「共感」をデザインしてビジネスにすることの意味を考える Part 1 | アドビ UX 道場 #UXDojo

2018 年の晩秋のことです。ある月曜日の午後、ビジネスカジュアルをさまざまに解釈した 30 人あまりの社会人たちが、「Applied Empathy」という文字が投影されたプロジェクターのスクリーンに向かい、きれいに並べられた椅子に腰かけていました。彼らは数分前、参加証を首から下げて、ウエストヴィレッジにある Sub Rosa の広々としたのイベントルームに到着したところです。ペプシ、GE、ナイキなどを顧客に持つ広告エージェンシーの Sub Rosa は、彼らの仕事にもっと共感を持ち込む方法についてのワークショップを開催していました。

会場では、Sub Rosa の創業者で CEO の Michael Ventura が、光を放つスクリーンの前に立っていました。長身で長い黒髪にひげを生やし、ファッショナブルでカジュアルな服装に身を包んだ彼は、都会のシャーマンのような雰囲気を漂わせていました。90 分のワークショップは、Fast Company Innovation Festival のセッションの一つとして、Applied Empathy という方法論を参加者に紹介するものです。この方法論は、「社内文化の変革を促し、より良い製品をつくり出し、顧客とより深くつながる」ために考案された企業リーダーシップのアプローチです。Ventura は Applied Empathy という本を書き、Questions & Empathy というカードゲームをデザインしました。彼はこのゲームを「雑談を、あっという間に重要な話に変化させる、人間性に対する高尚なカード」と表現しています。

Ventura はセッションを言葉の解説から始めました。「まず、私たちがよく自問する、ごく当たり前の質問から始めます。なぜ共感なのでしょうか?」と彼が言うと、参加者はメモを取るためにバッグからペンを取り出しました。彼は、特にビジネスの世界では、共感は慢性的に誤解されている言葉だと続けて、「人々は共感について、親切、思いやり、同情心に関することだと考えています。しかしそのようなことではありません」と言いました。Sub Rosa において、共感とは辞書に定義されている「他人の気持ちを理解し共有する能力」を超えた、より広い意味を持っていると彼は説明します。

「私たちにとって、共感とは自己認識の視点であり、より豊かで深い理解を得るためのものです」と彼は言いました。そして、先に挙げたすべての美点は、より共感的な人間であることの副次的な効果に過ぎません。Sub Rosa のように、デザインを中心に問題を解決する立場に自らを位置づける企業にとって、クライアントやクライアントの顧客をより深く理解することは、経済的にも実質的なメリットがあります。よりインパクトのあるキャンペーンや、より印象的なブランドの活性化を可能にし、より有用な製品を生み出し、見過ごされているニーズを解決することができます。

The Empathy Business という英国の団体によると、共感は数値化できる指標です。彼らは、2015 年と 2016 年に共感指標を発表しました。これは、企業文化、倫理観、リーダーシップのパフォーマンス、ソーシャルメディアでの存在感、ブランド認知を分析して、上位 100 社をランク付けしたものです。彼らは、共感的な文化を築いた企業は、実際の経済的利益を得られると主張しており、創設者 Belinda Parmar は 2016 年に Harvard Business Review に、「2015 年の共感指標の上位 10 社は下位 10 社に比べて 2 倍以上価値が上がり、50%以上の利益を生んだ」と書いています。人材系スタートアップの Businesssolver による別のオンラインレポートは、2019 年に調査した CEO の 91%が、企業の財務パフォーマンスは職場での共感と結びついていると考えていることを発見しています。

ソフトスキルが実際の数字に結びつくという考えは、大企業からワークショップに派遣された多くの参加者にとって、耳寄りなものでした。他の面倒そうに感じられる自己啓発の取り組みとは異なり、共感には否定しがたい魅力があります。ビジネスにおいて共感を高めることに前向きにならないひねくれ者はいるでしょうか?

しかし、チームが真に共感的な方法で活動できるようになるには努力が必要であると、Ventura は聴衆にくぎを刺しました。共感は筋肉のようなもので、鍛えなければ自己中心になってしまいます。このワークショップ、そして Applied Empathy 手法は、自身の偏見を認識し、最終的には顧客のためによりよい製品や解決策をつくり上げるための第一歩です。「他人の立場に立って、その人の目から実際に見ることができれば、行おうとしている意思決定や問題解決に役立てることができます」と Ventura は続けました。「納得してもらえたでしょうか?」

巷にあふれる共感

ニュースを検索すると、「共感の力で欲しいものを手に入れる」「ビジネスの最大の武器は共感」といった見出しが見つかります。年を追うほど「もっと共感を」という声から逃れることは難しくなっています。まるで、この言葉が、分裂の時代を癒す万能薬であるかのようです。もし上記のニュースを信じるならば、それは政治的な亀裂を埋めることができる縫い目であり、テクノロジーの中毒性や毒性を低減させる鍵です。そして、デザインが真に「人間中心」であることを保証する秘密の成分です。

共感を軸にした経済は注目を集めつつあり、それは理解できることです。理論上、共感は、現在多くの人々が感じている怒りや緊張、そして世界への倦怠感に対する完璧な解毒剤です。論理的には、誰もが相手の立場に立てば、物事を違った角度から見れるはずです。そして、必然的に、人々はそれを利益に変える方法があることを学びました。ちょうど、デザイン業界が「ユーザー中心設計」というコンセプトを標準として採用してきたように。

書店に行けば、リーダーシップやマーケティングツールとして共感を使う方法を教える本を十冊程度は買うことができます。少なくともその中の 1 冊は共感が全くのでたらめだと主張しているでしょう。最近は、もっと共感的になる方法を教えてくれるコーチを雇うこともできますし、オンラインのコースで、e メール、ボディランゲージ、言葉遣いに思いやりを持たせるヒントを教えてくれる共感スキルトレーニングを学ぶこともできます。

しかし、共感の経済面への期待が高まっているとしても、それは成功が証明された道ではありません。共感が急速に道具として入り込むにつれ、次のような新たな疑問が生じます。共感が市場価値のあるスキルになったらどうなるでしょうか?価値が高まるにつれて、その意味は薄れていくでしょうか?そもそも、共感は学ぶことができるのか、ましてや買うことができるものなのでしょうか?

どうやらそうかもしれません。Sub Rosa のワークショップの数週間後、私は、ニューヨークでエグゼクティブコーチとして活躍している Whitney Hess に電話しました。彼女は、行き詰まり、不安、不幸、あるいはその 3 つの組み合わせを感じている人や企業への指導を提供しています。私は、「共感 コーチ」で検索して彼女を見つけました。といっても、それは数多くのページを埋め尽くした、やる気を起こさせる言葉や企業の問題解決のためのアドバイスを宣伝する検索結果の一つに過ぎません。現状では、共感は確実に市場価値のある、すなわち SEO に適した用語です。

Hess はこの 10 年の大部分、自身の名を冠したコンサルタント会社を経営してきました。会社のキャッチコピーは「一言ずつ着実に、人の体験を改善する」です。彼女のウェブサイトには、彼女はマイヤーズ・ブリッグスタイプ指標の ENFJ(主人公型)で、コンフリクトマネジメントのスタイルは受容(相手が勝ち、自分が負ける)だと書かれています。彼女のサービスには、マネジメント指導、ファシリテーションと調停、語り口の変更などがあり、私をより高い道徳的真理に導き、私をより稼げるようにしてくれそうに見えます。

Hess は私に、彼女のセッションは、人とのつながりを難しくしている硬直性や合理性の皮をはがすようデザインされていると言いました。彼女によると、この硬直性や合理性が、感情的な障壁や盲点を直視する邪魔になっています。ほとんどの顧客はセッションのパッケージ費用を支払いますが、サイトには自分で料金を決められるフォームも用意されています。1 時間のセッションの平均支払額は 169 ドルです。

Hess は元 UX デザイナーで、独立してコンサルタントになる前は、デジタルエージェンシーでアプリやウェブサイトのワイヤーフレームを作成していました。彼女によると、UX デザイナーやリサーチャーの多くは天性の共感能力を持つ者であり、その敏感な感受性をビジネスゴールに向ける立場に身を置いているのだそうです。「私は、すべてのユーザー体験を共感の実践と捉えています」と彼女は言いました。「最終的にビジネスのために達成しようとしているいくつかのゴールがあります。ですが、ユーザー体験の実践者の優位な点は、『ビジネスが求めるものとユーザーが求めるものとの接点の見つけ方』にあります」

UX リサーチは、ユーザーの心や感情に触れることでしか得られない、重要な洞察の発見を前提に行われます。相手を理解し、できることなら共感すれば、その相手が欲しいもの、さらには必要なものさえつくれるというわけです。しかし、Hess にとって共感とは、相手の気持ちを想像することではなく、相手の存在を感じることです。「共感は、英語では比較的新しい言葉です」と、彼女はゆっくり、そしてゆったりとした口調で説明しました。「この言葉はドイツ語から来ていて、ちゃんと発音することはできないのですが、文字通りの意味は『感じ入る』です。私は、これは、同情や理解とは全く違うものだと考えています」

これが共感とデザインに関わる主な問題点だと Hess は認識しています。多くのデザイナーは、共感とは、単純に他人の視点を理解することだという考え方に囚われています。彼らは、ユーザー中心設計のひとつのステップとして、あるいは、解決すべき精神的なパズルとして共感を扱います。「私が心配しているのは、デザインの分野で共感について話すとき、認知的な共感を意味しているのではないかということです」と彼女は言います。

共感コーチングの一部は、共感がチェックリストに並ぶ項目であるとか、デザインプロセスにおけるベストプラクティスであるといった概念を剥ぎ取るものです。Hess は、人々が仕事で共感を実践する前に、自分自身への共感を実践する必要があると主張します。ただし、これは長く面倒なプロセスになりがちです。共感コーチングはセラピーによく似ていると私が言ったとき、彼女はすぐに私の言葉遣いを訂正しました。「セラピーではありません。コーチング以外のものではありません。私がクライアントとすることは、明確に共感に関わるものではありません。私が実際にしていることは、彼らが自身の感情やニーズをよりよく理解する手助けです。なぜなら、自分自身とつながっていないと、他者とつながる能力がずっと低くなるからです」

この記事は、AIGA Eye on Design の協力により作成されました。パート 2 に続きます。

この記事は The Empathy Economy Is Booming, and There’s More at Stake Than Just Our Feelings – Part 1(著者: Liz Stinson)の抄訳です