Trend & Illustrations #5/高橋 潤が描く「Express Yourself」 #AdobeStock

[連載]

Adobe Stock ビジュアルトレンド

Adobeが予測する2020年のビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画。第5回目のテーマは「Express Yourself」。「スクエアモダン」「コミックイラストレーション」という2つのスタイルを用いて、国内外で活躍する高橋 潤さんにお話を伺います。

プロフィール – 高橋 潤 / JUN TAKAHASHI

北海道生まれ。東京都在住。キャラクターコンテンツ制作会社を経て、2014年からフリーランスのイラストレーターとして活動。色面構成シリーズ「スクエアモダン」のほか、コミックイラストレーションでの制作も国内外から受けている。主なクライアントに、朝日新聞出版、ABEJA、Esquire UK、EDIFICE et IENA、NHK出版、講談社、SUNTORY、JAL、シュアラスター、TOYOTA、日経BP、NISSAN、日本ユニシス、早川書房、BUSINESS INSIDER JAPAN、文藝春秋、マガジンハウス、MONOCLE、YOSHIMI TOKYOなど。主な受賞歴に、第14回TIS公募入選+わたしの一枚(影山 徹氏選)、HBファイルコンペvol.27 永井裕明氏 特別賞受賞。2019年2月、ギャラリールモンドにて個展「SQUARE MODERN」開催。東京イラストレーターズ・ソサエティ会員。

http://juntakahashi.jp/

https://www.tis-home.com/jun-takahashi/

時代の空気に飲みこまれず

Q:「Express Yourself」というテーマを選んだ理由を教えてください。

いくつかご提案いただいたテーマのなかで一番イメージが湧いたものを選んだ、というシンプルな理由です。SNS上にいる人たちの感情や行動、態度を、プールの飛びこみ台のシーンに置きかえて描きました。SNSも飛びこみ台も自己表現の場という風に捉えて、そこにおじさんたちが集まっています。

Q:いろんなおじさんがいますが、ご自身はSNSに対してどのおじさんに近いスタンスですか?

ボーダーシャツのおじさんか、右下のおじさんかな……。ボーダーシャツの人は関心はあるんだけど、あまり積極的ではない。右下の人は服さえ脱がず、参加もあまりしない。自分はこうあるべきだ、という自己呪縛に陥っていて素直に楽しめていない様子です。でももしかしたら、この右下の人が一番関心があるのかもしれないですね。描いていて、そう感じました。

Q:高橋さんは、SNSを楽しめていない実感はありますか?

いや……、楽しいですけどね(笑)。一番理想的なスタンスは、飛びこんでいるおじさんですかね。彼は太っちょでカッコわるい。泳ぐのも下手。このコロナ禍で少し太りましたし、僕は全部あてはまるけど、おじさんみたいにはなかなか出来ないな。自分をさらけだして、活きいきと人生を楽しんでる。このおじさんがもっとも魅力的で、一番描きたかったんです。この人物だけの絵を描いてもよかったんですけど、相対的に人物たちを見せることで伝えたいことが伝わると思い、こうした絵に仕上げました。

Q:「Express Yourself」には、ネガティブな側面も見せて等身大の自分を示すことでコミュニケーションがしやすくなる、といった内容が含まれています。SNS上では敬遠されることもある政治や社会の問題に関して発言することはありますか?

僕自身が意見を発信することは少ないですが、政治のトピックについてはよく読んでいます。政治にかぎらず、社会動向に興味があります。

Q:コロナ禍において周りに配慮したり、ほかの人の目を気にして行動することがより求められているように思います。

この時代にかぎらず、日本独特の不文律といったものにはとても興味があります。まとまった考えを簡潔に伝えるのは難しいことですが、「空気を読む」ということに対しては前から違和感を感じてきました。“流行”と呼ばれるものも、空気を読むことに通ずるところがあるのではないでしょうか。ファッションにしてもイラストレーションにしても、時代の空気に影響を受けて移ろいやすい世界。個人としては、そういったものを超越した作品づくりをしていきたいです。まぁ、そうはいっても使われてナンボの世界ですから、現実的な事情とも向き合わないといけませんけどね。


「FUSSA PAPER」Vol.15(福生市商工会) / 2019年/小冊子カバー


『The Big Watch Book』Issue 3(ハースト・マガジンズ) / Andrew Harrison 作「My first time」 / 2017年/挿絵

丸っこい線のルーツ

Q:イラストレーターとして独立されるまでの経歴を教えてください。

高校のとき、美術大学の予備校に通ってデッサンを学びました。その後は美大へは行けず専門学校へ通いましたが、デザイン科でしたし、絵に関してはほとんど独学ですね。あとは、父親の仕事が広告デザインで絵も描いていて、その影響が大きいですね。地元の北海道でフリーランスのイラストレーターだった時代もあります。その後、デザイン会社で15年間イラストレーターとして働きました。そして会社を辞めて、2015年に独立しました。

Q:ホームページを拝見すると「コミックイラストレーション」と「スクエアモダン」という2つのシリーズに作品がまとめられています。どちらも漫画からの影響が伺えます。

子どものころから、漫画の手法を使ったイラストレーションをよく描いていました。記憶にあるかぎりだと……、4歳くらいのときに近所の子どもの似顔絵を描いたりしていたかな。気づいたら人物画ばかり。

漫画全般が好きというより、漫画家の手塚治虫さんが好き。小学校3年生のときに初めて読んだ漫画が『どろろ』で、「この人はすごい……!」と衝撃でしたね。主人公が魔物に奪われた身体の48ヵ所を取り戻す、というストーリーも強烈でしたけど、丸っこい線に魅了されました。妖怪やら死霊やらが出てきて恐ろしいのに、絵がかわいいから緩和されています。

中学生になってようやく、手塚さんはディズニーの影響を受けていることが分かりました。そしたら今度は「ディズニーがすごい……!」って、好きになって。僕が子どものころは手塚さんが好きな人は周りに少なくて、「なんでそんな古い漫画家が好きなの?」ってよく言われましたね。『どろろ』なんてクラシックな作品が好きな子どももめずらしかったのか、そのまま「どろろ」ってあだ名で呼ぶ人もいたくらいです。

Q:社会性のある堅いテーマを高橋さんが描くときも、丸みを帯びた「コミックイラストレーション」ですと堅さが緩和されていますね。

僕の意識の底に、手塚さんのそういったバランス感の影響があると思います。漫画を経由しなければ「コミックイラストレーション」はもちろん、「スクエアモダン」も描けていなかったでしょうね。


「熱波」2018年


『Tarzan』No.747(マガジンハウス) / 「男と女のハンサムSEX」特集 / 2018年/カバー

続けた先にあった発見

Q:「スクエアモダン」というシリーズが生まれた経緯を教えてください。

2015年にフリーランスになって、初めはコミックイラストレーション1本でやっていこうと思っていましたが、ちょうどその頃、漫画的な線画を描く人が増えてきたんです。皆うまいから違うこともしなければ、と思って四角い絵に辿りつきました。スクエアモダンは多角形による面構成のイラストレーション。四角いから「スクエア」で、「モダン」な雰囲気ということでシリーズ名はすんなり決まりました。ネーミングとか、定義されていないものを言葉で定義するのが好きなんですよね。自分でタイトルを付けるとモチベーションが高まって、勝手に1人でその気になっちゃうんです。

Q:具体的には、どのようにしてその表現方法を思いつきましたか?

まだ会社員だった2000年ごろ、Illustratorのベジェ曲線(ポイントをつないで図形や線を描く機能)で線画ばっかり描いていました。たとえば、旅客機のセーフティーボード(安全のしおり)に出てくるようなイラストの仕事とか。ベジェ曲線でアンカーポイントからハンドルを出して、次の点をクリックしてまたハンドルを出して、という操作を続けて曲線を描いていくんですけど、これがなかなか大変で。たとえばA点とC点を結ぶ線を描くときに、途中のB点を経由せず、ハンドルを出さなくても結べるんじゃないかと思ってやってみたら出来たんです。「これで描けるんだー!」と発見出来たことがうれしくて、その方法で描いた絵のポストカードを作ったりして。

でも、その絵を使う場面もほとんどなく、15年間封印することになりました。そして独立したときに、コミックイラストレーション以外で何が描けるかと考えて、当時の発見を思い出したんです。2015年にテストで制作した処女作は、ホームページにも掲載している「Triathlon」という作品です。実はそれが時を経て今年、メキシコのウマニタス大学が発行する雑誌に挿絵として使われました。

カクカクとした絵が頭に浮かんでいたわけではなく、結果的にそうなったとしか言いようがありません。偶然の思いつき、というやつです。絵にかぎらず、世のなかには続けていることで時折生まれる大きな変化があるように思います。ただし、長く続けていなければそれは起こらない。続けていたから発見出来たのだと思います。


『Capitel Magazine』No.21(ウマニタス大学) / 2020年/挿絵原画

海外との接点について

Q:影響を受けた作家はいますか?

手塚治虫さん以外では、ほかの絵描きの方の影響は受けてこなかったかもしれません。絵も好きですけど、写真が好きです。詳しくはありませんが、アメリカで1960年代から1970年代にかけて登場した「ニューカラー」世代の写真家が好きで、意識的に彼らが表現した美しい色合いは絵に活かしています。ディズニーとそうした写真家の影響が大きいです。ギンギンに新しいものより、ノスタルジックなイメージが好みなんでしょうね。

Q:お仕事で描いた作品のなかで、印象深い作品はありますか?

2017年に描いた、イギリスの雑誌『MONOCLE』のカバーイラストの仕事。ビジネスとライフスタイルの情報を取り扱うグローバルな雑誌です。初の海外仕事で、大きく踏み出せた感覚がありました。定期的に発注してくれるクライアントはそこまで多くはありませんが、今でもよくご依頼があります。

編集長のタイラー・ブリュレさんがよく来日していて、僕が担当した男性向け健康雑誌『Tarzan』(マガジンハウス)の表紙絵を見てくれたことが依頼のきっかけだそうです。本文のなかで警備犬にまつわる記事があって、「その犬の顔を描いてください」というシンプルな内容でした。Behanceなどネットにアップしていた絵を見て、とかではなく、アナログな経緯でしたね。カバーデザインをリニューアルするタイミングで表紙に選ばれたこともうれしかったです。英語でのやり取りは決してスムーズだったとは言えませんが、翻訳ソフトなどを駆使しして何とか対応出来たので、それ以降も海外の仕事に取り組む自信にはなりました。


『MONOCLE』ISSUE 101 / 2017年/カバー

ただそこに美しく在ること

Q:Adobe Stockで今後取り組みたいテーマはありますか?

今回の企画でスタッフの方に提案いただいた候補のなかでは「All Ages Welcome」ですね。テーマとして興味があったものの、絵に落としこめなかったので選びませんでした。今回の飛びこみ台の作品で描いた人物は全員おじさんですよね。活きいきしているのは、若者だけではないということです。選びはしませんでしたが、興味を持ったテーマに影響を受けたのかもしれません。

Q:今後の目標について教えてください。

大目標ではありますが、パークハイアット東京の最上階(52階、地上200メートル以上)にあるメインダイニング「ニューヨークグリル」に絵が飾られたら最高ですね。大きな絵画(イタリアのアーティスト、ヴァレリオ・アダミ氏によるニューヨークをモチーフにした5メートル四方の作品)が飾られているのを知っていますか? あの域に到達したいという意識はありますね。先に話したように、続けることで発見があるし、辿りつくところがあるのではないでしょうか。

Q:制作するうえで、大切にしていることはありますか?

自分が夢中になれることを、信じてやっていくこと。それに尽きるんじゃないでしょうか。フリーランスになってからの5年間で分かったことです。こういう風に描けばウケるんじゃないかとか、こういう風に見られたいとか、そのやり方で続けていくのはむずかしい。「花は咲いているだけで美しい」というじゃないですか。別に誰かに見られようとしているわけでもなく、ただただ咲いている。その状態が美しいというか、尊敬されるというか……、それ以外ないと思いますね。作為的に描くというより、自分に忠実であれ、ということです。

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