人々に喜ばれる製品やサービスを提供できるプロジェクトに必要なものは?

今では、ほとんどの人々が PC やスマートフォンを持ち、日々の生活や仕事に欠かせない道具として利用しています。そうした状況に至った要因の一つは、実に様々なアプリやオンラインのサービスが開発されて、デバイスの利便性を高めてきたことです。その陰には、人々の役に立つアプリやサービスを開発しようとする多くのプロジェクトの存在があります。

製品やサービスの開発に関わるプロジェクトメンバーの誰しもが、人々に喜ばれ継続して使われるものを提供したいと考えています。そして、素晴らしい体験が製品の差別化を生むことも広く理解されています。実際、「UX(ユーザー体験)」という用語は、デザイナーやエンジニアだけでなく、様々な業界のビジネスパーソンも使うようになりました。ユーザーが製品やサービスを使用する際の総合的な体験が、ビジネスとユーザーの距離を縮める鍵になることが経営層にも理解され始めたのです。これは、プロダクトデザイナーとして活動している私にとって非常に嬉しい動きです。

しかし、残念ながら、多くのプロジェクトの現場では、それに伴う変化が起きていないというのが現状のようです。望ましいユーザー体験を設計するプロセスを導入してプロジェクトを成功に導いた事例は、日本にも数多く存在します。しかし、それらは主に大手企業や IT スタートアップに限られます。私が行ったインタビューでは、依然としてユーザー視点の考えが軽視されていたり、ユーザーを把握して満足度の高い体験を提供するための人間中心の開発手法が浸透していないプロジェクトが大半でした。UX に対する意識が高まっているにも関わらず、それが実践されないのはなぜなのでしょうか?

プロジェクトの現場に人間中心の考えが広まらない理由

人々に受け入れられるものを開発したいと思ったら、相手を深く理解することは欠かせません。そのためには、ビジネスや開発の要件と同じレベルでユーザー要件を扱い、プロジェクトの最初から最後まで、既存の、または想定されるユーザーへの焦点を持ち続ける必要があります。ところが、これは、既に確立された開発手法を持つ企業の多くにとって、プロジェクトの大幅な見直しを意味します。そこにリスクを見るのは当然でしょうし、私がインタビューした中には、「何処から始めればよいかわからない」という声も聞かれました。

また、デザインという行為、或いはデザイナーへの距離感を感じている現場もありました。デザイナーとの働き方がわからないため一部の作業を丸投げするだけになっているなど、デザイナーを採用したけれども効果的に活用できていない企業は少なくないようです。

現実的な問題としては、必要になるスキルやコストの負担、品質の評価が難しい等の話があります。予算に余裕のあるプロジェクトはまずありません。費用対効果が明確でないまま、より良い体験のために多くのリソースを割こうと提案しても、ステークホルダーの承認を得るのは困難でしょう。UX デザインプロセスの事例が、比較的予算額の大きな大手企業や、オンライン体験がビジネスに直結しがちな IT スタートアップに偏っているのは、この辺りが強く関わっていそうです。

みんなで取り組む UX デザイン

イノベーションにはビジネス、テクノロジー、そして人のニーズ、この 3 つの要素が必要です。経済的な市場のポテンシャルと技術的な実装可能性があるとしても、実際のユーザーのニーズが満たされなければ、成果を挙げることはできません。ですから、様々な障壁が存在するにせよ、人間中心の考えをプロジェクトに取り入れることには意味があるはずです。そして、使われない製品やサービスに貴重な予算、人員、時間を費やすことのないように、これらの障壁を下げる手段を探ることには、十分な価値があるように思われます。

前述のとおり、人間中心のデザインプロセス導入にはいくつもの障壁があります。UX デザインを深く理解しているデザイナーさえ雇えば大丈夫というわけにいかないのは明らかです。また、UX に関わるとされている分野は多岐にわたります。優秀で経験豊富な UX デザイナーを雇ったとしても、それらすべてに精通していることを期待するのは難しいでしょう。それよりは、プロジェクトに関わる幅広い部署が UX デザインの基礎を学び、それぞれの観点から、人間中心の考えを活動に取り入れる方が現実的だと考えられます。

そうして UX デザインがプロジェクトチームの一般教養になれば、UX デザインのベストプラクティスを導入する際の障壁を下げる効果が期待できそうですし、何より、デザイナーが他の職種の人と協業する場所を提供してくれる基盤になるかもしれません。

元を辿れば、UX デザインは、エンジニアリングとグラフィックデザインの知見に多くを借りて始まったものです。体験を視覚化するスキルが求められる UI デザインを除けば、デザイナーだけの仕事にする必然性はなさそうです。むしろ、論理的思考力が求められる作業は、エンジニアの方が得意かもしれません。実際に私は、デザイナー不在の環境で UX 設計を実践しているシステム開発会社の方にインタビューしたことがあります。さらには、プロダクトマネージャー、マーケター、カスタマーサポートなど、製品には様々な職種が関わります。そこにも、ビジネスとユーザーの距離を縮める可能性が潜んでいるかもしれません。

ということで、人間中心のプロジェクト導入の障壁を下げる手段として、みんなで取り組む UX デザインの可能性を掘り下げてみたいと考えています。次回は、エンジニアに行ったインタビューを紹介しつつ、エンジニアが人間中心の開発にどのように関与できるのかを考えてみたいと思います。