日菜乃「大事にしている線の表現もAdobe Frescoなら思いのまま」 Adobe Fresco Creative Relay 20
Adobe Frescoを使うクリエイターインタビュー企画「Adobe Fresco Creative Relay」。第20回は品のあるやわらかいラインと完成された構図・構成で日常を描く、日菜乃さんが登場です。
アドビではいま、Twitter上でAdobe Frescoを使ったイラストを募集しています。応募はかんたん、月ごとに変わるテーマをもとに、Adobe Frescoで描いたイラストやアートにハッシュタグをつけて投稿するだけです。
10月のテーマは「ハロウィン」。仮装パーティ、顔に加工したカボチャ、“Trick or treat!”と言いながら家々を訪れる子供たち……そんな秋のお祭りを様子をAdobe Frescoで描き、 #AdobeFresco #ハロウィン をつけてTwitterに投稿しましょう。
そして、この企画に連動したAdobe Frescoクリエイターのインタビュー「Adobe Fresco Creative Relay」、第20回は品のあるやわらかいラインと完成された構図・構成で日常を描く、日菜乃さんにご登場いただきました。
あたたかくて懐かしいハロウィンパーティの思い出
「ハロウィンは本来、どこか怖い、暗いイメージのあるイベントだと思うのですが、わたしの記憶にあるハロウィンは昼間からみんなでお菓子を食べたり、ちょっぴり怖い映画を見たりと、ゆったり楽しめる秋のお祭りのイメージのほうが強くて。現代ではそういうハロウィンのほうがなじみがあるんじゃないかと思って、自分の中にあった懐かしいハロウィンパーティーの思い出を切り取ったのがこの作品です。
ハロウィンのある10月31日は、秋のちょうど寒くなってくる頃合いですよね。暖かいセーターを着て、温かい飲みものを飲む様子に、黒猫やカボチャなどハロウィンのモチーフを取り入れつつ、パーティーの楽しさ、あたたかみを感じられるように意識して描きました」
日菜乃「黒猫とカボチャのハロウィンパーティー」
進路に悩んだ果てに見つけた美術への道
繊細で品のあるラインと、抜群の空間構成で日常のワンシーンを切り取る日菜乃さんのイラスト。日常を切り出したようなカットを組み合わせる構成もまた、日菜乃さんらしいユニークな表現です。
2020年4月からTwitterでこうしたイラストを発表し始めると、瞬く間に話題となり、フォロワーはわずか1年半で54,000を突破。いまなお加速度的に増えています。
彗星のように、という表現がピッタリ合うほどに突如としてあらわれたイラストレーター・日菜乃さんとはどのように絵と関わってきたのでしょうか。
「子どものころを思い返しても、絵を描いていた……という記憶があまりなくて(笑)。どちらかというと勉強のほうが好きで、中学、高校も一般の学校に通っていたのですが、進路を真剣に考えなくてはいけない高校2年生のとき、“この先どうしようか”と本気で迷ってしまったんです。
いま思えばまったくそんなことはないとわかるのですが、当時は選んだ大学、学科によってその先の将来像が決まってしまうように思えて。急に選択肢を突きつけられるものの、どれを選んでもピンとくる未来が描けませんでした。
あらためて“自分は何が好きなんだろう”ということを考えた結果、思い当たったのが美術でした。学校の授業や近所の版画・彫刻のアトリエで版画を作ったときに感じた、“手を動かしてものを作る楽しさ”。それを思い出すなかで、自分のなかに美術大学という選択肢が出てきました」
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近作より/日菜乃「金木犀の季節」「ホオズキ」「檸檬色」
美術大学を受験するとなると、これまでとはまったく異なる対策が求められるため、日菜乃さんは高校2年の終わりから美大受験の予備校に通うことになりました。それまでデッサンを学んだことすらなかった日菜乃さんに焦りはなかったのでしょうか。
「運がよかったのかもしれませんが、以前から予備校に通っていた子も仲良くしてくれて。焦ることもなく、楽しく通うことができました」
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近作より/日菜乃「春を連れてきた。」「春風」
晴れて、武蔵野美術大学へと進学を決めた日菜乃さんですが、選んだ学科は絵画系ではなく、デザイン系(視覚伝達デザイン)でした。
「視覚伝達デザインを選んだのは日本画、油画よりも広告のデザインに興味があったからです。そのころはイラストを描くことになるとはまったく思いもしませんでしたが、デザインを見るとき、ついイラストを目で追っていた自分もいて。当時から絵には興味を持っていたんでしょうね」
日菜乃「銀杏黄葉」
グループ展をきっかけにイラストの道へ
自らイラストを描くという選択肢すらないまま、大学生活を送るうちにひとつのきっかけが訪れます。それは同じ学科の友人たち8人で企画したグループ展でした。
「ほとんどの人がイラストを描いて展示をすることもあって、自分もイラストを描こうと思ったのですが、それまで美術の授業や文化祭くらいでしか絵を描くことがなかったので、どうしようか迷ってしまって。そのときと同じように水彩で何かを描こうと思って取り組みました。見返すのも恥ずかしいのですが、イラストとして1枚の作品を仕上げるのはこれが初めてだったこともあり、いまにつながる第一歩だったと思っています」
はじめての展示で描いた水彩イラスト作品/日菜乃「そぞろ歩き」
このときの作品は、画風はいまとはまったく異なるものの、はじめてのイラスト作品とは思えない、ユニークな構成、幻想的な色彩によって描かれています。
しかし、このときのイラストが周りの友人にも好評だったことは、日菜乃さんに“イラストを描くのは楽しい”と思わせるには十分なものでした。
「いつも自分の作品に自信がない、それなのに完璧主義なところがあって、自分が納得がいかないと途中で描くのをやめてしまうんです。だからこのとき、1枚の作品を完成させたというのは自分のなかでも大きな意味を持っていました。
この性分はいまでも変わっていなくて、2週間くらい前の作品を見るだけで、“なんでこんな作品をあげてしまったんだろう…”と落ち込むこともあります(笑)」
2度目の展示となったサイバーフィクション展のためのイラスト/日菜乃「Neon」
幸か不幸か、コロナ禍によって増えた在宅時間をより有効活用しようと、日菜乃さんはiPadを購入。デジタルイラストレーションに取り組み始めます。
「iPadのいいところはその場でパッと立ち上げて描けることです。
ペンタブレット、液晶タブレットだと、まずパソコンを起動して……というところから始めなくてはいけませんが、iPadなら思いついたときにすぐに描けますよね。その身軽さが自分に合っていると思えたんです」
[iPadで描き始めたころの作品/日菜乃「過ぎたる夏の落し物」「海と 雲と 昔懐かしクリームソーダ」
iPadで描き始めたころの作品/日菜乃「とろとろとろける真っ赤なルージュ」「鈴蘭の箱に 幸せをぎっしり詰め込んで」
ツールをデジタルに変えたことで、日菜乃さんの作品は大きく変化。しばらくはツールに慣れるために練習の日々だったそうです。
「iPadにペーパーライクフィルムに貼って、アナログに近い感覚で描けるようにしたり、自分が好きなタイプのイラストレーターのタッチを見よう見まねで描いたり。そうした練習を繰り返していました。
わたしはあまり人物を描くのが得意ではなかったのですが、手を描くのは好きだったので、そこに自分の好きなモチーフを入れて描くことで、自分の作品を作り上げていきました。
色合いやトーンは、中原淳一さんの本や昔の雑誌を買ってきて、“かわいいな”と思えるものを参考にしています。レトロなモチーフが描かれた作品はその影響ですね」
日菜乃さんがモチーフや色合いの研究に使う参考資料
日菜乃さんのイラストに見られる、「手+モチーフで日常を切り取る」というコンセプトはこうして作られていきました。一方、構図や構成については、大学の専攻であるデザイン、広告からの影響が強いと話します。
「見せかたや構図はもちろんですが、毎回、イラストを描くときにも、しっかりとコンセプトを立てるようにしています。何をどう描くかだけでなく、どういうシリーズで展開するか。そういうことを考える根底にはデザインの学びがあると思っています」
日菜乃 昭和ポスターシリーズより
描くときに資料収集だけでなく、分析を欠かさないのも日菜乃さんのスタイル。イラストがあふれるSNSの中で、どうしたら見てもらえるのかを常に意識しています。
「わたしは自分自身の絵に常に限界を感じていますし、踏んでいる場数もわずかです。そうしたなかで目に止めてもらえるためのモチーフはなにか……それを決めるのにすごく時間をかけています。
いまの画風に合うもの、レトロな雰囲気のもの、身の回りにあるもの。作品に一貫性を持たせるために慎重にモチーフを選びます。
無意識に、自然に描いている絵のどこが持ち味なのかを考えて、そこを伸ばせないかとか。考えながら描くことが多いですね」
描いてはそれを客観的に見つめ、今の時代に合うかどうか、自分ならではの魅力を出せているかを確認する。主観と客観を繰り返し、日菜乃さんはイラストの強度を高めています。
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日菜乃 レトロメニューシリーズより
Adobe Frescoなら、タッチの強弱も思いのまま
いまはほぼすべてのイラストをiPadで描く日菜乃さんは、Adobe Frescoをどのように評価しているのでしょうか。
「Adobe Frescoをはじめて触ったときはちゃんと描けるかと不安だったのですが、実際に描いてみるとまったく問題ありませんでした。
今回はかぶらペンというブラシで線画を描いたのですが、筆圧もしっかりと感知してくれるので、線の強弱もすんなりとつけられました。わたしが一番時間をかけている、こだわっている線も思い通りに描くことができたと思います」
線画に使用した「かぶらペン」。筆圧感知で強弱をつけながら描いている
ほかのペイントアプリにはないAdobe Frescoの特長に、水彩のライブブラシを挙げています。
「ほかのペイントアプリでは、水彩ブラシで描こうとしてもブラシを入れたところにしか色がつきませんが、Adobe Frescoは思ったよりも色が広がるんですよね、それがアナログの描き味に似ていてユニークだと思いました。今回、この水彩を塗りにも使っているのですが、描いていて楽しかったです」
二十世紀少女『それじゃあこの恋は』 イラスト:日菜乃
日菜乃さんのデジタルイラストレーションの経験はまだ2年にも満たないものですが、繊細な描画と圧倒的な構成力によって、SNSを中心にすでに絶大な支持を受けています。クライアントワークも引き受けながら、表現に磨きをかける日菜乃さんが次に目指す目標は何なのでしょうか。
「今後はイラストだけでなく、デザインの経験も活かして、装画やブックデザインには関わっていけたらと思っています。イラストレーターとしての経験はまだ浅いので、これからさまざまなジャンルの仕事を経験しながら、アーティストとしての自分の強みを見つけていきたいです」
2度目の展示の際に作ったグッズ。現在、SUZIRIでTシャツ等も販売されている
日菜乃
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