企業が取り組む《 生成AI活用ガイドライン 》策定のいま
2024年6月4日、アドビ東京オフィスにて第2回目のAdobe Firefly Meetupが開催されました。本イベントは、企業内のユーザーが抱える生成AIに関する取り組みや課題、ノウハウ、知見などをカジュアルに共有し意見交換するためのエンタープライズ企業向けのミートアップです。
今回のテーマは「企業が取り組む生成AI活用ガイドライン策定」。企業として「生成AI活用ガイドライン」の策定をいち早く実践された4社の取り組みを紹介し、パネルディスカッションを通じて実際の導入事例や倫理的な側面、創造性と技術の融合についての洞察を深めました。
もくじ
- パネリスト紹介
- ディスカッションの背景と目的
- 主な議題と各社の取り組み
- 結論と次のステップ
パネリスト紹介
パネリスト:
- 國吉 啓介 氏
- 株式会社ベネッセコーポレーション データソリューション部 部長
- 教育分野でのデータ活用と生成AIの統合に注力し、新しい学習支援システムの開発をリード。
- 及川 和之 氏
- 株式会社サイバーエージェント CA Creative Center / FANTECH本部 チーフクリエイティブマネージャー / アートディレクター
- 広告制作とエンタメ分野での生成AI活用を推進し、クリエイティブなコンテンツ生成の最前線で活躍。
- 勝畑 陽子 氏
- 富士通株式会社 AI倫理ガバナンス室 マネージャー
- 富士通のAI倫理ガバナンスを担当し、生成AIの倫理的利用に関するガイドラインを策定。
- 横山 真之介 氏
- 株式会社TBWA HAKUHODO Innovation Hub プランナー
- 広告業界での生成AI活用ガイドラインの策定と運用に携わり、クリエイティブの現場でのAI活用を推進。
モデレーター:
- 川村 将太 氏
- トヨタコネクティッド株式会社 AI統括部 Executive AI Director / Experience Designer
- AI統括部での経験を生かし、生成AIの実践的な利用とガイドライン策定の重要性を議論。
オブザーバー:
- 境 祐司 氏
- Adobe Community Evangelist / Adobe Education Leader
- アドビ製品と教育の融合を推進し、コミュニティでのAI活用の啓蒙活動を展開。
ディスカッションは川村氏の巧みなファシリテートによりテンポよく進行し、オープンなメディアでは公開しにくい生々しい体験談も共有されました。
生成AI活用のためのガイドライン策定に携わっている有識者による活発なディスカッション(撮影:トヨタコネクティッド)
ディスカッションの背景と目的
生成AIは急速に発展しており、その活用方法や影響について各企業が真剣に取り組むべき時期に来ています。企業が生成AIを活用する際のガイドライン策定について議論し、実際の導入事例や倫理的な側面、創造性と技術の融合についての洞察を深めることを目的に開催しました。ディスカッションでは、企業の先進的な取り組みや具体的な課題について共有されました。
主な議題と各社の取り組み
《 議題 1 》 ガイドライン策定の背景と目的
株式会社サイバーエージェント 及川氏:
「弊社では、生成AI全体のガイドラインが事前に策定されていました。2023年の年末に全社員対象の生成AIリスキリングを実施し、テストに合格することが求められました。これが先行していて、環境構築などが整った段階で画像生成AIのガイドラインの必要性が高まりガイドライン策定に至りました。」
富士通株式会社 勝畑氏:
「ChatGPTが登場したあと、2023年3月に最初のバージョンの資料を作成しました。その後、複数の生成AIが世の中に登場し、社員やお客様からのお問い合わせが増加してきたため、ちゃんとガイドラインとして整えましょうという機運が高まって、社外にも公開できるガイドラインとして策定しました。」
株式会社TBWA HAKUHODO 横山氏:
「博報堂DYホールディングスではグループ会社共通の生成AI利用ガイドラインが策定されていますが、グループ各社の事業や広告制作の特性に応じ、条件の追加や緩和などの独自のガイドライン運用が認められています。弊社では広告制作の現場目線で、生成AI利用者が創造力を最大限に発揮するためのガイドラインを整備している最中です。」
株式会社ベネッセコーポレーション 國吉氏:
「新しい技術がどんどん登場する中で、教育や介護分野で生成AIを活用するサービス開発において、法律や倫理的な課題が多くありました。保護者の方に向けたサービスなのか、お子様に向けたサービスなのかによっても検討の観点が全然異なるのですが、これらの課題を克服し一本化するため、専門家の意見を取り入れたガイドラインを策定しました。」
法律や倫理的な課題と向き合うためのベネッセコーポレーションでのポイント
《 議題 2 》 ガイドライン策定における重点ポイント
國吉氏:
「弊社では、生成AI活用における入力と出力に関するリスクを分解して整理しました。まずは、お客様が受取る出力に問題がないこと。そして、特に子供たちが利用する場合の安全性に配慮した対応を注意点として盛り込むことに注力しました。」
勝畑氏:
「2点あります。1点目は“読みやすいもの”にすることを重視しました。様々な内容を盛り込むと、内容が細かくなったり専門用語が増えたりするので、それらを避けるようにしています。2点目はガイドラインが“べからず集”にならないようにバランスを取ることを意識しました。弊社では生成AIは積極的に活用していくべきであると考えており、ガイドラインが『ブレーキ』ではなく、利用者が思わぬ落とし穴にはまらないようにするための『ガードレール』となるよう、生成AIを使う場合はこういうところを注意してくださいね、となるべく具体的に示すように留意しました。」
及川氏:
「最低限これだけは知っていれば、事故を起こさず使える、という内容を記載しました。必要以上にルールで縛らずに、本当に事故になるところだけ防止するという利用者目線の観点で作っています。」
横山氏:
「創造力を阻害しないように、ルールや制限はあまり作らないようにしています。ただ、クライアントさんの広告を制作しているので、具体的に想定される起こり得る事故の想定や知見を溜めて、避けるべき事態の例を用意するようにしています。」
”読みやすいもの”にすることを重視した富士通の「生成AI利活用ガイドライン」
《 議題 3 》 ガイドライン策定時の課題と対策
國吉氏:
「ガイドライン策定時には、論点を明確にし、どこを問題として、どこを相談しているのかということを明確にして、それぞれに詳しい専門家に相談するファシリテーションが重要です。そのうえで、法的、倫理的な面など、様々な観点から検討を進めていきました」
横山氏:
「ガイドラインを作ることが目的になって活用がおざなりになっても本末転倒なので、どういうガイドラインを作るのかを明確に整理するのが最初の課題でした。これからガイドライン策定をはじめられる方は、富士通さんの素敵なガイドラインを参考にして大枠のルールだけを作り、活用する現場の声を拾って具体的な肉付けをしていくと良いと思います。」
勝畑氏:
「これからガイドラインを策定するとなると、法務、知財、事業部門など様々なステークホルダーが関わってくると予測されます。そうすると、それぞれが言いたいことが出てきて細かくなりすぎたり専門的になりすぎたりする恐れが出てきます。自分たちもちゃんと理解し学ぶことによって、要望を適切に取捨選択しバランスを取ることができるのではないでしょうか。」
TBWA HAKUHODOでは、どういうガイドラインを作るのかを明確に整理することから取り組んだ
《 議題 4 》 ガイドラインの浸透と運用
及川氏:
「全社において先行して実施されていた、生成AI全般に関するガイドラインの浸透スキームに則る形で、画像生成AIガイドラインの浸透策も設計しました。画像生成AIを利用したい方には、 eラーニングを受講した上で理解度テストで合格(100点満点が合格ライン)すると、 利用申請できる仕組みにしています。クリエイティブ関連職のメンバーは全社で約1,000人いるのですが、約90%はテストに合格して利用できる状態が整っています。この仕組みにより、ガイドラインが効果的に浸透しました。」
横山氏:
「ガイドラインの浸透の前に生成AI自体の啓蒙と推進が重要でした。生成AIを活用することによって、こんなこともできるようになるんだ、という夢を与えるようなビジョンを説明しながら、あわせて事故を起こさないためにガイドラインの紹介をするようにしています。」
サイバーエージェントでは仕組み化することによってガイドラインを効果的に浸透させた(社内のクリエイターに向けて発表した「画像生成AIガイドライン」策定の裏側)
《 議題 5 》 ガイドラインの効果、課題、そしてチャレンジ
國吉氏:
「テキスト系生成AIの活用を念頭に置いたガイドライン策定と運用からスタートしたので、テキスト以外のメディア、それこそ画像生成だけではなく、音声生成、動画生成といった今後の領域への対応を鑑みた際に、どのように現在のガイドラインを変えていくのかがひとつの検討ポイントと今後のチャレンジになってくると思っています。」
勝畑氏:
「ガイドラインを社外に公開したことで社員の意識が高まり、具体的なケースごとの注意点をより明示的に質問されるようになりました。また、社員からお客様にガイドラインをご紹介したいという話やメディアで露出する機会を得るなど、富士通社内だけでなく、外に向かって、日本全体で生成AIを積極的に使っていくべきであるというアピールや、潜在的顧客とのコミュニケーション増加にもつながりました。一方ガイドラインを公開して約半年経過したことで、具体的なプロンプト入力方法やユースケースの提供もリクエストいただくようになり、弊社として情報の公開範囲の設定を社内で慎重に考える必要があるのが今の課題です。」
及川氏:
「課題はテスト合格者の活用面の浸透で、この部分の施策設計を現在進めております。最初にガイドラインを作った時からガイドラインのアップデートは終わりがないということで認識を揃えていたので、プロジェクトチームは解散しませんでした。チームは定期的な活動を継続し、法整備の状況、新しい技術や市場動向に対応するための継続的な見直しと改善を進めていきます。」
横山氏:
「効果は、ルールを作ることでクライアントさんにちゃんとご説明ができ、安心感を提供できたことです。活用事例もいくつも出てきています。課題は、法整備の進行、新しいサービスやツールの登場に伴うガイドラインの更新や変更対応が課題となっています。作ったら作りっぱなしだとどんどん古くなってしまいますからね。」
川村氏:
「今後ますますマルチモーダルになって様々なプラットフォームが増えれば増えるほど、運用コスト、キャッチアップコストが増えていくのは課題になるでしょうね。」
ガイドライン策定に関する各社の取り組み紹介と現場目線のリアルな課題感が共有された(撮影:トヨタコネクティッド)
まとめ
川村氏:
「生成AI活用ガイドライン策定は単なる規約を作るというものではなく、企業が外部に自分たちの姿勢を示すものでもあり、リスクを最小化してリターンを最大化するある種の経営戦略でもあり、社員のリスキリングプログラムの一部でもあると言える大事な企業活動だと言えるでしょう。」
境氏:
「インターネット黎明期を思い出させてくれるような、業界のルールが少しずつ出来上がってくる最初のスタートラインかなと感じています。皆さんで一緒に作っていくという貴重なタイミングなので、今のうちに仲良くして企業の皆さん同士連携していただければと思います。」
結論と次のステップ
総括:
生成AIはビジネスの多くの分野で革新をもたらす一方で、倫理的な配慮が重要です。ガイドライン策定はその一環として重要な役割を果たすでしょう。企業は生成AIの活用に伴うリスクを最小化し、効果的に技術を活用するための枠組みを構築する必要があります。
重要なポイント:
自社での生成AI活用を検討する際には、ガイドラインの策定が必須です。生成AIを活用するユーザーが安心感をもって安全に使えるようにするため、本記事で得たヒントやアイディアを自社のガイドラインに明文化し反映させることをおすすめします。特に、全社的なリスキリングとチームのリテラシー向上のための教育を通じて、生成AIに対する理解と対応力を向上させることが重要です。
今後の展望:
今後は、さらに具体的な生成AI導入事例やデータに基づいた議論を実施する予定です。特に、生成AIの新しい応用分野や最新の技術トレンドについて深掘りしていきます。