Adobe MAX Japan 2025 セッションレポート:社会のトレンドや評価に左右されないデザイナーになるために

デザイナーにとって、トレンドや社会的な評価に敏感であることは良いことであるというのが一般的な認識かもしれません。これは、デザインの価値が多少なりとも時代に従属することを意味しています。それに対して、BEES&HONEY 株式会社 ブランドディレクター 今村 玄紀氏は、確固たる自己を築いて、社会のトレンドや評価に左右されないデザイナーになることで、初めて提供できるようになる価値があると、AdobeAX 2025 のセッションで講演しました。全部で 750 枚のスライドを用意してきたという今村氏の講演は、実に広範で多岐にわたる内容をカバーするものでした。この記事では、その中から主要ないくつかのポイントを選んで紹介します。

“社会のトレンドや評価に左右されないデザイナーになるためには、ブレない、確固たる芯のあるデザインをすべきです。それは、自分が「何を美しいと思い」「何を善いと思い」「何を真実と捉えるか」を認識することから始まります。自身を知り、真善美を極めていくことで、デザイナーとしての可能性を拡張しましょう。全体のデザインができれば、AI が来ようが、価値を生み出すます。”

今村氏は、自身が提供するサービスの特徴として、「資産性のあるデザイン」と「収益性を生むデザイン」の 2 つを挙げました。ビジネス視点から資産と言える価値を持ち、収益につながる力を持つデザインです。こうしたデザインを提供するための方向性として、今村氏は以下の 3 つを示しました。

例えば、クライアントの短期プロジェクトの課題解決のためのデザインは、部分的かつ一過性のデザインかもしれません。それは結果的に、消費されるデザインということになりそうです。こうしたデザインは、社会のトレンドや評価に左右されやすく、AI の登場といった技術的革新の影響を受けやすいと今村氏は指摘します。

この見方を受け入れるならば、現在世間でデザインと呼ばれている行為の多くは、消費される一過性の部分的なデザインであるように見えなくもありません。今村氏は、そこから抜け出すために、「何を美しいと思い」「何を善いと思い」「何を真実と捉えるか」を突き詰めるところから始めることを提案しました。

真善美を極める

今村氏は、セッションのほぼ半分を、「美しい」「善い」「真実」とは何かという話に費やしました。それぞれが明確な定義をすることの難しいものであり、古くから様々な立場の人々が独自の考えを展開してきたテーマです。そこで今村氏がとった戦略は、色々な分野で影響力を持つ著名な価値観を列挙するというものでした。以下は、そのごく一部です。

ここで今村氏が指摘した重要な点は、真善美の判断は主観的なものであり、人によって異なるということです。自分がどんな主観を持っているのかを理解していなければ、個人的な価値観を押し付けることになりかねません。プロジェクトに関わるメンバーが各々の価値観に基づいて行動すれば、目指すべき方向が一致しない可能性があります。これでは、「資産性、永続性、全体性のあるデザイン」の実現は困難でしょう。ということで、話題は、誰もが共有できる普遍的な価値基準に移りました。

普遍的な善と美を人格として定義する

ユングは、「元型」を人類に普遍的なものとみなして、「真実」を認識するために利用しようとしていました。これを、今村氏は「善と美」に拡張し、個人や法人の人格を定義するために利用しています。ユングの元型には 12 種類(Innocent, Explore, Sage, Hero, Outlaw, Magician, Every Person, Lover, Jester, Caretaker, Creator, Ruler)が定義されています。それぞれの持つ特徴を対象と照らし合わせることで、社長の価値観、企業のあるべき姿、望ましい顧客などを普遍的に定義された人格として記述するというアプローチです。

これはペルソナの定義に近い行為ですが、ペルソナを作成する際に、デモグラフィックの捉え方がペルソナを作成する人の主観に左右されるため、ペルソナでは普遍的な人物像を捉えられないと今村氏は指摘しました。

普遍的な人格を定義できれば、「何を美しいと思うか」「何を善いと思うか」が、共有可能になります。また、今村氏のアプローチでは、企業の人格を定義することができます。普遍的に定義された企業の人格(Who)を伝えるところからブランド設計を始めることを、今村氏は提案します。前出の真善美を突き詰める行為は、その手段として必要なのでした。

資産性、永続性、全体性のあるデザインの実践

普遍的な真善美による企業の「Who」が決まれば、以下のことが決まってきます。

これにより、理想通りに物事が進むなら、社内はあらゆるプロジェクトに対して、同じ価値観を持って動けるようになります。そしてそのアウトプットは、社外に一貫した Who のイメージを伝えるものになります。「永続性と全体性のあるデザイン」の基盤ができるわけです。

また、いくつかの事例を挙げて、これを実現したクライアントは、販売数のシェアや収益率が高まったと今村氏は話しました。すなわち、「資産性、永続性、全体性のあるデザイン」が実践されているということです。ここから、ブランドに対しての人格像(イメージ)を向上させ、美意識(アート)の統一によりブランドの認識価値を上げるという行為が可能になると今村氏は主張します。

企業を特定の価値観を持った人格と捉え、デザイナーはそれと向き合うという今村氏のアプローチは興味深いものです。デザイナーの役割について考える上で、参加者には貴重な話を聞く機会になったのではないでしょうか。