『映像ディレクターOSRINが考えるムービーとグラフィックの草鞋』Adobe MAX Japan 2023セッション

モニター画面に映る人 低い精度で自動的に生成された説明

©︎OSRIN, PERIMETRON

2023年11月16日、東京ビックサイトでのAdobe MAX Japan 2023で多彩なセッションが展開された中、特に注目を浴びたのが映像作家でアートディレクターのOSRINさんのセッション「映像ディレクターOSRINが考えるムービーとグラフィックの草鞋」でした。King GnuやMr.Childrenのミュージックビデオを手掛けるOSRINさんは、制作プロセスやその背後にある創造の思考を情熱的に語り、聴衆は彼の言葉に引き込まれました。このセッションはわずか50分という短い時間でしたが、貴重な企画書や編集画面などこの場でしか得られない情報の連続に、時間が飛ぶように過ぎ去った感覚を覚えた方も多かったでしょう。このレポートでは、そのダイジェストをお伝えします。

キャリアのスタートは?

YouTubeの普及と共に映像が日常の一部になる中で、映像制作を始めました。最初はドキュメンタリーから入ったんですが、音楽をやっている友人からミュージックビデオの制作を依頼されて 、そこから今に至ります。

実写で実績を積んだ後、アニメーションやCGなどやりたいことに幅広く手を広げていきました。

グラフィックも手掛けていますね

大学のグラフィックデザインの授業で、「自分は映像しかやりたくない」と教授と衝突したんです。でも、卒業時に「それだけの創作への熱意があるなら、映像だけに留まらず、グラフィックやマガジン、写真、絵画など、様々なツールを学んでおくべきだ」とアドバイスされたことが心に残ってました。

ミュージックビデオだけでは食べていけないんじゃないかと気づいた2020年頃、CMやグラフィックの仕事も手掛けるようになりました。ミュージックビデオは、時間をかけて作品を作ると良いものができますが、コストもかかります。グラフィックは、映像に比べて関わる人数が少なく済むので、映像でやってみたかったことをグラフィックで試してみたりして、自分の領域を拡げるためにも新たな仕事を始めました。

“映像でやってみたかったことをグラフィックで試してみたりして、自分の領域を拡げるためにも新たな仕事を始めました”

OSRIN, PERIMETRON

グラフィックを勉強しなおしたのですか?

そもそも、映像ってグラフィックが必要なものなんです。タイトルもグラフィックだし、YouTubeのサムネイルだって、映像からの切り出しじゃなくて手を加える必要があります。

自分はiMovieを卒業した後、RAMプレビューしないと音が出ないのにメモリが足りなくてっていう時代に、Adobe After Effectsで実写を繋ぐという荒技をしてました。そのおかげでタイトルのモーション作りを始めたんです。Adobe PhotoshopでタイトルをデザインしてAfter Effectsに読み込む流れが便利だから、必然的にPhotoshopも使うようになりました。必要に迫られてグラフィックツールに触れてたので、特別に勉強しなおす必要はなかったです。

講堂にいる人たち 中程度の精度で自動的に生成された説明

©︎OSRIN, PERIMETRON

写真(スチール)についてはどうでしょうか?

アートディレクターを始めた当初は、映像から一枚画を切り出せばスチールになると思ってました。しかし、実際にはスチールってもっと深く追い込むものなんです。

そもそも写真と映像の一枚画のクオリティは異なります。印刷用の写真は300dpiで処理するけれど、映像は72dpiだし、カラースペースも全く違います。写真では中版やフルサイズから選べて解像度も高く階調も多いけれど、映像の道具ではまだ足りない部分があります。しかし、映像がベースにあったおかげで、写真もこなせるようになりました。カメラの性質を理解しているので、どのソフトでどうやれば良い色が出るかも分かります。

話題の新作、KING GNUの『SPECIALZ』について教えてください

人生で一番しんどい編集でした。

自分の作り方の王道ではあるんですが、2~3フレームしかない画もあらかじめ決めて作ってます。人によっては、ジェットコースター乗ってるみたいに何が起きてるかわからないと思いますが、作り手としてはそれを楽しんでます。

企画段階ではどのような材料が用意されていましたか?

ひどくて(笑)こういうのを作りたいとか、曲もない状態で、どんな構成かもわからないんです。90秒くらいの音源素材があるだけで「これでやりたい」「ああそうなんだ」という感じで。

いずれにせよ、自分は普段からキーワードだけをもらって歌詞はほとんど見ません。歌詞を追ってしまうと、ミュージックビデオの自由度がなくなってしまうので。

今回は自分たちが何を作りたいかより、何を作っていないかを考えました。同時進行していた『硝子窓』はCGがメインだったので、『SPECIALZ』では実写中心にし、グループ映像ではなくメンバー全員が個々のステージを持つようにしました。これにより、各キャラクターの自由度が高まりました。たとえば、(井口)理くんを筋肉マッチョにして、歯にグリルを入れてスーパーマンにするなど、いったん見えてきたビジュアルをまとめて企画書にしました。

企画書を持ってきてくれました、かなり綿密なものですね

ドキュメンタリーは取材ベースなので企画書を練り上げる必要がありませんでしたが、ミュージックビデオではキッチリと作成します。Adobe Illustratorを使って、作品ごとに表紙から全て作ります。これは、自分のテンションを高めるためと、「こいつ、もうめっちゃ考えてんな」と他の関係者を圧倒してマウントをとるためです。

グラフィカル ユーザー インターフェイス 自動的に生成された説明

©︎OSRIN, PERIMETRON

コンセプトワークについて教えてください

『SPECIALZ』では、最初に納品する必要があったのはジャケットのグラフィックで、ミュージックビデオも同時に考えなければなりませんでした。二足の草鞋を履いたがゆえに全部やらなきゃならないという状況です(笑)

そんな中、以前購入した人体模型のコラージュ絵からインスピレーションを得ました。身体の中を描きつつ、カーニングもひどくセンターも合ってない「SPECIAL」の文字。何か気持ち悪いけれど成立してる絵で、すごく「スペシャル」に感じたんです。そこから、自分の中の「スペシャル」をリミックスして、キービジュアルとなるグラフィックを作成しました。

テレビの画面のスクリーンショット 低い精度で自動的に生成された説明

©︎OSRIN, PERIMETRON

“自分の中の「スペシャル」をリミックスして、キービジュアルとなるグラフィックを作成しました”

OSRIN, PERIMETRON

カラフルな絵 低い精度で自動的に生成された説明

©︎OSRIN, PERIMETRON

そのグラフィックから、企画書に書いた「コントロールを失った数百個の神経細胞は狂ったようにシナプスを往復して暴発する」という言葉が生まれ、”己を愛して呪い続けろ”というフレーズに繋がっていきます。

このプロセスを通じて、自然に映像が見えてきました。人体模型の絵を自分なりに昇華させ、映像もグラフィックも全部バランスが狂っているけれど好きだと思える作品を作り上げました。

企画書に絵コンテが描かれています、この段階でかなり具体的ですね

はい、2~3日で約160枚の絵コンテを描きました。自分が手書きでラフに描いたものを、グラフィック専任のアシスタントが詳細に仕上げてくれます。CG用のコンテは特に詳細に作ります。

たとえば『硝子窓』では、「雨が一粒の涙のように」といった偶発的な要素も含めて指示を出しました。実写だったら役者との対話で生まれる表情や演技を、自分で考えて全て書き込みます。

テーブル が含まれている画像 自動的に生成された説明

©︎OSRIN, PERIMETRON

実写とCGのミックスについて教えてください

実写の人は「CGって自由だ、空飛べるし」と言うし、CGの人は「実写って自由だ、まぐれがおきる」と考えます。実写では想像していなかった瞬間に奇跡が起こりますが、CGでは雷を描きたければ自分で作るしかありません。しかし実写には時間の制限があります。夜になる前に撮影を終えなければならないのに対し、CGではいつでも昼間を演出できます。

今回の『SPECIALZ』では、実写とCGの「できない」ことを乗り越えたかったのです。実写の制限とCGの制限を超え、「どちらも」の状況を作るために、両方をミックスするアプローチを取りました。

“今回の『SPECIALZ』では、実写とCGの「できない」ことを乗り越えたかったのです”

OSRIN, PERIMETRON

Premiere Proを使用した編集プロセスについて教えてください

まず、Adobe Premiere ProのV1トラックに静止画の絵コンテを配置し、その上に仮CGやパーツを重ねてビデオコンテ(Vコン)を作ります。これをベースにして、本番のテイクと入れ替えていきます。

今回の4分間の映像を作るのに合計4時間49分の素材があったんですが、いったん全てをタイムラインに配置しました。それから、OKテイクを選び出し、別のシーケンスのタイムラインに並べていきます。さまざまなパターンを考えながら、使用するかもしれない素材も選んでいます。

このようにして、パズルを組み合わせるように作業を進めます。どの素材が最適かを検証し、必要な部分は緑色など、ショートカットを使ってタイムライン上で色分けします。このプロセスを続けて『SPECIALZ』では最終的に57ビデオトラックになってしまいました。表示(目のマーク)を全てオンにして、トラックの上下で最終的に使用する素材を決めていきますが、最終フェーズまでこの入れ替え作業は続きます。

コンピューターの画面に表示されたゲーム画面 低い精度で自動的に生成された説明

©︎OSRIN, PERIMETRON

カラーグレーディングも自分で行いますか?

はい、最初はPremiere Proで自分でカラーグレーディングを行い、その後オンラインスタジオのカラリストに仕上げてもらいます。

しかし、編集に関してはそこで終わりません。バレ消しなどの映像加工作業がオンラインで進行中にも関わらず、編集データをPremiere Pro用に再変換してもらって編集を続けてしまいます。オンラインスタッフがその状況に耐えてくれていると信じています。

ここまで伺って、制作プロセスの独自性を強く感じました

自分たちのやり方は、グラフィックと映像を頻繁に行き来するスタイルで、順序は本当に様々です。時には原曲にも影響を与え、企画書が元で内容が変更されたこともあります。このような「交互性」が頻繁に起こります。案件によってやり方は大きく異なり、テンプレート的な進行はありません。自分たちの制作プロセスは「自由」です。

しかし、このようなアプローチを続けるためには、自分を信じ続け、それに付き合ってくれる仲間を作ることが重要です。友達作りと同じで、「これまでやったことがないでしょ」という新しいアイデアを持ち込み、面白いと信じているものを伝え、共に作品を作ります。

“自分を信じ続け、それに付き合ってくれる仲間を作ることが重要です”

OSRIN, PERIMETRON

最後に、次世代のクリエイターへのメッセージをお願いします

今回『グラフィックと映像の草鞋』というタイトルを選んだのは、これから映像を制作する人たちにグラフィックデザインの重要性を伝えたかったからです。デザイン、レイアウト、タイポグラフィー、拡張子の知識は非常に重要です。

作品が完成しなくても構わないので、自分が何をやりたいのかを伝えるために、棒人間でも良いから描いてみてください。他人とは異なる企画書を作ることも大切です。

デザインは制作物の基礎です。このような意識を持つだけで、自分の映像や写真が変わります。今は多くのツールがあり、クラウド上でもいろいろなことができる時代です。いろいろ試してみることをお勧めします。

“デザインは制作物の基礎です。このような意識を持つだけで、自分の映像や写真が変わります”

OSRIN, PERIMETRON