエグゼクティブが自宅で撮ったビデオという、ともすればチープだと受け取られかねないコンテンツも、好奇心と温かさで受け入れられました。視聴者は、自宅で録画されたビデオの背後に、経営幹部たちのかざらない本音と、顧客の事業継続に対するコミットメントを感じとったのです。

一方、オンラインSummitで顧客体験の大半を占めるブレイクアウトセッションは、Intrado(英語)が提供するプラットフォームを使い、ウェビナー形式で収録しました。このソリューションには、Intradoツールで録画中に発生した問題の解決を支援する担当プロデューサー1名が含まれ、スピーカー全員に対応していただきました。このプロセスにより、セッションの録画を合理化することができたのです。

3.ライブインタラクションで視聴者のエンゲージメントを高める

私たちは、オンラインの参加者がチャット、メッセージ、ソーシャルメディアを介して、スピーカー、パートナー、そして参加者同士でリアルタイムでつながることができる環境を作れれば理想的だと考えていました。

ところが、自宅隔離要請によるPlan BからPlan Cへの転換により、顧客体験は事前収録されたオンデマンドビデオに限定され、オンラインのライブインタラクションは不可能になりました。一方で、ライブストリーミングを断念したことで、自宅からアクセスする参加者にとってネットワーク障害による放送中断のリスクを排除することができました。リアルタイムでのインタラクションは実施できなかったものの、参加者にサイトの使い方を案内したり、コンテンツレコメンデーションを提示したり、プロダクトエバンジェリストやセールス担当者と連絡をとったりできるチャットボットを使うことで、参加者のエンゲージメントをある程度獲得することができました。同時に、この顧客体験の期間中、私たちのコミュニティはさまざまなソーシャルメディアプラットフォームで互いに交流していました。より長い準備期間があれば、ライブの質疑応答、モデレートされたチャット、専門家とのオフィスアワー、バーチャルコーヒー休憩、チャットラウンジ、ブレインデート(知識共有のために参加者同士をマッチングさせる仕組み)、アンケート投票ツールなどを追加し、参加者のエンゲージメントと交流の機会をさらに増やすことができたと考えています。

4.イベント前後のデジタルマーケティング戦略への投資

Summitに向けて、私たちの焦点は対面イベントの有料登録者数から無料のオンライン登録者数へと移りました。それは、参加者数の目標値の大幅な増加と、それを短期間で達成しなければならないことを意味します。そのためには、迅速に市場に参入してターゲットとエンゲージメントを構築することが不可欠であり、そこにデジタルチャネルの活用と投資が重要な役割を果たしました。マーケティングプロモーションの主な手段としては、電子メール広告、ディスプレイ広告、検索広告、ソーシャル広告、インプロダクト広告が挙げられますが、私たちの場合は、特定のターゲットセグメントおよびデモグラフィックにパーソナライズされた電子メール配信が、最も多くの登録者獲得につながりました。また、Summit後に実施したLinkedIn Liveイベントが成功を収めたため、私たちはTwitterやInstagramを使ったイベントにも強力なコミュニティエンゲージメントを醸成できる可能性があると考え、今後に期待しています。

5.サイロを壊し、新しいスキルセットを取り入れる

Summitの開催には異なる部門の関係者が一致団結してあたることが必要だと、私たちは常々感じています。そのSummitのオンライン化には、さらに多くの関係者の協力が必要でした。コーポレートサイトであるAdobe.comにAdobe Summitを組み込むことは初の試みだったため、アドビのスピーカー、エクスペリエンスマーケティング、デマンドジェネレーション、PR、エグゼクティブコミュニケーション、ソーシャル、クリエイティブ、ビジネス部門のプロダクトおよびマーケティング、といった各分野のスペシャリストだけでなく、Webチーム、エンジニアリング、分析スペシャリスト、UIデザイナーもチームに参加しました。

私たちが思い描いたSummitのビジョンをオンラインで実現するにあたり学んだことは、与えられた時間が短いほど、迅速な意思決定が重要であるということです。チーム全員が歩調を合わせられるように、関連するチームすべてが参加するスタンドアップミーティング(5〜15分ほどの連絡会議)を毎日実施しました。また、週に2〜3回はリーダーシップミーティングを開いてチームの状況を報告し、主要な決定事項を共有しました。もちろん、スプレッドシート、電子メール、Slackを使ったコミュニケーションと並走してのことです。

リーダーシップの観点から、私たちはチームに意思決定の自律性を与えることを学びました。それは、このような大規模なイベントのオンライン化に求められる機敏性の実現に欠かせないことでした。結果として、全員がプログラムにとって正しいことをしているという信念を持って実行し、果敢に前進することができました。

サイロ(部門間の障壁)が壊され、全員が自宅から仕事をしていたにもかかわらず、私たちは一致団結してSummitを実現することができました。Summitはデジタル顧客体験を推し進めるコミュニティが一堂に会する場所であり、誰もが毎年そこで学び、共有し、インスピレーションを得ることを楽しみにしています。だからこそ、私たちは、何としてでもSummitをお届けしたいと考えていました。結果的にCOVID-19は、私たちを新しいコラボレーションの段階へと引き上げることになりました。というのも、4週間足らずで現実するにはチーム全員の力を結集する必要がありましたが、それをまさに達成できたからです。

COVID-19の環境下で活動を続けるにあたり、私たちは今後もバーチャルイベントを通じてコミュニティを結びつけていきたいと思っています。今後、クリエイティビティが開花し、私たち一人ひとりがオーディエンスの参加を募り、学びを促進する新しい方法を身につけることになると考えています。デジタルイベントをサポートする新しいツールが続々と登場するなかで、どんなことが可能になるのか、探っていくのが楽しみです。そして、デジタルによるイベントの拡張は、物理的なイベントが復活した後の、未来のイベント戦略においても一層大きな役割を果たすだろうと確信しています。

※本記事は、2020年5月7日にコーポレートイベント担当シニアディレクターのジュリー マーティン(Julie Martin)が投稿したブログの抄訳版です。