アイスクリーム大手Ben & Jerry’sが、バーチャルフォト革命の先駆者となった経緯

米アイスクリーム大手のBen&Jerry’sは、コロナ禍で活動が大きく制限されるなか、バーチャルフォトグラフィーや3Dテクノロジーをはじめとした技術を駆使することにより、市場シェアの維持だけでなく、社会的ミッションのゴールやターゲットを達成するため、さらに前進することに成功しました。

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Ben & Jerry'sに期待するとおりの商品画像がそこにある、それがお客様にとって本質的に良い顧客体験なのです。何も気づかず普段と全く変わらないと思っていただければ、私たちは成功したことになります。」

Ben & Jerry’sグローバルデジタルデザイン担当リーダー ゲイル カミングス(Gail Cummings)氏

「新フレーバー」のデジタルフォトグラフィーの追求

ゲイル カミングス(Gail Cummings)氏は、カメラを使わずに写真を撮る方法を探していました。

大手アイスクリームチェーンBen & Jerry’sで、グローバルデジタルデザインのリーダーを務める彼女は、責務のひとつとして、ビジュアル視点に立ったテクノロジーの導入を推進しています。通常であれば、それは世界中の誰もが知っている同社のアイスクリームの味に負けない画像制作ソリューションを調査し、導入することでした。しかし、通常とは全く異なる状況が起きていたのです。

それは、COVID-19パンデミックの発生により、顧客のBen & Jerry’sに対する接し方が変わり始めたことです。同社は、顧客の安全を確保し、地域の規制を遵守するために、おなじみのアイスクリームスタンド「スクープショップ」を一時的に閉鎖せざるを得ませんでした。また、自宅に籠もり、食料品店への出入りを最小限にしていた多くの顧客たちにとっても、以前のように気軽にお気に入りのフレーバーのパイント(注:アイスクリームの単位 473ml)を入手できない状況でした。

Ben & Jerry’sは、再度、顧客と商品をうまくつなげる方法を新たに検討する必要性に迫られたのです。そこで同社は、消費者の「ニューノーマル」にアイスクリームのデリバリーを取り入れてもらおうと考えました。ビジネス全体を一変させたパンデミックの真っ只中で、カミングス氏はこの新しい取り組みをビジュアル面からサポートする方法を模索することになりました。

アイスクリームのデリバリーをメインに据える

Ben & Jerry’sのアイスクリームは現在も多くの市場で人気を博していますが、「バーモント州の最高峰」と謳う商品をファンに届ける方法として、デリバリーが主流だったことはありませんでした。ところが、状況の変化により、大規模なデリバリー体制の整備が急務となったわけです。それぞれに事情が異なり、目まぐるしく変化する38の国と地域で世界展開する同社では、無数の条件の組み合わせを考慮しなければならず、現場レベルでさまざまな課題が想定される商品配送は困難な課題です。しかし、自宅から外に出られない顧客たちに働きかけられないまま時を逸すれば、アイスクリームを販売する機会はもちろん、会社のミッションを共有し、顧客とつながり、ブランドを成長させる機会までもが失われてしまいます。商品に対する需要の高まりに応えるために、同社はデリバリーへの注力を一層高めるという道を選択したのです。

最も自然な流れでアイスクリームを家庭の食卓に届ける方法の1つに、顧客のお気に入りのレストランからのデリバリー注文にBen & Jerry’sのパイントを組み合わせることがありました。この「フードペアリング」キャンペーンは、デザートを含めて最高においしいデリバリーメニューを提案するという新しい試みです。ソムリエがワインと料理を合わせるように、Ben & Jerry’sの独創的なフレーバーを、ピザやハンバーガー、ケバブといった人気のデリバリーメニューと組み合わせました。このキャンペーンにより、Ben & Jerry’sはパンデミックの最中であっても顧客とつながりを維持し、それまでの消費習慣を変えることなくアイスクリームを提供することができたのです。

しかし、アイスクリームのデリバリーには、「溶けたら台無し」(偶然にもこれは、Ben & Jerry’sの地球温暖化防止キャンペーンの標語です)という重大な懸念がありました。デリバリーは便利な反面、顧客からすれば家に届くまでに溶けてしまわないか、商品の品質に不安を感じるものです。しかし、Ben & Jerry’sは、パイントを完全に冷えた状態で届けられる解決策をすでに持っており、あとは顧客に対して実際にそれを証明するだけでした。

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信頼感を醸成し注文につなげるための、視覚的魅力の訴求

Ben & Jerry’sはこの新しいキャンペーンを成功させるため、パンデミック前と同じ、あるいはそれ以上の力を注ぎ、企業としての一貫性と整合性をもったマーケティングで顧客とつながる必要がありました。デリバリーという新たな提供手段への顧客の信頼感を高めるために必要なもの、それが、写真です。美しい商品写真があれば、顧客は新しいサービスのイメージを膨らませ、試してみたいと思うでしょう。適切な写真を揃えられるかどうかが、施策の成功を左右します。

ただ、1つ問題がありました。COVID-19から従業員を守るために、同社はすべての写真撮影を中止していたのです。

しかし、Ben & Jerry’sのフードペアリングキャンペーンを成功させるには、膨大な数の写真の作成が不可欠です。38の市場、150以上のアイスクリームフレーバー、そして様々なフードペアリングパートナーを抱えるこのキャンペーンでは、これまでの施策で制作したことのない数のビジュアルアセットが必要でした。つまり、このキャンペーンの成否は、いかに従来と異なる制作方法で写真を作れるかにかかっていて、その実現のために現実的かつ効率的なソリューションが求められていたのです。そして、最も重要なことは、アイスクリーム好きの若者2人によって創業された、Ben & Jerry’sブランドの「らしさ」を表現することでした。

当初は、写真撮影の禁止が大きなハードルのように思えました。しかし、創業40年のBen & Jerry’sは、食品業界だけでなくビジネス全般でもしばしばパイオニア的な役割を発揮し、ビジュアルアイデンティティを含め、変化に対応する方法を学んできました。例えば、創業当初から同社を象徴していた手描きのアートワークを、Adobe Illustratorを使ったベクター形式のものに成功裏に転換したことがあります。それから年月を経た現在、自身のデジタルトランスレーションを推進しつつビジネスの新たな現実に適応するため、同社は再びテクノロジーに注目しました。

食材を使わず、そもそも撮影さえ介在しないフード写真

カミングス氏が初めてAdobe Dimensionに出会ったのは2017年でした。そのとき彼女は興味深いと感じたものの、Ben & Jerry’sには合わないと思っていました。「みんな超クールだと思ったけれど、自分たちのブランドにどうやって使えばいいのかよく分からなかった」と当時を回想します。このソフトウェアは、ライティング、遠近法、奥行き、質感をコントロールして、驚くほどリアルな3D画像を作成するものです。しかし当時から、Ben & Jerry’sチームは、彼らのアイスクリームと同じく「無添加」あることをアセットに求めていました。従来の写真が持つ温かみや心は、3Dソフトウェアでは伝えられないと考えたのです。

しかし、写真撮影を行えないこのパンデミックの状況が、カミング氏とそのチームに再考を促し、Adobe Dimensionを実際に試してみることになりました。

第1段階は、コンセプトの検証です。この時点でカミングス氏が求めるものに近い結果を得られれば、フードペアリングキャンペーンの成功が見込めます。うまくいけば、Ben & Jerry’sの写真に対するアプローチに革命を起こす可能性さえも秘めた試みです。Adobe Dimensionを使うのは初めてでしたが、アイスクリームのパイントをリアルな3Dで表現することができました。まず、Adobe Stockから画像を選び、その2D画像を背景に、手前に3Dのパイントを合成します。さらに、「画像から環境を設定」機能を使い、両方のエレメントが同一空間に存在することを示す、同じライティングと遠近法を素早く適用します。結果として、従来の方法で撮影した写真に非常に近いものができあがりました。

「チームに見せたところ、この結果にとても満足してくれました。パイントもきれいで、すべてがリアルに見えました」と、カミングス氏は振り返ります。

カミングス氏はAdobe Dimensionをさらに深く研究し、チームとともに第2段階である、独自のカスタム背景の制作に移りました。自宅待機が解除されると、チームは写真家のグレッグ コモロ(Greg Comollo)氏のもとに集い、360°カメラを使ったスタジオ内での小規模な撮影セッションを行いました。写真制作プロセスのカスタム化といいながら、この撮影はその根本からして通常とは異なるものでした。キャンペーンで必要とされる何千ものフードやアイスクリームを組み合わせて、背景も含めた完璧なショットを撮ろうとすると何か月もかかってしまいますが、チームに必要だったのは、のちに商品アセットの背景画像として使用するのに十分な点数の環境ショットだけであり、撮影に要したのはわずか数日でした。

この新しいプロセスをAdobe Dimensionの3Dレンダリング機能と組み合わせることで、その結果は驚くべきものとなりました。

「普通の写真と並べても誰も違いに気づかないほどでした」と、カミングス氏は回想します。Adobe Dimensionを使いこなし、カスタム制作した背景写真を使うことで、同氏とチームは、わずかな予算で、ほんの数週間で膨大な数のビジュアルアセットを制作できたのです。さらに、Ben & Jerry’sにとってデジタル撮影は、対面での撮影に必要な旅費や材料費を削減できる、より持続可能な選択肢となりました。とりわけ重要なのは、制作した画像すべてがブランドの高い基準を満たしていることです。同氏は、「これにより、アセットのさらに柔軟なコントロールが可能になりました。必要に応じていつでも利用できるアセットバンクを構築できたのですから、これはとてもわくわくすることです」と述べ、こう続けます。

「アセットはブランディングに完璧に沿ったもので、驚くほど現実的に見えます。これらの写真を見て、従来の方法で撮影されたものではないと気づく人はいないでしょう。」

 「アセットはブランディングに完璧に沿ったもので、驚くほど現実的に見えます。これらの写真を見て、従来の方法で撮影されたものではないと気づく人はいないでしょう」

ゲイル カミングス Ben & Jerry's グローバルデジタルデザイン担当リーダー

すべての顧客の好みに合わせて

バーチャルフォトへの移行を顧客体験の可能性を開拓する機会と捉えたのが、Ben & Jerry’sのデジタル&テクノロジー部門のグローバル担当責任者であるマイク ヘイズ(Mike Hayes)氏です。彼はカミングス氏とともに、Ben & Jerry’sの顧客が期待する高品質なデジタル顧客体験の提供に必要なオペレーションの変更とそれに伴う課題の解決に取り組みました。その一環として、カミングス氏が確立した手法をベースに、ブランディングを妥協することなく、パンデミックの真っ只中でもビジネスを成長させられる方法を見つけ出す必要がありました。

「ほんの数年前までは年間数千のアセットで済んでいたものが、今では25,000以上のアセットを制作しなければならなくなっています。単純に規模を拡大するだけでなく、クオリティも維持しながらとなると、適切な方法論を見出すのは途方もなく複雑な課題でした」と、ヘイズ氏は語ります。

パンデミック前からパーソナライズされた顧客体験の提供に長けていたBen & Jerry’sですが、Adobe Dimensionによって新たな可能性を手に入れました。同ツールの活用で豊富な画像アセットのライブラリを構築した同社は、フードペアリングキャンペーンをこれまで以上に高いレベルでパーソナライズして実施しただけでなく、この高度なパーソナライゼーションをすべてのデジタルマーケティング施策へと拡大適用できる体制も整備しました。

フードがその味で選ばれるように、食品業界のマーケターには顧客の嗜好に合わせた対応が要求されます。Ben & Jerry’sでは、その取り組みのひとつとしてAdobe Audience Managerを活用しています。データ管理プラットフォーム(DMP)として使用されるAdobe Audience Managerは、Ben & Jerry’sのwebサイトを訪れた顧客の行動から好みのフレーバーに関する情報を収集します。これにより、顧客の好きなフレーバーを反映したアセットを使ったマーケティングを簡単に実施できます。このようにターゲットを絞った顧客体験の提供により、より有意義な顧客関係を構築することができるのです。ヘイズ氏は、「テクノロジー、デジタルチャネル、コンテンツを活用して、ファンに価値を提供することが重要だと考えています」と、述べています。

しかし、Ben & Jerry’sが提供する価値は、アイスクリームとそのデリバリーサービスだけにとどまりません。強力な社会的ミッションを持つブランドとして、消費者に心から共感してもらえるメッセージを届けることが重要なのです。そのために、同社はAdobe Targetを活用し、顧客体験のA/Bテストと最適化を行っています。Targetは、Ben & Jerry’sが適切なメッセージを適切な顧客に伝え、世界をより良い方向に変えると同社が信じる大切な企業理念を多くの人々に届けることを支援しています。ヘイズ氏の言葉を借りれば、同社は「クリエイティブな面であれ、テクノロジーの面であれ、活動のあらゆる側面でインパクトを与えたい」と考える企業なのです。

インパクトを最大化するために、Ben & Jerry’sではAdobe Analyticsで顧客体験を測定しています。また、通常のユースケースに加え、同社ではAdobe Analyticsを「データ駆動型のクリエイティビティ」と呼ぶ戦略に活用し始めています。直感に反するかもしれませんが、データに裏付けられたクリエイティビティは、同社のコミュニケーションをよりクリエイティブで効果的なものにしています。Ben & Jerry’sは、効果的であることがわかっている顧客体験に時間とエネルギーを振り分けることで、パンデミック時における市場シェアの維持だけでなく、社会的ミッションのゴールやターゲットを達成するため、さらに前進することに成功しています。

カミングス氏は、こう補足します。「Adobe Analyticsからの情報は、クリエイティブの観点からも有益で、思いつきで決定を下すことがなくなりました。どのようなフォントやカラーが最も効果的であるかが分かり、その結果をリアルタイムで確認できます。誰かの意見ではなく、事実に基づいた判断をできるのです。」

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変化のトリプルスクープは成功の甘い味

「今回私が得た最大の教訓は、ブランドに合わないと思ったからといって、テクノロジーを見捨てるべきではない、ということです。1年後には完璧なものになり、窮地から救ってくれることだってあり得ますから」と、カミングス氏は言います。

困難な時期であったにも関わらず、Ben & Jerry’sは予想外の安定性を手に入れました。それは、前進によって勝ち取った安定性であり、立ち止まったりリスクから逃げたりした結果ではありません。他の企業と異なり、Ben & Jerry’sは、意見の相違があれば逃げずにそこに立ち向かいます。同社は、アイスクリームのフレーバーであれ、社会活動であれ、新しいバーチャルフォトのプロセスであれ、革命を恐れないブランドなのです。そして、彼らの行動の結果は明らかです。

現在、Ben & Jerry’sのアイスクリームデリバリーは、世界市場の約半数で実施されています。デリバリーアプリのダウンロード数は50%増加しました。また、バーチャルフォトに移行することで、毎月数百時間の労働力と数千ドルのコストを削減しています。さまざまな変化があった2020年を経て、Ben & Jerry’sはますます強く成長しました。

しかし、少なくとも現時点では、Ben & Jerry’sのバーチャルフォト制作プロセスのように定着し、変わらないものもあります。カミングス氏は、こう結びます。「ソーシャルメディアやライフスタイルイメージには、従来型の写真を引き続き使うつもりです。しかし、今後、Eコマースのアセット作成にはAdobe Dimensionを活用していきます。なんといっても、Adobe Dimensionは1年かかっていた作業を3か月に圧縮してくれました。これは、私のパン作りが格段に上達したことと同じく、COVID-19の数少ないプラス面のひとつですね。」

もうひとつ変わらないもの。それは、顧客のお気に入りのアイスクリームのフレーバーです。パンデミック中でも彼らの好みに大きな変化はなかったのです。誰もが変わらずBen & Jerry’sの熱心なファンであり、「チョコチップクッキー生地」フレーバーは、創業から40年を迎えても世界的な人気ナンバーワンであり続けています。

本記事は、アドビが掲載した事例How Ben & Jerry’s is leading the virtual photography revolutionの抄訳です