しらこ「タッチが残るAdobe Frescoの油彩なら“絵を描く”ことをリアルに実感できる」 Adobe Fresco Creative Relay 21

アドビではいま、Twitter上でAdobe Frescoを使ったイラストを募集しています。応募はかんたん、月ごとに変わるテーマをもとに、Adobe Frescoで描いたイラストやアートにハッシュタグをつけて投稿するだけです。
11月のテーマは「紅葉」。暑い夏が終わり、木々が緑から黄色や赤に装いを変える光景は、この季節ならでは。モミジで赤く染まる山々、敷き詰められたイチョウの葉……そうした風景を描くもよし、秋を思わせるシーンを描くもよし、紅葉の言葉から思い浮かんだイメージをAdobe Frescoで描き、 #AdobeFresco #紅葉 をつけてTwitterに投稿しましょう。
そして、この企画に連動したAdobe Frescoクリエイターのインタビュー「Adobe Fresco Creative Relay」、第21回は記憶のどこかに眠っていたような、なつかしくもやさしい世界をやわらかなタッチで描く、しらこさんにご登場いただきました。

秋色に染まる木々を油絵タッチで表現

「テーマが“紅葉”ということで、葉が黄色と赤色に染まった木々が並ぶ土手の絵を描きました。
“Adobe Frescoは、水彩のにじみがリアル”という話はよく聞いていましたが、油彩については“こういうところがすごい”という情報をあまり目にしたことがなかったので、それを確かめるためにも、今回は普段とは違う、油画風のタッチにチャレンジしています。
油彩がリアルに再現できるからこその難しさもありましたが、筆の跡まで意識しながら描いているので、その質感を見てほしいですね。美術館で見る油絵のように、遠目で見るといい感じの風景に見えるけれど、ズームして見ると意外と荒く、大胆なストロークで描かれているところもある。引きと寄りで大きく印象が変わるところが、油絵表現のおもしろいところだと思います」

花の絵 中程度の精度で自動的に生成された説明

しらこ「三色の土手」

マップ 低い精度で自動的に生成された説明

油彩ならではの絵の具の硬さ、凹凸までリアルに再現されている

建築からの逃避の果てにイラストの世界へ

とある誰かの日常の記憶を絵というかたちで現像したかのような、物語性と情感があふれるしらこさんのイラスト。構図はどこか写真的、映像的にも感じられ、巧みなシーンの切り取りにより、見る人の想像力を一層かき立てるものになっています。
装画を中心に活躍するしらこさんは、どのようにして絵に出会い、イラストレーターへの道を歩むことになったのでしょうか。まずは、記憶に残る、絵の思い出について聞きました。

「子どものころの絵の記憶でよく覚えているのは、小学校の合唱のときに使う楽譜と歌詞を綴じた冊子の表紙に遊戯王カードのイラストを描いていたことですね。ほかにも、よく文字に厚みをつけて立体的に描いたり、当時、掲示板ではやっていた棒人間の動画シリーズのようなものを描いてみたり。絵を描く授業も好きで、クレヨンで野菜を描いた絵で賞をいただいたこともあって、自分でも絵は得意なほうだという自覚はありました」

とはいえ、しらこさんはまだ小学生。将来、イラストレーターになりたいと思うこともなく、中学、高校へと進みます。絵を描くのはあくまで気が向いたとき。何かの目標に向かって、描くということはありませんでした。

テキスト 低い精度で自動的に生成された説明

左:伊藤たかみ『ぼくらのセイキマツ』(理論社)/右:漆原智良『かがやけ!虹の架け橋』(アリス館)

「高校のとき、コピックを買ったことがきっかけで、美少女イラストにも興味を持つようになりました。ネットで気になったイラストを鉛筆で模写したあと、専用のペンで線画を描いて、コピックで塗るというように、カラーでの模写をよくしていましたね。
ただ、通っていた高校はいわゆる進学校だったので、美大を目指す、イラストを職にするという友だちもいませんでしたし、当時は自分自身、イラストレーターになりたいという考えはまったくなくて。それでも、絵が好きだという気持ちはあったので、進学先を選ぶときになにか少しでも絵に関係するところがいいなとは思っていました」

テキスト, カレンダー 自動的に生成された説明

左:ディーリア・オーエンズ(著)、友廣純(訳)『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)/右:中島信子『八月のひかり』(汐文社)

しらこさんが進学先に選んだ大学の学科は、建築・デザイン学科。建物の造形的な魅力だけでなく、デザインにも惹かれての選択でした。しかし、大学に通ううちに自分がやりたいことと大学で学ぶことの間にズレが生じ始め、時間の経過とともにそれは大きくなっていきました。

「人物やプロダクトのスケッチの授業は好きでしたし、まわりからも“描きかたをおしえてほしい”と言われることもありました。でも、建築を学んでいくうちに、自分には合わないなと感じるようになったんです。
たとえば、『家の内装、構造を考えて、建築模型を作りましょう』という課題に対して、理想のフォルムやイメージを描く作業は好きだったのですが、それを具体的にCADで起こすとなると、日当たりや風通しが気になってしまって、いつまで経っても図面ができあがらない。そうしたことを繰り返すうちに、建築に向き合うのがつらくなってきて。大学には行くものの、授業には出ずに図書館で人物のスケッチをするという日が増えていきました」

当時のしらこさんにとって、絵はいわば建築からの逃避。それでもこの時期は、いまのしらこさんの世界観を作った重要な時間でもありました。

建物の窓 中程度の精度で自動的に生成された説明

しらこ「水の境界」(2016)

このころに描かれたイラストのひとつ「水の境界」(2016)をみると、このとき、すでに今につながるしらこさんの世界観の片鱗が見て取れるのではないでしょうか。

「高校まではコピックで描いていたイラストも、大学に入ってからはペンタブレットとAdobe Photoshopを買って、デジタルで描くようになりました。風景にも興味が出てきて、オリジナルのキャラクターと風景をセットで描くことが多かったですね。
『水の境界』はまだ線画のある絵を描いていたころのものですが、このあと、線画なしで塗りで表現するようになったのは、David Aguadoというイラストレーターの影響です。David Aguadoは、Porter RobinsonというDJのCDジャケットを描いていたのですが、そのイラストがすごく魅力的で。この空気感、描きかたをなんとか身につけたい、そう思ったんです。
美少女イラストを描いていたときは、mebaeさんやカントクさんの絵に影響を受けていましたが、風景で影響を受けたのはDavid Aguadoがはじめてでした」

グラフィカル ユーザー インターフェイス, アプリケーション, Web サイト 自動的に生成された説明

David AguadoさんのBehnaceページ https://www.behance.net/davidaguado

しらこさん自身、美少女イラストへの興味は薄れ、風景を含めた空気感を再現するイラストへとシフト。ディテールを描き込んでいくのではなく、その情景が持つ空気感を再現する。いまのしらこさんの作風はこのころに固まっていきました。
そして、こうした作品をTwitterでアップしていくなかで、しらこさんの絵は少しずつ注目を集めるようになり、“イラストを描いてほしい”という声がかかり始めます。

男, 写真, テーブル, グリーン が含まれている画像 自動的に生成された説明

しらこ「SAN TERENZO」(2016)/「さぼり」(2016)

「依頼をいただくようになったことで、自分のイラストにもちょっと自信が出てきて、“大学を辞めてイラストで仕事をしたい”という気持ちが強くなってきました。
僕のなかでは、もう建築を続けることはできないという想いは固まっていましたし、飽き性な自分が絵だけは小学校のころから続けられている。絵ならこれから先も続けられると思い、大学3年生の終わりで退学することにしました」

文字と絵が描かれた絵 中程度の精度で自動的に生成された説明

しらこさん初のクライアントワーク|ユアネス「色の見えない少女/「たとえば」ジャケット

大学を辞め、イラスト一本に絞ったしらこさんですが、すぐに生計が立てられるほどの依頼はまだない状態。働きながら絵を学び、イラストの仕事を受けるという日々でした。

「親からは“働かないと家にいてはいけませんよ”と言われていましたし、イラストレーターになるなら東京にも出たい。それでまずは住み込みのようなかたちで働ける、自動車部品製造の工場に勤めることにしました。
仕事以外の時間は、風景画や色彩理論について海外の技法書で学んでいたのですが、水面の反射や遠近感の出しかた等々、自分にとって役に立つことがたくさん書かれていて。こうした本を読んで勉強すれば、絵はもっと上達できるという実感がありました。
工場で働いていた時期は大変でしたが、ここでしっかり貯金して東京でがんばるぞ、という気持ちだけはずっと持っていましたね」

置かれたチラシ 中程度の精度で自動的に生成された説明

当時、参考にしていた海外の技法書

晴れて2018年に上京したしらこさんはイラストレーション青山塾へと入塾。すでに確固たる作風を持っていたなかで、またイラストレーションを学ぶ道を選んだのはなぜだったのでしょうか。

「イラストの描きかたは全部独学だったので、本で学んだ技法が正しいのかどうか、いまの方向でいいのかどうかを確かめたかったんです。
講師の木内達朗さんは海外の学校でイラストレーションを学ばれていますし、そうした方から見て、自分のイラストの知識が間違っていないか、答え合わせをしに行きました」

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左:笑い飯 哲夫『銀色の青』(サンマーク出版)/右:織守きょうや『響野怪談』(KADOKAWA)

絵に対して真摯に、実直に向き合い続けたしらこさんは、この年、『銀色の青』(サンマーク出版)ではじめての書籍カバーイラストを担当。これがひとつのきっかけとなり、装画の仕事が徐々に増えていきました。
イラストでありながら映像的な物語性、情感を内包するしらこさんの絵は、想像の余地を残しながら膨大なストーリーを象徴させる装画という世界で、より強い輝きを放つことになったのです。

直接、描く感覚を求めてiPadを導入

しらこさんの制作環境はいま、完全にiPad一本。最近では、iPadで描いたイラストをそのままメールで送ることで、パソコンを経由せずに完結することもあるそうです。Photoshop+ペンタブレットで描いていたしらこさんが、制作をiPadに切り替えたのはどうしてなのでしょうか。

「“直接、絵を描く”という感覚がほしかったんです。手元のペンを動かしてディスプレイ上に線が描くという距離感ではなく、手の動きと描かれる線を一致させたかった。液晶タブレットの購入も検討したのですが、iPadのほうがコスト的にも安上がりでしたし、いろいろなことに使えて便利だなと思い、iPadの購入を決めました。
iPadを導入した2018年はまだ、iPad版のPhotoshopやAdobe Frescoもなかったこともあり、それ以来、別のペイントツールを使っているのですが、今回、Adobe Frescoを触ってみると、基本的な操作は似ている部分も多く、迷わず操作することができました。はじめてでも使いやすいツールだと思います」

リモコンを持っている手 中程度の精度で自動的に生成された説明

今回のイラストに取り入れた油絵風のタッチは、しらこさんにとってはじめてのデジタル上での油彩表現です。

「東京に来て、イラストレーターとしての生きかたを模索しているとき、依頼された絵を描くというほかに、“絵を売る”という選択肢も検討していて。デジタルイラストはそれ自体を販売するのは現実的ではありませんが、アナログならそれができますよね。そうした過程で油彩絵具についても試していたのですが、油絵的な表現に取り組むのはそれ以来です。
Adobe Frescoのライブブラシ・油彩で実際に描いてみると、筆のタッチがびっくりするほどしっかりと残ります。ほかのペイントツールではそれほど考えなくても描けていたのですが、Adobe Frescoでは仕上がりを考えるうえで、このタッチが絵としてどう残るのかをかなり意識する必要がありました。たとえば、ディテールをチマチマ調整していこうとすると、その筆跡が絵に出てしまうのです。
ただ、一方で、そのリアルな再現性が“絵を描いているな”ということを実感させてくれるんです。普段なら完全にコントロールできる色の混ざり合いも、下地の色とどう混ざり合うのかがわからない。不規則性を完全にコントロールできないところにスリルを感じましたし、描いていてワクワクしましたね」

マップ 自動的に生成された説明

今回のイラストはおもにライブブラシ・油彩で描かれている

しらこさんが活動するフィールドはいまは本の装画等が中心ですが、チャレンジしたいことはイラスト以外にもたくさんあるそうです。

「新しいことに挑戦していきたいタイプなので、漫画やアニメーション、ジャンルは違いますが、作曲のような音楽活動等々、やってみたいことはいろいろあって。どれも才能が必要と言われているけれど、勉強や練習で身につけられる、着実に努力すれば確実に上達する、ということはイラストと変わらないはずだと思っています。
もちろん、いまの仕事も好きなのでイラストは描き続けていきたいと思います。そのとき、ひとつの画風として、今回のようなAdobe Frescoの油絵表現を追求してみるのもおもしろいかもしれないですね。いつかこうしたタッチで装画を描くことができたらと思います」

家の前の歩道を歩いている男性
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しらこ
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