ユーザー調査における認知バイアスを克服する方法 | アドビ UX 道場 #UXDojo
認知バイアスはデザインプロセスに大きな影響を与えます。もし UX を実践する立場の人々が自身の偏りに無自覚であれば、誤った結論へ導こうとする罠にはまることもあるでしょう。認知バイアスにより思考の中につくり出される体系的な誤りは、デザインに関する判断に影響します。
認知バイアスが発生するのは、ユーザーにとって何かがどう機能すべきかについて仮説を立て、ユーザー調査を通じてそれを検証しようとするときです。ユーザー調査中の認知バイアスを克服できれば、デザイン作業の効率を改善できます。この記事では、一般的な認知バイアスの種類と、それらに対処するための実践的なヒントを紹介します。
認知バイアスとは何か
情報を処理するとき、人間の脳は自然にショートカットを作成します。このショートカットは、脳の認知負荷を軽減する働きがあります。そのため、新しい情報を処理する場面であっても、より速く処理することを目的に、既存のショートカットが使われます。
一見、この機能は、人が世界を理解するのに役立つように思えるかもしれません。しかし、その副作用として生じる認知バイアスは、多くの問題を引き起こす可能性があります。状況次第で、このメンタルショートカットは、人々を容易に間違った仮定へと導きます。
8 種類の認知バイアス
認知バイアスはさまざまな形をとり、何十種類もの存在が知られています。この記事では、ユーザー調査のフィードバックを解釈する際に最も一般的に見られる 8 種類の認知バイアスを紹介します。
1. 確証バイアス
人間は、自分の仮定を支持する証拠を重視する一方、支持しないデータや意見を軽視する傾向があります。確証バイアスの概念を提唱した心理学者 Daniel Kahneman は、確証バイアスが発生するのは、「ある解釈があるときに、それを選択して、そこから後は、トップダウンですべてをその解釈に強引に合わせるようとする場合」であると述べています。
確証バイアスは、UX デザインへの影響の大きさという面において、おそらくはこの記事で紹介する最も危険な認知バイアスです。このバイアスは公平な目で見ることを妨げるため、アイデア出しやブレインストーミングのセッションで多くの問題を引き起こす可能性があります。
確証バイアスにとらわれたデザイナーは、反証を前にすると、逆に自分の信念を強める傾向があります。例えば、ユーザー調査では、自分の既存の仮定に合わないことを理由に、ユーザーが感じている痛みを無視してしまうことがあります。具体的には、自分には論理的に見えるデザインに対する「ナビゲーションシステムの設計が悪い」というユーザーの声をないがしろにしてしまうかもしれません。
2. 偽の合意効果
偽の合意効果とは、他の人も自分と同じように考えるだろうという思い込みです。これは、デザインの初期段階における、非常に危険なバイアスです。というのは、自分たちのアイデアに自信があると、ユーザーにとってあまり価値のないものをつくるために、時間と労力を費やしてしまうことがあるからです。
偽の合意効果のリスクを最小限に抑えるには、ターゲットであるユーザー、そして彼らのニーズと欲求をより深く理解することが効果的です。自分の仮定を明確にして、それを実際のユーザーや潜在的なユーザーと検証することが必要です。
3. 親近効果
人は、直近の経験を重視する傾向を持っています。これが親近効果です。親近効果に影響されているデザイナーは、最新の情報に偏った意見を形成しがちです。例えば、UX リサーチャーは、一連のユーザビリティテストを実施する際に、直近のセッションで発見された問題をより重視するかもしれません。
4. アンカリングバイアス
人は意思決定をするとき、その時点で保有している情報に頼る傾向があります。公開した最初のバージョンを改善したい場合に、新バージョンの評価が、公開中のバージョンとの比較により行われることはごく一般的です。
アンカリングバイアスは、ユーザーリサーチャーにとっての罠になることがあります。事前に持っている情報に、気を取られて過ぎてしまう可能性があるからです。ユーザー調査の前、調査中、そして調査後に学んだ全ての事を、同等に重視すべきであることは忘れないようにしましょう。
5. ピーク・エンドの法則
人は、体験全体の平均点や総和よりも、最も心を動かされた瞬間とその終了のタイミングに感じたことを基準に体験を判断する傾向があります。最も心を動かされた瞬間とは、一番強く記憶に残った体験かもしれません。例えば、購入したばかりのスマートフォンで親友に最初の電話をかけたとき、それが楽しかったか否かに関わらず、記憶に残る体験となるでしょう。そうして記憶されたスナップショットが持つ価値は、体験の実際の価値に強く影響します。
ピーク・エンドの法則が、体験をどのように記憶するかを説明する折れ線グラフ。この例のピークはポジティブですが、ネガティブになることもあります。
6. 社会的望ましさのバイアス
人は、他の人が周囲にいる場面では、より「社会的に受け入れられやすい」判断をする傾向があります。つまり、単独で行動するとき、その人の行動は全く異なるかもしれません。
すなわち、ユーザー調査を行う人は、インタビュー中に得た回答が有効なものではない可能性を認識する必要があります。テスト参加者は、社会的望ましさのバイアスにより、たとえ本当に感じていることではないとしても、質問した相手が望んでいる答えを見つけたいと思うかもしれません。ユーザーを観察するときは、できるだけ実際の環境に出向き、実際の使用環境と同じ条件を用意するよう試みましょう。
7. クラスター錯覚
データのクラスター化は、大量のデータを関係性を基準にグループやテーマに分類するプロセスです。データに基づいてデザインに関する意思決定を行うには、質的および量的調査により得たデータのクラスター化が必要であると、多くの専門家が主張しています。
クラスター錯覚は、データを分析する際に、誤ったクラスター化を行って、存在しないパターンを見てしまうことです。これは、特に UX リサーチの初心者にとって、危険な罠です。
多くの場合、 クラスター錯覚の根本的な原因は、サンプル数が少なすぎることです。サンプルが少ないと、データーのばらつきを過小評価して、誤った仮定をするリスクが高まります。データをクラスター化する際は、評価したいセグメントの大きさに見合うだけの十分なサンプルがあることを確認するようにしましょう。
8. フレーミング効果
人は、同じ情報でも、言葉選びによって反応が異なります。フレーミング効果は、質問をするときに特に顕著に現れます。「この機能は楽しいですか?」は、「楽しい」という言葉を中心に答えさせる誘導尋問の一例です。この質問をすると、相手は体験のポジティブな場面のみを考えるようになる可能性が高まります。
誘導尋問は何としても避けて、その代わりに「この機能についてどう思いますか?」と質問する方がより有効です。ユーザーが体験の特定の部分だけを考えることなく、製品に対する正直な意見に集中できるためです。
ニールセン・ノーマン・グループは、フレーミング効果が UX デザイナーに与える影響について、興味深い事例を紹介しています。彼らは、UX デザイナーにユーザビリティテストの結果を伝えた後に、彼らに対して「この結果であれば、検索機能を再設計するべきか?」という簡単な質問をしました。テストの結果は、以下の 2 つの異なる文章のどちらかで伝えられました。
- 20 人中 4 人のユーザーが、ウェブサイトの検索機能を見つけられませんでした。
- 20 人中 16 人が、ウェブサイトの検索機能を見つけられました。
受け取った情報の表現がどちらであったかによって、デザイナーが示した反応は異なりました。1 番目の否定的な文章を受け取った回答者の 51% は、再デザインを呼びかけたいと考えました。一方、2 番目の肯定的な文章を受け取とった回答者の方は、再デザインの必要性を 39% が感じました。これが証明するのは、フィードバックの内容が同等でも、表現次第で解釈が異なることです。
ニールセン・ノーマン・グループが実施した調査結果の棒グラフ 出典: NN Group
ユーザー調査の認知バイアスを克服するヒント
ここからは、ユーザーテストを始める前に知っておきたい、認知バイアスを克服するための実践的なヒントを紹介します。
事前に思い込みを明確にする
どんな人でも思い込みがあるのは当然です。UX リサーチャーも例外ではありません。ですから、ユーザー調査を行う際には、常に自分が持っている思い込み(一般的なものと、特定のプロジェクトに関連するものの両方)を把握しておくべきです。自分がどのようにデータを見ているかに自覚的になると、多くの種類の認知バイアスを避けられるようになります。
調査を開始する前に、自分の思い込みを列挙するために時間を費やし、その情報をチームと共有することは、認知バイアスを克服するのに有効です。
サンプルが十分にあることを確認する
サンプル数が少ないのは、研究の信頼性を下げる理由の一つになります。では、ユーザビリティ調査には、何人の参加者が必要なのでしょう? 5 人のユーザーでテストすれば十分でしょうか?実のところ、この質問に対する唯一の回答はありません。
経験則としては、対象マーケットのすべてのユーザーグループから、それぞれを代表するユーザーを大勢集めるよう努力することが最善です。それにより、特定のグループの先入観に縛られることを防げます。この件に関するより実践的なヒントとして、Nielsen Norman Group の記事をお勧めします。
結果分析のプロセスを定義する
アクションにつなげる洞察を定義するには、どのような基準を使用しますか?ユーザーの行動を分析するためにどのような指標を使用しますか(タスクにかける理想的な時間、予測される直帰率など)?また、ユーザーの行動を定量的に分類するにはどうしますか(参加者の何割がフローを正常に完了する必要があるかなど)?
ユーザー調査を開始する前に、明確な基準を規定する必要があります。なぜなら、明確な基準は、データの分析や分類をより容易にするからです。フィードバック一つひとつに対して、自分がどのようにデータをまとめているかを自問しましょう。分析プロセスを意識すれば、自分の見方がポジティブだったりネガティブだったりする理由を理解できます。
自分の気分を確認する
人は、自分の感情が自分の態度や行動に与える影響を過小評価しがちです。感情は、調査の理解に直接影響します(この現象は認知バイアスの一種で、共感ギャップと呼ばれます)。自分が悲しいときは、幸せや興奮を感じる人に共感するのが難しいかもしれません。
自分の感情を制御することは困難ですが、セッションを始める前に、自分が感じたことを書くことくらいはできるでしょう。この情報は、調査結果を分析し、インタビュー中に収集された定性的なデータから自分の感情を切り分けるのに役立ちます。
話し過ぎない
リサーチャーが話すのではなく、テスト参加者に話させましょう。彼らの話を聞き、反応を観察しましょう。「なぜそう思うのですか」といった明確な質問をして、インタビューの相手にに自分の考えを表現させましょう。間が空いたときは、沈黙を埋めようとせず、参加者に任せるべきです。
ボディランゲージに注意する
優れたユーザーリサーチャーは反応が中立的で、感情を表に出しません。それは、リサーチャーからの反応が、ポジティブであれネガティブであれ、ユーザー調査の結果に影響を与えるからです。セッション中にリサーチャーが感情的な反応を隠していれば、テスト参加者は社会的望ましさのバイアスにあまり悩まされずに済むでしょう。
おわりに
UX の実践において、認知バイアスの克服は不可欠な要素です。「これらのバイアスは他の人に影響するが、自分には関係ない」と考える UX デザイナーは、バイアスの盲点の影響下にあります。バイアスの盲点とは、自分自身へのバイアスの影響に気づかないという認知バイアスの一種です。このバイアスの危険性は、デザインする際に、自分の意思決定能力を過信してしまうことです。
これが、プロダクトデザインの第一法則が、「オープンマインドであること」というシンプルなものである理由です。自分の認知バイアスに自覚的になり、それと戦う準備をすることこそが重要なのです。
この記事は How to Overcome Cognitive Bias in User Research(著者: Nick Babich)の抄訳です