日本人クリエイティブチームが挑んだ、Adobe Summit「Sphere」巨大球体広告映像の舞台裏

3月18日~3月20日に開催された「Adobe Summit 2025」の会期中、開催地ラスベガスのランドマークである「Sphere」の世界最大の球体型LEDには、3つのAdobeの広告映像が繰り返し流れていました。

いずれも「Adobe Firefly」で生成した画像や映像をもとに、クリエイターがイマジネーションを膨らませ、作品世界が広がっていくというストーリー。「Video World」「Collage World」「Illustration World」と名付けられた、これら3つの映像を手がけたのは、モーションデザイナー/クリエイティブ ディレクターの井口皓太さんが率いるクリエイティブチームCEKAIと、日本およびアジアのクリエイターによる合同チームです。

東京オリンピックで話題を呼んだ動くピクトグラムなど、ユニークな映像表現で注目を集める井口さんは、東京とニューヨークを拠点に、タイムズスクエアの3D OOHなど数多くの映像作品を手掛けています。そんな井口さんにとっても初挑戦だったという、巨大な球体に投影する映像はどのように制作されたのか。井口さんとプロデューサーの三上太朗さんにお話を伺いました。

CEKAIの東京拠点「村世界」にて。三上太朗さん(左)と井口皓太さん(右)

球体型LEDというメディアと、どう向き合いましたか?

井口:球体って日常の中にあふれているものですけど、じゃあそこに何が映っていたら面白いかはまだ未知数です。その場で見た人にはワオと思ってもらいたいし、広告としてはSNSで拡散されたときに効果があるものにしないといけない。一方で、せっかくこんなに大きなものを作るのだから、このスケールで描く意味のあるものにしたい。地球から宇宙に向けたメッセージぐらいのスケール感で……というところは、すごく意識をして作りました。

3本とも「Adobe Firefly」をアイデアのソースにして、クリエイターがアドビのツールを使いながらその世界を広げていく、というのが大きいコンセプトになっています。たとえば僕が担当したVideo Worldの場合は、生成されたものをコマに割って、そこからまた違うストーリーが生まれていくというところを、ゾートロープで表現しています。今まで立体のゾートロープは見たことがあるけれど、球体のゾートロープって見たことなかったので、やってみたいなと以前から思っていたんです。

Adobe Summit 2025: Sphere Experience「Video World」

動画はこちらから:https://vimeo.com/1074193826

Adobe Summit 2025: Sphere Experience「Collage World」

Collage Worldでは、一つのコラージュの世界から、その奥にどんどん違う世界が広がっていく。

動画はこちらから:https://vimeo.com/1074196866

Adobe Summit 2025: Sphere Experience「Illustration World」

Illustration Worldでは生成された虎を軸に、いろんな都市にどんどん変わっていく。それぞれのクリエイターが一つのリソースを引っ張ってきて、そこからどんどんアイデアを拡張させていくというストーリーです。

動画はこちらから: https://vimeo.com/1074196826

三上:3本とも同時進行で作っていて、井口はVideo Worldのディレクターをやりつつ、全体のクリエイティブディレクションを担当しています。また、Fireflyで生成する最初の15秒の「生成パート」と、生成してからヒューマンタッチが入って、クリエイターが自分の作品にしていくまでの「作品パート」のフォーマットの設計もCEKAIで担当しています。

それぞれ軸になるビジュアルは、実際にFireflyで生成をしたもの。そこからVideo Worldでは「Adobe Premiere Pro」や「Adobe After Effects」、Collage Worldは「Adobe Photoshop」、「Illustration World」は「Adobe Illustrator」と、ストーリーの中で使用しているツールと、実際に制作に使用したツールがリンクしています。どのツールを使ってどう作るかは、担当するクリエイターさんとコミュニケーションして、彼らに一番心地よく作業してもらえるように考えながら、進行していきました。

新たな挑戦に向けて、クリエイターの選定方法は?

三上:Video Worldは割と早々に、井口がやることは決まっていて、Collage Worldと、Illustration Worldは、僕らの中でこの人が合うかもというのを提案させてもらいました。目指すトーンに合う方で、かつSphereとも相性が良さそうな方。たとえばCollage Worldを担当したのは、YOASOBIさんやYUKIさんのミュージックビデオを手掛ける牧野 惇さんです。Illustration Worldは、以前 NIAGARA TRIANGLE 「A面で恋をして」Music Videoの制作でご一緒したインドネシア在住のArdhira Putraさんにお願いしました。タイムラインや3Dの設計は井口の方で進行しつつ、それぞれのクリエイターを軸にチームで作業を進めていきました。

携わったメンバーはVideo WorldがKhakiさんを中心に20人くらい。Collage WorldもMontBlanc Picturesさんの他に10人くらい。Illustration Worldはインドネシアのチームを中心に、30人くらいがプロジェクトに参加しています。オープニングの「生成パート」をやってくれたニューヨークのアニメーターの寺部晶さんや、仕上げがかなり複雑だったので、全ての納品素材を集めて仕上げを担当してくれたKhaki。そもそもみんな球体用の映像を作るのは初めてなので、それを解析してくれた TREE Digital Studio 。今回はかなり分業してやっています。

どのようにイメージを共有し、作業を進めたのですか?

井口:とにかくシミュレーションをたくさんやりました。たとえばVideo Worldであれば、球体に対してゾートロープのコマ数はいくつにすると見え方が良いか、360度のスクリーンをどのように活用できるか、クリエイター間はもちろん、アドビさんやSphere側とも、3DCGの球体でいろいろシミュレーションしながら議論を重ねました。そこで見えた方法論を、他の2つのチームにも共有してフォーマットも同時に制作していった感じです。

動画はこちらから:https://vimeo.com/1080162126/0d7766f1c0?share=copy

Collage Worldでは、たくさんの平面的なレイヤーを扱うため、実際にそれらを球体に映すとどのように見えるのか?After Effectsで作ったものを球体でのシミュレーションに変換し、それをどうやってマッピングするかも解析したり。

動画はこちらから:https://vimeo.com/1080203228/614d21c91a?share=copy

Illustration Worldでは、イラストに対して細かな指示がありました。静止画で確認をとりつつ、それを3Dにして配置していく、膨大な作業量を Putraさん率いるインドネシアチームが短期間で実現してくれました。

動画はこちらから:https://vimeo.com/1080162025/43b4e148e9?share=copy

フォーマットは全部共通なので、全体のルールを設計しつつ、それぞれの個性溢れるクリエイターの作品をマージさせていきました。

「横連携しながら協力し合って作る、日本的な作り方だった」

三上:3つの世界のプレビズをまず井口が設計して、展開やトンマナは各チームに委ねながら、チェックをしながらやっていったという感じです。

井口: After Effectsのファイルを、バージョン2、バージョン3みたいな感じで、みんなで展開しながら何度もシミュレーションして、横連携しながら協力し合って作るという。そういう意味ではとても日本的な作り方だったんじゃないかなと思います。

今回の工程で、特に苦労した点を聞かせてください

三上:僕らが作業している間にもFireflyが進化していて……。プロジェクトが動き出した2カ月前には静止画しか出力できなかったのが、3月の納品の1週間くらいに、動画が生成できるようになって。そっちを使ってほしいと言われたんですけど、当時はまだ生成できる回数に制限があったので、そこはすごく苦労しました。

井口:球体だからできたこともありますが、球体だからできないことも正直すごく多かった。たとえば3D OOHであれば、ある視点でだけ立体に見えていればいいので、横から見たら実は歪んでいるということがあります。でも今回はこれだけ巨大なメディアなので、いろんな場所から見る人たちのことを考えなきゃいけない。

例えばスノードームをいろんなアングルから見たら、パースがどんどん変わるじゃないですか。同じように視点がちょっと変わったら、ちゃんと奥に見えてるパースが変わるとか、なんとかならないのかなと思いながらやっていました。

でも実際には球体に貼られた平面のLEDなので、360度どこから見ても奥行きがあるように見せるのは、つなぎ目の問題もあって難しい。そこで話し合いの末に今回はビューポイントを決めましょうということになりました。全方位的に成立させつつ、一番美しく見えるところを設定して、広告としてインターネット上に上がっていくものと、現地にいる人たちに向けての二軸で考えるようにしました。

文字通り360度、いろんな人たちに向けて見えるように作らなきゃいけないというところが、本当に一つも隠しようがない、球体だからこその難しさだったという風に思います。ジオメトリックをちゃんと理解しつつ、映像を流すというところは本当にハードルが高いですよね。

こういう立体的なスクリーンは、いつかは普通になっていくのだと思いますし、もっとクリエイターが直感的に使えるアプリケーションみたいなものも開発されていくのかもしれないんですが、何しろ今は新しい。全てがまだ追いついていないような状況の中で、チャレンジしながら、表現としてはちゃんと自分たちの作品として担保できるものを作っていくというところが、課せられたことだったなというふうに思っています。

完成した作品について、どのように評価していますか?

三上:僕は実際に現地で見たのですが、めちゃくちゃでかかったですね。ラスベガスの一大ランドマークなので、スマホで撮っている人も多かったですし。出稿もたくさんされていて、映像がずっと流れていました。本当に2回に1回はアドビという感じです。赤いロゴに街が染まる感じとかすごかったです。

「細分化して作業したことで、総合力が上がったと思う」

井口:僕は現地には行けなかったけど、ドローンで撮影した映像を見ると、車がこんなにちっちゃいんだなとか、やっぱり全然スケールが違う。その感動みたいなものはありましたし、想像していたものがちゃんと放映できたという実感もあります。一方で、360度全員を楽しませるという点では、まだ追いついていないところもあるように感じています。球体のLEDで新しい体験価値を生むために、見る人をどういうふうに巻き込めるかなど、まだまだトライしなきゃいけないことはあるという風に思っています。

今回はアジアのチームも入ってますけど、日本のクリエイティブはもともと、ものすごく力がある。そのことをアメリカ社会の真ん中の球体で、ちゃんと証明できたことは、ものすごい価値だと思っています。

タイムズスクエアも僕にとってすごく大きな憧れていた場所でしたけど、今回それを塗り替えるくらいインパクトがあるメディアに挑戦できました。一方でアメリカ社会の中で、日本のクリエイターがこういったところに入り込んでいくことには、まだ難しさもある。たとえばアメリカではお金を払っているところが、分かりやすくイニシアチブを取ります。、自分たちに課せられているのは、マーケティング視点のクリエイティブを実現することだと、毎回自覚します。それでもその中に自分たちの哲学を持って、ものづくりを実装していく挑戦者でいることがとても重要だと思っています。そういった意味でも、この資本主義のど真ん中にあるSphereっていうところでやれたことは、僕の中ではすごく大きいです。

これで終わらず、これを始まりとして、アメリカや世界に日本やアジアのクリエイターの力をプレゼンテーションしていければと思っています。

三上:日本では、クリエイターが最初から最後まで一人でやることが多かったんですけど、今回は期間が2カ月と短かったこともあり、パートごとに細分化してスペシャリストを中心に取り組んだ。その意味で総合力を感じることができました。細分化できたことによって、やれることが広がるんだなとすごく思いました。

井口:2カ月で作り上げられたことは、日本の技術の高さだし、プライドですよね。意地でも作り上げてくれたというところは、本当に込み上げるものがありました。できないことが多いって、やっぱり折れちゃうこともあるじゃないですか。それでもこれだけはやりたいとか、ならばこういうことができたら面白いなとみんなが思ってくれて、最後まで作り切れたことが、何よりも重要かなという風に思っています。

今回の経験を経て、次に挑戦したいことは何ですか?

三上:今回、日本の様々な技術を持った連合チームで挑み、その総合力を実感できたのは、可能性を感じました。今回のような新しい未知のメディアにまた挑戦でしたいですね。たとえばSphereの内側とか、16Kとからしくてすごく高精細で別の表現が必要になります。

井口:確かに内側のメディアができたらいいですね。外側はあくまで広告中心のサイネージですが、内側はコンテンツですよね。例えば日本のコンテンツが中に入った時、日本のミュージシャンのライブだとか。日本のエンターテインメントやクリエイティブがアメリカに評価されていく延長で、ここで何か開催される時に、僕らがまたそういうチームをビルドしてやれたらいいな、というのは確かに思います。

Sphereは僕自身見上げて、憧れたようなメディアではありますが、そこに携わることだけが目的になっちゃいけない。それこそ、これだけかたちにできるチームがいるのであれば、自分たちのオリジナルアニメーション作品が内側のコンテンツになることもあるかもしれないですし。憧れたところに入り込むだけではなく、自分たちから広げていくような動き方を、もっと加速させなきゃいけない。これはアメリカでやればやるほど感じるテーマかもしれません。