赤ちゃんも子どもも一緒にアートを楽しもう! アドビ × 国立美術館が提案する美術館体験
アドビが設立した「Adobe Foundation」は、「Creativity for All(すべての人に「つくる力」を)」理念の下、世界中のアーティストや美術館の支援している財団です。特に美術館とのコラボレーションについては、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ブラジル・サンパウロの映像・音響博物館(Museum of Image and Sound)、インド・バンガロールの芸術・写真美術館(Museum of Art & Photography)に続き、2024年7月に日本の独立行政法人国立美術館(以下、国立美術館)との協同で「Connecting Children with Museums」という取り組みが開始されました。
Connecting Children with Museumsでは、「1人でも多くの子どもたちに楽しい美術館体験を提供する」ことを目指し、国立美術館が運営する東京・大阪・京都・金沢の各美術館で子どもに向けた多様なプログラムを企画・実施しています。その具体的な取り組み内容や、今後の美術館の未来に向けてどのような活動を構想しているのか、京都国立近代美術館(京都)の松山沙樹氏、国立工芸館(石川)の今井陽子氏、国立国際美術館(大阪)の藤吉祐子氏に伺いました。(聞き手:アドビ株式会社 クリエイティブディレクター・谷口仁子)
※以下の内容は2025年1月末時点でのものです。
アドビと美術館のコラボレーションが日本でもスタート
谷口仁子(谷口):アドビは1982年の創業以来、クリエイティブ分野のソフトウェアベンダとして市場をけん引する一方、「Creativity for All(すべての人に「つくる力」を)」というブランドステートメントのもと、様々な形で社会に貢献しています。その活動の一部としてAdobe Foundationという財団も設立されました。
Adobe Foundationではアーティストの活動を直接支援するほか、世界の美術館とのコラボレーションを展開しています。これまでイギリス、米国、ブラジル、インドの美術館とのコラボレーションを展開し、V&AとMoMAではアーティストのレジデンシーも行っています。国立美術館はアドビが支援させていただく初の東アジア圏の美術館であり、日本全国7つの美術館を運営しているということで、海外の美術館の担当者からも大きな関心が寄せられています。
今回、Connecting Children with Museumsの具体的なプログラムについて、各美術館の方から実際にお話をいただけることを楽しみにしていました。まずは皆さまがどのような業務を担当され、どのような問題意識があるのかお聞かせください。
松山沙樹(松山)氏:京都国立近代美術館 学芸課 教育普及室で研究員をしている松山です。
京都国立近代美術館 学芸課 教育普及室 研究員 松山沙樹氏(撮影:成田舞)
学校との連携やイベント・ワークショップの企画などさまざまな来館者を想定したラーニング・プログラムの企画を担当しています。個人的には、障がいのある方などを含めてあらゆる人々が美術館を体験・鑑賞できるユニバーサルな取り組みに関心を持って活動をしております。
今井陽子(今井)氏:国立工芸館 工芸課 教育普及室長の今井です。国立工芸館は「東京国立近代美術館工芸館」として1977年から東京・竹橋で活動していましたが、地方創生政策の下、2020年に現在の石川県金沢市に移転しました。普段の業務では、近・現代の工芸やデザインに関する調査研究を行い、それをベースに展覧会の企画と教育普及プログラムに取り組んでいます。特に毎年夏休みの時期には、子どもたちの来館を促すことを目的として、楽しみながら工芸に親しんでいただける展覧会やイベント企画に従事しています。
国立工芸館 工芸課 教育普及室長 今井陽子氏
今課題としていることは、東京時代から実施していた「タッチ&トーク」という取り組みの定着です。これは作品を直接手で触り、素材感を味わいながら魅力を探る鑑賞プログラムで、これをどのように金沢で展開していくかを考えています。
藤吉祐子(藤吉)氏:国立国際美術館 学芸課 教育普及室長の藤吉です。国立国際美術館は1977年に万博記念公園内で開館し、2004年に現在の大阪中之島に移転しました。
国立国際美術館 学芸課 教育普及室長 藤吉祐子氏(どなたでも参加できる鑑賞プログラム「だれでもびじゅつあー」でのトーク)
私の業務としては美術館教育全般で、小・中・高校のほか、特別支援学校の生徒さんやケアを要する方々などに対象を広げながら、美術館や作品と人々をつなぐ活動を展開しています。また小・中・高校生のなかには、さまざまな家庭環境にある子どもたちもいるので、美術館の来館を促す機会づくりを積極的に行っています。さらに0歳児を含む未就学児の美術館参加や、生涯にわたって美術館を楽しむための機会創出に携わっています。
京都国立近代美術館では美術館デビューやお仕事体験の機会を提供
谷口:Connecting Children with Museumsのプロジェクトとして、それぞれどのような活動を行ったのでしょうか。
松山氏:京都国立近代美術館では3つのプログラムを企画しました。そのうち1つは現在(2025年1月末時点)も実施中です。具体的な内容・運営は私どもの教育普及のチームが中心となって担当し、広報面は事務方の担当チームに支援してもらいました。
1つは2024年夏休みに開催した「もまっくファミリーアワー」というもので、開館時間を早めてお子さんたちとおしゃべりしながら自由に作品を鑑賞できる時間帯を設けたプログラムです。それと同じ日に、小学4年生〜中学生までを対象にした「びじゅつかんのお仕事たいけん!」というイベントを実施し、学芸員のほか、看視スタッフや警備員、ショップの方など、美術館を支えるさまざまな方々のお仕事を聞いて体験するツアーを企画しました。
もう1つは、2025年1月18日から3月16日まで開催中(2025年1月末時点)の美術館デビュー応援プログラム「リング・リング・ロング」です。奥行30メートルあるロビーの空間にソファやテーブルを置いて、どなたでもいつでも美術館に気軽に来館できるような場をしつらえました。ちらしやウェブサイトでは、ベビーカーでの来館やお友だち同士のおしゃべりも自由、お子さんが泣いてもOKと書いています。ご来館された方々は、自由にソファでくつろいだり壁面にある大きな作品を鑑賞したりされています。また手を動かして制作するワークショップも常時実施しており、作品づくりを楽しんでいる親子の姿もよく見かけます。
以前からこうした取り組みを実施したかったのですが、これまではいろいろな制約があって実現できませんでした。今回初めて実施したところ、平日・休日問わずに親子やご家族の方々が来館してくださっています。館内でも「普段と違う方々が来てくれるようになってうれしいね」という声がありますし、個人的にはさらに盛り上げたいと思っています。
谷口:なぜこれまで実現できなかったのでしょう?
松山氏:やはり予算の問題が大きかったですね。今回、Adobe Foundationからのご支援でこうした機会を得られてとても嬉しいです。
谷口:興味深いプログラムばかりですが、一番盛り上がった企画は何ですか?
松山氏:現在(2025年1月末時点)展開している美術館デビュー応援プログラムは盛り上がっていますね。また、夏休みに開催した「お仕事たいけん」も好評でした。応募数が定員の倍近くになり、「過去に美術館に行ったことがあるので、もっと知りたい」というお子さんや、お子さんに特別な体験をさせてあげたい親御さんなど、熱意を持って参加された方ばかりでした。
美術館の運営は私たちだけではできません。外部の業者さんをはじめさまざまな方のご協力があって初めて可能なこと、普段は怖そうに思える警備員や看視員の方が美術館と来館者の安全を守っていること、美術館にはいろいろな仕事があるということを伝えられたのも嬉しかったです。普段は来館者の方となかなかお話する機会のない警備員さんや施設管理スタッフの方も直接お子さんたちとお話できて喜んでいました。
知っているようで知らない工芸の魅力をワクワク体験! 国立工芸館
谷口:国立工芸館ではどのような取り組みを行ったのですか?
今井氏:Adobe Foundationからのサポートにより、2024年夏、そして2025年の冬から春にかけてのプログラムを5つ企画しました。私は企画立案とワークショップの場合は当日の運営スタッフとしてプログラムに携わり、来館されたお子さんの反応や表情を間近で拝見する機会に恵まれました。
昨夏に実施したプログラムは、当時開催されていた「工芸の光と影展」を主軸に、お子さんも含めた家族みんなが工芸の魅力を楽しみ味わい、楽しく当館で過ごしていただくというものです。まずはお子さんも大人の方も自由に鑑賞いただけるようにセルフガイドを作成・会期を通して配布し、工芸の見どころをお伝えするような工夫をしました。
また、「たんけん!こども工芸館〜光と影のヒミツ〜」を4回開催しました。国立工芸館を探検するための「たんけんかのおぼえがき」というノート型ワークブックを配布し、気になった作品のかたちや模様をメモしたり、感想を自由に書いたりするスペースのほか、表紙を開いた最初のページで「クールなたんけんかになるための3つのルール」として「走らない・触らない・話すときにはやさしい声で」というルールを伝えています。そしてワークブックのメモをベースに、キラキラ光るバッジを制作するワークショップへと繋げました。
谷口:楽しそうですね!
今井氏:そうですね。工芸作品というと「用語が難しい」「お作法が複雑」と思われることが多いですし、ご家庭や学校でも「このお茶碗について考えましょう」という機会がほとんどないので、身近にありながらも鑑賞という点ではかえってなじみの薄い分野といえるかもしれません。そのため夏のセルフガイドは、お子さんの発達段階にあわせて文字のサイズを使い分け、2種類の難易度で構成しています。未就学らしいお子さんも大きな文字で書かれたところは誇らしげに自分で読み、小さな文字の方は親御さんに読んでもらう。そんなふうに家族みなさんで楽しんでいらっしゃいました。「頭を振って見てみよう」と提案した作品の前で家族全員が頭を振っていたり、それを目にした周囲の人が頭を振るのを試したりなど、意外なようで作者の狙いにも迫れる鑑賞スタイルが波及していく様子も興味深かったですね。夜間開館日の時は、昼間イベントに参加したお子さんが夕方にもう一度、今度はご祖父様、ご祖母様らしき方々と一緒にやって来て、「こうやって見るんだよ」と説明している姿もありました。
おかげさまで、「東京から移転して来た国立工芸館はどんなところだろう」と遠巻きに見ていた方もあったかと思いますが、この取り組みによりキッズフレンドリーな面を伝えられたと思います。2025年のお正月も「夏にとても楽しかったので、子どもから『また行きたい』と言われて」と来館してくださった方もいらっしゃいました。2025年2月・3月にも「春待ちスペシャル」として「たんけん!こども工芸館」プログラム「リピート・リピート・モビールづくり」、「つぎつぎぬのワークショップ」、「バッジ&ウォッチ³」の3種を開催する予定ですが、こちらも楽しみです。
0歳児もウェルカム! 赤ちゃんのアート体験を応援する国立国際美術館
谷口:大阪の国立国際美術館さんのプログラムを教えてください。
藤吉氏:当館では、今年度は年3回「こどもまんなか NMAO ファミリー☆デー!」を実施しました。実施日は2024年8月、12月、そして2025年3月です。昨年8月、そして次の3月の「こどもまんなか NMAO ファミリー☆デー!」では、子どもたちを中心にどなたでも参加できるプログラムも企画しています。
具体的な内容ですが、夏に開催したプログラムでは、地下一階のエントランスホールから見える場所に設置されているジョアン・ミロの陶板画『無垢の笑い』を取り上げました。640枚の陶板からなる全長12メートルの非常に大きな作品で、地下一階からはどなたでも見られる場所に展示されているのですが、皆さんの普段の様子を観察していたり、実際にお話を伺うと、企画展やコレクション展に直行する方が多くて、ミロの作品があまり見られていない、存在は知っていても印象に残っていることが少ないです。そこで今回のプログラムでは、この作品を思う存分見てもらえるように、自分にとってこの作品を眺めるためのベストスポットの発見や、小さなお子さんでも楽しめる、作品をじっくり見ながら塗り絵をする「色のいろいろ」などの8種のアクティヴィティを企画しました。
事前申込制でしたが、受付時間内であれば自由に参加できる、また、アクティヴィティへの取り組み方も自由としましたので、小さなお子さんとそのご家族が、パズルなどをはじめとしたアクティヴィティに楽しそうに取り組んでいらっしゃいました。「こどもまんなか NMAO ファミリー☆デー」自体が中学生までを対象としていましたので、広報チラシは小さなお子さん連れの方を対象に作成したわけではないですが、0歳児・1歳児のお子さんを持つ親世代の方からの応募が圧倒的に多かったですね。
谷口:0歳児のお子さんも一緒に鑑賞できるのですね。なかなかチャレンジングな試みだと思うのですが、実際お子さんの反応はいかがでした?
藤吉氏:当館では2019年から「0歳児も参加できる未就学児対象美術館体験プログラム」を実施しているのですが、保護者の方からお話を聞いていると、本当に多くの方が「小さなお子さん連れだと美術館に行ってはいけない、行きづらい」と思い込まれています。そういった方々が美術館に来やすい環境をより多く作り、小さなお子さん連れでも、気兼ねなく美術館に足を運んでもらいたいと思います。
0歳児の赤ちゃんも作品を見ています。視力が定まってくるには、個人差もありますが、大人と同じように、好みの作品、好みではない作品があるようです。
たとえばお母さんが移動しても、抱っこされたまま気に入った作品をずっと目で追っていたり、気に入った作品の前で雄叫びのような声を上げたり、手足を嬉しそうに動かしたり。興味がない作品の前だと、つまらなさそうに手足をだらんと下げていたりします。そういう姿を見て、お母さんお父さんも、小さなお子さんでも作品を楽しんでいるんだなと喜ばれて、「また連れて来よう」と思われるみたいですね。
また「お子さんとどうぞご一緒に」という環境を作ることで、ご両親もリラックスできるのか、0歳児の赤ちゃんが突然泣き出すことはほとんどないこともわかりました。子ども自身にも、親がリラックスしていることが伝わりますし、自分も「受け入れられている」ことがわかって安心するのだと思います。
谷口:私も「赤ちゃんの時から美術館に親しむことはいいことだ」と思っていたのですが、落ち着いて作品を鑑賞しているという様子を伺って本当に驚きました。
どんな年齢の子どももアートに向き合う能力がある
谷口:Connecting Children with Museumsの取り組みについて伺いましたが、どのような学びや発見がありましたか?
松山氏:当館は今回初めてお子さん連れのご家族を対象とした企画を実施し、実際に来館された方にお話を伺わせていただきました。そのなかで最も多く聞かれた声が、いま藤吉さんのお話にあった「子どもと一緒に美術館に行きづらい」というものです。美術館デビュー企画では「親子やお友だちどうしのおはなしもOK、赤ちゃんが泣いちゃってもOK 」「ベビーカーでの来館歓迎」とチラシに書いたところ、「書いてあるから行っても大丈夫なんだ」と、お子さん連れの方の心理的なハードルがかなり下がったという声を複数いただきました。
美術館は本来どなたでも大歓迎で、美術館での過ごし方・楽しみ方も自由であってよい場所なのですが、小さなお子さま連れの方々にお話を聞くと、美術館に対するイメージはまだまだ硬くて敷居が高いものだとわかりました。いろいろな来館者の方がいて、子どもたちも安心して過ごせる場所であるべきだと思いますし、今後も、企画に参加いただいた方にお話を聞くなどして利用者の方のニーズを受け止めながら「いつでも安心して来られる場所」というメッセージを発信し続けていきたいと考えています。
谷口:先ほど障がい者の方にも窓口を広げていきたいというお話をされていましたが、具体的に動いているプログラムはあるのでしょうか。
松山氏:当館では2017年から「感覚をひらく」というプロジェクトを進めております。主に視覚に障害のある方も一緒に、ふれる・きく・しゃべるなど、さまざまな感覚をつかって作品を鑑賞する機会を設けています。先ほど今井さんもおっしゃられていた「タッチ&トーク」のように作品にさわって鑑賞する活動や、参加者同士でおしゃべりしながら作品を味わうワークショップの開催、盲学校や特別支援学校と連携した取り組みなども実施しています。
谷口:なるほど。今井さんにも伺いたいのですが、実際に作品に触れて鑑賞する「タッチ&トーク」はお子さん向けにも開催しているのですか?
今井氏:はい、この春のプログラムでも取り入れているのですが、なかには人間国宝の方の作品もご用意しています。
谷口:えぇっ、それも“触ってもいい作品”なのですか?
今井氏:よく「子どもに美術品を触らせるのは怖くないのか」と聞かれるのですが、「ここに取っ手が付いているな」「これは繊細そうだから気を付けよう」と、ものが触り方を子どもたちに教えてくれます。子どもが触るのを見ていると、私たち美術館のスタッフが仕事として作品を扱う時と同じような指の動きをしているんですよ。
実際に作品に触る前には、一度”持った感じ”の練習をします。「両手で持ち上げてみよう」「そっと蓋を開けてみよう」と手の動作だけをしてもらうのです。そしていよいよ作品に触る順がまわってきた時には「上手にできたね」と伝えることで自信がつき、ますます触りたい、見てみたいという意欲も沸き起こるようですね。
谷口:藤吉さんのお話にもありましたが、子どもは大人が思っている以上に物事を理解する力があり、作品にきちんと向き合えるのだなと気付かされますね。
藤吉氏:本当にそうなんです。当館は現代美術作品を展示しているのですが、「子どもに現代美術が理解できるはずがない」と決めつける意見があります。ですが幼少期であればあるほど、大人のようにフィルターがかからず、どの作品にも偏見のない眼差しを向けることができるんです。このような時期を活かして、各美術館に足を運んでもらえる機会を作っていきたいです。親御さん世代の方は「お子さん連れだと来館は難しい」と思っておられる方がまだまだ多いので、各館それぞれ、そのような気持ちを払拭してもらえるような機会を作っていきたいですね。今後は、家庭環境などが影響して美術館に来る機会がない子どもたちにもアプローチしていければとも思っています。
谷口:本日お話を伺って、皆さまの創意工夫や、企画を通じて得た発見に驚くばかりでした。これからも、小さなお子さんを始め、たくさんの方に美術やクリエイティビティーに触れる機会を一緒に作っていけたらと思います。(終)