貂明朝の文字をブランドロゴに磨き上げたキリンビール「晴れ風」のパッケージデザイン|Adobe Fonts×Creators 05

AdobeFonts事例「キリンビール 晴れ風」

アドビのクラウドフォントサービス「Adobe Fonts」の書体を使い、クリエイティブな活動を繰り広げる人たちにフォーカスする企画「Adobe Fonts × Creators」。
第5回目は、キリンビール「晴れ風」のパッケージデザインにフォーカス。貂明朝をベースに磨き上げられた商品ロゴとパッケージデザインの制作プロセスについて、キリンビール株式会社 マーケティング部 新価値創造担当 デザインチームの小野雅子さんと、「晴れ風」のデザインを担当したP.K.G.Tokyo株式会社 天野和俊さんにお話を伺いました。

小野さん、天野さん
左:キリンビール 小野雅子さん/右:P.K.G.Tokyo 天野和俊さん

新しい味+社会貢献で大ヒット。独自のポジションを確立したキリンビール「晴れ風」

「キリンビール 晴れ風」は、「一番搾り 生ビール」に次ぐ定番ブランドとして開発されたスタンダードビールです。2024年4月の販売直後から、好調な売り上げを見せ、発売1ヶ月でキリンビール過去15年のビール類新商品で最大の売上を達成。累計販売本数は2026年4月時点で4.2億本(350ml換算)にも達しています。3年目を迎えたいま、あらためて「晴れ風」のコンセプトと開発の背景を聞きました。

小野「『晴れ風』の商品コンセプトは『飲みごたえと飲みやすさを両立した、これからの時代の定番ビール』です。
近年、ビール類市場は飲用人口の減少や市場規模の縮小といった環境変化に直面しており、特にカテゴリーからの離脱抑止や新規顧客の取り込みが重要な課題となっています。こうした背景のもと、従来のビールの枠にとらわれず、より多くのお客さまにとって手に取りやすい“新しいスタンダードビール”を目指して作られたのが『晴れ風』です」

「晴れ風」パッケージデザイン
「晴れ風」パッケージデザイン(3代目/2026年)

「晴れ風」が提供するのは日常に寄り添う心地よい飲用体験や味覚価値だけではありません。売上の一部を桜や花火大会のような日本の風物詩の保全・継承を支援する「晴れ風ACTION」によって、社会的価値の創出にも貢献しており、その寄付総額は、2026年6月現在、累計2億3千万円を超えるほどの規模へと発展しています。
こうした未来に向けた取り組みが、これまでメインターゲットではなかったライトユーザーの購入にもつながったことも、「晴れ風」ヒットの要因のひとつになっていると、小野さんは分析します。

小野「『晴れ風ACTION』への共感をきっかけに購入いただくケースも多く、味や商品価値に加えて、『晴れ風』を購入いただくことで社会貢献できるという社会的価値を打ち出したことで、『晴れ風』はこれまでのビールにはない、独自のポジションを確立できたと考えています」

チャレンジから始まった「晴れ風」のデザイン

「晴れ風」が快進撃を続ける背景には、味、デザイン、広告、プロモーション……さまざまな要素が密接に連携していることは想像に難くありません。その関係性のなかで商品におけるパッケージデザインはどのような意味を持っているのでしょうか。

小野「私たちは、パッケージデザインをお客さまとブランドをつなぐ最も重要な接点のひとつだと考えています。広告やCMももちろん重要ですが、お客さまが実際に目で見て、手に取る売り場において、商品の魅力やおいしさを直接伝えられるのはパッケージデザインです。そうした意味でも、非常に重要な役割を担っていると捉えています」

天野「『晴れ風』のような大衆向け商品は、売れなければ、当然続きません。売れるためには、みんなに好かれるデザインでないといけない。それがすごく難しいんですね。
デザインとしておもしろかったとしても、売れなければ生き残れないというのがパッケージデザインの世界です。売れるものにする、その確度を少しでもあげるために、キリンさんの社内外含めたいろいろな方のフィードバックをいただき、キャッチボールを繰り返していく。『晴れ風』は、まさにそうしたステップを着実に踏むことで定着させたデザインなんです」

天野さん

天野「パッケージデザインの仕事では、ネーミングの検討からデザインまで担当することもありますが、当時、まだビールのデザイン経験が少なかった私たちが参加する意味、役割を考えた結果、『チャレンジャーとして、これまでになかったような提案をしよう』と方針を定め、プレゼンテーションのたびに、何十というデザイン案を持っていきました。
最初の頃は、ビールのデザインとは思えないようなデザインも提案していましたね。つまり、“ビールとして成立するかどうかを探りながら、デザインをする”。非常にチャレンジングなところからスタートしたんです」

小野「P.K.G.Tokyoさんにはいつも、いろいろな角度からチャレンジした提案をいただけるので、社内でもすごくいい刺激になっています。
デザイン案は社内だけでなく、お客さまにも見ていただくのですが、『新しいデザインでワクワクする』『ビールっぽくないと手に取りにくい』といった、さまざまなご意見をいただきます。そうした反応を取り入れながら、さらにブラッシュアップを進めていくというのが、私たちの開発スタイルです。
『晴れ風』は17年ぶりのスタンダードビール新ブランド(※)ということもあり、社としても非常に力を入れている商品ですから、多くの方に意見を聞き、毎日のように天野さんと相談しながらデザインを検討していきました」
※プレミアム・クラフト・販売先限定品・既存ブランド派生品を除く

小野さん

“新しいスタンダード”をデザインする難しさ

さまざまな意見を取り入れることでデザインをブラッシュアップする。
『晴れ風』のパッケージデザインもまた、そうしたデザインプロセスのなかで磨き上げられ、世に送り出されています。しかし、その制作プロセスを紐解くと、決してスムーズにデザインが決定したわけではありません。たとえば、現在の「晴れ風」ロゴは、貂明朝をベースにしたものですが、初期デザイン案ではまったく異なるタイプのロゴが使われていました。

天野「デザインの方向性としては、『晴れ風』という名前から受ける印象通り、風が吹き抜けるような、さわやかなイメージにしようと考えていました。提案初期のデザインでは、フォントの文字ではなく、作り文字のロゴを主体に検討していましたね」

小野「そうですね。ただ、このデザイン案に対して、お客さまからは『デザインと中味にギャップを感じる』というお声をいただいたんです。私たちは『中味とデザインの合致度』というのも重要な評価ポイントにしていて、お客さまに長くリピートして飲んでいただくためには、“中味とパッケージのイメージが近いこと”が大切だと考えています。
特に『晴れ風』は新しいブランドということもあり、どんな味なのかもわからない方ばかりです。はじめて『晴れ風』を目にするお客さまが、より安心して手に取っていただけるように、キリンビールとしての正統感を取り入れた、今のデザインへと方向性が定まっていきました」

デザインの方向性が決まったことで、それまで進めていた作り文字のロゴも変更することになります。
キリンビールとしての伝統、品質、正統性……そうしたエッセンスを表現するために、P.K.G.Tokyoが選んだのは作り文字ではなくフォントの文字。選ばれた書体は貂明朝です。

天野「フォントの選定では、『れ』のデザイン次第で“晴れ風感”が出せるかどうかが決まると考えていました。いろいろな書体を当てていくなかで、一番フィットしたのが貂明朝でした。
貂明朝は、作者の西塚涼子さんもよく知っていますし、これまで何度も使っているなじみのある書体です。方針変更後のデザイン案では、この貂明朝の文字をベースに、『晴れ風』らしいかたちになるように調整を加えて、ロゴに仕上げていきました」

P.K.G.Tokyoが行なった検証、調整は、文字のかたち、太さ、重心等、非常に多岐にわたります。ブランドロゴとしての強さを出すため、コンセプトを表現するため、パッケージで機能する文字にするために、こうした調整は欠かすことができない作業だと天野さんは言います。

天野「『晴れ風』のロゴは貂明朝の文字を太らせつつ、かたちを微調整していくことで作っているのですが、貂明朝がもつ魅力を残しつつ、かなり細かい調整を行なっています。
たとえば、『晴』の文字であれば、線を太くした際に画線がくっつかないように『日』と『青』の間に隙間を設け、画線の間隔を調整しています。
『れ』はかなり検証を重ねた文字です。
貂明朝には、貂明朝と貂明朝テキストという2つの種類がありますが、『れ』のかたちがまったく違うんですね。縦画ひとつを見てみても、一方は反っているのに対して、もう一方は張っている。検証の過程ではどちらも並行して検討をしていきましたが、最終的に貂明朝とも貂明朝テキストとも異なる、垂直な画線に変更しています。ここだけは貂明朝の個性を抑え、中庸を狙うことで、『晴れ風』のスタンダード感、クセのない味わいをロゴでも伝えられないかと考えたからです。また、最後のハライは右上にグッとあげることで、次の『風』へとスムーズに視線を誘導しています。
『風』の文字は、貂明朝+『晴れ風』という文字の組み合わせの場合、フォントの文字そのままでは『晴れ』に対して『風』はやや重心が下に見えるため、『虫』部分の重心を上げつつ、全体のプロポーションを調整し、最後のハネも力強く跳ね上げることでロゴとしての強さを出しています」

「晴れ風」ロゴデザインプロセス
貂明朝ベースのロゴ(ロゴ元)を基準にロゴのかたちを検証

「晴れ風」ロゴデザインプロセス
貂明朝ベースのロゴ(ロゴ元)と貂明朝テキストベースのロゴ(ロゴ1)をもとに、太さを0.05㎜単位で検証

「晴れ風」ロゴデザインプロセス
決定した太さをもとにさらに形を調整。下は貂明朝(青)にロゴ001(赤)を重ねたもの。『れ』の縦画は直線的になり、ハライも『風』の文字にスムーズに視線が移るように角度を調整。『風』は重心を上に上げるとともに全体のプロポーションが調整され、ハネもより力強いかたちへと変更されている

繰り返される検証と調整の果てに完成した「晴れ風」のロゴデザイン。そこで使われているのは貂明朝でありながらも、「晴れ風」のロゴタイプとして風通しのよい抜け感と確固たる存在感を備えています。

フォントの文字とロゴタイプの文字、そしてパッケージデザインにおけるロゴタイプの文字の違いについて、天野さんはこう話します。

天野「同じ文字であっても、フォントの文字とロゴタイプとしての文字は役割が異なるんですよね。
特にパッケージデザインでは、作り文字であれ、フォントの文字をベースにしたものであれ、ロゴタイプのなかで商品のコンセプトを明快に表現する必要があります。『晴れ風』なら、貂明朝で打った『晴れ風』という文字をもとに、『飲みごたえと飲みやすさを両立した、これからの時代の定番ビール』というコンセプトを表現する。そのための調整を行ない、ブランドとしてのロゴに仕上げることが、私たちP.K.G.Tokyoの仕事なんです。仮に商品名が『晴れ風』でなかったとしたら、選ぶ書体も調整のしかたもまったく違うものになっていたでしょう」

「晴れ風」ロゴデザイン
完成した「晴れ風」ロゴ。商品パッケージでは横組みのみ使用されているが、他メディア展開用に縦組みロゴも作られた

貂明朝の魅力、Adobe Fontsの安心感

この貂明朝は現在、アドビのフォントクラウドサービス「Adobe Fonts」で利用可能な書体です。貂明朝について、そしてAdobe Fontsについて、おふたりはどのように評価しているのでしょうか。

天野「貂明朝は本当にすばらしい書体だと思います。
2017年のリリース当初からパッケージ、特に飲食系のデザインに合いそうだと感じていましたし、実際に仕事で何度も使っています。
画線に抑揚のある明朝体が多いなか、貂明朝はしっかりとした太さがあり、ハライなどの先端もシャープではなく、丸く処理されているのも、パッケージデザインで使いやすいポイントです」

小野「私たちもデザイナーさんに依頼する前に社内で検討する際、Adobe Fontsのフォントを活用させていただくことがあります。多様な表現に対応できる書体が豊富に揃っているため、非常に有用だと感じています」

天野「キリンビールさんのビールは、『晴れ風』だけでなく、『一番搾り ホワイトビール』も担当させていただいていますが、ここでもAdobe Fontsの書体・Bickham ScriptとAdobe Caslonをベースフォントとして使っています。
パッケージデザインに限らず、グラフィックデザインのなかでタイポグラフィーは非常に重要なものだと考えており、だからこそ由来のわからない書体を使うことはできません。その点、Adobe Fontsの書体、まして貂明朝のようにアドビが作った書体なら、安心して使うことができますよね」

一番搾り ホワイトビール
キリンビール「一番搾り ホワイトビール」
Bickham Script https://fonts.adobe.com/fonts/bickham-script
Adobe Caslon https://fonts.adobe.com/fonts/adobe-caslon

「晴れ風」ブランドとともに、守り続けたいロゴタイプ

2024年4月の発売から3年目を迎える「晴れ風」は、中味とパッケージをリニューアルしながら、いまなお進化をしています。毎年、アップデートを続けるなかでも、「晴れ風」のロゴは当初の姿のまま、商品の顔であり続けています。

天野「発売直前、駅で『晴れ風』のティザー広告を見たときは本当にびっくりしました。想像以上に大きく使われた『晴れ風』のロゴを目にして、“丁寧に仕上げておいてよかった”と、あらためて思いましたね。
ビールというマスプロダクトの仕事を手がけるなかで、これほどのヒット商品に出会えることはそうあることではありません。『晴れ風』は、30年以上の長いデザイナー人生のなかで、5本の指に入る、かけがえのない仕事になりました」

小野「そう言っていただけると私たちとしてもうれしいです。
『晴れ風』のパッケージはこれまで2024年、2025年、2026年と3代のデザインがあるのですが、それぞれの進化の中で、『晴れ風』ロゴを徐々に大きくしています。2代目ではブランドを定番化するためにロゴを強化し、3代目では味覚に関するコピーをあえて省き、ロゴ周りがよりすっきりと見えるように調整しています。
今後も『晴れ風』ブランドとともに、この美しいロゴを守り続けていきたいですね」

「晴れ風」広告
ロゴとパッケージを大胆に配置した広告

「晴れ風」歴代パッケージ
左から初代(2024年)、2代目(2025年)、3代目(2026年)のパッケージ

小野さん、天野さん

小野雅子
キリンビール株式会社マーケティング部デザインチーム所属。「晴れ風」「一番搾り」などのビールブランドを中心としたデザイン開発に従事。

web|https://www.kirin.co.jp/

天野和俊
P.K.G.Tokyo 株式会社代表・クリエイティブディレクター。商品ブランド開発パートナーとして「晴れ風」や「グッドエール」などのパッケージデザインに携わる。また、デザイナーとして東京ステーションホテルV.Iを筆頭にタイムレスなロゴデザインを手がけている。桑沢デザイン研究所、日本大学藝術学部、千葉大学 非常勤講師。

web|https://www.pkg.tokyo/