連載 「誰一人取り残さないデジタル社会に向けて」

内閣府規制改革推進会議専門委員として成長戦略ワーキンググループや投資等ワーキンググループで、デジタルガバメント政策にかかわっていらっしゃる村上文洋氏が「行政DXの進め方」を語ります。

国会議事堂

いよいよ9月にデジタル庁が創設され、政府・行政のDXが本格的にはじまることが大いに期待されています。

このブログでは、有識者の方々に「誰一人取り残さないデジタル社会に向けて」をテーマにDXにより、日本の行政や社会がどのように変革し向上していくのか、期待していることや、官民連携で取り組むことなどについて、お考えをご紹介していただくシリーズを掲載していきます。皆様と一緒に「誰一人取り残さないデジタル社会」を考え、実行に繋げていきたいと思います。

記念すべき第1回は、内閣府規制改革推進会議専門委員として成長戦略ワーキンググループや投資等ワーキンググループ等で、デジタルガバメント政策にかかわっていらっしゃる村上文洋さんです。

第1回 「行政DXの進め方」

村上 文洋 氏

内閣府規制改革推進会議専門委員(成長戦略WG、投資等WG)、内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザー、静岡県デジタル戦略顧問、株式会社三菱総合研究所主席研究員

■深刻な日本の人口減少問題、デジタル化で時間を稼ぐ

日本の人口は、2008年に約1億2,800万人でピークを迎え、その後減少に転じています。国立社会保障・人口問題研究所の推計(2017年、中位推計)では、日本の人口は、2050年には約1億200万人、2100年には約6,000万人に減少する見込みです。ピークから100年もたたないうちに、6,800万人も減少します(図1)。そしてその後も人口は減り続け、いずれはゼロになります。その前に、日本という国を維持できなくなります。

働き手の減少も深刻です。15-64歳の生産年齢人口は、2020年には約7,450万人ですが、40年後の2060年には約4,530万人に減少します。わずか40年の間に、約2,920万人(39%)も減少するわけです(図2)。働き手の側面からも、日本を維持するのが難しくなることがわかります。

図1 日本の人口減少問題

グラフ 自動的に生成された説明

図2 働き手の減少

日本の人口が減少する理由は、合計特殊出生率(一人の女性が生涯で産む子供の数の平均値)の大幅な低下です。1949年には4.32だったのが、2019年には1.36まで低下しています。人口を維持するのに必要な出生率は2.07と言われています。わが国は、あらゆる少子化対策を総動員して、人口減少を食い止める必要があります。しかし、今、仮に出生率が2.07になったとしても、出産適齢期の女性の数が減っていますので、しばらくは人口減少が続きます。徹底的なデジタル化で社会全体の生産性を大幅に向上させて「時間を稼ぎ」、その間に少子化対策の効果を発現させる必要があります。

グラフ, ヒストグラム 自動的に生成された説明

図3 合計特殊出生率の推移

働き手の減少は、行政機関にとっても深刻です。総務省の「自治体戦略2040構想研究会」は、2018年7月の第一次・第二次報告(概要)(※)の中で、「経営資源が大きく制約されることを前提に、<u>従来の半分の職員</u>でも自治体が本来担うべき機能を発揮できる仕組みが必要」と指摘しています。行政においても、思い切った改革とデジタル化で、生産性を今の2倍以上に向上させる必要があります。

※自治体戦略2040構想研究会 第一次・第二次報告の概要:p.12 https://www.soumu.go.jp/main_content/000562116.pdf

■デジタル化とDX

デジタル化やDXには、様々な定義がありますが、ここでは、「デジタイゼーション(Digitization)」「デジタライゼーション(Digitalization)」「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation(DX))」の3つに分けて、カメラのデジタル化を例に説明します。

「デジタイゼーション(Digitization)」は、部品や工程のデジタル化です。フィルムカメラからデジタルカメラへの移行がこれに該当します。デジタル化によりカメラの小型化や動画対応が進み、スマートフォンなどに搭載されるなど、新たな商品やサービスが登場しました。

「デジタライゼーション(Digitalization)」は、デジタル化によるビジネスモデルの変化です。カメラのデジタル化により、フィルムメーカーが倒産したり、街のいたるところにあったプリントサービスが姿を消したりしました。代わりに、動画投稿サイトやオンライン会議などの新たなビジネスが登場しました。中には、これをDXという人もいますが、DXはさらに大きな変化を指すものと考えたほうがいいと思います。

「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation(DX))」は、デジタル化により、様々なビジネスが登場したり、衰退したりして、その結果、社会制度や組織文化などが変化することです。コロナ禍の影響もあり、オンライン会議を利用した在宅勤務などの働き方改革が進み、住まいに対する考え方が変化したり、YouTuberなどの新しい職業が子供たちに人気だったりします。このように、社会・文化レベルでの大きな変化と、それへの対応をDXと捉えるとよいでしょう。

デジタル化とDX

図4 デジタル化とDX

■行政DXは意識改革と組織改革

行政のDXは、従来のICT事業の寄せ集めではなく、人口減少とデジタル社会に対応するための「意識改革と組織改革」です。行政DXに取り組むための4つのポイントは、以下のとおりです。

次節以降で、主なポイントを説明します。

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図5 行政DXに取り組むための4つのポイント

■提供者視点から利用者視点へ

以前、あるコンビニチェーンが、レジの無人化に取組みました。今ではスーパーマーケットなどでセルフレジが普及していますが、その走りとも言えます。ちょうどその時、AmazonがYouTubeで「amazon go」を発表しました。レジの無人化は人手不足などに対応するものでしたが、Amazonは、買い物をする時の顧客の不満が、レジに並ぶことや、レジでの現金精算などにあることを把握し、レジそのものをなくしました。レジの無人化が提供者の視点で検討された解決策であるのに対し、amazon goは利用者視点でのサービス改革でした。しかも、amazon goは、来店者の店内での行動履歴など、これまで把握できなかった顧客情報を入手することができ、店舗レイアウトや商品パッケージの開発などにも活用することができます。

amazon go

図6 amazon go

行政サービスも、これまでは提供者側の効率性を重視し、個々の制度や部署ごとにサービスを提供してきました。紙の時代は、それが最も効率的でしたが、デジタル化が進み、住民や企業の状況を詳細に把握できるようになった現在においては、提供者側の効率を下げることなく、利用者それぞれの状況に応じたサービスの提供が可能です。

例えば、自動車保険は長い間、過去の統計データをもとに、事故の多い若い世代の保険料を高く、事故が少ない年配の人の保険料を安く設定してきました。安全運転する若い人や、危ない運転をする年配の人もいますが、個々の状況を把握することが難しかったため、統計データを使うしか方法がありませんでした。しかし近年では、ICT技術が進化し、車一台一台の運転状況を把握することができるようになりました。アメリカの自動車保険「PROGRESSIVE」は、契約者の車に機器を取り付けて運転状況を把握し、安全運転をしている契約者の保険料を安く、危ない運転をしている契約者の保険料を高く設定しています。日本の自動車保険でも同様のサービスを提供しているところがあります。このように、個々の顧客の状況を把握し、最適なサービスを提供することが、技術的には可能になっています。

自動車保険「PROGRESSIVE」

図7 自動車保険「PROGRESSIVE」

■個別最適から全体最適、個人最適へ

利用者一人一人の状況に合ったサービスの提供について、公共交通を例に説明してみましょう。従来は、鉄道、バス、タクシーなど、交通手段ごとに、利用者の状況を把握し、ダイヤ編成や運行管理などを行ってきました。これが「個別最適」です。事故などで電車が止まると、大混雑に陥りました。これに対し、交通手段間で情報を共有して、影響を緩和するのが「全体最適」です。電車が止まったという情報を、バス会社やタクシー会社と共有し、並行するバス路線を増便したり、沿線の各駅にタクシーを集中配車したりすることで混雑を緩和します。個別最適も全体最適も、提供者側の視点での最適化です。これに対し、「個人最適」は、交通機関の利用者一人一人の状況に合わせたサービスの提供です。商談で急いでいる人にはタクシーを予約・配車するサービスを提供します。特に急いでいない人には、近くの喫茶店の割引クーポンを送って、少し時間をつぶしてもらいます。映画を見る予定だった人には、予約時間の変更手続きもします。小さい子供連れ、高齢者、車いす利用者など、それぞれの状況を把握し、移動目的に応じたサービスを提供するのが個人最適です。

行政サービスにおいても、住民や企業、それぞれの状況に応じて、最適なサービスを組み合わせて提供するのが個人最適です。「誰一人取り残さないデジタル社会」とは、誰もがスマホから手続きできる社会のことではなく、それぞれの置かれた状況に応じて、最大限の社会参加を可能にする社会です。そのために様々なデジタル技術やデータを駆使します。

個別最適から全体最適、個人最適へ

図8 個別最適から全体最適、個人最適へ

■職員も利用者、内部業務のデジタル完結

利用者視点の「利用者」は、何も住民や企業に限ったものではありません。行政の中で働く職員も利用者です。

2001年のe-Japan戦略以降、行政手続きのオンライン化が進められてきましたが、必ずしも国民が利便性を実感できるようにはなっていません。一方、行政内部業務のデジタル化は、基幹系システムの導入など部分的には進められてきましたが、まだまだ紙の時代の仕事のやり方が数多く残っています。

近年では、行政手続きのオンラインサービスを、住民向けはグラファー、企業向けはfreee、SmartHR、マネーフォワードなどの民間企業が提供しています。これらのサービスは、日々、顧客獲得競争に晒され、サービスの改善を繰り返しているため、行政機関が作るオンラインサービスよりも、格段に使い勝手が良いものになっています。今後は、行政手続きのオンライン化部分は民間サービスに任せ、行政内部業務のデジタル完結(デジタル化ではなくデジタル完結)に取り組むべきです。

内部業務のデジタル完結が進めば、業務効率化や住民サービスの向上はもちろん、モバイルワークの推進による柔軟な働き方への対応や、兼業・副業による優秀な人材確保、さらには災害発生時に、被災自治体の定常業務を他自治体が遠隔から支援することも可能になります。

内部業務のデジタル完結

図9 内部業務のデジタル完結

■精神論や人海戦術の禁止

日本人は根が真面目で、頑張って乗り切ってしまうので、デジタル化が進まなかったという意見があります。アメリカなどは合理的で、しかも人の流動性も高いことから、定常業務のマニュアル化やシステム化が進みました。一方、日本では、選挙の開票作業や、特別定額給付金対応のように、とにかく人を投入して乗り切る「人海戦術」での対応が常態化しています。民間企業に比べて、人件費に対するコスト意識や、有限のリソース(資源)である人材の有効活用という考え方が、まだ進んでいないのも一因ではないかと思います。また、明確な根拠もなく、根性で乗り切るという精神論も根深く残っています。これらの習慣は、一朝一夕には治らないと思います。「人海戦術禁止法」のような法律を作ってでも、人海戦術や精神論での対応を禁止しないと、行政のデジタル化は進まないのではないかと危惧されます。

思考停止に陥らないことも大切です。「今までこれでやってきたから」「前例はこうだから」といって、なぜその仕事が必要なのかもよく考えずに、続けていることがたくさんあると思います。その中の多くは、明治時代の法律に基づいたものだったり、紙の時代の慣習だったりします。今の時代に本当に必要なのか、このやり方が正しいのか、一度立ち止まって考え直してみることが必要です。

行政の無謬性神話からの脱却にも取り組みましょう。「行政は間違わない」という、いわば都市伝説のような思い込みから、「もし間違ったら」ということを考えること自体を嫌う傾向があります。しかし、人間がやることですから、必ず間違いは発生します。それに対応するためには、間違った場合の対応方法、つまりプランB、プランCを常に考えておくことが必要です。これがリスク対策です。「間違ってはいけないのだから、間違った場合のことなど、考えること自体、けしからん」といった意見が管理職あたりから出てくると、そこで思考が停止してしまい、リスク対策がおろそかになってしまいます。常に間違うことを想定して、対処方法を考えておくことが大切です。

■「会議改革」からはじめよう

とは言っても、意識改革や組織改革に取り組むのは簡単ではありません。今のやり方を変えたくない、余分な仕事をしたくないと考える大多数の人から反発を買います。そこで、いきなり新しい情報システムを入れたり、業務フローを大幅に変更したりするのではなく、身近で取り組みやすく、しかも効果が見えやすいところから取組みましょう。それが「会議改革」です。IT企業などでは当たり前に使われている会議のルールですが、行政ではまだあまり使われていないと思いますので、その分、効果が期待できると思います。実践してみると、会議の回数や時間、準備の手間などを大幅に削減することができます。

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図10 会議改革のルール

出所:筆者作成

■「懸命」に働くな、「賢明」に働け

経営学者のケン・ブランチャード氏は、著書「新1分間リーダーシップ」などの中で、この言葉を述べています。懸命(ハード)に働くことも大切ですが、その仕事が機械でもできることだったり、間違った方向にいっていたりすると、十分な成果が得られず、疲弊するだけで終わってしまいます。仕事の中身や得られる成果を考えて、賢明(スマート)に働こうというのが、氏のメッセージです。

そのためにも、思考停止に陥らない、無謬性神話からの脱却といった、これまでの常識を疑うところから、仕事を見直してみることが大切だと思います。それが、行政DXの第一歩だと思います。

[執筆者]

村上 文洋

村上 文洋 氏(むらかみ・ふみひろ)

内閣府規制改革推進会議専門委員(成長戦略WG、投資等WG)、内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザー、静岡県デジタル戦略顧問、島根県ICT総合戦略策定委員、千葉市行政改革推進委員など、政府や自治体の委員を務める。三菱総合研究所主席研究員。専門は電子行政、オープンデータ、ユニバーサルデザイン。

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