Adobe Stockの2021年デザイントレンド:混迷の世を反映して変わる「美」の価値観 #AdobeStock
Adobe Stock ビジュアルトレンド
2021年のスタートにあたって、感性を刺激するカラフルでクリエイティブなデザインをいろいろご紹介できるのは本当に喜ばしいことです。
先日の2021年ビジュアルトレンドの発表に続き、このブログ記事では、第2回を迎えたAdobe Stock デザイントレンドについてご紹介します。
Adobe Stockはクリエイティブ素材のマーケットプレイスであり、創造力を刺激するアイデアの宝庫です。アーティストの皆様が、写真、イラスト、ベクター、デザインテンプレート、モーショングラフィックテンプレート、3Dアートワーク作品を世界へ発信・販売する場です。そしてアドビにとっては、デザインの人気動向を知り、新しい息吹をいち早く感じ取り、これからのビジュアルを担う方々の活動をしっかりと見守る機会でもあります。
私たちは、Adobe Stockで発信される作品やBehance、Pinterest、Instagramなどの情報源を徹底的に分析し、調査活動に多大な時間を費やしてトレンドを研究しています。デザインやイラストを選定するアドビのキュレーター陣は、新たに発展しつつある技巧、色彩、雰囲気、主題の動向調査や、デザインテンプレート提供者コミュニティで活躍するトップアーティストの作品分析、また、あらゆる素材タイプのダウンロード・検索ランキング上位に関する内部データの検討を通して、次のトレンドとなるモチーフやテーマを見極めます。
デザインには世の人々が現在直面している課題が反映されます。2020年は、世界のほとんどの人々の前に_様々な困難_が立ちはだかった1年でした。Adobe Stockでベクター部門とイラスト部門の責任者を務めるShea Molloyは、デザイントレンドを考えるにあたり「この年のいろいろな出来事と切り離して考えることはほぼ不可能でした」と語っています。COVID-19ウイルスが蔓延したことや、それに起因して仕事に、家庭生活に、政治に、あらゆる人と人のつながりに様々な問題が降りかかったことが、トレンドに多大な影響を及ぼしていたのです。
私たちのリサーチや考察から浮かび上がった2021年トレンドと予想される4つのテーマは、いずれも強いインパクトあるものばかりでした。これは、2020年を特異な状況下で過ごしながら抱いた多くの人たちの気持ちと密接に関係していると考えています。
では、2021年Adobe Stockデザイントレンドを詳しく見ていきましょう。
クレジット:(左)Adobe Stock/ola-la、(右)Adobe Stock/artjafara
1. Austere Romanticism – 深みをたたえたロマンチシズム
このトレンドは、「コテージコア(Cottagecore)」、「ダークアカデミア(Dark Academia)」、「ネイチャーコア(Naturecore)」といった最近人気のスタイルだけではなく、アンティークなテイストや自然を理想化させたものや、美しく昇華させたものを含むトレンドです。この特徴は、ノスタルジーを感じさせる精緻な表現が独特な上品さを醸し出し、そこにDIYの精神が垣間見える点です。たとえば、丹精な庭づくりに精を出す人々、自家製のパンを焼く人々、家庭をとりまく環境で様々なものづくりに勤しむ人々などがその代表といえるでしょう。美学的には都会的でも現代的でもなく、時代を逆行するビジュアル、伝統的な字体、花、田園、農村に関する要素が使用されています。
ただし、厳密に「田舎風」と呼べるような美学でもありません。田舎、農園、森の小屋での生活を教養人の視点から理想化し、いわば「バラ色」の世界として捉えた、むしろ実際の田舎とはかけ離れているものです。簡素で美しい農村への憧れに訴えかける「時代劇」的なデザイントレンドといえるでしょう。そこにいるのは、年代物のレースを身にまとい、くつろぎながら人生の不思議に思いをめぐらす高学歴の知識人であり、周囲には明るく照らし出された皮革装の重たい書物がうず高く積み上がっているに違いありません。舞台セットは、インスタ映えする書斎か、草木が生い茂る温室といったところでしょうか。
この夢想的で幻想的なイメージの舞台裏には「身に迫る危険を遠ざけたい、現代生活につきまとう情報やニュースの激流から距離を置きたい、現実とは違うシンプルな時空へ逃げ込みたい」という強烈な集合的欲求があります。COVID-19の猛威に蹂躙される社会を見ているうち、人は「都会でひしめき合う生活は望ましくないものだ、危ないものだ」という思いをしだいに強く抱くようになりました。この感覚は、いろいろな意味で2021年ビジュアルトレンドの1つである「Breath of Fresh Air – 新鮮な空気を胸いっぱいに」に近いものでしょう。このトレンドをさらに展開させ、「自然は健康的な場所だ、自由やひらめきの源泉だ」という自然観に至った境地を表す言葉です。
クレジット:(左)Adobe Stock/vynetta、(右)Adobe Stock/Garfieldbigberm
2. Vintage Vaporwave – ヴィンテージ・ヴェイパーウェイヴ
2020年を飾ったデザイントレンド「モダンゴシック」やモーショントレンド「ネオン光彩」直系の後継トレンドである「ビンテージ・ヴェイパーウェイヴ(Vintage Vaporwave)」は、インターネット黎明期の香りがあふれるビジュアル言語と1990年代風の美的センスを使って新境地を追求するものです。
このトレンドの特徴は、あらゆる場所をスピーディに結びつけるソーシャルメディアの特性や、今は当たり前になった新しいテクノロジー(SNS投稿に貼るスタンプやステッカー、SNS掲載ストーリーのレイアウトを簡単に作れる連携アプリなど)が多用されている点です。また、現実を画面に取り込み、そこにステッカーのカラフルでマンガ的なグラフィック要素を重ね貼りする感覚は、AR(拡張現実)の延長線上にあるとも考えられます。
カラーパレットを見ると、このトレンドと従来のトレンドとのビジュアルの違いがよくわかります。「ソフトさがやや増してY2K感が強まり、サイバーパンク感は弱まりました」と、陽気なパステルカラーと中間調の組み合わせが多用される点を指摘しながらMolloyは語っています。
ヴィンテージ・ヴェイパーウェイヴはユーモアに満ちており、皮肉っぽさや遊び心のあるグラフィックに、旧式のテクノロジーとオフラインのアナログ要素がミックスされ、オールドスクールへのオマージュを感じさせます。紙を切り抜いた図形とピクセルアートの組み合わせや、縁取りが太く陰影が濃いデジタルステッカーを思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。このトレンドがメジャーな表現の仲間入りを果たすほど広まった背景には、少なからずゲーム(とりわけモバイル用ゲーム)の影響がありました。その代表例が、爆発的にヒットしたゲーム『Among Us』です。同作には、小気味よい古風なグラフィックと音楽、ひと癖あるユーモア、そしてフェイクなハイテク感という、優れたヴィンテージ・ヴェイパーウェイヴ系作品の必須要素といえる特徴が備わっています。
クレジット:(左)Adobe Stock/vladchemera、(右)Adobe Stock/Wavebreak Media
3. Psych Out – サイク・アウト
派手でファンキーで現実逃避的な「サイク・アウト(Psych Out)」は、ミニマリズムから新しい方向に発展したデザイントレンドです。
「2020年のセミ・シュルリアルと関係が深いデザイントレンドです。ただし、セミ・シュルリアルから受け継いだ豊かな未来感、楽しさ、遊び心がある一方、サイク・アウトには、ぐっと_重々しく_不気味で陰鬱な雰囲気もあります」とMolloyは語っています。
サイク・アウトには1970年代のサイケデリックやアールヌーボーの影響が色濃く見られますが、単なる懐古趣味ではなく、新旧の要素をあわせ持ち、見る者に陶酔感を与えます。
「このデザイントレンドが生まれたきっかけの一端は、サイケデリックとダークアメリカーナという2つの音楽ジャンルに再評価の波が来たことにあると思います。いろいろなバンドが、古いサウンドに新しい解釈を加え、これらのスタイルを発展させています」とMolloyは言います。例えば近年、King Gizzard & the Lizard Wizardという変わった名前のバンドが、ジャズ、ハードロック、サイケデリア、民俗音楽を融合させたサウンドで大人気を博しました。彼らの楽曲には(多くのサイケアウト・デザインと同じように)1970年代文化に強く影響された要素と、サイボーグ、自動化、気候変動のような現代社会のトピックを取り入れた歌詞が含まれています。また、バズったTikTok動画がきっかけでFleetwood Macが俄然注目のポップカルチャーになったりと、70年代文化がZ世代を強く惹きつける現象も起きています。
話をビジュアルデザインに戻しましょう。気候変動に関してMolloyが指摘するところによれば、サイク・アウトは気候変動やサステナビリティを取り上げた作品を数多く生み出しており、プロダクトデザインの領域にも入り込んでいます。「多数のデザイナーや小規模企業が、例えば地元の原料で造ったワインであるとか、天然素材フレーバーを使ったカンナビジオール入り飲料など、環境に対するやさしさの追求を前面に出した大胆で個性的なデザインの新製品を世に出しています」とMolloyは説明しています。
イラストでは、浮遊するもの、空を飛ぶもの、幻想世界や別世界を彷徨うものなど、Molloyが絶賛するサイク・アウト作品が数多く世に出ています。COVID-19の影響で何ヶ月もの間引きこもり生活を余儀なくされる現状において、サイク・アウトのデザインで描き出されるカラフルで表現豊かな幻想旅行は「手が届かない憧れの別世界」の意味合いさえ感じさせます。
概して、このスタイルは、人々を啓蒙する目的や重んじる価値を伝えるために採用されています。そのような作品において、エネルギッシュな色彩、郷愁を誘う重々しい要素、曲線的なシルエット、装飾的で泥臭いフォントは、見る人の目を引き心を捉えて離さない効果を生むのです。
クレジット:(左)Adobe Stock/x10、(右)Adobe Stock/Norm Form
4. Back to Bauhaus – バウハウスへの回帰
私たちが真っ先にその存在に気づき、2021年に最もはっきりとした形をもつデザイントレンドでの一つがこの「バウハウスへの回帰(Back to Bauhaus)」です。技巧重視のスタンスに立ち戻ろうとする強い指向性を持ったトレンドであり(具体的にはグラフィックデザインの技巧)、形式にのっとった明快な構成、劇的で鋭い陰影、幾何学図形によるデジタルおよび3Dデザインが特徴的です。
Bauhausとは、1919年~1933年の期間にドイツでデザイン、建築、工芸、美術の教授活動を展開した芸術学校の名前です。同校で学んだデザイナーたちは一時代を築きました。
「Bauhausは気風と実践のあり方に政治色がかなりある社会派の学校として知られていました。デザイナーたちは、作品が大量生産される工業化の時代背景を踏まえた技巧の研究に打ち込んだのです。モノをつくること…自分の手で作品をつくり、自分のクリエイティブ表現を確立することがきわめて重視されていました」とMolloyは言います。同校はナチス政権の方針(ユダヤ人教師の排除など)に協力することを拒んだため閉鎖されました。
Bauhausへの回帰がデザイントレンドとして盛り上がったのは、タイミングによるところが大きいと思われます。「2019年、非常に多くのデザイナーたちがBauhaus芸術学校創立100周年を心から喜び、祝福しました。その気運からトレンドが生まれたのだと私は考えています。メディアに盛んに取り上げられたのも、おそらく、思い出の中から新しい発想を見つけたアーティストが大勢いたためでしょう。様々な企業や団体からBauhausに関する教材、資料、イベント企画が次々に出て、その勢いは昨年もずっと続いていました」とMolloyは語っています。
祝福の気運がデザイン界に大きく広がって創作活動を大いに刺激したことで、豊かな作品群が生まれ、それらの作品によって、Bauhausデザインの影響力はいっそう広く行き渡りました。Bauhausへの回帰が持つ特徴として広く見受けられる、力強い構成、デザイン要素間の形式的調和、鮮烈な原色は、その土台にBauhausの影響があることをはっきりと示しています。図形や遠近感の革新的な使い方を3D要素で表現する手法により、Bauhausのデザインは未来へと通じる道筋を見つけました。
2021年Adobe Stockクリエイティブトレンドの全容を見る
いかがでしたでしょうか?2021年のクリエイティブトレンドレポートが、皆様の効果的なビジュアルコミュニケーションに役立てれば幸いです。Adobe Stockをまだご利用でない方は、無料でお試しいただき、Creative Cloudとの連携による効率的なクリエイティブ制作を体感ください。また、Adobe Stockでは皆様からの作品も広く募集しております。作品販売に興味のある方はこちらからご参加ください。
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この記事は2021年1月13日にIrene Malatestaにより作成&公開された4 graphic design trends in 2021: Aesthetic responses to turmoilの抄訳です。
ヘッダー写真:Avantform/Luke & Morgan Choice/ Adobe Stock