Photoshop Camera レンズクリエイター インタビュー Vol.1 福田愛子「自分が描いたイラスト空間に 誰もが入り込める、そんなレンズを作りたかった」
Photoshop Camera レンズクリエイター インタビュー
2020年6 月にリリースされたモバイル向けカメラアプリ Adobe Photoshop Camera、みなさんはもうお使いになられたでしょうか。
Photoshop Camera は、被写体にカメラのレンズを向けるだけで、まさしくPhotoshop で加工したようなアーティスティックな世界が画面に映し出され、シャッターを押すだけで即座に写真に適用できるという魔法のアプリです。
Photoshop Camera の特徴といえば、「レンズ」とよばれる多種多様なエフェクトのプリセットです。世界中の様々なジャンルのアーティストがレンズを制作し、提供しています。これらのレンズを使ってさまざまな作品づくりが楽しめるだけでなく、自分でレンズを制作して世界中のユーザーにインスピレーションを届けることもできます。
そこで、Photoshop Camera のレンズ制作に携わった日本のクリエイターの方々に、作品のコンセプトやこだわりのポイント、制作にまつわるエピソードなどを連載でご紹介します。
第1 回目は、イラストレーター/ ミクスト メディア アーティストの福田愛子さんにご登場いただきました。
リアルな写真と手描きイラストの融合
福田さんが制作した「Flora Mural」は、自撮りやポートレイトなど、人物が大きく写った写真に最適化されたレンズです。被写体の人物にカメラのレンズを向けると、人物がまるで鉛筆で描いたような手描き風のイラストに変換され、福田さんならではのスタイリッシュなイラストの世界に溶け込みます。揺れ動く花や、ヒラヒラと飛び回る蝶々など、アニメーションを取り入れた表現がとても印象的です。ぜひ試してみてください。
福田さんといえば、最新のデジタルツールを駆使しながらも、手描きのアナログ感を大切にした、繊細な線と奥行きのある色使いが特徴のイラストを描き、多くのファッションブランドやメディアから支持を得ているビジュアルアーティストです。
イラストを描くことをメインの仕事とする福田さんですが、なぜカメラのレンズを制作してみようと思ったのでしょうか。
「よく友達から、似顔絵を描いて欲しいと頼まれるのですが、私の作風ってすごく時間がかかるものなので、なかなか描いてあげることができなくて。それで、Photoshop Camera のレンズ制作のお話があったとき、まず最初に、写真を撮るだけでイラストになる、そんなレンズができたらいいなって思ったんです」
福田さんは、2019 年に日本人初のAdobe Creative Residency のメンバーに選出され、アナログとデジタルを融合させた新たな表現方法として、AR(拡張現実)などを使用したイラスト表現の可能性について研究していました。そこでの経験も、今回のレンズ制作のアイデアになったようです。
「AR の技術を使って、私の描いたイラスト空間に自分が入り込んだような感覚になる作品を制作したのですが、これをSNS でシェアしたところ、とても評判が良くて、フォロワーのみなさんから“私もイラストの中に入ってみたい!” というようなコメントをたくさんいただきました。そんなこともあって、写真が似顔絵になるだけでなく、さらにその似顔絵が私のイラスト空間に入り込めるようなものにしたい。そんな願いがありました」
福田さんはどんなシーンでこのレンズを活用してもらいたいと思っているのでしょうか。
「最初のきっかけでもあった、SNS のプロフィール用の似顔絵とかに使ってもらいたいというのはありますが、実はこれを作ったもう1 つのアイデアがありまして、それがサンフランシスコの壁画(ミューラル)なんです。2019年の7月にResidencyの一環でオープンプレゼンテーションをおこなうためにサンフランシスコへ行ったんですが、そこで見た壁画は鮮やかなものが多くて、その前をスケートボードが走っていたり、色々なファッションの人たちが行き交ったりして、そういったカルチャー的な面にインスパイアされたという背景もあります。作品の背景で使っているレインボーは、サンフランシスコの多様性やLGBTQ+への寛容性をイメージしています。なので、老若男女問わず、幅広い層の方にこのレンズを使ってもらいたいですね。今は新型コロナウイルスの影響で、旅行とかに行けなかったりするので、海外のミューラルの前で写真を撮るような感じで、全身で撮ってもらえたら嬉しいです」
Photoshop Camera レンズの制作過程
Photoshop Camera のレンズは、人物、背景、イラスト、ビデオ、そしてマスクや色調調整、フィルターなどの様々なレイヤーで構成されます。これらのレイヤーは主に、Photoshop 上で作成したレイヤーをもとに生成されます。そして最終的には、顔認識やオブジェクト認識、自動マスク、加速度センサーといったPhotoshop にはない機能が付加されます。
福田さんが実際に作成したPhotoshop ドキュメントを見てみると、人物やイラストなどのパーツがそれぞれ個別のレイヤーに分けられています。調整レイヤーやレイヤーマスク、フィルターなどのレイヤーも見られます。
基本的に各パーツはスマートオブジェクトとして配置し、あくまで元の状態も保持しておきます。こうすることで、それぞれのパーツに対して何の処理を行ったかをAI がレイヤー構造から読み取り、それらを自動的に実行する機能をレンズに付加します。
例えば、人物を認識して背景から切り取り、色を調整し、効果を追加してイラスト風に仕上げるまでの処理を、レンズを通した目の前の被写体に対してリアルタイムで実行します。
レンズ制作でこだわったところは?
もう十何年も前からPhotoshop を使ってきた福田さんですが、それにしても初めてのレンズ制作、苦労されたところはあったのでしょうか。
「一番苦労したというか、こだわった点は、私の作風の特徴である「手描き感」を残しながら、写真とイラストをいかに違和感なくミックスできるかというところでした。写真とイラストという異なる性質のものをミックスすると、どうしても合成した感じが出てしまいます。あと、いくらイラストに手描き感を出しても、そのまま写真にのせると、プリクラのスタンプみたいにちょっと違和感のある仕上がりになってしまうんですよね。
違和感の最大の原因としては、写真の背景が自分のイラストになっていないこと。なので、まず背景を消し、切り抜かれた人物写真を自分のイラスト空間とどうマッチさせるかを考えました。
レンズ制作にあたって唯一の制約といえば、Photoshop 上で可能な動作に限られていること。なのでPhotoshop で何ができるかをいろいろ調べて、いくつもの加工を試してみました。その結果、鉛筆で描いたような手描き感を出すことができ、ようやく写真とイラストのギャップを埋めることができました。白黒にしたことで、より鉛筆で描いたような手描き感を出せました。
Photoshopは日頃よく使っているのですが、今回の制作で新たな発見がたくさんありました。写真を切り抜くという作業は普段あまりやらないのですが、本当に簡単に切り抜ける機能があって、これには驚きました」
レンズ制作を機にAfter Effectsにも挑戦
福田さんが今回制作したレンズには、蝶々がヒラヒラと飛んでいたり、花が揺れていたりといったアニメーションが使われています。モーション制作の経験がない福田さんは、どのように制作に取り組んだのでしょうか。
「アニメーションを作るというのは今までやったことがなかったので、初めは想定していませんでした。アドビ サンフランシスコのスタジオチームとディスカッションを重ねる中で、“花とか蝶々とか動かしたらもっと良くなるよ” とフィードバックをもらって、それでやってみようかなと。
After Effects を使うのは全く初めてで、最初はどうやるのかがわからなくて、チュートリアルなどを見ながら手探りでやっていました。少し動かせるようになってくると、だんだん興味がわいてきて、YouTube とかで自分に合った作り方を見つけたりして、それで何とか仕上げることができました。できたときはやっぱり嬉しかったですね。自分のイラストに命が吹き込まれたような感じがして」
その人、その人の楽しみ方で
Photoshop Camera のレンズは、撮影する場所や時間、光の加減、アングルなどによって、エフェクトのかかり具合が変化するのも、楽しさの1 つです。また、適用後に明るさやコントラスト、色味などを再調整したり、オブジェクトの大きさや位置を変更したりと、自分の好みにカスタマイズすることも可能です。
「このレンズの場合、写真を手描きのイラストタッチに変換するエフェクトは、写真のコントラストが強いほど手描き感が出ると思うので、コントラストの出る環境で撮ることをおすすめします。手描き感が弱いようであれば、ぜひコントラストを調整してみてください。
みなさんがいろいろとアレンジされて、私が思ってもみなかった作品に仕上がったりして、それをSNS とかで見かけたりするのは、今からすごく楽しみですね」
レンズ制作の醍醐味は?
Photoshop Camera のレンズは、Photoshop を使ったことのある方なら、すぐに制作を開始することができます。これからレンズを制作してみたいと思っているみなさんに向けて、レンズ制作の醍醐味について聞いてみました。
「いかに自分らしさを、Photoshop Camera のレンズにどう投影できるかというのが、一番の肝だなと思います。おそらくここが一番楽しい部分であり、難しい部分かなと。私の場合は、写真とイラストをどうしたら違和感なく共存させられるか、それが自分らしい作品に仕上げるための一番のテーマだったので、この部分にいちばん時間と労力を使いました。
あとは、単なるフィルターだけだと面白くないので、モーションであったり、何か動きがあるとやっぱり面白い仕上がりになりますよね。Photoshop Camera は、現実世界とまた違った世界に入り込めるという楽しさがあるので、みなさんにはあっと驚くような非現実的な世界を作っていただきたいですね」
写真とイラストの合成、モーションの制作など、これまで経験したことのないクリエイティブにも挑戦した福田さんですが、その意気込みは次回作に向けてさらに高まっているようです。
「今回は自分のイラストを含めて2D だけで作ったのですが、次回は3D とかも取り入れてみたいですね。自分のイラストを3D 化させて、浮かせたり、回転させたりとか、自分がやっていなかった分野に挑戦してみたいというのはすごくあります。まだコンセプト自体はできていないのですが、でも、今回作ったものより更にアップグレードさせたいですね」
アドビでは、Photoshop Cameraの新しいレンズの制作にご協力いただける方を募集しています。Photoshopをご利用のクリエイターの方で、興味のある方はこちらからご応募ください。
※応募いただいた後のコミュニケーション、コミュニティでは英語が必須となります。
福田愛子
イラストレーター/
ブリッジウォーター州立大学芸術学部グラフィックデザイン学科卒業。2014年よりイラストレーターとしての活動を本格化。懐かしさやタイムレスな美への価値観を根底に据えながら、iPad やAR などのテクノロジーをアナログの持つ風合いと融合させることで、既成概念にとらわれない表現を追求している。主な仕事に、雑誌BRUTUS「男の色気」イラスト連載、資生堂マジョリカマジョルカ「MAJOLIPIA」など。現在は東京を拠点に国内外で活動し、2019 年には日本人で初めて「Adobe Creative Residency プログラム」に選出された。
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