ぽち「質感の描きわけが直感的にできるAdobe Fresco」 Adobe Fresco Creative Relay 17
Adobe Frescoを使うクリエイターインタビュー企画「Adobe Fresco Creative Relay」。第17回はストーリー性あふれる世界観が魅力のイラストレーター・ぽちさんが登場です。
アドビではいま、Twitter上でAdobe Frescoを使ったイラストを募集しています。応募はかんたん、月ごとに変わるテーマをもとに、Adobe Frescoで描いたイラストやアートにハッシュタグをつけて投稿するだけです。
7月のテーマは「星」。夜空にきらめく星、希望の象徴としての星、コミック風にモチーフとして取り込む★……テーマの描きかたに制限はありません。Adobe Frescoで描いた星のイラストを、 #AdobeFresco #星 をつけてTwitterに投稿しましょう。
そして、この企画に連動したAdobe Frescoクリエイターのインタビュー「Adobe Fresco Creative Relay」、第17回はストーリー性あふれる世界観が魅力のイラストレーター・ぽちさんにご登場いただきました。
キャンプの夜、見上げる空に天の川
「“星”というテーマをいただいたとき、まっさきに思ったのは、“本物のように滲むAdobe Frescoの水彩で、天の川を描いたら絶対におもしろいだろうな”ということでした。
僕は写真とキャンプが趣味なのですが、星空の写真を撮るとき、縦位置で撮るほうが夜空、特に天の川の魅力が伝わりやすくなります。今回、天の川を描こうと決めたときも同じように縦長で描くことにしました。
スマホが縦長なことに加えて、Twitterが縦長プレビューに対応したことで、SNSでも大きく表示しやすい、リーチしやすくなったというのも縦構図を選んだ理由のひとつです」
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「星降る夜に」
夜空に絵の具を溶かしたような自然の色合いは、Adobe Frescoの水彩ブラシによるものです。
この夜空を一層引き立たせているのは、キャンプの火でわずかに照らし出される深い木々。明度と彩度の対比によって、幻想的な天の川は、より克明に描き出されています。
こうした対比は色合いだけではありません。水彩ブラシによって混ざり合うやわらかい空に対して、森の木々は荒々しいピクセルブラシで描き、さらに、火を囲むふたりには過度に細かく描きこまないことで、タッチと情報量のコントラストを生み出しているのです。
“星”をテーマに描かれた天の川。そのテーマをより魅力的に見せるために、この一枚にはぽちさんならではのさまざまなテクニックが込められています。
小さな頃から鳥瞰図を描いていた
ひと目見れば、その世界に、ストーリーに引き込まれてしまうぽちさんの絵。なかでも、自身が長く取り組む「廃坑の街」シリーズでは、少しレトロでどこか懐かしい、心あたたまる創作風景を展開しています。
ぽちさんがこうした絵を描くようになった片鱗は、すでに3歳のときに姿を見せ始めていました。
「ものごころがついたころには、チラシの裏に街の絵を描いてたそうです。阪神高速がとにかく好きで、橋脚から街灯のかたちまでこだわる3歳児だったと聞いています(笑)。
昔の絵を見ても、高速道路や街並み、お城のようなものばかりでした」
ここでユニークなのは、子どもの低い目線で見た景色ではなく、上から見た様子、つまり俯瞰して描いていたということです。
「いわゆる鳥瞰図というものですよね。今となっては、目で見ることができない部分をどう描いていたのか、まったく思い出せませんが、テレビや地図帳で街を空撮したものを見て、着想を得ていたのかもしれません。
この“俯瞰で見ているように描く”というのは、いまでも僕の絵のひとつの特徴になっていて、今後もイラストを続けるうえで、ひとつの指針になっています。
このとき、大事にしているのは、一枚の絵として美しいものを描くだけではなく、描かれる世界の“設定”を可視化できているかどうかです。そうした意味では、『廃坑の街』は、自分の頭にある理想の街、空間、地域……その世界観を可視化するツールとして、絵を選んでいると言えるのかもしれません」
「夕涼みの温泉街」(廃坑の街)
吹奏楽に夢中になった中学〜大学時代
いまの絵につながる視点を幼少期にすでに獲得していたぽちさん、このまま現在まで絵を描き続けていたのかというと、実は中学校に入ってからはほとんど絵を描かなくなりました。
「小学校まではずっと絵を描いていたのですが、中学校で吹奏楽にどハマりしてしまって。そこから大学2年生までは、絵を描くと言っても暇を持て余したときにノートの余白に描く程度でした」
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中学校の頃に描かれた、数少ない街の絵のひとつ
この期間に描かれた絵は10枚にも満たなかったと、ぽちさんは話します。絵を離れ、そこまで吹奏楽に夢中になった理由は何だったのでしょうか。
「もともと兄が吹奏楽をやっていて、演奏会を聴きに行く機会があったのですが、その演奏に触れたとき、自分でもなぜかよくわからないほどに感動してしまったんです。それがきっかけで中学に入ったら吹奏楽部に入ろうと決めました。“縁の下の力持ち”という立場が好きなので、選んだ楽器はチューバです。高校からは指揮者としてもコンクールに出るようになりました。
絵は自分の思い描くイメージをかたちにすることで作品を作り上げる、言わば私的で客観的な創作作業と言えますが、音楽はみんなで演奏しているその瞬間、瞬間が作品になる集団芸術なんです。音の渦中に身を置いて、リアルタイムで作品を作り上げていく。いろいろな個性がぶつかりあって、自分の中では思いもしなかったものが生まれる“気持ちよさ”は、絵を描いているときとはまた違うおもしろさがありました」
演奏者として、指揮者として、音楽の道を歩きつづけていたぽちさんですが、大きな転機が訪れます。2011年3月に起きた東日本大震災です。
「大学のときに入った吹奏楽団は、かつては全国でも有名な強豪で、その名残が色濃く残るところでした。そのなかで指揮者としての重責を感じながら、楽団員を取りまとめていたのですが、2011年の春に震災が起こったとき、心がポッキリと折れてしまったんです。
医者からもドクターストップがかかって、音楽の一切を辞めることになりました」
メディアワークス文庫『西由比ヶ浜駅の神様』村瀬健(発行:KADOKAWA)/装画:ぽち
同人作家の母、心のリハビリに描いた絵
8年間、夢中になって打ち込んだ吹奏楽から離れ、“からっぽ状態になった”というぽちさん。そこに救いの手を差し伸べたのは、ほかでもない母親でした。
「母は生粋の同人作家で、コミケが晴海で開かれていた頃から活動をしていたそうです。小学校の頃は家に帰ると、『ただいま』を言うために母の作業部屋に足を運ぶのが日課でした。そのくらいいつも部屋にこもって漫画を描いていましたね。
絵の描きかたを教えてくれることはありませんでしたが、絵は見せてくれて。いま見ても、すごくうまい絵で、自分を育てながらよくここまで上達できたな……と思うくらいです」*コミケ(コミックマーケット)は1995年以前には晴海で行なわれることがあった。1996年以降は有明開催。
30年以上にわたって同人誌を描き続けている母親は、もぬけの殻になっていたぽちさんに声をかけたそうです。
「“そんなにやることがないんだったら、また絵を描いたら?”と、サークルを紹介してくれました。いまのサークルとは違って、会員制のサークルです。
そのとき描き始めたのが、自分の空想世界を描いた『廃坑の街』というシリーズです。もともとは授業中に落書きしながら考えていた世界観を、そのとき初めて作品として描きあげたもので、思い返すと、それが今につながる、もう一度絵に向き合うきっかけになったと思っています」
この間、母親から「こういうのを描いてみたら?」と提案されることは一切なかったそうです。ぽちさんには空想しているもの、描きたいものがあることをわかっていたからです。
「『廃坑の街』シリーズは、自分の頭のなかにあるイメージを可視化するために描いたものです。
『廃坑の街』は自分が好きなように建物を描き、自由に継ぎ足していくことで、生きもののように変化しながら、ひとつの作品が完成します。
空想のものを描き出すのは好きなのですが、逆に現実のものをそのまま描くのは苦手なんです。写実的に描くということは、そこに想像力を働かせる余地がありません。絵を描くときにそういう制限を受けたくないんですよね」
「物語を探す街」/「月夜の廃電Cafe」(廃坑の街)
再び絵を描くこと。それは空虚になっていたぽちさんの心に希望の光を灯すことになりました。
初めはシャープペンシルで描いていた線画は、pixivでほかのイラスト作品を見るようになったことでデジタル+カラーへと変わっていきます。
「絵をまた描くようになったものの、すぐには鬱屈としていた気持ちは晴れませんでした。でも、pixivでほかのイラストレーターさんが描いた絵を眺めていたとき、涙が止まらなくなるくらい、感情が入り込んでくる作品に出会ったんです。
それからは自分が描きたいものをただ描くのではなく、見てくれる人の感情に訴えかけるような絵を描きたいと思うようになりました。
線画ではなく、カラーで仕上げようと思ったのもそれがきっかけなのですが、アナログはからきしダメだったので、色を塗るためにペイント系のツールを導入して。当時は線画をスキャンして、色だけをパソコンでつけていました」
ぽちさんがはじめてデジタルで着彩した作品「山神様の贈り物」
建物に灯がともる夜景。暗闇の中でも人々の生活、そこに暮らす人のぬくもりを感じさせる作品をpixivにアップするようになると、「あたたかい絵」というコメントを寄せる人も現われ始めます。
「どれだけつらい状況にあっても、ホッとできるような絵を描きたいという気持ちで描いていたので、本当にうれしかったですね。自分自身、そういう境遇から絵で救われたからです。
将来の先行きも見えないなかで、暗闇に光を灯してくれた絵……そうした絵を自分も描くことで、誰かの癒しになるのなら、一種の恩返しにもなるんじゃないかなと思っています」
そこで描いた“人の暮らしのあたたかさ”。これは『廃坑の街』に通底するテーマにもなっていると言います。
ぽちさんは大学卒業後、公務員として就職。仕事を続けるなかで、プライベートで絵の仕事を依頼されるようになります。職場では副業を認められていたものの、商業画集『廃坑の街 ぽち作品集&作画テクニック』(玄光社)の話がきたことをきっかけに、イラストレーターとしての独立を決意しました。
「本一冊を書くとなると相当な時間を費やす必要がありますし、印税等が発生すると、もはや副業とは言えなくなります。
この依頼をお断りして公務員として生きていくか、公務員を辞めてイラストレーターとして独立し、執筆の仕事を受けるか……迷いはありましたが、結果的に“やれるときにやりたいことをやろう”と思い、独立を決断しました。もしこの話を頂かなかったら、いまでも公務員を続けていたでしょうね。
この本は、自分のすべてをつぎ込んできた創作世界『廃坑の街』の、この時点での集大成とも言えるものです。それまでの活動にひと区切りをつけ、次のステップに進むという意味でも、大きなターニングポイントになりました」
『廃坑の街 ぽち作品集&作画テクニック』(玄光社・2018年)/『廃坑の街 肆』(同人誌・2019年)
2019年からイラストレーターとして活動するぽちさんはいま、装画やMV、CD、広告、ゲーム背景、アニメ美術設定等、幅広い活動を展開しています。
そのなかには、タッチやトーンの異なるものもあり、画風の幅広さを物語っています。
「純粋に自分が描きたいものは『廃坑の街』で消化できるので、クライアントワークでは相手の要望にいかに合わせて描くかを考えています。自分の個性、表現、世界観を求めて依頼してくださる方に、プラスαを提案できるようにしたいと常に思っています。
『廃坑の街』の印象が強いせいか、夜景やあたたかみのある光景をご依頼いただくことが多いのですが、仕事では自分の好きな別の絵柄で描くこともあります。自分の中ではいくつかタッチがあって、夜景で描きたい絵柄と、キャラクターで描きたい絵柄はまったく別ものなんです。風景では質感、質量のある絵を描く一方、キャラクターではやわらかい、ほわっとした絵で描きたい。普段と違うタッチで描こうとするとうまくいかないこともありますが、大変さよりも楽しみのほうが大きいですね。間口が広ければ広いほど、お仕事をいただく機会は増えますし、その仕事を通していろいろな表現ができますから」
賃貸ブランド「DK SELECT」TwitterPR用間違い探しイラスト(大東建託)
TOKYO IDOL FESTIVAL×Village Vanguardコラボレーション(Village Vanguard webbed)
とにかく使いやすい!気持ちよく描けるAdobe Fresco
ぽちさんの普段の制作環境は、Windows+液晶タブレット。今回のイラスト制作を通して、Adobe Frescoをどのように評価しているのでしょうか。
「Adobe Frescoは発表当初から知っていて、そのときからおもしろそうだと思っていたのが水彩機能です。ブラシを置くとふわっと色が広がる、そのにじみかたがすごくて、これなら本当の水彩がデジタルで描けるんじゃないかと感じました。
そのほかのペイントツールだと、ブラシで描いたところにしか色はつかず、水彩といってもブラシが重なるところでしか色は混じりません。その仕様のおかげで意図通りに描けるとも言えるのですが、水彩と言いつつも、“水”の要素を感じることはありませんでした。
Adobe Frescoは水彩ブラシで描いたあと、色やかたちがどんどん変わっていく。そのおもしろさはクセになりますね。筆が止まることなく、頭で考えるより先に手が動くという感じで描くことができました」
普段は偶然性に委ねることなく、計画的に描写することが多いというぽちさんですが、今回は有機的に変化するAdobe Frescoの水彩を生かした表現にもチャレンジしています。
「星空には水彩ならではの色のムラをあえて取り入れ、星も大粒の水彩ブラシで描きました。普段とは違う、絵画的な表現になっていると思います。
水彩以外にもブラシはひと通り試しましたが、ピクセルブラシにもいいブラシが搭載されていますよね。僕はあまり特殊なブラシを使わず、葉っぱの一枚までブラシで描いているのですが、今回の針葉樹林はAdobe Frescoのブラシでザクザクと描くだけで葉っぱがどんどんできていく。同じラインがひとつとして出ないことがおもしろくなってきて、気持ちよく描くことができました。
質感の描きわけがブラシで直感的にできる、これはAdobe Frescoのいいところだと思います」
今回使用したのはすべてデフォルトのブラシ
iPadに最適化されたUIも、ぽちさんが評価しているポイントのひとつです。
「Adobe Frescoを使うようになって実感したのは、UIの使いやすさです。僕は拡大して描くクセがあるのですが、既存のソフトだとiPadでは拡大がしにくいと思っていました。でも実際にAdobe Frescoで描いてみると、拡大しようという気にまったくならなかったんです。それは自分にとって新鮮な驚きでしたね。アナログのキャンバスに描く感覚で描けます」
iPadで描ききれなかったディテールは、Windows PC上のAdobe Frescoで調整
ツールを通して、そして仕事を通して、日々アップデートし続けているぽちさん。独学で描き続けてきた絵はいまなお、進化を続けています。
「“好きこそ物の上手なれ”という言葉もあるように、こうしてお仕事をいただけるようになったのは、自分が描きたいものが、どうすれば描けるようになるのかをひたすら考えてきたからだと思っています。絵の表現も、イラストレーターとしても、“こうでありたい”という気持ちは常に持ち続けていたい。“こうでなければならない”と思ってしまうと、そこで止まってしまいますから。
60歳を超えても、絵を描き続けていられたらいいですね」
2021年8月公開のアニメ映画「クラユカバ」では背景を担当 ©塚原重義/ツインエンジン
ぽち
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