上田バロン「ベジェで直接描いているような描き心地。待望だったIllustrator iPad版」
2020年にリリースされたAdobe Illustrator iPad版は、ベクターベースのオブジェクト編集という特徴はそのままに、タブレットならではの操作性によって、アートワークを直接触っているかのような、直感的なクリエイティブワークを実現します。
さらに自由度が増したIllustratorを、クリエイターはどのように使いこなすのか。
今回はIllustratorの特性を十二分に引き出し、トゥーンでクールなアートワークを生み出し続ける、上田バロンさんにお話を伺いました。
Illustratorとの出会い
迫力のある構図、特徴的な目、メリハリのある線、クールな配色……上田バロンさんのイラストは、ひと目でそれとわかる圧倒的なセンスと個性を放っています。
このイラストを描き出すAdobe Illustratorは、バロンさんにとって大切な道具であると同時に、20年来の相棒でもあります。
「僕がIllustratorに出会ったのは今から20年以上前、専門学校に通っていたときです。
その学校はマンガやゲーム、デザイン、建築等いろいろな学科があったこともあり、とにかくパソコンの設備が充実していました。Adobe Photoshop、Illustratorのようなグラフィックソフトから3DCAD、CGのアプリまで個人でも自由に使うことができたこともあって、すっかりMacintosh(Mac)にはまってしまったんです。
ただ、当時はIllustratorで絵を描くというよりも3Dのためのテクスチャを正確に作るために使う、そうした用途でしかIllustratorは使っていませんでした」
「King & Knights-Stuffed Bear Company」2014
絵を仕事にしたい。そのためには技術をもっと磨きたい、絵について語り合える仲間もほしい。そうした理由で美大を目指したものの、試験は不合格。その結果、通うことになった専門学校は、バロンさんの将来を大きく決定づけることになりました。
「子どものころからマンガのようなものを書いたり、アクリルで絵を描いてはいたものの完全にアナログでした。専門学校に入るまでに触ったことのあるデジタルペイントツールといえば『マリオペイント』くらいでしたね(笑)。
あのとき、もし美大に合格していたら、Macに触れることもなく、そのままアナログで絵を描いていたかもしれません。デザインの現場もまだまだアナログでしたし、同じ世代がMacを触るようになったのも、卒業後、数年経ってからでしたから。
振り返ってみると、あの時代に、あの学校でIllustratorやCGを学ぶことができたのは、大きなターニングポイントになったと思います」
左:「Escort」2012/右:「Eye-opener」2012
原点回帰……Illustratorの線に個性は出せるのか
卒業後はデザインプロダクションに就職し、Illustratorや3Dのスキルを活かしてパース画やディスプレイデザイン、パッケージデザイン等の仕事をしていたものの、働き続けるうちにふと、“このままでいいのだろうか”という想いに駆られます。
「PhotoshopやIllustratorだけでなく、3D系のアプリもどんどん進化していくなかで、パソコンを使い始めたころによく言われていた『コンピュータに使われる人間にはならないように』という言葉を思い出して。いまがまさにそうなっているんじゃないかと我に返ったんです。
機能、性能が上がることで実現できる表現は、別に自分がやらなくてもいいんじゃないか。自分にしかできない表現は何なのかをあらためて考えるようになりました」
「Sergeant Girl & PV2 Bear」2015/右:「Untitled」2020
そうして行き着いたひとつの答え。それが現在までバロンさんのスタイルとして貫かれている“Illustratorの線による表現”でした。
「デザインツールとしては一番ベーシックなIllustratorの、一番ベーシックな機能だけを使って自分を表現できないかと思ったんです。
質感すらそぎ落とした、均一でなめらかな線のなかにも自分の個性は宿るのか。それはいまでも変わらない、自分のなかのテーマなんです。
シンプルなテーマだからこそ、奥が深く、飽きることもありません。自分が飽きてしまったら終わりということもありますし、飽きずに熱中できるほど好きなものでないと、20年、30年と描き続けられませんから(笑)。
いろいろなモチーフを描きながら小さな変革、進化を続けていくなかで、ようやくいま自分のやるべきことが見えてきたところだと思っています」
「Lust」(和紙・金箔・デジタルプリント)2011
スタイリッシュ、クール、セクシーな人物から、キャラクターのようなイラストまで、描くものは変わっても、変わることのない線による表現。バロンさんのスタイルはかくして誕生しました。
「線そのものに質感がないぶん、できあがる絵はシンプルに見えます。でも線の一本まではっきりと描かれてしまうIllustratorだからこそ、ごまかしが効かないんですよね。
どこまでデフォルメして、どこまでディテールを描き込むか、0.1pt単位で線幅を整えながら、線を細かくコントロールしています。
続けるなかで線そのものの表現も少しずつ変化していて、たとえば先端と角の設定を以前は丸にしていたのですが、ここ10年は角のある線を使っています。このほうがペイント系のアプリではできない、Illustratorならではの線の特徴を最大限に活かせるんじゃないかと考えています」
「千依寿-PABLO京都店」吉祥舞妓妙蓮華池水立図(洋金箔押和紙・UVプリント)2016/右:Hachi(越前和紙・シルクプリント・顔料・雲母・金箔)2009
バロンさんは、出版、広告、音楽等、幅広いフィールドで活躍するだけにとどまらず、キャラクターデザインやブランディング、ディレクションにも参画。箔を用いたアート表現など、多くのコラボレーションを通して、イラストの可能性を探求しています。
なかでもイラストを手がけた「会話型心理ゲーム 人狼」(発行:幻冬舎)は、2021年1月現在、シリーズ累計51万部を超えるヒットにつながっています。
「会話型心理ゲーム 人狼」シリーズ(発行:幻冬舎)
念願だったモバイルできるIllustrator
バロンさんの制作スタイルは基本的にMac+Illustratorにペンタブレット。しかし、外出先でもIllustratorが使えるようにすることは長年の課題だったそうです。
「いまの制作環境を持ち出そうとすると、MacBook Proと電源、ペンタブレットとどうしてもデバイスが増えてしまいます。スタイラスペンが使えるWindowsも試してみましたが、描きたいスピードで動かすことはできませんでした。
iPad+Apple Pencilならすべてが一台に収まっていますが、PhotoshopやAdobe Frescoのようなペイント系ソフトはたくさんあるのに、Illustratorと同じように使えるベクター系のアプリはなく……Illustrator iPad版は本当に待ち望んでいたアプリです」
Illustrator iPad版、その描き味をバロンさんはどのように評価しているのでしょうか。
「最初に触ったとき、iPadでベジェが描けるということにまず感動しました。
特に鉛筆ツールやペンツールは、ペンタブレットで描いているときよりも直接、線を描いているような感じです。絵と自分の距離感が近いからか、MacでIllustratorを扱うときよりもきれいに線が引けるように思います」
同じIllustratorでも、MacとiPadでは感覚、感触が違う……その差はデータの作りかたにも現れているそうです。
「Macで作業をしているときは、グループやレイヤー、重なり順をそれほど考えずにアバウトに描いてしまうのですが、Illustrator iPad版では、より絵の中に入っていくというか、レイヤーパレットを見ながら、ひとつひとつ描いたオブジェクトを整理し、絵の重なりや構造をまとめながら絵を構築していく感じがしました。面倒かもしれませんが、そのほうが後々の編集作業においても、かんたんに目的のオブジェクトにアクセスできると思いました」
普段からキーボードショートカットを駆使するバロンさんは、iPad版でもキーボードを併用。仕事での使用を見据えて、操作を確認しています。
「すべてのキーボードショートカットに対応しているわけではありませんが、Apple Pencilとジェスチャーだけで作業するよりも使いやすくなります。
今回のイラストはツールの使いかたに慣れる必要もあったので時間がかかりましたが、イラストの線、データの構造はMacで作っているときと遜色のない仕上がりになっています。これなら仕事にも問題なく使えますね」
Illustratorを、そしてベジェをこよなく愛するバロンさんが、今回のイラスト制作を通して感じたIllustrator iPad版の印象はどのようなものだったのでしょうか。
「今回のイラストを描いていたとき、つい時間を忘れてのめり込んでしまったんです。描くことはおもしろい、ベジェで描くのはやっぱり楽しい。そうした気持ちをあらためて思い出させてくれました。
Illustratorをすでに使っている人だけでなく、Illustratorを使ってみたい、ベジェで絵を描いてみたいという人にもオススメできるアプリだと思います」
上田バロン
Twitter|https://twitter.com/baron_ueda
Web|http://frlamemonger.com
『上田バロン作品集 EYES』(発行:玄光社)