思いがけない関係性 セミ・シュルリアルの刺激的なメカニズムを探る #Adobe Stock
Adobe Stock ビジュアルトレンド
2020年のクリエイティブトレンドで紹介しているトピックに共通するもの、それは「新しくも不確かな世の中」です。世界各国の不安定な政治、気候変動もさることながら、COVID-19のパンデミックと、人種差別を排斥しようとする世界情勢により、私たちを取り巻く状況は緊迫しています。私たちはこういった問題により、モノの見方や価値観を根本から問い直す必要に迫られているといえるのではないでしょうか。
世界が大きく変わるとき、私たちは変化に反応し、適応しようとします。しかし変化から逃げ出したくなることもあるでしょう。アーティストやデザイナー、コンテンツクリエイターも同様で、ストレスと希望が交錯する現在へのとまどいは彼らの作品中に表れています。「セミ・シュルリアル」という考え方は、Adobe Stockのビジュアルトレンドとしても一般的な認識においても、いまや3ヶ月前と比べてすっかり様変わりしました。しかしその高い独創性には、思いがけない出来事に対するショックを和らげ、かつ強力なクリエイティビティをもたらす力を秘めています。
セミ・シュルリアルで描く世界観は、現実世界の境界線を広げながらも、その境界線から外れすぎることはありません。**新鮮な色彩表現で写真とイラストを組み合わせ、新しい効果を生み出すことで、現実離れした非現実的作風と写実的なリアリティの両立を実現するのです。**元々は20世紀のシュルレアリスムに端を発しているトレンドですが、同時代的な未来志向のニュアンスが加わり、ファンタジーと現実世界との間をいく意外性の高い組み合わせが特徴です。セミ・シュルリアルの作品ではネオンやパステル、くすんだ色合いが好んで使用され、ここ数年では舞台装置のデザインにもその影響がみられるようになりました。例えばHuluの新しい人気番組『The Bold Type』では、デザインチームがシュールな画像を活用して奇抜な演出を加え、背景のセット全体に美しさを添えています。
セミ・シューリアルはその後、Adobeの2020年度用クリエイティブトレンド調査によってトレンドとして取り上げられることになります。Adobe StockとBehanceの世界中のキュレーターたちが、プラットフォームにアップロードされていたセミ・シューリアル作品の卓越性に目を付けたのです。それに伴い、2019年度後半にはキーワードで検索される回数が急増しました。2020年現在、急速に移り行く世界を生きる私たちにとって、セミ・シュルリアルの重要性はこれまで以上に高まってきているといえるでしょう。
昔と今:セミ・シュルリアルの変遷
セミ・シュルリアルの現代的な作風からは想像しにくいかもしれませんが、その誕生は1917年と意外にも古くから存在します(1920年にアンドレブルトンがシュルレアリスムを「ムーブメント」として公式に創設)。その後1950年代まで拡大を続け、一躍アート界の寵児となりました。セミ・シュルリアルは、夢の中にいるような絵画や文章、実験的な映像作品などによって集合的無意識を表現し、既存の伝統的な価値観、ないしはリアリズムに対する執着を否定しました。政治的、現実逃避的でありながら、物事に対する感受性も高い。歴史上の芸術運動がほとんどそうであったように、セミ・シュルリアルも世界大戦に対しては批判的な態度をとっていました。偶然性、モノとモノとの思いがけない関係性、メタファーの使用。このようなアイデアを駆使し、現実世界の混沌を芸術に昇華していきました。フランスの詩人ロートレアモンの著名な言葉にある通り、それは「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い(のように美しい)」のです。サルバドール・ダリの作品の中では特に『ロブスター・テレフォン』、そして幻覚のような表現で描かれた溶けていく時計の絵画をご覧いただければ、言わんとしていることをご理解いただけるのではないでしょうか。
Adobe Stockでクリエイティブサービス部門を統括しているBrenda Millsは、シュルレアリスムとのスタイル上の類似点を指摘し、新しい技術が浸透してきたことでセミ・シュルリアルの作品が増えていることについても言及しました。「ソフトウェアのツールやクリエイティブアプリの発達によって技術的な敷居が下がり、ハイパーリアリスティックで幻想的な見栄えにすることが簡単になってきました。セミ・シュルリアルを取り入れる作家が増えたのは、そのような事情が背景にあるものとみています」。Brendaはこのように分析しています。
セミ・シュルリアルはグッチの2020年春夏キャンペーンでもトレンドとして取り入れられ、Brendaの指摘を裏付けるような結果となりました。キャンペーンの奇妙で風変わりな写真の中には、グッチの服を身にまとい、ポーズをとったモデルの間をさまよう馬の姿があります。Brendaによると、「グッチには、クリエィティブなトレンドを商品に取り入れようとする傾向が一貫してあります。斬新さ、発想、自由さ、そしてこのキャンペーンの写真と動画全体に見られる風変わりな表現。どれをとっても文句のつけようがありません」。
モダンな解釈
Adobe Stock/Sandy Christ
Adobe Stockでセミ・シュルリアルの作品を展開しているアーティストの作品中には、初期シュールレアリスムの影響を見てとることができます。例えばドイツを拠点に活動しているイラストレーター、Sandy Christ氏の作品は、シュルレアリスムから直接的な影響を受けながらも、現代の社会を反映しています。同氏の作品『Smartphone Popsicle』を例にとるなら、前述のダリの作品『ロブスター・テレフォン』の現代版イラスト作品だといえるかもしれません。Sandyの作品にはダリの作品のように奇妙で思いがけない組み合わせがあり、一見無関係な対象の中にシロップのように甘美な中毒性が潜んでいます。
Adobe Stock/Sandy Christ
別のイラスト作品を見てみましょう。『Illustration of woman shaving leg』ではパステルピンクの脚から生えている森をシェービングしている様子が描かれています。一見不気味ですが、ありふれた要素をちぐはぐに組み合わせる古典的な手法を現代の日常的な光景に落とし込んた、ユーモラスな作品です。
Temi Coker氏は2018~2019年にアドビのクリエイティブレジデントを務めたアーティストです。その作品には、写真とイラストの組み合わせによるセミ・シュルリアルのスタイルが一貫してみられます。ナイジェリア生まれでテキサスを拠点に活動し、写真家およびデジタルアーティストとして活躍。写真やパターン、大胆な色彩を使用した新しい表現方法を編み出しました。ポートレート写真で才能が開花し、エネルギッシュなピンク色の雲の前で被写体が何人かポーズをとっている写真は好評を博しています。Temiの優雅なスタイルは「20 Days of Posters」、「The Mother’s Day Project」など自身のプロジェクトを通じて形成され、エスティローダーをはじめとするトップブランドとの仕事にも発揮されています。
Adobe Stock / Zamurovic.
Ivan Zamurovic氏がセミ・シュルリアルに見出しているのは、ありふれた日常の中に垣間見る非現実的な要素です。どこにでもある素材を、新鮮で生き生きとしたビジュアルに変えてしまうのが氏の特徴です。トロピカルな色彩の木の葉に青のインクが飛び散りピンク色の背景が広がった作品、装飾の少ないシンプルなペイントブラシからチューリップが出てきている作品、光がサイケデリックに装飾され木の葉が不思議な変容をみせている作品など、枚挙にいとまがありません。
見慣れたものを新しい視点から見ること、それがIvanの作品に共通する普遍的なテーマです。現実と異なる次元のリアリティを見ることによって、人はCOVID-19のような危機的事態の中にあっても一種のやすらぎを感じることができるのではないでしょうか。「何かいいアイデアがないか常に考えていると、新しいアイデアが浮かんできます」とIvanは語ります。「厳しい現実の中で暮らしていると様々な思いが頭をよぎるものです。新しいアイデアを考え、そこから何かを作り出すという行為自体が、私たちの苦しみを忘れさせてくれるのかもしれません」。
Ivanの作品にはミニマリスト的な表現が色濃く見受けられますが、最終的な形に落ち着くまでに、制作には数多くのプロセスを費やしています。最初にアイデアをブレインストーミングすると、Ivanとチームのメンバーは必要な素材を現実世界で収集しに出かけます。近隣から木の葉や花、木の枝を採集したり、撮影テーマによっては小道具を購入することもあるようです。また光の処理も欠かせません。Ivanは奇抜で非日常的な効果を演出するためジェルやホイルを使用したり、柔らかい質感の影を得るため隣接した壁の反射を利用したりしています。その後、画像をAdobe Lightroomに読み込み、カスタムメイドのプリセットを適用して気になるところを微調整。さらに手を加えたいときは「ゆがみ」ツールを使用して、対象にシュールレアリスティックなニュアンスを追加します。
セミ・シュルリアルが対象とするのは写真とイラストだけではありません。Polar Vectorsという活動名義でも知られるDiana Hlevnjak氏は、スモールビジネス向けにデザインのテンプレートを作成しており、トレンドの先端を走っています。セミ・シュルリアルの影響は氏の作品に表れていますが、ゼロから作品をつくるためのアイデアとして使用されているわけではありません。Dianaが手掛けた既製のテンプレートは宇宙や未来主義のテイストが随所に感じられるデザインで、クライアントが自身でパターンとテクスチャー、形を組み合わせ、自社のブランディング、パッケージング、宣伝に使用できる仕組みになっています。
『Mid Century Retro Party Flyer』をはじめ、Dianaのデザインにはスタイリッシュでレトロな惑星や宇宙船のイラストがはっきりと描かれている特徴的な作品があります。さらに、宗教的で幾何学的な形の対象物に穏やかな色彩のパステルを巧みに組み合わせた、未来風の作品もあります。「夢の中にいるようなビジュアル、幾何学的な形、思いがけない効果、私にとって実験的な試みをすることは自然なことなので、セミ・シュルリアルがデザイン業界で人気を博しているのは嬉しいですね」。Dianaはこう語っています。直近ではAdobe Stockの無料テンプレートセットのデザインを手がけ、鮮やかなグラデーションにダイナミックなリキッドアブストラクトが映えるポスターセット、円形の背景に十二宮図をシンボルとして配置した宇宙テイストあふれるロゴを制作。どちらの作品にも豊かな色彩表現が特徴で、3D効果も加わり生き生きとした幻想的なビジュアルに仕上がっています。
ビジュアルの組み合わせ
現在では、他者との新しいつながり方を模索している人も少なくないのではないでしょうか。自分の体験、モノの見方、行動様式を共有したいと思う人もいるでしょう。セミ・シュルリアルはそのような時代にマッチする注目のトレンドです。陰鬱でありながらも、ときに寓話的で、ダークな世界観を持っています。荒涼とした画像も、ポップな明るさ、ドリッピング、非現実的な色彩と対比して見せることで、見る者を画面に引き込む力があります。セミ・シュルリアルの作品は多くの場合、他者との会話やつながりを促します。それは今も、いつでも、私たちに必要なことなのです。
アドビのコレクションをご覧いただき、セミ・シュルリアルの世界をさらにお楽しみください。
この記事は2020年3月26日にJonathan Feinsteinにより作成&公開されたUnexpected Relationshipsの抄訳です。