日本のアニメーション業界に刺激を与えるサイエンスSARUの新しい挑戦

2017年6月。間に合わせのありそうにないアニメスタジオに改装された小さな郊外の家の中に座り、彼らは疲れ果て、会話をすることもできませんでした。その前の24時間は現実とは思えないものでした。彼らの初のオリジナル長編作品「夜明け告げるルーのうた」が、フランスで開催されたアヌシー国際アニメーション映画祭で長編部門の最優秀賞を受賞したのです。これは彼らのみならず、日本のアニメーション全体にとっても画期的な出来事でした。この小規模のアーティスト達のチームは業界の常識を破り、最新のアニメーション技術を駆使して16ヶ月足らずで長編映画を完成させました。サイエンスSARUは、この受賞により日本のアニメ業界の継続的な進化を大きく後押ししました。

「夜明け告げるルーのうた」のイメージボード イラスト:湯浅正明 ©︎2017 Lu Film Partners

「夜明け告げるルーのうた」のイメージボード イラスト:湯浅正明 ©︎2017 Lu Film Partners

先日、サイエンスSARUのチェ・ウニョンとアベル・ゴンゴラから話を伺う機会に恵まれました。ウニョンは、「ピンポン THE ANIMATION」 「四畳半神話大系」 「マインド・ゲーム」などで高い評価を得ている監督の湯浅政明と協力してサイエンスSARUを設立し、現在は同スタジオの代表取締役を務めています。アベルは、サイエンスSARUのAdobe Animateチーフアーティストです。彼はアイルランドやフランスのスタジオで多くの経験を積んだ後に日本に渡り、サイエンスSARUの最初のアニメーターの一人としてチームに加わりました。アベルは同スタジオの初期のプロジェクトの数々を、Adobe Animateを使ってアニメーション化しました。その中には「ピンポン THE ANIMATION」や、アメリカのTVシリーズ「アドベンチャー・タイム」のエピソードで賞にノミネートされた「フードチェーン」も含まれています。

日本のアニメ業界の特徴についてお話しいただけますか?また「夜明け告げるルーのうた」では新しい技術をどのように活用したのでしょうか?

ウニョン: 「アニメ(Anime)」として世界に知られる日本のアニメーション産業は、100年以上の歴史を持つ成熟した業界です。日本のアニメは世界中で大きな人気を得ています。しかし、世界の他の場所でつくられているコンピューターを使ったデジタルアニメーションと異なり、アニメ業界は伝統的なアニメーション手法に依存しています。つまり「紙」です。伝統的な手描きのアニメーションは、日本で愛され尊敬され続けているスタイルです。大まかなアイデア、キャラクターデザイン、主要なアニメーションフレーム(キャラクターの動きを決めるために使用されます)、その中間の描画(滑らかな動きをつくり出すのに用いられます)はすべて紙の上で作成されます。多くの人手と長い時間が必要ですが、それでもアニメーターたちは、伝統的なアニメーションを継承する独特のアートとスタイルが画面に表示されることに誇りを持っています。テクノロジーの利用は妥協とみなされることがありますし、自分たちの創造性を制限するのではないかという恐れからデジタルアニメーションの利用をためらいがちなアーティストもいます。

サイエンスSARUは、伝統的なアニメの精神と個性を維持しながら、テクノロジーを駆使して新しいアニメの形をつくり出すことに成功しました。たった5人のスタッフで始めて、限られたチームと共に少しずつ成長し、わずか16カ月で初めての映画を制作しました。小人数で短いスケジュールでの制作でしたが、私たちは日本の業界の高い水準の品質とアニメの美しさを保つことができたと思います。これは、従来のアニメーション制作を新しい何かで置き換えたのではなくて、アニメーション制作を支援するために独自の方法でテクノロジーを使用することで実現したものです。また、伝統的な体験から引き出した新しい強みを表現しようとするアーティストを、デジタルが支援できることを示すための努力も懸命にしました。2017年のアヌシー映画祭で最優秀長編映画に与えられるクリスタル賞を受賞して以来、より多くのアニメーターたちが、デジタルアニメーションに新たな観点から目を向けるようになっています。彼らはデジタルメディアでの作業に戸惑ってはいないようです。そして、アドビは私たちの個性を維持しつつ創造性を表現するのに役立つツールを提供するという素晴らしい仕事をしていると思います。

アベル: 5年前にスタジオで働き始めたときは、Adobe Animateだけが限られた時間と資金で質の高いアニメーションを制作するための選択肢でした。このソフトウェアは、私たちがアニメーションを制作する方法を革新し改善する特別な機会を与えてくれました。当時、私たちのスタジオのデジタルアニメーターが使いこなせたプログラムはAdobe Animateだけでしたが、今ではより多くのアドビのソフトウェアを活用して、生産性を向上させ、新たな課題にも取り組んでいます。アドビのソフトウェアのおかげで、従来のアニメーション制作を行う人々とうまく協力することができます。また、アニメーション制作の伝統的な側面と最先端の側面を組み合わせるのにも役立っています。

「夜明け告げるルーのうた」のイメージボード イラスト:湯浅正明 ©︎2017 Lu Film Partners

デジタルアニメーションを日本で制作しようと思った理由は何でしょうか?

ウニョン: 私は韓国と日本で質の高いアニメをたくさん見て育ちました。アニメーションへの興味が私をデジタルの世界の探検へと導き、すぐにデジタルが支援するアニメーション制作の効率の良さを理解しました。Adobe Animateのようなプログラムを使用すれば、熟練したアニメータにアニメーションの動きを支えるキーフレームを作成してもらい、ソフトウェアの助けを借りながら滑らかで流れるようなモーションを実現する中間フレームを作成できます。また、色を付ける段階では、すべてをやり直すことなく、アセットへの色指定や再配色を簡単な操作で行うことができます。それに私は、日本の由緒ある伝統的な方法とは相性が悪いと多くの人が考えていた高品質なデジタルアニメーションの制作に挑戦したいと思っていました。それが実現した今、これまで私たちに刺激を与え続けてくれた伝統に、私たちが新しいページを加えられたのであればうれしいです。

Adobe Animateは目的の達成にどのような効果がありましたか?

ウニョン: Animateは、私たちが目指している表現を実現するのに十分な、様々な柔軟性を提供してくれます。簡単に習得できるシンプルなインターフェースを備えており、制作作業への統合や、アートデータの読み込みを簡単に行えます。新しいアニメーターを見つけるのは特に難しくはありませんでした。初期から在籍しているアニメーターの多くが外国人で日本語を話さなかったにもかかわらず、他のアニメーターのトレーニングは驚くほどうまくいきました。ソフトウェア自体が、インターナショナルなチームをまとめるための共通言語を提供してくれたと言えるでしょう。また、このソフトウェアはCreative Cloudパッケージの一部として提供されるため、アドビ製品のワークフロー全体を活用することができます。私たちは、Photoshop、After Effects、Premiere Proも日常的に使用しています。

「夜明け告げるルーのうた」以降のプロジェクトについて教えてください

ウニョン: 「夜明け告げるルーのうた」以来、私たちは企業として成長してきました。Netflixに「DEVILMAN crybaby」を制作し、これは世界中でヒットしました。また、映画では「夜は短し歩けよ乙女」と昨年の夏公開したばかりの新作「きみと、波にのれたら」の2作品も制作しました。どちらも好評です。最新のプロジェクトには、TVシリーズの「映像研には手を出すな!」と「SUPER SHIRO」、それからNetflixオリジナルシリーズ「日本沈没2020」もあります。進行中のプロジェクトである長編映画 「犬王」 には大きな期待を寄せています。

この業界全般、特にサイエンスSARUに参加しようとする若いアニメーターへのアドバイスは何ですか?

アベル: 謙虚で、常に新しいことを学びたいと思うべきです。アニメに対する情熱も大切です。

ウニョン: 基本的なスキルはもちろん必要です。視覚化する能力、描画してそれを動かせること、そして新しいツールやテクニックを学ぶ意欲などです。何より、謙虚であり続けることと、進んで学ぶ姿勢を持ち続けることです。この分野は、10年活動してきたたとしても、まだ学んでいる途中であると信じなければ続けられません。

サイエンス SARUについて

サイエンスSARUは、2013年に湯浅正明とチェ・ウニョンによって設立されたアニメーションスタジオ。1年目にアメリカの大ヒットテレビシリーズ「アドベンチャー・タイム」のスタッフに招かれて独自のスタイルのエピソード「フードチェーン」を制作し、アニー賞の監督賞にノミネートされた。他のスタジオのいくつかの作品への貢献をした後、2017年には、アヌシー国際アニメーション映画祭でクリスタルを獲得した「夜明け告げるルーのうた」と、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞した「夜は短し歩けよ乙女」の2作品を公開。2018年は、世界中でバイラルなヒットとなったNetflixオリジナルシリーズ「DEVILMAN crybaby」を制作。また、2019年には、長編映画「きみと、波にのれたら」が上海国際映画祭、ファンタジア国際映画祭で最優秀アニメ賞を受賞した。最近のプロジェクトとしては、テレビドラマ「SUPER SHIRO」 (2019) 、「映像研には手を出すな!」 (2020) 、「日本沈没2020」 (2020) 、そして長編映画「犬王」(2021年公開予定)などがある。

この記事はHow Science SARU Animation Studio is Redefining the Japanese Animation Industry(著者:Ajay Shukla)の抄訳です