Trend & Illustrations #3/出口えりが描く「Express Yourself」 #Adobe Stock

[連載]

Adobe Stock ビジュアルトレンド

アドビが予測する2020年のビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画。第3回目のテーマは「Express Yourself」。観る人の心揺さぶる表情を描く出口さんにお話を伺います。

プロフィール – 出口えり/ERI DEGUCHI

1991年奈良県生まれ。洋画家・生島浩氏に師事。

大阪大学文学部人文学科卒業。桑沢デザイン研究所卒業。

2018年 東京イラストレーターズ・ソサエティ 第16回「TIS公募」入選

2019年 玄光社『イラストレーション』第212回「ザ・チョイス」入選(丹地陽子氏選)

2020年 玄光社『イラストレーション』第37回「ザ・チョイス」年度賞大賞

https://www.deguchieri.com

https://tis-home.com/eri-deguchi

「今日はダメな日」2020年

幸せな物語だけじゃない

Q:「Express Yourself」というテーマを選んだ理由を教えてください。

アドビの方からいくつかテーマの説明を受けるなかで、特に内容に納得するものがありました。SNSのなかで自分の幸せで楽しい面だけを見せるだけではなく、人が本来持つ怒りや悲しみといったネガティブな側面も見せる、といった内容でしたよね。

Q:まわりに等身大の自分が抱える感情を伝えたり、認めてもらって共感を得ることでリアルなコミュニケーションが出来るのではないか、というテーマです。出口さんが描かれる絵に通じる部分がありましたか?

普段から人物の表情を大切に描いているので、表現しやすいのではないかと思って選びました。もっとひねったものを描くべきかとあれこれ考えましたが、割とストレートに描きましたね。

Q:上下2枚の組み合わせにしたのはなぜですか?

絵を描くときは、まず“動画”でイメージが浮かびます。人物であれば、感情が伝わる動きのようなもの。今回は2枚の構成で表現出来ればと考えました。

この絵のモデルは、自分自身。普段、会社に勤めながらイラストレーターとして活動しているのですが、よく会社で怒られてはへこんで家に帰り、床に寝そべってふてくされています。仕事で疲れて帰ってきたときにイライラしたり、悲しい気持ちになったり。会社に勤めている人は同じような経験をしてるんじゃないかなと思って描きました。

Q:「Express Yourself」というテーマには、ネガティブな側面も含めて他者に見せて、自分を理解してもらうことが強さにつながる、といった内容が含まれています。ご自身にそういった経験はありますか?

大学時代、精神的につらい時期がありました。でもまわりを信頼して悩みを打ち明けることがなかなか出来なくて。どうにか友人の1人だけには伝えられて、弱った自分自身を受け入れてもらえたときにとても救われました。やってみないことには誰にも受け入れられないし、感情を自分のなかに閉じこめているだけでは変わらないものもあるのかな、と感じた経験です。

Q:テーマをどのように解釈して、作品に落としこんでいきましたか?

ネガティブな側面を見せるというのは、自分の力だけではむずかしいときもあります。私自身、コミュニケーションとして話すのがあまり上手ではありませんが、「自分の絵について説明してください」と言われると話しやすかったり、絵がそばにあると勇気づけられます。

映画や小説でも、失恋がテーマの作品があったりしますよね。作品を観て「これは私自身だ」とか「私の気持ちが分かる人がいるんだ」と思うと、心が救われます。私たちの毎日もそうですが、ハッピーな物語だけじゃない。だからこそ、描く意味があるというか。イラストレーションでもきちんとそれが出来ればいいなと思いました。

Q:描かれた色彩は表現したい感情を表していますか?

そうですね、怒った感じが少しほしかったので赤色を使いました。あと、悲しくて涙がこぼれるときって頬が赤く染まったりします。そんな表情が描きたくて色を選びました。

人の顔を描くとき、悲しいときに涙を流しているとか、記号的な表現にならないように気をつけています。生っぽい表情とか、少し心がざわっとする表情になるまで描く。人の気持ちが動くような絵を描きたいです。私は自分のために描くことはなくて、やはり観る人のために描いています。

「無題」2020年 『イラストレーション』No.226(玄光社)のための描きおろし作品

日常にひそむ、始まりの予感

Q:作品を描くうえで大切にしていることはありますか?

実際に存在する光景のなかで“不思議さ”を強調して描くこと、でしょうか。絶対ありえない状況を描くのはカッコよくないと思っていて、あくまでも日常を描くことが多いです。小説だったり、やはり物語のあるものが好きなので、お話が始まるような予感を絵に含ませていますね。

Q:鏡やガラスに映る人物など、歪んだ景色を描いた作品もいくつかありますね。

学生時代に「ガラスとか金属とか、光り物を描くのがうまいな」と先生からほめられたことがありました。単純にそういったものに興味があるし、人物をそのまま描くのではなくて、ミラーやガラスに映っているシーンを描くほうがストーリー性や奥ゆかしさが感じられるかと思って。反射するものはモチーフとしてよく使います。

「無題」2020年

Q:今まで描いた作品のなかで思い出深いものはありますか?

篠田節子さんの小説『恋愛未満』の装画でしょうか。ダンスしている男女の部分が自分のなかではお気に入りです。「人物の顔は描かないてほしい」とお願いされましたが、描いた人々の困っている様子や楽しそうな雰囲気を身体の動きで表現出来たんじゃないかなと思います。

『恋愛未満』 篠田節子 著 (光文社)2020年 書籍表紙原画

装幀家である鈴木成一さんの装画塾に何年も通っていて、そこで鈴木さんが「いい絵には風が吹いている」という表現を使っていました。言い換えれば、“抜け”がいいということかもしれません。この本の装画では、「そよ風が吹いているようないい絵が描けた!」という手応えが強かったので思い出の作品です。装画では、物語全体や文体から受ける印象を絵からも伝えられたらと意識して描いています。

文庫版『逃げる』 永井するみ 著 (光文社)2020年 書籍表紙原画

油絵での制作について

Q:制作の流れを教えてください。

制作のための資料は、自分がモデルになるか、家族にお願いして撮影したり、インターネットで集めた画像をつなぎ合わせたりして用意しています。

それらの資料を参考にしつつ、ベースとなる色から描いて、ほかの色を乗せていって。ひととおり乗せ終わったら、色の濃淡を調整します。油絵具を洗う筆洗液を布に付けて塗ったところをぬぐうとキャンバスの地に戻るので、それで修正しながら塗ったり削ったりを繰り返します。研ぎすましていくような感覚で、絵を描いていて特に好きな時間です。

最後に、人の表情や濃くしたい部分を塗って表情を決めます。今回のテーマの作品は、顔の表情がなかなか決まらなくて、描くのに2時間ずつくらい掛かりました……。見せたいところがしっかり描けていると気持ちよく目に映るので、特に顔は力を入れています。

Q:どのような画材を使っていますか?

ホルベインとクサカベの油絵具をよく使っています。基本的には平筆で、人の表情を描くときは面相筆。豚毛の平筆はとても硬いのでまっすぐな線が描きやすく、力強い線が出るので気に入っています。

Q:現在の油絵のスタイルはどのように生みだしましたか?

昔は塗り重ねるタイプのコテコテな油絵で、水彩絵具やポスターカラーも使っていましたね。大学生のときに友だちとアニメーション制作のサークルを作って、背景の描き方をいろいろ勉強しました。スタジオジブリ作品の美術監督でもあった男鹿和雄さんが、ポスターカラーで乾かないうちにどんどん描いているのを知って、「あ、これ油絵でも使えるんじゃないか」と思いついたのがきっかけで、今の技法になりました。

乾かさずに描くメリットとしては、修正がしやすいこと。でも乾いてしまうと進められなくなるので、描き始めたら1日で作業は終わらせます。油は早めに乾くものを使用したり、分量を変えたりと工夫しています。

「昼の戸棚は案外暗い」2019年 第37回「ザ・チョイス」年度賞大賞受賞作品

Q:油絵は楽しいですか?

すごく楽しいです! いろんな技法があるし、私の場合はアクリル絵具で描くときの3倍くらいうまく見えますね(笑)。有機的な線が生まれやすいから、感情を表したような微妙な線が描ける。繊細な感じがいいなと思って使っています。

Q:普段の制作ではデジタルはあまり使いませんか?

描き終わってから修正したい部分が出たときによく使います。Adobeのツールでは、IllustratorやPhotoshop、InDesign、Premiere、After Effectなど。自分の作品を動かそうと思って、映像編集のソフトウェアも試しています。今後、アニメーションのお仕事も出来ればいいかなって。

Q:絵の制作において、最近注力していることはありますか?

ここ1年くらいですが、あまり淡い色になりすぎないよう、コントラストを高めることを意識しています。小声で何かを言っている絵というよりは、観た人の印象にちゃんと残る絵にしたいな、と。バーミリオンという赤色の油絵具は蛍光色に見えて面白いのではまっています。

あとは、線画にもチャレンジしたいと思っていて、今とは全然違うタッチを開発しようと試しているところ。「青色の絵を描いている人」というイメージがまだ強くて、青色の作品を超えるものをほかの色でもっと描けるようになりたいです。

「無題」2019年

小さな声を発する手助け

Q:Adobe Stockのようなストックフォトサービスで作品を販売することは初めてですか?

初めてです。どんな用途に使われるか分からないという点では多少の不安はありましたが、政治や宗教には利用されないとアドビの方から説明を受けたので安心しました。海外の方々も含めて作品を広く知ってもらうきっかけになるかと思ってトライしました。

実際登録するとなると、どういう作品がいいのか悩みますね。今回の企画で選ばなかった「From Me to We」というトレンドのテーマは最後まで選ぶか迷いましたが、構図が浮かばなかったので断念しました。思いついたら描いて登録してみたいと思います。

Q:「From Me to We」は、個人として動くのではなく、同じ価値観を共有する人たちがソーシャルメディアなどで声を上げて連帯することで世のなかを変えていく、という内容が含まれています。企業が環境問題に取り組む姿勢を広告をとおして表現するような、コーポレートブランディングにも関わるテーマです。

テーマとして強く興味があります。先日メディアでも話題になっていましたが、検察庁法改正案の国会審議が見送りになりましたよね。Twitterでは「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグを付けた投稿が多く流れ、目に見える形で高まった批判の声が国政を動かしたという見方もありました。小さな声でも発する意味をよく考えます。イラストレーションをとおして、みんなの気持ちを動かす手助けが出来ればと願っています。

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いかがでしたか? 今回ご紹介した出口さんの作品の一部は、プレミアムコレクションからご利用いただけます。また、クレジットパックを活用することで、お得にライセンスいただけます。この他、使いやすい「通常アセット」とよばれる写真やイラストなどの素材たちも豊富にご用意しています。現在、年間サブスクリプションが1ヵ月無料となるキャンペーンを実施中です。PhotoshopIllustratorなどいつものアプリから直接検索でき、カンプ作成で行った制作作業を無駄にすることなく高解像度画像への差し替えが一発でできるため、高い作業効率を実現できます。まだの方はこの機会にぜひお試しください。