新しい書体の作り方:プロのデザイナー2人が書体の制作プロセスを紹介 #AdobeStock

タイポグラフィの開発およびデザインにおいては、「なぜこのタイポグラフィを作りたいのか」という作り手の制作動機が重要なのはいうまでもありませんが、「どのような技術が活用できるのか」という技術的な観点も同じく重要です。例えば、セリフ体という書体は、石に刻まれた文字の端を滑らかに処理するために用いられたローマン体から発展しました。また、現代の文字は凸版印刷の時代に確立された書体を継承していますが、æ、œ、fiなど文字同士が接した形で記される文字は、金属の型にはめやすくするために作られたという(技術的な)事情により作成されています。さらに、出っ張った角や蝶番を意味するフランス語に由来する単語「カーニング」は、元々は金属の活字の張り出した部分を物理的にどう組み合わせるかによって定義されていました。

現在では、書体デザイナーおよび文字を表現に使用するアーティストはあらゆる技術を活用しています。3Dからモーショングラフィックス、デジタルイラストに至るまで、文字による表現の可能性は大きく広がりました。最近Adobe Stockでは、36 Days of Typeとパートナーシップを結び、タイポグラフィの多様性と豊かさを広める取り組みをおこなっています。今回は書体作りの仕組みを理解し、制作に用いられている技術をわかりやすく説明するため、イラストレーターのMiriam Martinic氏と3DデザイナーのErin Kim氏に制作プロセスの詳しい手順を説明していただきました。

Miriam Martinic

Miriam Martinic – コロンバス芸術大学で美術学士号、オハイオ大学で彫刻の美術修士号を取得。ギャラリーアーティスト、水泳コーチ、教師、およびグラフィックデザイナーを経て、現在はアイオワ州立大学でグラフィックデザイン指導教授を務める。

ステップ1:想像力を刺激する

心を動かすものに直に触れ、発想を豊かにしましょう。

私の場合、イラストレーターやデザイナー、レタリングアーティストなど、たくさんの優れた作家から毎日刺激を受けています。ですが、創作意欲をかきたてるのは自身の身体感覚と感情、つまり直接的な体験であり、それに勝るものはありません。フィギュラティブアートの創作活動を続ける大きな理由は、私自身身体を動かすのが好きだからです。若い頃は競泳や体操をやっていましたし、今は太極拳とタンゴをやっています。

イメージ提供:Adobe Stock/MiriamDraws

この「Alphabet of Sleep」という作品は、兄と寝相について話しているときにひらめいたアイデアで、兄が「K」の字で寝ていると言ったことがきっかけになっています。「K」に始まり、ほかのアルファベットも描いていくうち、2人で1文字を表すアルファベットも出来上がりました。個人的に性的指向を表現をする場合はインクルーシブであることを重視しているため、文字として描いたものはおおむね友人関係にもとづいています。

ステップ2:スケッチする

アイデアがひらめいたらすぐにスケッチ。スケッチは保存して、あとでデジタルで描くときに参照できるようにしておきましょう。

私は何か描く前に必ずスケッするようにしています。必ずしも上手なスケッチばかりではありませんが、あとで描くのを忘れないようメモ代わりに絵を描いているだけなので、それでいいのです。このアルファベットシリーズの最後の文字は、6Hの鉛筆で薄く描いてから、製図ペンで塗りました。

イメージ提供:Miriam Martinic

スケッチは、漠然としたアイデアをとりあえず具体的な形に落とし込んでみるのに適しています。頭の中のアイデアがどれほどリアルで具体的に感じられたとしても、アイデア自体は実体がなく概念的なものです。スケッチしてみるまではアイデアに足りないものを見極めることなどできません。また、スケッチは計画を立てる手段でもあります。スケッチせずに描くのは、設計図なしでデッキを組み立てるようなものだといえるでしょう。行き当たりばったりでホームセンターに行って、セメントと型枠、材木、留め具を買っても、うまくいくわけありませんよね。

ステップ3:デジタル化する

スキャンのプロセスと編集のプロセスに定石はありません。常に目の前のものに注意を払い、各手順で可能な限り微調整を加えましょう。

次に説明するのはスキャンと画像編集です。私の場合、作業効率を高めるために一括処理をしていますが、すべてを自動化することはできません。例えば、この作品は湿度の変化が激しい夏に制作したため、紙面に大きなばらつきが出てしまいました。湿度が高い日に描いた線は太くなってしまったのです。

そこで、すべてをスキャンしてからPhotoshopで画像を編集し、字形の線の太さを揃えるためにレベルやカーブを個別に調整しました。

ステップ4:描き直す

デジタルで描けば、インスピレーションを逃さず、どこにいてもアイデアを自由に試すことができます。

個人的にスキャンと編集はあまり好きではなかったので、デジタルに移行する一因となりました。制作はほとんどiPadで、Procreateを使って描いています。デジタルで作業することで創作に割ける時間が増え、それと同時に外出する余裕も格段に増えました。以前は休暇や旅行に山ほど持って行った画材も、今はiPadだけで事足ります。

何度もスケッチして、納得のいくまで手直しします。そして最終版のスケッチの不透明度を下げ、別のレイヤーで仕上げの描画を作成します。

イメージ提供:Adobe Stock/MiriamDraws

ステップ5:作品の完成度を高める

いったん「完成」した後も、できる限り作品に手を加えましょう。作品のスケールを変化させたり、思いがけない方法で作品を向上させたりする機会は常にあります。

同じテーマに繰り返し取り組むこともよくあります。最近では、姪や甥にバースデーカードを送るときに、「Alphabet of Sleep」の文字で言葉を綴ることを始めました。原作は描画の繊細な線が魅力なのですが、拡大したときの見え方が気になっていたので、「Alphabet of Sleep」の文字を自分で描き直すことにしたのです。人種に多様性を加え、「e」のキャラクターを変えて、拡大したときのことを考えて線を補強しました。

ステップ6:ものの見方を柔軟に

あまり語られることはありませんが、制作プロセスにおいてクリエイターを陰から支えている人々がいることを忘れてはいけません。彼らの存在はとても重要です。大学時代、エイズの流行によって多くのアーティストが亡くなってしまいました。「芸術のない暮らし」について学んだ当時の私は、アーティストやアート作品のない世界を想像をめぐらせたものです。数年後、その想像は「芸術を支える人々がいなかったら、世界はどうなるのだろう」という疑問へとつながりました。両親、先生、パートナー、姉、アーティスト仲間、友達、ファンの方々には、言葉では言い尽くせないほど感謝しています。支えてくれる人がいなかったら、今の自分はなかったでしょう。

Erin Kim

Adobe Dimensionのシニアプロダクトデザイナー。日中はユーザーエクスペリエンスを設計し、夜には自身がそのユーザーとなって、Adobe Dimensionで創造性を発揮する。グラフィックデザイナーの3Dへの移行を促進するための記事やチュートリアルの著者でもある。

ステップ1:シーンを設定する

身の周りにあるストーリーを探しましょう。

私の場合、新しい作品を作り始めるきっかけになるのは、特定のシーンを想起させるようなインスピレーションが浮かんだときがほとんどです。大きなストーリーに発展しそうなイメージがあり、そこに固有の雰囲気や質感、特徴があると創作意欲が湧いてきます。36 Days of Typeの場合は、ブレインストーミングの一環としてアルファベットそれぞれの文字で始まる単語を思い浮かべ、その単語が自分にとってどのような意味があるのかについて考えました。このエクササイズは、対象のヒーローオブジェクト(この場合は文字)でどんなストーリーを語りたいのか、どんな設定や環境を使用したいのかを考えるのに役に立ったと思います。

イメージ提供:langmunt

例えば、この作品は新型コロナウイルス感染症の世界的流行が始まったときにデザインしたものです。数字の「0」は、ソーシャルディスタンスによって自分の周りに誰もいなくなったことを連想させます。そこからこのキャラクターを砂漠に置くことで、寂しさや悲しさを伝えることを思いつきました。

イメージ提供:langmunt

3Dデザインの制作に欠かせないマテリアルからインスピレーションを受けることもあります。ペーパーアートで大好きな作品があるのですが、その影響でペーパーアートを模倣したシリーズ を作り始めました。最近では子どものおもちゃにハマっており、このシリーズではその影響が見てとれるかもしれませんね。

ステップ2:見通しを立てる

3Dモデリングを構成するたくさんの要素を、ひとつの物語や雰囲気にまとめる方法を見つけましょう。

3Dシーンの制作は、あらかじめ計画を立てて臨みましょう。モデル、マテリアル、照明、構図、カメラなど、デザインしなければならない要素が数多くあります。私は、まずムードボードを集めてからシーンを計画します。作品の雰囲気に合わせて音楽をかけ(普段は楽しくて明るい音楽が多い)、アパートの大きな窓からたっぷり入る日差しを浴びながら作業するのが好きです。

私の場合は、スケッチせず最初から3Dソフトウェアで作業を始めます。モデリングのプロセスは彫刻を作るのに似ているかもしれません。まず大まかなシェイプ/を決め、それからディテールを作り込んでいきます。

ステップ3:モデルにマテリアルを適用する

シンプルな形をベースにして制作を開始し、専用のプログラムを使用して必要な要素を追加していきます。

例えばこのAdobe Stockシリーズのように、ストックモデルを利用して制作を始めることもあります。シンプルでよくできた形なので、ベースとして使うのに適していますね。次にBlenderまたはCinema 4Dを使用してモデリングし、こちらこちらのような作品に仕上げます。

イメージ提供:langmunt

モデルのシェイプを納得のいくまでカスタマイズしたら、.objフォーマットか.fbxフォーマットで書き出し、Adobe DimensionやSubstance Painterに読み込んで作業できるようにします。マテリアルを使用して写実的に表現したい場合やシンプルなマテリアルを使用する場合は、Adobe Dimensionに直接読み込みましょう。Adobe Dimensionは非常に使い勝手がよいアプリで、グラフィックファイルをPhotoshopやIllustratorからAdobe Dimensionに簡単に読み込むことができます。マテリアルに色を付けたり、摩耗や損傷を加えてマテリアルをよりリアルに見せたりする場合は、モデルをSubstance Painterに読み込みます。

Substance Painterでマテリアルを加工したら、そのマテリアルを含むモデルをAdobe Dimensionに戻して、シーンの照明と環境を設定します。3Dでデザインするうえで最大のメリットはここにあります。素材の扱いも同様ですが、2Dではこのような操作はできません。ただ、私の場合ストーリーを表現する際はモデルやマテリアルをメインで使用しており、照明やカメラアングルはあまり多用しないので、もっと活用できるようになりたいものです。納得いくシーンができたら.psdファイルとしてシーンをレンダリングし、Photoshopに読み込んでポストプロセスをおこないます。

ステップ4:2Dで仕上げる

シーンをレンダリングしたら、2Dで最終的な調整をします。

Photoshopで最終レンダリングを開き、ポストプロセスをおこないます。色調やコントラストの調整など、3DでおこなうよりもPhotoshopを使って2Dで修正する方が簡単な処理があるためです。Photoshopは私がクリエイターとして初めて習得したアドビソフトウェアなので、Photoshopを使用した作業には慣れています。デザインはほとんど3Dでおこないましたが、仕上げは2Dでおこなう方が作業しやすく、簡単です。

最終工程で最も難しいのは、どこで終わりにするかを見極めることでしょう。私はいつも作品の不備を見つけては後悔する方なので、なかなか制作を終えることができず、もっといいものにしようとずるずる続けてしまうのですが。作業を継続しよう思うと、レオナルド・ダ・ヴィンチの「芸術に決して完成ということはない。途中で見切りをつけたものがあるだけだ」という言葉をつい思い出してしまいます。その一方で、「ひとつ旅を終えなくては、新しい旅を始めてよりより作品は作れない」と自分に言い聞かせているのです。

おわりに

現代では、コンピューターの画面上で長時間文字を読む機会がますます増えています。そのため洗練され遊び心のある書体を見て、「楽しい」とか「きれいだ」と感じる経験がこれまで以上に必要になっていくでしょう。上の2つのデモをみていただければわかると思いますが、ペンと紙でスケッチするにしてもデジタルツールでシーンを作成するにしても、文字は工夫次第で面白く見せることができます。先日開催された36 Days of Typeのイベントではアドビの3D文字コレクション紹介されました。ぜひこちらをご覧のうえ、文字に使った表現に取り組んでいるアーティストのコミュニティから創造のヒントを得ましょう。

この記事は2020年9月25日にMalcolm Thorndike Nicholsonにより作成&公開されたHow to create new typefaces: Two design pros share their processの抄訳です。

ヘッダー写真:Miriam Martinic