映画『きみの色』撮影監督 富田喜允氏に聞く
アニメ映画に欠かすことのできないAfter Effects

コンピューターの画面 自動的に生成された説明

2011年に公開され社会現象を巻き起こした『映画けいおん!』、国内外で高い評価を受けた2016年公開の映画『聲の形』、両作品の監督を務めた山田尚子監督は、何気ない日常を瑞々しく描き、人物の心の機微を細やかに表現する稀有な作家としてアニメーション界で注目を集めている監督のひとりです。その山田尚子監督の完全オリジナル長編新作アニメーション映画『きみの色』が、この夏8月30日(金)に全国公開されます。

『きみの色』は山田監督が得意とする思春期の物語。少女たちが日々を過ごす中で直面する迷いや葛藤、音楽で心を通わせる様子が生き生きと描かれています。その独特なストーリーやキャラクターはもちろん、画面を彩る色や音など、アニメーション映画の新しい表現を目にするのを心待ちにしているファンも多いことでしょう。

『きみの色』ではアニメーションの撮影においてAfter Effectsが活躍しています。

この記事では、撮影監督を担当した富田喜允氏にご登場いただき、山田監督とのやりとりや画作りのプロセス、『きみの色』におけるAfter Effectsの活用、アニメーション制作におけるAfter Effectsの重要性などについて語っていただきました。

黒いシャツを着た男性 自動的に生成された説明

『きみの色』で撮影監督を担当した富田喜允氏

富田さんのこれまでの簡単なご経歴と、今回『きみの色』に撮影監督としてオファーされた経緯を教えてください。

学生時代に映像の勉強をしており、大学卒業後は制作進行の中でもCG進行という3D等の取りまわしのような仕事を2年ほど担当しました。その時にアニメーションの撮影に興味を持ち10年ほど携わりました。TVアニメ『平家物語』に撮影監督補佐として携わらせていただき、山田監督と初めてお仕事させていただきました。

その後、個人法人として独立するときに、山田さんの次回作(『きみの色』)で撮影監督をやっていただけないかという依頼をいただきました。

なにぶん独立したばかりで不安でしたがフットワークの軽さや個人活動していた映像制作のノウハウを活かしてほしいというご要望だったので、参加させていただくことになりました。

撮影監督が担う仕事の範疇ややり方は作品によってさまざまだと思うのですが、『きみの色』ではいかがでしたか。

『平家物語』の特に初期段階は上司が監修につき自分がプレイヤーとして動いていました。今回は撮影監督なので監修をする立場、プレイヤーとしての立場、両方行う必要があります。ただ、どうしても映画は作業量が多いので、『きみの色』では3人で作業を分担しています。具体的な量としては僕が半分を担当して、残りの半分をほかの2人で分けていました。

デスクトップコンピューターが机の上に座っている男性 低い精度で自動的に生成された説明

『きみの色』ではプレイヤーとして撮影作業も担当

『きみの色』のシナリオやコンテを初めて見た時の印象をお聞かせください。

大前提として、ミッション系の学校に通っているという設定はアニメーションやフィクションものとしてあまりない設定なので新鮮だと感じました。教会や海が見える土地など、舞台や登場人物の切り口が新しいものになっているので、この世界観で山田監督が日常を描くとどんな映像になるのかすごく楽しみでした。

山田監督の初期の日常系の作品に比べると、最近の作品では人間関係の不安みたいなものも描かれていますが、『きみの色』では苦しい部分や明るいだけじゃない部分を強調するのではなく、自然に溶け込ませている点も興味深かったです。

©2024「きみの色」製作委員会

コンテでは目に見えないところもすごく大事にされていて、教会の神々しさというと大袈裟かもしれませんが洗練された空気感を感じました。また、チャーミングなかわいい部分との組み合わせも見られたので、そのあたりも映像化するのが楽しみでした。

それと、今回は五島列島を含む長崎のロケハンに連れて行っていただいたのですが、シナリオも固まっていない段階で同行できたのは貴重な経験でした。実際にコンテを見たときにあの時に訪れたあの辺の場所だなと想起できたので、ロケーションというのはイメージを掴むのにすごく役立つんだというのをあらためて感じました。

テーブル, 水, 座る, 写真 が含まれている画像 自動的に生成された説明

©2024「きみの色」製作委員会

撮影について、山田監督からのオーダーや打ち合わせではどんな話がありましたか?

言葉のニュアンスが難しいですが、山田監督は「実在感」という言葉を使われていました。主人公たちが本当に存在するような空気感を作りたいということを何度も言われましたね。

実際にその空気感って何なのかというと、光の拡散した様子とか空気の層のようなフィルターのことであったりするんですけど、色彩設計や美術の段階である程度は監督のやりたい色味や映像は決め込んでいます。その上でそこに空気を入れて、層に厚みをつけて、キャラクターが実際にその空間に存在するようなニュアンスを入れるということなんですよね。撮影ではその微細な空気づくりを何度も求められたという印象があります。

屋内, 部屋, 暮らし, テーブル が含まれている画像 自動的に生成された説明

ギター, 選手 が含まれている画像 自動的に生成された説明 人, 男, 屋内, 持つ が含まれている画像 自動的に生成された説明

©2024「きみの色」製作委員会

そして、もう1つオーダーとしてあったのが色を活かすということです。

作品によってアニメーションの陰影の付け方はさまざまで、暗いところをがっつり落とすということはよくあるんですけど、山田監督のオーダーとしては落とした時に色がくすまないでほしいとか、色が落ちて暗いという印象にしないで欲しいということでした。これはなかなか難しいオーダーで、どこで表現したらいいのかというと、もう光でしかないんですよね。

光を強調することによって普通の部分が落ちているように見える。だから全体としてあまり暗く落とすということはしていなくて、むしろ光の存在感をより主張することで、明暗を感じさせるということを狙っています。この作品における山田監督の特徴だったのではないかと自分としては思いますね。

テーブルの上に置いている様々な花 中程度の精度で自動的に生成された説明

©2024「きみの色」製作委員会

山田監督との画作りはどんなプロセスで行われましたか?

プロセスに関して、個人である自分に依頼が来た理由の1つなのかなと思うのですが、『きみの色』では山田監督とチャットで直に画を見せてリアルタイムに試行錯誤していました。今まさにポスターづくりも行ってるのですが「こんなのやってみたんですけど、どうでしょう?」というノリで監督と直接やりとりしていますね。

それと週1くらいで、定期的に出来上がった映像を撮影と制作と監督みんなで見る機会がありました。その中で本当に感謝しているのが、山田監督は良かったところも指摘してくれるところです。監督からここがダメだから直してほしいというのはよくあると思いますが、「ここは良かった」とか「めっちゃ気に入ってます」とか、当たり前のことですが、そういうことをしっかり伝えてくれるのはプレーヤーとしてモチベーションにものすごく繋がるところでした。

撮影で意図した点やチャレンジしたところがあれば教えていただけますか。

『きみの色』では、プラグインなどをあまり使わずあえてアナログ的な表現を取り入れたりしてオリジナリティを出す表現を工夫しました。アニメではあまりやらない実験的なことを実際にやっていますね。

あとは、色彩設計と美術の方が山田監督とやり取りして作り込んだ「熱」というものがあるので、撮影がさらにブラッシュアップする時には、前の段階の方たちの思い入れのある部分を壊さないで活かすように気をつけています。そういった意味でも、空気感を入れてほしいという監督のオーダーに基づいた表現を目指したところはチャレンジと言えるかもしれません。

屋外, 草, 建物, 椅子 が含まれている画像 自動的に生成された説明

©2024「きみの色」製作委員会

実際の作業についてのお話の前に伺いたいのですが、アニメーション制作におけるAfter Effectsの立ち位置はどう感じていますか。

それ、話したかったんです(笑)。After Effectsはアニメにおいて本当に重要なツールだと思っていて、サブではなくて主力。ないと困ります。

いろいろな合成ソフトのなかでも僕としてはAfter Effectsはカスタマイズできる自由度が高い点が気に入ってます。プラグインの数も圧倒的に多いし、エクスプレッションでプログラミングをして作れるので手段も増える。アニメって複雑で求められる要素が多すぎるので、現場によって違うニーズに応えることを考えるとカスタマイズ性と多様性はかなり重要だと思っています。

『きみの色』ではプラグインを使っていますか?

今回もボケとかそういう細かいところでプラグインは使っていますが、基本はデフォルトのフラクタルノイズやトーンカーブを重視して使っています。

普通はトーンカーブを使わず色をつけてしまったほうが速いので、あまり使われない方も多いかもしれません。ただ、細かい色の調整はトーンカーブがすごく効くので、After Effectsでちょっとだけ青くしたいとか、ちょっとだけ赤を抜きたいとか、そういう微調整をする時にすごく役に立ちます。色彩設計の方が作った色があるので、そこを尊重しつつ行なっています。

After Effectsを使った実際の撮影について

<トツ子の見る色の世界のシーンその1>

トツ子の見る色の世界は、ちょっとディティールを甘くしたいというようなオーダーがあったので、最初は、絵画調を求めているのかと思って油絵っぽくしてみたのですが、山田監督の求められるものは絵でもないし写真でもないような中間の表現でした。

©2024「きみの色」製作委員会

山田監督は写真や映画がすごく好きで僕も映画が好きなので、イメージする実写のトーンを共有することはできたんですね。たとえば同じ青でも空気の層で青色が変わるとか、そういうのをちゃんと表現したいのだろうなと感じました。でも画でそれを再現するのは容易ではないので、どうやったら理想に近づけるのかを模索しました。

たとえば、トツ子がきみと出会うシーンでは自分で作ったテクスチャーをスキャンして、その組み合わせをどんどん被せていきました。そこにAfter Effectsのフラクタルノイズを適用して絵画調のザラツキや水彩の滲み、歪みみたいなものをモヤモヤさせたりしました。

使っているエフェクトは基本的にデフォルトのものがほとんどですので、アイディア勝負みたいなところはありますね。

女性, シャツ, 立つ が含まれている画像 自動的に生成された説明

食品, 男, 持つ, 女性 が含まれている画像 自動的に生成された説明

トツ子の見る色の世界のシーン。上が撮影処理前、下が撮影処理後

色の世界のシーンは何度もでてきますが、山田監督のオーダーとして「毎回一緒にしないでほしい」と言われていて、たとえばプロローグでトツ子が食堂に行くと色がカラフルになるシーンも同じような手法で作業していますが、テクスチャーやフィルターなどの中身は全部変えていますし、エフェクトの適用方法もレイヤーモードもひとつとして同じものはないですね。

部屋 が含まれている画像 自動的に生成された説明

©2024「きみの色」製作委員会

色や明るさなどルックの調整と、カメラやレンズなど動きの調整は同時に進めていくのですか?

大まかな順番としてはまず絵を重ねて基本的なエフェクトを適用してから、フォーカスは特殊なものではない動きなので先につけてしまいます。そのあとに質感を探っていくという手順ですね。動きがつかないとわからない部分もあるので、質感の調整は後におこないます。

たとえばトツ子がきみと出会うシーンのテクスチャーは最初はもっとはっきり見せていたんですけど、いかにも水彩風にしましたという画になってしまったので「弱めたほうがどちらでもない何かになるのではないか?」というような試行錯誤を経て作られています。

<トツ子ときみ 2人の色の世界のシーン>

このシーンの手前のキラキラしたものは作画です。四角い形に平面を切って、それをカラフルにして漂わせています。サイズの差があると空気感が出てきます。これにパーティクルを足して、ここではパーティキュラーとセルの兼ね合いを考えつつ、色がカラフルに変化していくのを表現するために彩度ツールで色相を変えています。

屋内, テーブル, 机, コンピュータ が含まれている画像 自動的に生成された説明

スライスされたケーキ 中程度の精度で自動的に生成された説明

トツ子ときみ 2人の色の世界のシーン。上が撮影処理前、下が撮影処理後

スノードームごしというイメージなのでレンズディストーションでちょっと画面を歪ませたりもしています。レンズディストーションに関しては山田監督から「富田さんこの一眼のレンズ持ってます?」というやり取りがありました。自分もたまたまそのレンズは持っていましたが、改めてカメラを貸していただいて家でパシャパシャ撮ってみはじめると、そのレンズ特有の球体状になった周辺ボケや収差が入ってる感じを監督はイメージしていたんだと理解できました。

このシーンも、最後に質感に関るところでディフュージョンフィルターなどを調整して、色調整もAfter Effectsの中でほぼほぼ完結しています。

<ライブシーンのフィルターワーク>

山田監督からギラギラしたアニメっぽいライブシーンにはしたくない、地味でいいというオーダーがあったので、それをどう解釈すべきか悩ましかったのですが、ポイントだったのはフィルターワークでした。

まず、フォーカスの浅い絵はどこでも見られるエフェクトなので、それとは違うアプローチを模索しました。以前から山田監督とノイズで何かやりたいねと話していたことがあったのと、滲んでいるけどクッキリしているという中間を狙うのはどうだろうと考え、最終的には部分的に映像が劣化して滲んで見えるように独自のライブフィルターを作って繊細な特別感を足すという方法を採用しました。

光, フロント, 座る, テーブル が含まれている画像 自動的に生成された説明

持つ, 男, コンピュータ, 衣類 が含まれている画像 自動的に生成された説明

ライブシーンのフィルターワーク。上が撮影処理前、下が撮影処理後

<望遠レンズをイメージした手ブレ再現>

このシーンでは望遠で撮っている時の手ぶれ感を入れてほしいというオーダーがありました。今どきのスマホでは補正されてしまうんですけど、補正されない昔ながらの手ブレをかなり強めに入れています。

After Effects上で手ブレを再現するための画面ブレを大きいキーと小さいキーで打っていって、ある程度ウィグラーにも手伝ってもらっています。1パターンのキーではどうしても機械的になってしまうので、何パターンか重ねて手でカメラを持っている時の自然なブレを表現しました。

デスクトップコンピューターの画面 自動的に生成された説明

望遠レンズをイメージした手ブレ再現はキーフレームで行っている

望遠だとちょっとボケるというか、もやっとした空気の厚みのようなものが入ってくるので、ディストーションもかけています。リアルではないですが、カメラの位置やレンズの種類で見えてくる効果みたいなものを狙っています。

<バレエイメージシーン>

このシーンでは山田監督から「バレエかも? ぐらいは分かるけど、はっきりは見せたくない」というオーダーがありました。素材のシルエットにアウトフォーカスの効果をつけて、エッジが食い込んだりすると面白い画になるので、そこにさらに実写イメージを重ねています。

実写は我々には制限できない動きになるから面白いですね。これは何だか分からないというイメージが抽象性を生むことにつながるのではないかと思います。

背景パターン 自動的に生成された説明

ぼやけた写真 自動的に生成された説明

バレエイメージシーン。上が撮影処理前、下が撮影処理後

<メガネに映り込むろうそくの炎>

ろうそくの炎は元の作画がよくできていて、火の色がきれいに塗り分けられています。これは演出がすごくよく考えたアイデアで、色調整してブレンドして滲ませていくだけでもリアルなろうそくになります。さらにこれをちょっと光らせたり、真ん中あたりの光を抜いたり、色味を青っぽくするなどして仕上げることができました。演出の中に作りたい思いがあって、そこに近づけるために撮影はどうしたらよいのかを部署間でキャッチボールしながら進めていきました。

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メガネに映り込むろうそくの炎。上が撮影処理前、下が撮影処理後

テーブルの上の明かりがついている 低い精度で自動的に生成された説明

誕生日ケーキのろうそく 中程度の精度で自動的に生成された説明

メガネの中のろうそくの炎。上が撮影処理前、下が撮影処理後

このシーンに象徴されるように、『きみの色』では色彩設計、演出、美術の作り込みがすごくあったので、みんなの力で少しずつ積み上げて完成していったという感じがします。

After Effectsを使っていて感じることや、今後の展望などをお話しいただけますか。

日本のアニメに関して、画作りの最終的な部分でAfter Effectsの必要性というのはかなり高いので、その需要の高さを皆さんに知ってほしいというのはあります。

バージョンも年々更新されていて、ここ最近のアップデートはベースの使用感を変えずにアップデートしている印象があります。ガラッと変わってしまうと使い勝手も違うということになりかねませんが、Ver.23、Ver.24に関しては細かいポイントで更新している印象で、いい部分を残しているところが使いやすくて嬉しいですね。

アニメでAfter Effectsを使って新しい処理とか新しいエフェクトを開発したノウハウは、2Dの作画や3D、ライブ、ミュージックビデオ、映画など、いろんなジャンルで使えるので、これからも違うジャンルの映像分野に活かせるような向き合い方をしていきたいと思っています。

ありがとうございます。最後にあらためて映画『きみの色』の見どころをお話しいただけますでしょうか。

山田監督のアイディアをみんなで一緒に作っていくという、チーム制作感をかなり強く感じた現場でした。監督独自のビジョンをいろんなセクションのフル出力で形にしたものだと思います。

今回はストーリーに注目して観てみようとか、次は映像に注目して観てみようという感じで、ほかにもキャラクターや色など、いろんな要素に着目して何度観ても耐え得る作品になっていると思います。ぜひ何度もご鑑賞いただき、楽しんでいただければと思います。

『きみの色』 8月30日(金)全国公開 ©2024「きみの色」製作委員会

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